島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第三話 シズクの悩み  

「はー…」
自室のデスクの前で、レターセットを広げて憂鬱そうに、シズクはため息をつく。
溜息の理由は、先ほどの夕食の席での、父との会話にある。

シズクの縁談のことだ。
別に急に湧いてきた話ではない。いづれ嫁ぐ事は、この水南家に産まれ落ちた時から決まっていた事だ。嫁ぎ先もだいたい決まっていた。四家のいずれかだ。ただし北地家だけは除外される。父親である水南の当主の個人的感情でもって。
つまりは、風東か西炎のどちらかということになる。先に手を挙げ、縁談を持ちかけてきたのは西炎家だった。西炎には長男のマサトがいる。シズクより五つ年上になる。最初に交渉があったのはシズクが十三歳の時だ。さすがにまだ幼く、娘が可愛くて仕方ない水南家当主ヨウスケは保留ということで返事をした。二度目の交渉はその三年後になる。その時はシズクが渋り、また保留と言う形で返事をした。で、三度目になる今回…、マサトも二十三になるが他に婚姻候補者がいないと言う。が話を進めたがっているのは西炎サイドではなく、水南のヨウスケのほうだった。その理由は、今回も愛娘シズクに関することでだ。だがその理由を知るのはヨウスケのみで、当のシズクは気づいていない理由でだ。理由はヨウスケの心の中にのみある。事実をシズクに伝える気はない。知ればシズクは強いショックを受けるだろうし、それだけでなく水南家のイメージにも関わる。

ヨウスケにとって、シズクが嫁ぐ先は西炎でも風東でもどちらでもよかった。不安はすぐそばにある。できるだけ早く、家から出してやりたかった。
娘の心情を思えば、幼い頃から付き合いのある気心の知れたキョウジがいいのかもしれないが、当のキョウジが乗り気でないと聞く。弟のメバルは「シズク姉ちゃんと結婚したいしたい!」と声高に主張しているが、さすがにまだ十二歳で時期尚早だ。となると、娘の相手として押すのはマサトだ。シズクも交えて会食を何度もしている。とても物腰が柔らかく、感じのいい青年だ。次期当主としての自覚も強く、また四家の次期当主の中でも一番の呪術の使い手とも聞く。それだけ幼い時から呪術の修行に真剣に取り組んできた。まるで、うちの息子とは真逆の男だ…、ヨウスケはそう思っていた。容姿も、女性から悪い意味で悲鳴を上げられそうな我が子と違い、マサトはモテるタイプだ。男前で、女性に非常に気を配る。シズクがいなくても、婚姻相手候補はたくさん沸いてきそうだ。が、女性関係に関しては、非常に慎重になっていた。それには理由があった。
その理由に関して、ヨウスケも不安に感じる部分ではあるのだが。

過去数年に、マサトと交流のあった女性が五人、不慮の事故で亡くなっているのだ。五人とも同じ場所で、似たような死に方で。不審な死だったが、すでに事故と言う事で解決はしている。いろいろと噂は流れたが、世間はマサトに同情した。彼女たちの死に嘆き悲しむ様は、とても芝居には見えなかったからだ。たまたまの不幸、そう結論付けられた。彼女たちの死を経験したからこそ、これまで以上に女性に優しく、大切に接しなければと、より紳士的に振舞うようになったマサトを皆支持したのだ。直接話をして、ヨウスケもマサトに対して、いい印象を抱くようになった。


「マサト君ならシズクを幸せにしてくれると思うんだよ。年上だしね、お前も甘えられる相手のほうがいいだろう。噂の事が気になるのかもしれないが、何度か会って話をしてみたらいい。お前の考えもきっと変わるだろう」
乗り気な父を前に、イヤだと首を振ることが出来なかった。父は父なりに自分の幸せを思って縁談を進めようとしているのだろうと。



「わたし、…絶対に、あの人だけは…」
誰にも言えないこと。シズクの記憶の中にある恐ろしい記憶。それが蘇りそうになって、ふるふると首を振る。心臓を中からきゅっと掴まれた様な、不快感。

震える手で、手紙を書いた。誰にも言えない悩みを、ただ一人、愛するジンヤにだけは、伝えたいと思って。困らせるだけかもしれないけど。
手紙を書き終えて、厳重に封をした。それだけの行為が、全力疾走した後のように、激しい疲労感を感じた。




