島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第三十四話 ジンヤが危惧すること  

キョウジの脳裏にフラッシュバックする。あの時、クマオにボコボコにされて、酷く負傷したこと。
本気で殺されると思った。体はあの時の恐怖を覚えている。
そして今もだ。今もクマオはあの時のように、激しい憎悪でもって、キョウジに襲い掛かる。


「シネ!」

ブンブンと空気を抉る音が鼓膜を震わす。クマオの渾身のパンチを食らえば、だだではすまない。
ジンヤの呪術より、はるかにやっかいだ。

「殺されてたまるかっての」

クマオから距離をとってキョウジは攻撃をかわす。かわしながら、シズクの様子を伺うが、シズクはクマオの後ろに隠れるように身を潜ませている。

「ちょっといくらなんでもやりすぎだ! やめてくださいクマオさん!」

キョウジの後方からジンヤの声が響く。クマオの行動は段取りと違う。呪術でもってキョウジを鍛えると言う話だったはずだ。がクマオの行為はただ暴力でもってキョウジを傷つけようとしている。
しかもただごとではない殺意でもって。
が、ジンヤが叫んだところでクマオが止まるはずもなく、ギリギリと狭められた視界はキョウジしか捉えていなかった。

「聞くわけないって、この人は前にも僕を殺そうとしたしな」

クマオの攻撃をかわしながら、キョウジはそうぼやく。月明かりの明るさだけで、足元はろくに見えない。地面のでっぱりに足をとらわれ、キョウジはよろける。そこを狙ってクマオの豪腕が振り下ろされる。

「やべっ」

とっさに身をひねらせてかわそうとしたが、かわせるはずもなく、反射的に目を閉じてしまう。

「キョウジ!」

ジンヤの声がすぐ近くで聞こえた。クマオの攻撃はキョウジには届かなかった。クマオが殴りつけた人影は、ボロボロと崩れ落ちていく。ジンヤの呪術による土人形だった。とっさに放った北地の呪術でジンヤはキョウジのダミーをキョウジの前に作った。がそれも一時しのぎの技だ。偽者は崩れ落ち地面と同化した。すぐにクマオは本物の座り込んだ状態のキョウジめがけて殴りかかる。

「やめろ!」

クマオの拳をジンヤが両腕で防ぐ。

「ぐぅっ」

衝撃でジンヤはキョウジのほうに倒れこむが、クマオも反対方向に倒れこんだ。ジンヤが庇うようにキョウジの前に立ったとき、キョウジは援護するように呪術をクマオめがけて放ったのだ。些細な風圧の術だが、クマオの打撃を弱める効果はあった。キョウジの援護にジンヤも気づいていたようだ。だがそのことに互いに礼を言うことはしない。緊迫した空気がまだそこにある。


「ソイツコロス、邪魔するお前もコロス」

ギギギと異音を口から出しながら、目を剥いてクマオは怒りを収めはしない。

「俺たち呪術師同士がつぶしあってなんになると言うんだ? こんな状態で、封印の儀が行えるものか!」

キョウジとクマオの間に立つジンヤの声が闇の森の中響く。呆れと苛立ち…不信感があった。

「よかった、ジンヤ、お前はまともだったんだな…」

ほっとするようにキョウジが吐いた。がジンヤはそれに頷くでもなく「ふざけるな!」と怒りの声で返す。

「キョウジ! 俺はお前を許したわけでも、信頼しているわけでもないからな! クマオさん、あなたにしても個人的な感情でキョウジを殴ろうとした。四家の呪術師の使命を自覚しているんですか? こんな状態で、禍を封印できるとは思えん」

キョウジにしてもクマオにしても、呪術師の跡取りとして自覚が薄いように思えた、ジンヤからすれば。ジンヤと比べれば、二人とも自覚が薄いに違いないが。
クマオはそれを否定することなく、後ろにいたシズクを乱暴に抱きしめた。

「シズク、シズクいればいい。シズクだけ、守る」

だだをこねる子供のように、涙声でクマオはそう繰り返す。

「兄さん、苦しい、離して…」

困惑するシズクの要求にもクマオは耳を貸さない。「シズク、シズク」と名前を連呼しながら、シズクを硬い己の胸にきつく抱きしめる。

「おいクマオさん、アンタいい加減にしろよ!」

クマオの肩を押して、キョウジはクマオからシズクを引き離そうとする。泣き顔からぐわっと鬼の形相になり、クマオが再びキョウジを殴ろうと拳を振り上げる。

「やめて兄さん! 離れて!」

びくりっとクマオの体が振るえ、口元にしわ寄せ丸く剥いた目は驚愕の表情になった。縛が解かれ、そのすきにシズクはクマオから離れる。

「ううシズク…」

クマオを止めたのはシズクの拒絶ともとれる声だった。酷くショックを受け、大の大男が情けなくもボロボロと泣き地面に顔をこすり付ける。そんなクマオを見てシズクはちくりと心が痛んだが、そうしなければもっと傷つくことになっただろう。キョウジとジンヤはシズクとは別の心境でクマオを見た。クマオの姿は異様に映る。ただの妹の想いで早とちりする兄…の域を超えている。

