島魂粉砕

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  第三十九話 死の真相  

ショックと怒りで頭に血が上り、ガンザはシズカのもとに駆け寄り、ヨウスケを睨みつけた。

「なにをしていた!?」

ヨウスケに詰め寄るが、ヨウスケは「待て、誤解だ」とうろたえる。言い訳などしても無駄だ。変態的な格好で、シズカにまたがっていた。卑猥なことをしていたに違いない。百歩譲って、二人が恋人関係ならよしとしても、ヨウスケは妻帯者だ。大いに問題のある行動だ。
元々好かない相手だったが、妹にこんなことをして…、ガンザの我慢も限界に達した。怒りの形相でヨウスケと取っ組み合いになる。
その間、シズカは二人の下を離れ走って逃げていった。しばらくして、シズカはフウジを連れて戻ってきた。最初はガンザの一方的な攻撃だったが、やめろといってもやめないガンザに対して、ヨウスケも暴力で抵抗した。醜くも罵り殴りあう二人を、フウジがなんとか止めさせた。

その事件を境に、ヨウスケとガンザの中は急速に悪くなっていった。が、変化はそれだけではなかった。シズカにもある変化が見られるようになった。

ある夜、ベビーベッドの上で眠るジンヤをシズカが抱き上げる。我が子を見つめるその顔は、愛しいものを見つめる顔ではなく、表情のないもののようで。抱き上げたジンヤをうつぶせに寝かせなおし、小さな頭をぐっと押さえつけた。苦しそうに赤子のジンヤは抵抗するが、大人の力には抗えない。異変に気づいたガンザが「なにをやっている」とジンヤのもとに駆けつける。灯りもつけない暗闇の中で、びくっとシズカの瞳の光が上下にぶれた。窒息寸前、ジンヤは大事には至らなかったが、下手すれば死んでいた。殺していたのだ、母であるシズカが。我に返ったようにシズカは「私、今なんてことを…」とうろたえ、己の行動に恐怖した。無意識でジンヤを殺そうとしていたのだ。

「私を止めてください!」

涙ながらにシズカはそう訴えた。なにかにとりつかれた様に豹変し、ジンヤに手をかけようとした。育児疲れで気が触れたわけじゃない。己の異常はシズカ自身も自覚し、悩んでいた。ジンヤに手をかけようとしたとき、意識があった。あったが、自分の意思では止められなかった。どす黒いなにかに己を奪われたように、普段のシズカなら起こさないことを起こしてしまう。

シズカの異常は日に日に悪化していった。はたから見れば情緒不安定な状態にしか見えなかったが、一部の者は気づき始めた。異変の原因は禍ではないかと。いつも傍にいるガンザはいち早くそれに気づいた。だがシズカの異変は禍だけではなく、あの男ヨウスケも大きな要因に違いないと思っていた。

シズカは夜中に突然別人のように凶暴になり、凶器を手にジンヤやガンザを殺そうとした。シズカの力は大したことないので、すぐに取り押さえられたが。そのたびに正気に戻り、そして己の行動を酷く後悔し傷ついた。

もしまた暴れだし、ジンヤたちを傷つけようとしたら、その時は殺してほしい。真剣な眼差しで、シズカはガンザにそう言った。北地のために生きてきたシズカは、自分の命よりも跡取りであるジンヤを最優先してほしいと強く願った。わかったとガンザは頷いたが、シズカを殺めることは本意ではない。できることなら、それ以外の方法で解決したい。つまり、シズカを苦しめる原因を絶つしかない。

シズカの件は四家の中でも問題視されるようになった。件は北地の中で済んでいるが、厳密に言えばヨウスケも関係している。ガンザは自分で解決するつもりだったが、そうもいかなくなった。シズカがおかしくなった原因は禍にあると風東当主のフウジが断言した。シズカの問題は他人事ではない、四家全体に関わる問題だといった。当主の中には、シズカを隔離し厳重に監視するべしという意見もあった。が、フウジの出した案は当主の誰もが思わぬ案だった。それが…

「禍の解封の儀を行う」
というとんでもない考えだった。近いうちに行うはずの封印の儀の間逆の行為だ。
フウジが言うには、禍は自然にあるべきではないのか? 禍を閉じ込めているせいで、シズカがその犠牲になり、跡継ぎであるジンヤの命さえ奪いかねない状況にある。思い返せば、当主たちの伴侶も病なり事故なりで若くして失っている。幸いにも跡継ぎは青年に育ち、その次の世代も生まれているが。ガンザだけは未だに独り身だが、ジンヤは跡継ぎとして認められた今、世継ぎを生む責務はない。