翌日、手紙を持ってシズクは一人で、風東家を訪れた。
薄手のワンピースにサンダル姿に、長いツバの帽子を被って、朝から歩いてきた。初夏のそろそろ汗ばむ季節、着いたころには汗だくで、足もパンパンだった。
「あらあらシズク様、いらっしゃいませ。さ、どうぞ」
玄関で家政婦のミヨシがタオルを持ってシズクを出迎える。汗拭き様の乾燥したタオルと、足を冷やす様の冷たく濡らしたタオルとを渡した。
「あ、ミヨシさん、ありがとうございます」
顔なじみでもあるミヨシに、親しげに挨拶を交わす。

「なんだシズク、来るんだったら迎えにいったのに」
すぐにキョウジも玄関へと出迎えに来た。
「ごめんね、急に来て…」
「それはかまわないけど、ま上がれよ。お茶でも出すよ、のどかわいただろ」
「うん、じゃお邪魔します」

「先にリビングで待っててくださいね。すぐにお茶の準備しますからね」
シズクから拭き終わったタオルを受け取りながら、ミヨシは早足で準備に向った。ミヨシと入れ替わる形で、バタバタと忙しなく玄関へと駆けてくる足があった。

「シズク姉ちゃんが来てると聞いてーー!!」
タンクトップで短パン姿の、鼻息荒げながらムダに熱いテンションの小僧が現れた。

「あ、メバルこんにちは。元気だった?」
「シズク姉ちゃん、…会いたかった、おれずっと会いたかったよ、うおおおーーあでっ」
「何年も会ってないかのようなテンションすんな。十日前に会っただろうが」
シズクに抱きつこうとしたメバルの行動は、キョウジのゲンコツッコミで阻まれた。くぅーと痛そうに頭部を押さえながら蹲るメバル。

「はい、キョウジこの本、また返しておいてね」
手提げ袋からシズクが取り出してキョウジへ渡すのは、先日キョウジが持ってきた図書館で借りてきた文学書だ。もちろん目的のものは本の中に挟んである。
「なになに、本返すんだったらおれが行って来てあげるよ、てか行かせてよ!」
キラーンと目を輝かせて、キョウジの手にある本を獲物のように狙うメバル。よっぽど図書館に行きたいのかと思えば目的はそんなことではなく。
「シズク姉ちゃんの読んだ本ってことは、シズク姉ちゃんの手垢つきの本!ページペロペロしてー!」
「あほかっ、本がカビるだろーが」
ゴンッといつものように、ゲンコで弟につっこみながら、キョウジはシズクをリビングに案内する。


「大丈夫だったのか? ここまで一人で、親父さん心配しなかったのか?」
娘に過保護で有名なシズクの父。シズク一人での外出を許すなんて今まででは考えられないことだ。ここまでの道のりは人通りも少ないし、日中ならそう心配もないとは思うが。
「うん、行っておいでって言ってくれた。ここまでの道ならよく知ってるし。それに、いつまでも甘えてちゃいけないしね。まあ帰りはキョウジに送ってもらえって言われたんだけど」
ミヨシが注いできたアイスティーで喉を潤しながら、シズクが答える。
「なんで兄ちゃん指名なんだよ。おれが送ってあげんのにー」
とぶーたれながらメバルが割り込んでくる。
「ありがとうメバル。でもメバルはまだちっちゃいから、ね」
「えー、おれ見た目ほどちっちゃくないって、結構アソコのサイズデカイほうっていわほごうっ」
「お前は少し黙ってろって」
「いって、兄ちゃんこそ邪魔すんなって、おれとシズク姉ちゃんのラブラブタイムを!
あとでおれの部屋で一緒に本見たりする予定なんだからな!」
「へぇ、メバル本好きなんだ。どんな本読むの?」
先ほど図書館に行きたいと言っていたから、シズクは勝手にメバルは読書好きな男子だと決め付けていた。
「本ならいつも見てるぜ!主に写真のやつ!」
「写真集かー。おもしろいよね、キレイな写真の本見ていると想像かきたてられるよね」
「そうそう! こうイマジネーションが広がるんだー。でも見てるだけじゃやっぱ物足りない。本物に触ったりしないとこの欲求は満たせないんだよ! においだって嗅いでみたいし!」
熱々と語るメバルを見て、シズクは動物とか植物とか食物のことだろうと思った。
「(こいつの読んでる本って、エロ本なんだけどな)」
とキョウジだけは心の中であきれる。メバルはどこでゲットしているのか不明だが、大量のエロ本を所持している。いくら鈍いシズクでもこいつの本棚を見た日には、ドンドン引きまくりだろうに。

