島魂粉砕
第三十七話 聞けよジンヤ
ジンヤに連れられて、呪術師として鍛えなおすという口実でリンチに遭い。
禍を解き放つべきというマサトのとんでもない考えを聞き。
姿をくらましたシズクとクマオを追いかけた先で、ヨウスケの口から放たれたジンヤの出生の秘密。
そのジンヤは父ガンザが近親相姦の事実を認めたと勘違いし、家を飛び出した。
いろいろとあった濃い夜は明け、白い靄の立ち込める早朝、北地の門の前でうろうろとする人影があった。
人の気配を感じ、家主のガンザは表に出た。ガンザに気づいた相手は驚いて挨拶の言葉も出てこなかった。
ジンヤをさらに渋く険しい顔にしたガンザは、愛想など皆無だ。鋭い眼光でその相手に「なんの用だ?」と訊ねる。
「あ、あのその…」
きょどるその相手は水南の息女シズクだ。あのヨウスケのことだ。娘に北地には近づくなと散々言って聞かせているはずだろう。それがたった一人で、こんな時間に一人でこんなところにいるのは不自然だが、ガンザも感づいた。ジンヤを心配してきたのだろう。昨夜のキョウジにしても、ずいぶんとジンヤのことを心配していた。自分に似て交友の狭いジンヤだが、想ってくれる友には恵まれていたようだ。ジンヤも不器用だが根は優しい子だ。そういうところは母親に似たのだろう、と静かにガンザは心に想った。
亡くなったジンヤの母を思い出したとき、目の前の少女と重なって感じるものがあった。既知感。それはいい意味のものではなく、気味の悪い系統のものだ。
呪術師であるガンザだからこそ感じた感覚。
「君は…」
険しい顔で近づくガンザに、シズクは慌てた様子で「すみません」と謝って、走り去ってしまった。
伸ばした手をそのままに、ガンザはシズクの後姿を見ながら、なにかを考えていた。ひっかかるものがある。酷く、気に障るものを感じたからだ。
「おはようございます!」
「! ああ、おはよう」
シズクとは入れ違いの形で反対方向から現れたのはスミエだった。
「あの、ジンヤさんはもう出られて?」
訊ねるスミエに、ガンザは「いいや」と首を振る。ジンヤはあれから家には戻っていなかった。朝になってもその姿は北地家にはなかった。厳しくしつけてきたのに、無断外出など今までにはなかった。真面目なジンヤが反抗期に突入か? いや原因は昨夜のやりとりにあった。キョウジにも指摘されたが、ジンヤの質問にちゃんと答えてやらなかったせいだろう。ジンヤは近親相姦で生まれたと誤解したままだ。
「それじゃあ、あの後は家に戻っていない? ということはまさか…(どこかのホモ野郎のところに潜り込んで?)」
ぐぬぬぬと唸りそうなスミエのつぶやきに、ガンザが反応する。
「ジンヤはスミエさんのところに行ったのか? アイツめ、非常識なことを…、ご迷惑をかけて申し訳ない」
ガンザはジンヤが婚約者のスミエのところに逃げ込んだのだと思ってしまったが、それは違うと即座にスミエが否定した。
「いいえ、ジンヤさんはすぐに出て行かれましたのよ。アタクシはてっきり家のほうに戻られたのだと思ってましたけど。…でも、いつもと様子が違いましたから、気にかかってまして…」
ジンヤはスミエのところではなかった。もしかしたら、あの後キョウジと会ってキョウジのところにでも行ったのかもしれない。ガンザは勝手にそう思い込んだ。
北地へ向かうキョウジはこちらへと歩いてくるシズクに気づき、声をかけた。
「ジンヤのこと心配してきたんだろ? 僕もアイツのところ行くつもりだし、一緒に来いよ」
「なんで平気なの? あんなことしておいて…」
警戒する顔つきでシズクの言うことに、キョウジは「はぁ?」と意味がわからず首をかしげる。あんなこととはどんなことなのだろうか? だが今はそんなことよりも、ジンヤのことが気になる。シズクもジンヤのことは気にかかっているはずだろう。
「なにいってんのかわかんねーけど、早くジンヤんち行くぞ。親父さんに見つかったらまためんどくさそうだしな」
ヨウスケに騒がれるとまたいろいろとややこしいなと思い、シズクを促す。なにか言いたげな複雑な顔をしていたが、「うん」と頷いてシズクはキョウジのあとに続く。