フウジの案は他の当主は当然のように反対した。もちろんガンザもだった。フウジも皆が受け入れるとは思っていなかったようで、仕方ないといった感じで諦めた。
禍の悪影響を最も受けているのが四家、特に四家に関係の深い女性は多くが不幸に巻き込まれている。たまたまと片付けるのはたやすいが…。

ガンザが当主会議から戻ると、屋敷はシンと静まりかえっていた。不安になりジンヤの寝ている部屋へ向かう。ジンヤはすやすやと静かに寝入っていた。ほっとしたのもつかの間、シズカが屋敷内にいないことに気づく。その原因はジンヤのベッドの傍に置かれた一通の手紙に記されていた。シズカからガンザに宛てられた物だ。

手紙に記されていた内容はこうだった。
今までずっと隠していたが、ヨウスケから何度も肉体関係を迫られている。関係を拒めば自分は封印の儀をボイコットするつもりだ。その原因をガンザのせいにして、と。本当は嫌だ、辛くて仕方ない、だが拒むことはできない。自分が我慢すればすべて上手くおさまる。ただガンザにだけは本当のことは知ってもらいたかった。
私が心の底から愛するのは、ガンザあなたであると。

手紙の後半インクが滲み、紙が波立っていた。シズカが書きながら涙をこぼしたのであろう。手紙には、今日もヨウスケに呼び出された、悲しいが従うしかない、こんな自分をどうか許してほしいと綴られていた。

胸がドンドンと鳴った。
なにかを悠長に考える間もなく、体は走っていた。
その先で、最悪の結末が待っているとも知らず。

『助けて、助けて』

あの時のように、シズカの助けを求める声がガンザを急かす。頭痛が襲ってくるが、頭を振り吹きとばす。幻が脳内で何度も映し出される。悪魔のようなヨウスケの顔、恐怖におののき助けを求めるシズカの姿。ガンザの中ではヨウスケは絶対悪となっていた。そうだ、禍とはあの男の存在そのものに違いないと。

視界の先に坂道を駆け上がっていくシズカの姿が見えた。そしてその後を追いかける欲望の化身のあの男の姿が!

迷いなどなかった、いや迷っている暇などなかった。普段から持ち歩いていた術紙を取り出し、指の皮を剥き血を滲ませる。北地の術を、ヨウスケの姿をした禍へと放つ。

「! 貴様ぁ、なにをする!」

呪術師であるヨウスケはすぐに呪術を使われたことを察知した。そしてそれが自分に向けられたものであると気づき激怒した。ヨウスケからすれば、同じ呪術師仲間である相手に術を使うなど、許されざる行為だ。呪術は禍にのみ放つことが許された危険な力だ。
ヨウスケも怒りに血が上り、水南の術で反撃する。
対禍ではない、呪術師同士の応酬。それは異常な光景だった。己が正義、相手が悪。ガンザとヨウスケ、互いに敵と憎しみ合い、殺し合う。

「やめて!」

反発しあう二つの術の中にシズカが飛び込んだ。彼女に止められるはずもなく、二つの力にはじかれて、道から足を滑らせ、崖下へと滑落した。悲鳴に体を打ち付けられる音に、ガンザとヨウスケも我に返りシズカの元へ向かった。

骨折した彼女の体は無残な形に曲がっていた。それでもなんとか意識はあり、弱弱しく口を開いた。ガンザの顔を見て、シズカはホッとしたように微笑した。そして「どうか、ジンヤを立派な跡取りに育てて…」と言い、そのまま目を閉じ、二度と動くことはなかった。



「――それが、叔母上の、いや母上の死の真相だったのですか…」

ガンザの昔話をじっと聞いていたジンヤがぽつりとつぶやいた。正座の上の拳をぎゅっと握り締め汗ですべりきゅっと音を立てた。キョウジも膝の裏にじっとりと汗をかいていた。ガンザの話し方は感情があまり滲まず、第三者が語るような口ぶりだった。だが妹の死を語るところではわずかに口元の筋肉が震えていた。ガンザの語ったことが100%真実であるとは限らないが、ジンヤの母シズカはガンザとヨウスケがもめたせいで死んだようなものだろう。幸いにも亡くなったのが四家の関係者だったから、秘密裏に処理されたのだろう。キョウジもいろいろとつっこみたい箇所があったが、それよりも、いっしょに話を聞いていたシズクにとってもショッキングな内容だった。父ヨウスケの知りたくなかった一面を他人の口から聞かされたのだ。いたたまれない心境だろう。気になってシズクを見たら、青い顔をしていた。
シズクは聞くべきではなかったのではと思ったが、ガンザがシズクに伝えたかったのは、ヨウスケの行いや個人的な感情ではなく、シズカに起きた異変に関することだ。先日ガンザがシズクに感じた異質感、かつてシズカに感じたものとよく似ていた。

