島魂粉砕

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  第三十八話 ガンザ語る  

北地の修行場でジンヤを無事(スミエのせいで負傷してしまったが)保護し、キョウジたちは北地家まで戻った。先頭を歩く当主のガンザは変わらず無口で、そのあとをかわいそうなほど大人しく、ジンヤがついていく。聞きたいことはあるが、「戻るぞ」と一言渋い顔で言われ、ジンヤは大人しく「はい」と返事して付き従う。
今のジンヤの心境はどんなものか。それは当の本人にしかわからないだろうが、きちんとガンザが説明しない限り、親であり疑念という感情は消えないだろう。キョウジにしてもきちんと説明してもらうつもりだった。ジンヤの出自については明らかにしてもらわないと、北地だけの問題でなく四家全体の問題だからだ。ジンヤの無事に安堵しつつも、重苦しい空気にシズクの表情も暗く陰る。

門をくぐり、北地の屋敷へと入る。にぎやかな風東家や使用人のたくさんいる西炎家と違い、北地は悲しいほど静かだ。今ここには家主のガンザとその息子ジンヤと、来客のキョウジとシズクしかいない。キョウジについてきてしまったが、ここにいていいのかという視線をチラチラとシズクが送っている。

「入れ」
と無愛想に低い声で、ガンザが当主の間へとキョウジたちを通す。座りはしたがいたたまれず、「わたしは帰ったほうが…」とUターンしかけるシズクを引き止めたのはガンザだった。

「待ちなさい。君にも関係のある話だ」

「え」どういうことか聞き返したかったが、岩のように硬いガンザの顔に気軽に話しかけられる雰囲気はない。おずおずと座る。ガンザの見抜くような目が怖くて直視できず、気まずく下を向く。反してジンヤはじっと父の顔を見たままだ。ジンヤの態度にもガンザは動じることなく「本当のことを話す」と低い声で語り始めた。それはここにいる皆がショックを受けるような内容だったが、皆ガンザの昔話に静かに耳を傾けた。


遡ること二十年前、今の跡継ぎ世代ではクマオとマサトしか生まれていなかった頃、現当主たちの世代は数年のうちに封印の儀を行う手はずになっていた。当時、早くに父である当主を亡くしていたガンザは若くして当主の座に着いた。同世代の中では一番堅苦しい考えを持ち、趣味を持たず、呪術師としての務めしか行わなかった。彼を真面目でしっかりした男だと評価する反面、つまらない男だと同世代の者たちは思っていた。たとえどう世間に思われようと、ガンザは気にしなかった。好きに思えばいい。たった一人、己を理解してくれる人がいる。それが二つ違いの妹で、今となってはガンザのただ一人の家族シズカだった。
シズカも厳しかった父のしつけどおり、真面目に生きてきた娘だった。十五歳まで学校に通っていたが、同年代の女子に誘われても、遊びに出歩くことはしなかった。学業が終わると一目散に家に戻り、家のことを手伝う。跡継ぎである兄ガンザの身の回りの世話をし、文句も言わず何でもやった。他の家では家政婦や使用人がする家事全般もシズカが行っていた。年頃の少女なら、女友達と遊んだり、恋人がほしいと夢見たりもするだろう。学校で好きな人ができたのかどうかは定かではないが、恋に現を抜かすことは未だかつてなかった。兄同様趣味を持たず、ひたすらに家のことに尽力する。父によってそのように育てられたシズカは遊ぶことを知らなかった。家に尽くすことが、むしろ悦びであると後の彼女は語っている。
ガンザは特別口にはしなかったが、そんなけなげな妹に感謝していた。そして妹として以上に、彼女を強く想っていた。厳しくしつけられたガンザも、異性と知り合う機会はほとんどなかった。折を見て父は見合いをさせるつもりだったが、その前に他界してしまった。

シズカは悩んでいた。北地家の今後について。当主であるガンザは妻を娶る予定はないと断言した。北地家はガンザとシズカだけ、他に兄弟はいない。ガンザにもしものことがあれば、跡継ぎがいない。次の次の封印の儀が成立しなくなる。真面目なガンザならわかるはずなのに。ガンザは独り身でいる理由は頑として説明しなかった。大人しいシズカもそれ以上強く言えず、どうすればいいのかと一人思い悩んでいた。幼い頃から、お前が次期当主のガンザを支えてやれ。せめて婚姻の儀までは。といつになるかハッキリしない一方的な約束をさせられた。兄にしても自分にしても、婚姻の予定など今のところない。

兄のことだからなにか考えがあるのだろう。しかし、悠長に構えてていいものだろうか。もし、いつどこで…、突然死した父のこともある。シズカは常にその不安に怯えていた。

思い悩むシズカに近づいた人物がいた。それが水南の嫡男ヨウスケだった。人当たりがよく、すでに跡継ぎも生まれていたヨウスケに、人見知りがちなシズカも徐々に打ち解けていった。聞き上手なヨウスケに、すべてというわけではなかったが、現状の不安な悩みの相談にものってもらった。堅物のガンザと明るいヨウスケは正反対で考えも相容れない。お互いあまり仲がよくなかったため、シズカも一方的に苦手意識を抱いていたが、そんな考えも変わっていった。だが、シズカの悩みが解消することはなかった。

日々を重ねるにつれ、シズカはヨウスケに打ち解けていったが、家のこと最優先で、日が暮れる前には必ず帰宅していた。それとなくヨウスケが口説くがまったくなびかなかった。元々ヨウスケはシズカが気になっていた。これを機にシズカをものにできないかと思っていたが、上手くいかなかった。