北地家の門の前に来て、キョウジは思わず「ゲっ」と声を漏らしてしまう。門のところで鉢合わせたのはスミエだった。スミエのほうも不快そうに顔をゆがめ「こんなところでなにをしてるんですの?! このヘンタイドブ男!」と暴言を吐いた。前にもジンヤにぼやいていたが、キョウジはスミエが苦手だ。向こうも向こうでキョウジのことを酷く毛嫌いしているが。嫌われる要因が自分にあるとはいえ、ここまで長年しつこく罵られることになるとは思いもしなかった。いい加減忘れたほうがお互いの精神にもいいんじゃないかと思うが。
キョウジに睨みをきかせた後、スミエはキョウジの後ろのシズクに目をやった。
「まったくシズクさんも趣味が悪いんですのね。お兄様じゃなくこんなゲス野郎を選ぶだなんて。理解に苦しみますわ」
別に選ばれていないけど、マサトだって変態野郎だろ。とキョウジは心の中で突っ込む。そんなこと口にすればスミエの怒りに油を注いでますますヒートアップすること間違いなしだ。
スミエを無視して通り過ぎようとしたキョウジたちだが、スミエからジンヤがここにいないことを告げられる。
「ジンヤさんなら帰ってきてないそうですのよ。あの人、ご当主様に許可なく無断外泊したそうじゃありませんの! まったく非常識にもほどがありましてよ! 一体どこにいったというんですの? 白状なさい! 風東キョウジ!!」
「うぐっ、知るかよ。こっちが聞きたいって…、アイツ戻ってないんだよな」
「心当たりあるの?」
うーんと考え込むキョウジにシズクが訊ねる。シズクにもジンヤの行き先に心当たりはない。
「今のアイツの心境を考えれば、誰にも会いたくないと思うんだよな。…てことは」
行きそうな場所に目星はついたが、すぐにがっくりとキョウジは肩を落とす。
「北地の修行場だろうな。僕らに行くことはできない」
修行場には関係者以外は入れないように術を施してある。立ち入れるのは修行を行うジンヤと当主のガンザだけだ。
がっくりしたキョウジは、「あ、そういえば」と思い出したようにシズクのほうを見た。
「お前なら行けるんじゃないか? 瞬間移動できるんだろ」
「え、なによそれ、そんなことできるわけ」
ないとシズクは否定したいが、無意識に瞬間移動をしてしまっている。とはいえできるなんて簡単に言わないでほしい。そんな便利な力自在に使えるならとっくに使っている。
「人を便利扱いしないでよ」「やっぱムリか、てことは」
「なんですの? さっきから二人でこそこそと。ジンヤさんに悪知恵したのはやっぱりアナタですのね? クズドブ男!」
スミエに絡まれるとやっかいなので、今すぐ帰りたい衝動にかられた。やんややっているところにこの家の主のガンザが岩のような顔つきで現れる。
「やれ今日は来客の多い日だ」
ギロリとキョウジたちのほうを見やるガンザに、ムッと顔をしかめるキョウジに、シズクはばつが悪そうに目をそらす。二人の態度にもガンザは表情を崩すことなく「ジンヤなら戻っていない」ときっぱりと言い放つ。
「北地の修行場に入らせてください!」
キョウジたちに背を向け屋敷へ戻ろうとしたガンザに、キョウジが訴える。
「ジンヤからそこにいると連絡でもあったのか?」
そんなはずないだろ、とキョウジが心の中で怒りつっこむ。
「アイツの今の心境を考えれば誰にも会いたくないと思うんです。だけど、たった一人、アイツがすがっているものはあるような気がして…」
ハッキリとキョウジは言わない。それは当の本人に気づいてほしいからだ。
「一緒に来てくださいよ。そこでアイツにちゃんと話してやってください」
頼み事なのに偉そうな物言いになってしまった。ガンザであれば無礼だと叱り飛ばすところだろうが、事態が事態だ。険しい顔つきのままガンザは屋敷に踵を向けキョウジたちの間を通り過ぎる。
返事をしなかったが了承してくれたということだろう。キョウジたちも北地の修行場のほうへと向かう。
袂から術紙を取り出し、ガンザが術を唱える。修行場へ向かう唯一の山道、目に見えない扉の鍵は無事開かれたようだ。入れ、とガンザが目で合図する。禁断の修行場へとキョウジとシズク、そしてスミエが立ち入る。山道を登る。ごつごつとした岩肌の山は頂上に向かうにつれて身を隠す場所は少なくなる。頂上付近に立つジンヤを見つけた。