「シズク、大丈夫か?」

クマオから離れ立ちすくんだままのシズクの腕をキョウジが掴む。

「いやっ!」

ぱしんと乾いた音が森の中に響く。掴まれた瞬間、シズクは反射的にキョウジの手を叩いた。叩いた瞬間、自分の行動にショックを受けたようにシズクは固まるが、それにショックを受けたのはシズクを見ていたジンヤだった。

ジンヤの記憶の中のシズクは、キョウジのそばにいて楽しそうに笑っていた。心を許した相手なのだとわかるくらい打ち解けて、日常の動作のように違和感なく、互いの手を掴んで触れ合って…。
自分が相手の時はそうはいかなかった。お互い意識しすぎていた面と、童貞で女慣れしていないジンヤのせいであったにしても。キョウジとシズクの関係を羨ましく思うこともあった。シズクのことを一番わかっているのは、キョウジなんだと思っていた。
シズクのことを愛していながら、一緒になるつもりはなかった。厳格な父のように、己の使命を最優先して、四家の呪術師として生きる。父の決めた相手と婚姻し、封印の儀を行う。その道に一切の迷いなどない。…が、シズクへの想いから生涯童貞を貫こうという矛盾した決意も生まれた。

以前、シズクがマサトとの縁談で悩んでいた時、ジンヤはキョウジにシズクと婚姻するように頼んだ。それがシズクにとっては一番いい道だと思った。兄妹のように仲のよいキョウジとなら、シズクはムリをすることなく幸せな日常を送られるだろうと。キョウジとの関係も変わらないままで。
だが、そう上手くはいかず、二人の関係は悪化した。シズクやマサトたちが言うには、キョウジが乱暴をするようになったという理由でだ。
キョウジがシズクを傷つけるだろうか? ジンヤは信じられなかった。が、シズクに対して呪術を行使する場面を目撃してしまった。
その時にキョウジは、シズクは禍と婚姻した。と言っていた。呪術はシズクの中の禍に対して行ったものだと。
禍と婚姻、そんなことが可能なのだろうか?
ジンヤにわかるはずもないが、だが感じる違和感。シズクに対して。以前北地の修行場で会った時、普段のシズクとは違うようにあった。キョウジに酷いことをされたと訴えていた。それが本当ならとんでもないことだが。

『兄ちゃんがシズク姉ちゃんを傷つけるわけないって!』

メバルはそう訴えていた。メバルがキョウジを庇って嘘をついている? いや、そうじゃない、メバルはキョウジを信じているからだ。キョウジを、シズクを想うキョウジの気持ちも。
ジンヤも同じだ。キョウジはいい加減なところがあるが、シズクを傷つけることはするはずないと、そう感じている。

「(そうだ、変わったのはシズクのほうだ。…いや、シズクがなにか勘違いをしている可能性もある)」
クマオがいる手前、シズクに聞くことができないが、ジンヤはそう感じながら、シズクから真実を聞きだせないかと考えていた。


クマオの暴走でキョウジを鍛えるどころではなくなったため、ジンヤたちはマサトの元に戻った。
道の途中にある簡易の寄り合い所にて、ジンヤは愚痴に近い報告をする。

「このままでは本当に封印の儀は失敗します! キョウジを叩きなおすだけじゃ解決しそうにありません」

ダン!と床を叩きながら、ジンヤは怒りをあらわに主張する。クマオはシズクに拒絶されてしょんぼりとめそめそと情けなくも泣いていたが。ジンヤの熱い主張にさっぱりと関心を示さない。クマオに限らず、キョウジにしても、封印の儀よりやらなきゃいけないことがあると言って話がかみ合わない。ジンヤにとって頼みの綱はマサトだ。

「ええそうですね、失敗しますね」

マサトの返事は鬼気迫る感じても憂う感じでもなく、のほほんとした調子だった。まるで他人事のような…。マサトの対応にさすがにジンヤもキレ気味に「なにをのん気に、緊急事態ですよ!」と返す。

「マサトは封印の儀に意味がないってわかってるんじゃないか?」

あぐらをかいて半目のキョウジがイヤミっぽいため息を吐きながら言う。

「おいキョウジお前なにを言って」くわっと怒り立つジンヤに反して、言われたマサトはにこにこ顔を崩さずに「キョウジ君と意見が合うのは激しく不愉快ですが、その通りですね」と答える。

「えっええっ、マサトさん、あなたなにを言って…」

一人立ち上がり驚愕の眼でマサトを見下ろすジンヤ。さらりととんでもなく問題発言だ。マサトの発言は、ジンヤが信じてきたもの、信念をぶち壊すものだ。四家の存在理由をぶち壊しかねない発言だ。


「私の考えでは、封印の儀は行わないほうが将来的にベストだと思っています。
禍は、いっそ解き放つべきですね」

マサトは何を言ってるんだ? さっぱり理解不能なジンヤのカッカする頭は凍りつかされた。
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