島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第三十三話 荒療治と言う名のリンチ  

有無を言わさぬ勢いで、キョウジはジンヤに連れて行かれた。涙目で不安な顔した弟をあとにして、キョウジが連れてこられたのは、島の北部にある北地家の修行場近辺にある山だった。
すでに日が暮れ空には星がちらつき始めている。暗い山道を点々と灯篭がほのかに照らす。その不気味に揺れる炎を見て、キョウジの胃はキリキリと痛みだしそうだ。嫌な予感がする。それは会いたくもない嫌な相手に対して感じるもの。

「お疲れ様です、ジンヤ君」

うげっ、と思わず声を漏らしてしまいそうになった。月明かりと灯篭の灯りに照らされて、気色悪く微笑むマサトが待っていた。ここに来るまでにジンヤにわけを話そうとしたが「お前が悪い」の一点張りでまともに聞く耳を持たなかった。頑固というか、しばらく見ない間にジンヤはすっかり…

「(マサトの言いなりになってんのかよ…)」
とキョウジはげんなりする。

「さて…」
とマサトが口にしたのはとんでもないことだった。

「キョウジ君、君はとんでもないことをしでかしました。君の過ちはけして他人事ではありません。四家の跡継ぎとして、私たちは次の封印の儀を行わなければならない立場です。失敗は許されない、とても責任の重い仕事です。そのためにベストな状態で儀式に挑まなければなりません。
禍に対抗しなくてはならない呪術師が行ってはならないこと、それは禍を活性化させてしまうことです。
君はそれを破ってしまいました。しかも、シズクさんを傷つけるというとても許しがたいことをしでかしました。私の大切な女性…、私の妻になるシズクさんに酷いことをしていたそうではないですか」

「は?」「え?」
マサトの言葉に疑問を持つようにキョウジとジンヤの声が重なった。
「(コイツどさくさにまぎれて何言ってんだ)」とキョウジは心の中でつっこんだ。まだシズクと結婚する気満々なのかこのストーカー男は。

「このままでは儀式は失敗に終わる確立が非常に高い。それを避けるためにも、君には一度死んでもらう必要があります」

にっこり、とさりげに恐ろしいことを言いやがったマサトに、「おい」とキョウジは思わずつっこむ。

「一度でも死んだらおしまいだろうが」

「バカかキョウジ! マサトさんが言っていることは、生まれ変わる気持ちでお前がことに取り組むべきだということだ! そうですよね、マサトさん」
とジンヤがすかさずマサトにそう聞き返したが、マサトはそれを肯定する様子はなく「ともかく」とマイペースに続けた。

「君の過ちは同じ跡取り同士の私たちで解決すべきと、四家当主から了承を得てますから。
私とジンヤ君と、それからもうじきクマオさんもこちらに来て協力してくれるという話ですから」

にこりと微笑むマサトから放たれる異様なオーラを察知し、キョウジはあとずさる。ジンヤも厳しい表情のまま、じり…とキョウジに詰め寄る。その手にはなぜか術紙があった。

「荒療治になるだろうが、悪く思うなキョウジ」
「え、お、おいっ」

術を唱えながらジンヤの手が振り下ろされる。キョウジの足元の地面が突如窪み慌てて後ろ飛びで回避した。今のはジンヤが使った北地の呪術だ。「ちょっと待てよ」とキョウジが叫ぶ。

「逃げるなキョウジ!」

また手には術紙を握っているジンヤは呪術を使うつもりだ。そんなジンヤをマサトは止める様子もなくにこにこと眺めている。
人に対して呪術を使うなと諌めた連中が、キョウジに対して呪術を使っているのだ。むちゃくちゃにもほどがある。

「待てよジンヤ! お前のやってることおかしいだろ、マサトのやつに唆されんなよ」

手を突き出し、待ったの姿勢をとるが、ジンヤは変わらず聞く耳を持たない。思い込みが激しいジンヤはこうと思い込んだら簡単に説得できない。

「黙れ! 逃げてばかりの弱腰のお前に、呪術師の資格はない! 己の使命に目覚めろ!」

術を唱え、第二撃をジンヤが放つ。キョウジの足元が陥没し、バランスを崩し足をくじく。すでに視界は悪くなり、ジンヤの術の当たりも悪くなっているが、それを援護するようにキョウジの足元に炎が揺らめく。

「うわっち」

片手を突いて、後方へと飛びながら陥没した場所からキョウジは脱する。同時に先ほどの炎からも逃れた。「ちっ」と舌打ちながら、ジンヤが距離を詰めてくる。先ほどの炎はおそらくマサトの呪術だろう。マサトは遠方で呪術を使うことができる。炎はこの時間帯灯りの役目も果たす。ターゲットであるキョウジを照らせば、ジンヤの術も当たりやすくなる。いやな二人がタッグを組んだものだ。
今目に見えはしないが、今頃マサトはにやにやと嫌な気持ち悪い気色の悪い嫌ーな笑みを浮かべているに違いない。想像がつきすぎてしまい余計気持ち悪くなってしまう。頭痛のみならず嘔吐までもよおしそうだ。
マサトは自分を嫌っている。お互い様だが。当主の許可を得たと言っていたが、キョウジを叩きなおすなど建前だ。なにか理由をつけていたぶりたいのだろう。