「思いすごしであればいいが、どうしてもあの時の気味の悪い感覚を思い出す。彼女も妹と同じように禍の悪影響を受けているのではないか?」

ガンザの鋭い眼差しに、シズクはびくっと体を震わせる。

「シズクは禍と婚姻したと言ってるんです。時々別人のようになって…」
「キョウジ!」

シズクの状況をガンザに説明するキョウジの言葉を、シズクが非難するような声色で止める。さすがに痴女になってみんなにエロイことをするなど、シズクにとっては恥ずかしくてやめてほしいだろう。ジンヤやジンヤの父の前で醜態を暴露されることは本意じゃないはずだ。

「普段の優しい彼女とは違う言動や行動をとっています。それが禍の影響だとするなら、早急に手を打つべきです」

ジンヤがガンザに訴える。ここ最近のシズクはおかしい。争いあうキョウジとジンヤの様子を愉快そうに見ていたり、キョウジに酷いことをされたとキョウジの悪行を訴えていた。彼女の行動はキョウジを陥れるように見える。悪意をもっての行動。
当主会談ではヨウスケは一方的にキョウジが元凶だと決め付けたような発言をしていた。娘が酷い目に合わされたということでヨウスケは感情的になり、娘の変化に気づいていなかったのだろう。
人の絆は些細な事であっけなく綻びる。
疑心や憎しみ、負の感情は禍を活性化させる。禍は不幸を呼ぶ。一度できた亀裂は簡単に悪化する。自分たちの代もだが、今の跡継ぎ世代も、信頼感など薄まるばかりだ。ヨウスケはなにかと誤魔化しているが、四家当主はクマオの能力は時期当主の域に達していないと見ているし、天才と言われ跡継ぎ勢でリーダー格のマサトはキョウジに対して強い不信感を抱いている。今の四人に封印の儀をまかせられるとは、とても言えない。口にはしないがそれはガンザ以外の当主も同じ意見に違いないだろう。

「それからマサトの奴が言ってたけど、結界がいたるところ綻びているらしい。シズクが結界の森に出入りしていることで禍を活性化させてるようだし。儀式より先にそっちを何とかするべきじゃないか?」

「それは本当か?」

キョウジの発言にガンザが驚いたように声を上げた。やっぱりマサトの奴大事なことを当主に話してなかったんだ、とキョウジは心で呆れつつ、「はい、マサト自身がそう言ってました。たいしたことじゃないから、当主の手を煩わせたくないと」

「そうか、マサト殿を呼んでいろいろと聞かねばならないな」

「わたしあの人はちょっと」
マサトの名前を聞いてシズクはびくりと肩を跳ねさせながら立ち上がった。キョウジもマサトは苦手だが、シズクの態度は過敏すぎる。三人とも驚いたように彼女を見上げた。

「おいシズク、なにもマサトの奴と二人っきりで会わすってわけじゃないし、そこまでびびることないだろ」

落ち着かせるようにシズクの肩を叩いたキョウジを、反射的にシズクは「いやっ」と跳ね除け、キョウジの頬を平手で打つ。

「触らないでっ」
「いってー」

じんじんと痛む手のひらを、はっとしたように引っ込めて、だけども己の行為を謝りもせず、シズクはぱたぱたと部屋を飛び出していった。
キョウジに触れられることを極端に拒んでいるようだった。少し前までは、そんなこともなかったはずなのに。

「おい、キョウジ」

いてーと頬を擦ったまま動こうとしないキョウジをジンヤが急かす。あのままシズクをほおっておいていいのかと。だがキョウジはシズクを追いかけようとしない。逆に「ジンヤお前が様子見てこいよ」とジンヤを促した。ジンヤは少しためらいつつ、「父上様子を見てきます、失礼します」とガンザに頭を下げ部屋を出た。

「(あいつドンドン悪化しているよな。早くなんとかしないと、嫌われすぎて殺されるんじゃねぇの?)」
赤らんだ頬を擦りながらキョウジは思った。鍵を握るのはマサトか…。頬だけでなく胃も痛んできた。
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