島魂粉砕

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  第三十一話 発散すべき欲望  

帰宅したシズクを出迎えたのは、真青な顔して駆けてくるヨウスケだった。自分が目を離した隙にシズクと一緒にクマオもいなくなっていたことに焦った。クマオの衝動を知っているだけに不安で仕方なかった。なにより個人的にも、ヨウスケは近親相姦を酷く嫌悪していた。

「シズク、大丈夫か?」

クマオとシズクの間に割って入りながら、ヨウスケはシズクを庇うようにして家に入れさせる。はたから見れば過保護すぎる行動だが、最近のシズクの身に起きている事柄を考えれば、仕方ない反応ともいえる。「クマオお前は部屋に戻りなさい」と言ってクマオを部屋に向かうように促す。「うう」とクマオはなにか言いだけだったが、ヨウスケは丁寧に聞こうなどしない。訳はシズクのほうから聞けばいいと思っている。
父に肩を抱かれながら、シズクは母の下に連れて行かれる。

「お前、シズクのそばについててやりなさい」
「一体、なにがあったの?」

ただ事でないヨウスケの様子から、母もなにがあったのかと訊ねる。がシズクも死のうとしていたなど言えるはずがなく、「なんでもないの、急に外の空気が吸いたくなって」とハッキリしない理由で返した。キョウジとの間にあった事情から、シズクの心が不安定になっていても仕方がない。あまり外に出歩いていないシズクが、こんな夜中に一人で出かけるなど危険だ。特に水南家から南側は街からも遠く、道もほとんど舗装されていない。海に近づけば断崖だ、うっかり足を踏み外して死亡事故の可能性だってある。幼いころから何度も言い聞かせてきたことだ。それをしっかりと守ってきた真面目なシズクだが、今のショックを受けた心境のまま自由に出歩かせるわけにはいかない。

母に傍にいてやれと言い、ヨウスケは部屋を出た。
母もシズクのことは心配しているが、赤子ではあるまいしずーっとつきっきりというわけにもいかない。シズクも心苦しさもあり「大丈夫、もう勝手に出歩かないわ」と約束して安心させようとした。

「そうよね、もう子供じゃないのだし。ちゃんと部屋で大人しくしているのよ。お父さんもずいぶん心配していたのよ」

「ごめんなさい。…ちゃんと部屋にいるから」

母の下を離れ、シズクは自室へと戻った。
グラグラとする頭のまま、ベッドへとうつぶせる。波の音が頭の奥でまだ鳴っている気がする。その中で再生されるのは、自分に呪術を使ったキョウジと、森の中でキョウジに対して呪術を使ったマサトの場面。「怖い」肩を抱きしめながら、シズクは震えた。怖いと感じるのは、強く結びつきたいと願った禍のせいだろうか。


ヨウスケはクマオを連れて街へと来ていた。シズクのことを心配そうにするクマオだったが、「アイツが見ているんだから大丈夫だ」と何度も言い聞かせる。それよりもホラ、とクマオの関心を別のほうへと向けさせようとする。通常の商店とは別の路地の、夜独特の空気漂う通り。いわゆる飲み屋だとか風俗の店はこの島にも数軒ある。不安がりながら足取りの重いクマオにヨウスケが勧めるのは、「いいかクマオ、別に恥ずかしいことじゃないんだ。最初はできなくても問題ない、何事も慣れだ。お前だって苦労したが、水南の呪術も使えるようになったじゃないか。男なら誰もが通る道だ、怖がらなくていい」
背中をパンパンと叩きながら、ヨウスケはクマオを扇動する。