「ふふふ、お二人ともシズクさんがいらっしゃるとほんと賑やかになるんですから。
シズクさん、おかわり注いできましょうか?」
三人のやりとりを微笑ましそうに眺めながら、家政婦のミヨシが空になったグラスに気づいて、シズクにおかわりはどうかと訊ねる。
喉が渇いていたからもういっぱい飲みたいと思っていたので、遠慮なくおかわりを頼んだ。

テーブルの下でげひげひと気持ちの悪い声が聞こえて、キョウジが視線を下に向けると、テーブルの下でげひげひしているのは、間違いなくメバルだ。どうせこのエロガキのことだ、シズクの足やスカートの中を覗こうと企んでいるに違いない。というか百パーセントそうだろう。上からゲンコしようとしたキョウジに、メバルがこそっと話しかける。
「なあ兄ちゃん、もの拾う振りして下見てみなよ」
「はあ?」
ろくでもないこととは思いつつ、向かいの席のシズクは、ミヨシと談笑していてこちらには注意が向いていない。
「なんだよ?」
小声で話しながら、メバルの横でキョウジもテーブルの下にしゃがみこむ。
「シズク姉ちゃん、汗でおぱんちゅスケスケで…アソコが丸見えなんだぜ、ハァハァ」
じゅるじゅると下品にヨダレを垂らしながら、カッと見開いた目でメバルはシズクの股間をガン見していた。メバルの言うとおり、表面の汗はすでにひいていたが、スカートの中のじめっとした部分はまだじんわりと汗ばんでいるようで、白いショーツは汗に濡れて確かに透けていた。アソコの割れ目の影がテーブルの下の薄暗い空間でもハッキリと見えた。

「おごっ」
ゴン!と思い切りテーブルに後頭部をぶつけて、涙目になった。すごい音が響いたので、シズクも気づく。
「大丈夫? 頭ぶつけたの?」
「悪いなんでもないなんでもないから、おいメバルこっちこい」「いてっいてーって」
弟の耳をぎうーっと引っ張りながら、キョウジはリビングを出た。
きょとーんとなりながらも、シズクはミヨシと談笑を続ける。
「あの二人、ほんとに仲がいいですよね」
「そうですね。シズクさんのところはどうなんですか? お兄さんがいらっしゃるでしょう」
「あー、はい、でもキョウジたちみたいな感じじゃないですよ。歳も、九つ離れてますし…」
けして仲が悪いわけではないが、キョウジとメバルみたいに騒いだり小突きあったりなどはない。男兄弟と男女の兄と妹では全然違うのかもしれないが。あまり本音で話したり、悩みを聞きあったりもない。なにを考えているのか、正直わからないこともある。親も兄に対して気を使っている様でもあるし、シズク自身も気を使っている気がする。
「だから、ああいうのいいなって思います」
「シズクさんもここの家にきたらいいんじゃないですか、きっと坊ちゃんたちも喜びますし。っと、こんなこと私が言う事じゃありませんね。どうかお気になさらないでくださいね」
とは言いながらも、ミヨシは内心シズクがキョウジのお嫁さんにくればいいのにと思っていた。そうなればこの家はもっと楽しく、幸せな空気で溢れるだろうと勝手に予想する。
そう言ってくれるミヨシの気持ちは嬉しくもあり、シズクは複雑な心境になる。