「俺はお前を見損なったぞ!」

額に血管を浮かせながら、ジンヤは術紙取り出し、術を唱え始める。

「そりゃこっちのセリフだ。マサトなんかの言いなりになってるなんて。アイツはお前も利用としているだけだろ。封印の儀どうの言ってたけど、まだシズクに未練ありまくりみたいだし。
マサトのほうこそおかしい!」

「なにを! マサトさんは封印の儀の心配をされてる。島のことなどどうでもいいと思っているお前とは違う!」

ジンヤの反論にキョウジはおいおいと心の中でつっこむ。お前も少し前まではマサトを批判していたじゃないかと、殺人疑惑のことだって疑っていたし、シズクとマサトの仲にも反対していたはず。それがなんでマサトの信者みたいになってるんだ。

「それにシズクのことだって…、お前なら彼女をまかせられると信じて俺は…」

ギリィと歯をきしませて、ジンヤは呪術を放つ。避けようとしたが背後にマサトの炎に遮られ、キョウジも仕方なしにと術紙を目の前に取り出し、風東の術を使う。回避できなかったキョウジは足の裏にダメージを受けるが、ジンヤもまたまっすぐに向かってきた風の圧に打撃を受ける。

「うぐっ」
と呻いて二人とも反対方向に倒れこむ。

「いってぇ…」
肘の土を払って、ケツをさすりながらキョウジが身を起こす。ジンヤのほうもすでに身を起こしていたが、痛々しい顔つきでキョウジを睨みつけていた。

「ジンヤ」
ジンヤが自分を誤解していることは明らかだ。生真面目なジンヤは勘違いを起こすと思い込んで突っ走るからめんどうだ。マサトとシズクがそれに加担しているので余計だ。ちっとも話を聞こうとしない。ジンヤを説得するならシズク自身が真実を語ってくれれば話は早いだろうが、当の元凶が協力してくれるかは怪しい。

「お前に裏切られたこの気持ちがわかるか?!」

怒りの表情でジンヤが叫ぶ。ジンヤを裏切った気などない。勘違いだ。やれやれとキョウジが息を吐くが、その態度が余計にジンヤをイラつかせる。

「貴様、もっと真剣になれ!」

血管浮かせて、ストレスで禿げやしないかと心配になるような怒りまっしぐらのジンヤ。キョウジの能力では真っ向勝負では分が悪い。ましてやジンヤのほうにはマサトがついている。遠距離からのマサトの援護もあって不利になる一方だ。肉体でぶつかっても鍛えているジンヤにキョウジが敵うはずもない。
ジンヤを止められるとしたら、彼の父親である北地の当主か、シズクくらいだろうか。
そう感じた矢先、幸いにもジンヤの動きを止める者が現れた。山道上方の切り立った崖の林の中に身を潜ませた少女の姿。くすくすと笑いが漏れるような声が聞こえて、先に気づいたのはキョウジだった。その声の主はキョウジのよく知る相手だった。

「シズク…」

暗い視界の中でも、林の中に身を紛らわせたシズクが不気味に浮かび上がって見えた。キョウジたちのほうを見下ろしながら、なぜか嬉しそうに口元を歪ませている。
あれは悪いほうのシズクだな、とキョウジは感じた。争う二人を見て笑うなんて、よっぽど歪んだ嫌な性格だ。
ジンヤのほうもシズクに気づいたらしく、表情が変わる。怒りの顔から戸惑いの顔に…。

「シズク? どうしてしまったというんだ?」

困惑するジンヤ。ジンヤの知るシズクは誰よりも優しく思いやりのある女の子だった。たとえばキョウジに茶化されて喧嘩になる時も、二人にしてみればいつもの男友達同士のじゃれあいでしかなかったが、シズクは本気で心配して「喧嘩はダメよ」と止めに入ったものだ。そんなシズクが、今本気でやりあおうとしているジンヤたちを見て、愉快そうに笑うなど、ありえない。

「前に言ったろ。シズクのやつは禍と婚姻したんだって」

自分の中にないシズクの一面を見て、ジンヤは困惑している。無理もないだろう、好きになった相手の悪い意味での見たこともない一面を見て、ショックを受けないほどジンヤの精神も鉄ではない。

シズクはにやにやとしていたがやがて「はっ」と声を上げて態度を豹変させる。
「やだキョウジ! 怖い、殺される」
体をぶるっと震わせて、くるりと背を向けて走り去る。まるで思い出したかのような反応、いや…わざとらしい演技のようにキョウジの目には映った。

「待てシズク」

走り去ったシズクのあとをキョウジは追いかけた。暗い闇の森の中、不気味に光る物が二つ、キョウジの前に現れた。ぴくり、とキョウジも本能的に危険を察知して足を止める。光はゆっくりとこちらに近づく、恐ろしいまでの殺気を放ちながら。

「コロス」

殺人鬼そのものの顔をしたクマオがキョウジへと襲い掛かる。
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