「ジンヤ」
ジンヤは一人佇み、なにを思うのかどこか遠くを見ていた。
背中には覇気がなく、憔悴しているようにも見えた。
声をかけようとしたキョウジだが、ためらう。アイツの誤解を一刻でも早くといてやりたいが、近親相姦ではなかったことを告げるかわりに、それはジンヤにとってはもっと酷な話をするはめになるだろう。ひょっとしたら近親相姦の子のほうがマシだったかもしれない。
シズクもキョウジの後ろでジンヤになんて言ってやればいいのかわからず、切なく遠目に見ることしかできなかった。ジンヤを傷つけたのは父親のヨウスケの暴言が原因だ。
とまどっている二人の間を風が駆け抜けた。それは肩を怒らせながらジンヤへと向かっていくスミエだった。止める間もなく、スミエはジンヤに近づいていた。
「アナタ一体なにやってたんですの? 無断外泊だなんて、非常識にもほどがありましてよ! ご当主様にも心配をかけて、自分がどれだけ愚かなことをしでかしたか、自覚してますの?」
鬼の形相のスミエはこの距離からでも十分恐ろしかったキョウジだ。至近距離のジンヤの恐怖はいかほどのものか。などというキョウジの心配は無用だった。普段のジンヤなら負けじと言い返すところだろう。だが、今のジンヤはスミエの口撃に反論しない。逆に「そうだ、そのとおりだ」と素直に認めたのだ。いつもと違うジンヤの反応にスミエも驚くが、情けないジンヤの姿にさらに怒り狂う。
スミエが腕を振り上げ、渾身の拳がジンヤの頬を打つ。
「げっ!」
遠目からでもその衝撃のすさまじさに、キョウジとシズクは思わず目を瞑ってしまった。パンチを食らったジンヤは背中から地面へと倒れこむ。スミエの力が凄かったせいじゃない。ジンヤがフラフラすぎたせいもある。
「ぐふっ」と吐血しながら、ふらふらとジンヤが立ち上がる。赤くはれ上がった頬を押さえながら、その顔は怒りでもショックでもなく、感極まった顔をしていた。
「もっと、もっとだ。もっと俺を殴ってくれ! もっとめちゃくちゃにいたぶってくれ!」
殴られて、もっともっとさあさあと更なる拳をジンヤは求める。さすがにそんなジンヤにスミエもじりりと引きぎみになる。一歩後ずさり、もう一発顔面に浴びせる。
「このヘタレホモ野郎! 地べた這い蹲って猛省なさいな!」
赤らんだ手を撫でながら、スミエは「ふん」と鼻息荒くジンヤの元から去っていった。通り過ぎる鬼のようなスミエに、恐怖で飛びずさったキョウジは危うく道を踏み外しそうになった。冷や冷やしつつも痛々しい姿のジンヤのほうへ近寄る。
「は、なにに謝ればいいんだ。…いや、許されなくていい存在なんだ俺は」
地面を見つめたまま流れる血をそのままにしたジンヤに、おずおずとキョウジが話しかける。
「なあジンヤ…」
「封印の儀をやりとげたら、…死のうか童貞のまま。近親相姦の血など継がせるわけにはいかないだろうからな」
キョウジに気づかず、ジンヤは一人つぶやく、ずいぶんとネガティブなことを。
「聞けよジンヤ、お前は近親相姦で生まれたんじゃないんだって」
「慰めなら結構だ。父上は認めたんだ。俺も受け入れるしかないんだ…」
「いやだからな、お前の親父さんは認めたんだよ、童貞だってことを」
「ああそうだ俺は童貞だ。今までも、これからも、永遠にな」
キョウジの言葉にジンヤは答えるが、コイツさっぱりわかってないとキョウジはイラッして息を吸い込む。
「だから、お前ら童貞親子なんだっつってんだよ!」
パチンとジンヤの見開いた目がキョウジを見る。数拍置いて、「なんだとー?」ジンヤのリアクションが返ってきた。
「どういうことだ? 父上が童貞だと? なんだそれは意味がわからんぞ、バカにしているのかお前!」
いつものジンヤ節が戻ってきたが、それに安堵している場合ではない。キョウジこそ説明してほしかった。発言した当人、北地当主ガンザの口から。
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