「ったく、お前はいい加減にしろよ」
「いってー」
中庭を望む廊下にて、メバルは赤くなった耳をさすりながらキョウジの説教を受けていた。まあ毎度叱ってもメバルのエロイ行動は治る事はない。コイツは四六時中エロイことばっかり考えている。昔からエロガキだったが、思春期になってからますますパワーアップしたように思う。そのエロイ妄想はいつもシズクのことだ、特にシズクのおっぱいに執着し、研究している。メバルの脳内メモリーにはシズクのおっぱい成長がしっかりと記録されているらしい、実に無駄な才能である。
すきあればシズクにエロイことをしようと思っているが、いつも兄のキョウジに阻まれてしまう。
「なんだよー、兄ちゃんだって反応してたくせにー」
「うるさいっての」
「いって、ちょそんな叩くなよ、おれの脳内の記憶が飛ぶだろ、シズク姉ちゃんのおっぱい記録が」
「そんな記憶はいっそ飛んだほうがいいかもしれないなー」
にやりと笑い、拳を振り上げるキョウジにメバルは待ったをかける。

「なぁなぁ兄ちゃんさー、シズク姉ちゃんと婚姻しろよー」
むぅと鼻息を吐きながら、上目遣いでキョウジを見上げながら、メバルがそう言う。
「なんでだよ」
あきれたように返答する兄に、「なんでって」とさらにあきれた顔で返す弟。
「父ちゃんは兄ちゃんの性格知っているから言わないけどさ、でも内心はとっとと跡継いで欲しいと思ってるんじゃないか。ジンヤ兄ちゃんは婚姻の話進んでるっていうし、夏になるまでに本格修行に入るって話じゃん。父ちゃん楽天家だけどさ、結構気にしてるっぽいんだよな」
「(こいつもこいつなりに家の事考えてんだな)まあな、結構ワガママ聞いてもらってるし、バイトのことも渋ってるの知ってるけどさ、研究所にも目を瞑ってもらってるし。
少しは考えてるよ、お前に負担押し付けようとは思って無いから、安心しろよ」
くしゃと自分より背丈の低い弟の頭を撫でる。
「そっかー、よかった」
「だけど、シズクとの婚姻は別問題だろ」
「えー、んなことねーって。父ちゃんもさ、シズク姉ちゃんにきてほしいと思ってるはずだしさー。
おれだって、シズク姉ちゃんが家に来てくれたらまじ嬉しいし。(毎日一緒に風呂入ったり、一緒に寝たり、おっぱいマッサージしたり、おっぱいちゅっぱちゅっぱしたりー)」
にやにやと下品ににやけていくメバルの顔で、何考えているか丸わかりだ。実際本音はそこのところなんだろう、メバルの場合。
「ほんとはおれがしたいけどさ、まだ十二だからさせてもらえないだろ。けどさもたもたしてたら、シズク姉ちゃん他のやつに奪われるじゃん。シズク姉ちゃんかわいいし優しいし、おっぱいむっちむちだし!
男だったら無視できねーってあのむちむちおっぱいは!
特に西炎のマサト! あんなたらしクソメンにシズク姉ちゃんとられていいのかよー」
「お前ちょっと静かに」
エキサイトしてシャウトしだした弟をさすがに黙らせないとまずい。シズクが来ているのに、聞こえたらどうするんだと。

「あの、キョウジ…」
「「うわぁっ」」
びくぅっとして二人飛び跳ねる。きょとーんと首をかしげながら廊下の向こうに立つシズクがこちらを伺っていた。

「そろそろ帰ろうかと思うんだけど…」
「ああうん、送ってくよ」



水南家へと向う道中で、シズクが念を押すように伝える。
「ねぇ、あの手紙、絶対ジンヤに渡してね」
「はいはい、わかってるって」
空返事っぽいキョウジの返答にむっとしながら
「忘れないでよ、ちゃんと渡してよ!」
「しつこいな、いつもちゃんと渡してやってるだろ」
ついイラっとした態度で返してしまい、シズクがしゅんとなる。
「ごめんなさい、いつも、迷惑かけて…」
「気にするなって、別にあいつに会うときのついでだから、たいした手間じゃないし」
図書館へ行くという手間はこの際置いておくとする。

二人で歩きながら、会話が途切れる。シズクはなにか思いつめているような顔にも見える。こんなとき、アホでエロイがメバルがいればよかったのにと思う。まあいたらいたでツッコミに疲れるから、まあいなくていいのか、などと思いつつ。

「(いったい手紙になんて書いたんだよ? いっそ手紙透かせる発明でもしとくか)」
などと外道な事を考えていたキョウジだった。その手紙の件で後に親友ともめる事になるとは思いもせずに。
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