「あらいらっしゃい」
店のママが気を使って裏口から出迎える。
「大丈夫だ、ここで待ってるから」と言ってヨウスケはクマオを店の中へと入れさせる。
「ううう」と声を漏らしながら、クマオはいやいやながら店の中の一室へと連れて行かれた。事が終わるまでクマオを待つべく、ヨウスケはロビー隅の椅子へと腰掛けた。
ヨウスケの思惑はこうだ。自分が目を離した隙にシズクとクマオがいなくなった。特別なにもなかったのだと信じたいが、クマオのシズクに対する性衝動を知っているため、ヨウスケは気が気ではなかった。クマオは一般的な成人男性とは少し異なる。特別障害をかかえているわけではないが、幼いときから他の同年代の子と比べて、知能が劣っていた。内向的な性格もあって、まともに人とコミュニケーションがとれないまま、大人になってしまった。友人も恋人もできたためしがない。それが異常なことだとして、ヨウスケや周辺は気を配ったこともあるが、改善のないまま今に至る。勉強も下の下で、体力だけは体格どおり恵まれていたが、反射神経にはやや劣る。四家のコネでなんとか学業は卒業させてもらったが、正直知能は十二歳のメバルより劣るだろう。それでも跡継ぎとして呪術だけはなんとか基礎的な部分だけでも身につけさせた。能力では天才と言われるマサトにははるかに及ばないだろうが、まともに修行していないキョウジにならそれほど劣っていないはずだとヨウスケは思う。
そんなクマオでも、体は立派に成人男性だ。性欲だって人並みにある、いや…もしかしたら人並み以上かもしれないが。シズクの下着を漁ってこっそりと自慰をしていることをヨウスケだけは知っている。妹を欲望の対象としてみている以上、いつ実行に移すかしれない。シズクとクマオがセックスをすればそれは立派に近親相姦だ。近親相姦…、血の繋がった兄と妹が愛し合うなどおぞましいにもほどがある。ヨウスケからすれば獣以下の最低な行いになる。何か別の憎らしい存在があるかのように、ヨウスケは嫌悪する。
今まで恋人もいなかったクマオは、童貞だ。次期当主としても童貞のままでは大問題なわけだが、それ以前にシズクとの関係を阻むためにも、クマオの性欲をどこかで発散しなければと思い立った。それでこの店にと連れてきたのだ。この店のママとは顔なじみだ。ヨウスケ自身も何度も世話になったことがある。おおっぴらにはしていないが。昔妻とセックスレスになった時期があり、そのころもここに足しげく通ったものだ。クマオのことを言えないが、ヨウスケも性欲は強いほうだった。
クマオの見合いはいつも失敗に終わり、妻もクマオのことより関心は娘のシズクのほうにある。もっともヨウスケもシズクが生まれてからはシズクにばかり愛情を注いできた。シズクが跡継ぎになれるならそうしたいくらいだ。が、そんなことは不可能なわけで、クマオが跡継ぎである以上、放置しておくわけにはいかない。多少強引でも、クマオには早く男になってもらいたい。一般女性とはまともに付き合えないから、こういった性のプロの店にまかせたほうがいいだろう。女を知れば、クマオだってもっと積極的になれるはずだ、とヨウスケは信じる。
――と、信じていたが…

「きゃあっ、ちょっと!」

クマオが連れて行かれた部屋から、若い女性の声が響いた。声と同時に扉が開き、鼻息荒くクマオが飛び出す。

「帰る!」

憤怒の声と顔で、クマオはズカズカと店を出て行く。慌てて出てきたのか、ベルトは外れたまま、パンツは穿いていたがズボンのチャックは上げ忘れたまま、店の外へと向かうクマオをヨウスケが追いかける。

「お、おいクマオ、またないか! チャックは上げなさい!」

店を出ながら、店のママに「すまなかった」とわびながらクマオを追いかけた。


水南家に戻ったクマオは憤怒のまま自室へとこもった。戻って早々「なにごとなの?」と怪訝な顔をする妻に、「なんでもない」と声をかけて、ヨウスケはクマオのフォローに向かった。鍵を閉めて閉じこもったクマオと直接会うことは叶わなかったが、「気に入らないことがあったのなら伝えておくから、簡単にあきらめたりするんじゃないぞ、クマオ」とヨウスケは扉越しに声をかけたが、返事は返ってこなかった。「やれやれ」と頭を抱えながら、ヨウスケは部屋へと戻る。

「ぐぐぅ」
クマオは怒り収まらず、着ている衣服を破き、部屋のものを破壊する。ヨウスケの勧めは逆効果だった。性欲の発散どころか、クマオの中で女性への嫌悪ばかりが募っていく。
下着姿で濃い目のメイクを施した独特の風貌は、夜の仕事の女性特有のものだ。自身を美しく見せるためのメイクなども、クマオからしたら気色悪くて仕方ない。それに恥じらいのかけらもなく、クマオの股間に触れてきた。女性が動くたびに香ってきた化粧のにおいにも気が狂いそうになり、脳内でなにかが爆発したのだ。
クマオにも性欲がある。男の欲望を満たしたいと渇望している。だが、女なら誰でもいいわけじゃない。いや、女は苦手だ、気持ち悪い、嫌悪する存在だ。
満たしたい相手は一人しかいない。
脳裏に浮かぶのは、愛らしく微笑みかけてくれる、愛しいシズクの顔。

「シズク、シズクぅ…」

ギラついた目にはまだ残る憤怒の感情と、やり場のない欲望に歪む切なさが滲む。ギチギチと歯をこすらせながら、クマオは癖のあるがに股で立ち上がる。
ヨウスケの行いは、クマオの歪んだ感情をこじらせてしまっただけだった。
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