ヨウスケはシズカが自分になびかない原因はガンザにあると思いこんだ。現に彼女は家の将来のことで悩んでいる。他の跡取り勢は皆妻を娶り子をなし、または作ろうとしている。なのになぜガンザは婚姻を頑なに拒むのか。以前そのことでガンザ自身に、男の機能に異常でもあるのか?とからかったことがあるが、否定された。そうではない別の理由があるのだとすると…。
兄と妹、お互いに接した異性がいない。ガンザも自分と同じく性欲盛んな年代のはずだ、その欲望はどこで発散させるのだ?特別趣味がある様子もない。呪術師の務めだけの日々、そんな色のない日常ヨウスケには理解不能だった。
「そうか、あいつら兄妹でできているのか」
ヨウスケはそう思い込んだ。もう、そうとしか思えなくなっていた。

以降、ヨウスケはあからさまにガンザに嫌がらせをするようになった。ガンザとシズカの関係を汚らわしい兄妹関係だと非難した。シズカは否定したが、なぜかガンザは否定せず、無視を貫いた。ガンザの態度はますますヨウスケを憤慨させ、二人の関係は取り返しのつかないところまで険悪になることになる。

ある日、シズカはなにを思い立ったのか、手紙を残し、北地家から姿を消した。突然のシズカの失踪にヨウスケはなにがあったのか説明しろと騒ぎ立てたが、ガンザにはまったく心当たりがなかった。心配ではあったが、無感情のようにいつものごとく無言を貫く。そこに割って入ったのが風東当主フウジだった。フウジが言うには、シズカはあるところにいる。彼女との約束で場所も理由も説明できないが、元気でいる無事とのこと。そのうち皆の前に帰ってくる、心配しなくていいと言った。ガンザもヨウスケも納得いかなかったが、シズカは音信普通のまま時は流れた。

フウジが言ったとおり、シズカは無事北地家へと戻ってきた。しかし以前とは状況が異なっていた。彼女は赤子を抱えて帰ってきたのだ。さすがに冷静なガンザもどういうことだと驚いた。シズカが言うには赤子は間違いなく自分で生んだ子供、ただし父親については教えることはできないといった。
妻を娶るつもりも、跡継ぎを作る気もないガンザに変わって、シズカは自分が跡取りを生むという決意をしていたのだ。シズカがどんな想いで子を生もうと決意したのか、ガンザにはわからなかった。父親については明かせないという部分も解せなかった。言えない相手ということになるのか。となると…、思い当たる人物は一人しかいなかった。

四家の会議で、シズカの子を正式に北地の跡取りと認めるということで話はまとまった。当の北地当主のガンザは複雑な面持ちだったが、フウジが当主たちを説得し、なにより跡取りを育てることが大事だと結論づけた。
シズカが子供を生んだという話はヨウスケの耳にも入った。すぐに子供を見にいった。シズカはヨウスケにも父親のことは話せないと頑なに口をつぐんだが、赤子の顔を見てわかった。赤子はガンザに似ていたのだ。シズカとガンザは兄と妹だから子供が似ていても不自然ではないのだが、ヨウスケは父親はガンザだと思い込んだ。説明できない相手となれば一人しかいない。

ヨウスケとガンザ、互いの思いこみがより亀裂を深めた。二人の不仲は四家内でも知ることとなり、近いうちに行う手はずの封印の儀が無事行えるかどうか、不安が広がった。
シズカはなんとかガンザにヨウスケと和解するよう頼んだが、頑としてガンザはきかなかった。
「わかりました。私があの人にお話しに行きます」
そう言ってシズカは出て行った。

胸騒ぎがあった。ガンザは少ししてシズカを追いかけた。心の中でアイツとはなにもないなにもないと言い聞かせながら、だけども、シズカの相手はヨウスケではないのか?という疑心が消えないまま。

ガンザの進路先にシズカの姿が見えた。こちらを向いて、悲しそうに目元を潤ませている。
「助けて、兄さん。私あの人に、酷いことを…」
あの人?酷いこと?ハッキリとは言わないがガンザはそれがヨウスケをさしてのことだと思った。駆け寄るとシズカは幻だったように、霧のようにとけて消えてしまった。
「?! 今のは」
不思議な体験だった。心配のあまり脳が見せた幻覚かもしれないが、それにしては鮮明だった。そして、今感じた感覚に覚えがあった。日ごろから禍を相手にしているガンザだからこそ気づいた感覚、禍と接した時に感じる不快感。しかしそのことを疑問に思うより、不安が走った。ヨウスケに酷い目に合わされているのかもしれない。ヨウスケは自分をそして思い通りにならなかったシズカを憎んでいる。

「助けて、助けて」

木霊のように響いてくる。実際に聞こえるわけじゃない、だが幻聴とも言い切れない不思議なソレ。シズカのSOSに違いないとガンザは思った。
ガンザの嫌な予感は的中した。結界の森近辺の森の中、なにか言い争うような男女の声がした。
「(シズカ!)」
間違いなくソレはシズカとヨウスケの声だ。嫌な脂汗が浮き上がり、ガンザの草履は森の土を抉りながら走る。

「なっ」

外れてほしかった予感は的中した。駆けつけた現場には、乱れた姿で横たわるシズカと彼女に馬乗りになり下半身を露出したヨウスケがいた。
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