島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第二話 キョウジの疑問  

自称キョウジの研究所、それは風東家の離れにある小さな小屋だが、スペース狭しと工具や機材、キョウジ作成の発明品や、ソレになり損ねたものや、製作途中のものがある。他人から見ればガラクタかもしれない。それだけでなく、スペースきっちりに設置された本棚にはたくさんの書物があった。
時間のある時は、キョウジはいつもここにこもって、自称研究を行っている。書物は、先祖が書き記した日記始め、呪術師の歴史に関すること…つまりはこの島の歴史に関する書物ばかりだ。


「で、どうだったんだ? シズクとは」
カチャカチャと製作中の計器をいじりながら、キョウジはジンヤに昨日のことを訊ねる。
研究所ではいつも一人か、大抵は親友のジンヤと一緒だった。いつも一緒にいても疲れない、あきのこない相手だ。ジンヤにしてもそうだ。本音で話せる相手は、唯一と言っていいかもしれないキョウジくらいだ。不器用で堅物な性格ゆえ、あまり友人は多くない。四家の人間以前に、その性格のせいで女の子からもてることもなかった。見た目はそこそこ男前なのだが、眉間に皺のガンたれがデフォルトなので、強面っぽくなる。
そんなジンヤも、ことシズクのことになると、顔面真っ赤の赤面星人になる。

「ど、どうって…」
赤くなり、語尾を濁すジンヤ。ここには誰もいない。キョウジしかいないのに、なにを照れる必要があるというのか。

「とぼけんなって、したんだろ? キス」
にやにやしながら、キョウジがジンヤを問い詰める。

「一応な…」
昨日の、あの場所でシズクと交わしたキスを、思い出すだけで顔面破裂しそうに熱くなる。

「どんなだった? 感想聞かせろよ」

「感想って……。痛かった、な」

「は? 痛かったって?」

ジンヤは昨日勇気を振り絞って、心臓爆破しながらも、シズクと初めてのキスをすることに成功した。硬く閉じた唇の、皮の表面がちょんと軽く触れた程度の、しかもほんの一瞬の行為だったが、それだけでせいいっぱいで。目を開いた瞬間、シズクの顔が至近距離にあって、当然のことなのにそれに酷く驚いてしまい、驚くジンヤにつられてシズクも驚いてしまった。反射的に謝らなきゃと「ごめん」の言葉と同時に反射的に頭を…。

「シズクに頭突きかましたって?」
話を聞いたキョウジも驚きのあまり、ドライバーを落としてしまった。

「そんな激しくじゃない。ぶつけた瞬間は痛かったけど、逆に俺がシズクに心配されたくらいだし…」

「頭突きって、おまっ…不器用にもほどがあるだろ。マジうけるわ」
ぷくくくと涙目になって、バカ受けするキョウジに、マジメなジンヤはむっとなる。
「おい、そこまで笑うことないだろ」
「ごめん、でも頭突きとは予想外すぎるわ」

二人でたわいない話をする。ここでならなんの気兼ねも要らない。
だが…
「こういう時間も、もうなくなるだろうな。学校も無事終えられて、これからは本格的に呪術師の修行に入らなきゃいけなくなる。それに、婚姻の儀も…」
ジンヤの表情は重くなる。ジンヤは北地家の跡取りだ。次期当主として呪術師の修行を終えて、一人前にならなくてはいけない。先祖代々受け継がれてきた能力で、定めだ。それだけでなく、跡取りとして伴侶を娶らなければならない。その相手にシズクを選ぶ事はほぼ不可能だという事はわかっている。両家の不仲さからして、ありえない話だ。シズクの名を出せば間違いなく二人の仲は引き裂かれ、今まで以上に会うことは困難な関係になるだろう。元々キョウジの協力なしでは、出会えなかった間柄だ。
ジンヤはシズク以外の相手をめとることになる。それはジンヤもキョウジもすでに承知の事実だ。
だからといって、ジンヤが父に逆らう事はしないだろう。唯一の跡取り息子。そしてジンヤ自身もそれを強く自覚している。生真面目な性格も、父親に背くわけにはいかない、己の使命をまっとうする。己の進む道に迷いはない、ただ、婚姻の儀だけは抵抗がある。叶うはずもない想いだが、シズクと行いたいと。

「お前んちのことだから、もういろいろと段取り決めてあるんだろうな」

「ああ、父上のことだからな。…まあ期待には背くわけにはいかんからな。
ところでお前はどうするんだ? 工場のバイトもまだ辞めてないのか?」

「うん、今までとは頻度落ちるけど、続けさせてもらえるように、話はしてあるよ。…でもまあ、やんなきゃダメなんだろうなー、一応僕が跡取りなんだし」
ジンヤとキョウジは呪術師への真剣度にも大きな差があった。その根底にはある考えの違いがあった。
キョウジのやっている研究がその答えだった。ジンヤもキョウジのその想いを知っているが、いまだに理解不能なことだった。

「相変わらず、お前はこの島を出たいと思っているのか」
「まあね、…ていうかさ、僕からしたらなんでみんな島を出たがらないのかってことが謎なんだよな」

この島から出て行く人間は、いない。なぜか誰も島を出ようとは思わないのだ。けして広くないこの絶海の孤島で、ここに生きる人々は不自由を感じることなく暮らしている。外に憧れを抱くであろう若い世代にしても、海を越えて本土へ、と願う者はいない。願うほうが異端なのだ。

「俺からしたらやはりお前のほうがわからんよ。島の何が気に入らない?」
「気にいらないってことじゃない。ただの当たり前の疑問だよ」
その当たり前の疑問を、なぜ島民の誰もが抱かないのか、そのほうがキョウジにとっては謎だった。この一点に関しては、ジンヤとはわかりあえない。
誰も抱かない、だけども当たり前のこの疑問を解き明かしたい。そのために、キョウジは一人研究を続ける。
「気のすむまで、やればいいさ」

「ジンヤ、お前そろそろ時間だろ? 帰ったほうがいいんじゃないか」
話していたら、すっかり時間が経っていたことに気づく。ジンヤには門限がある。いつも必ずそれを守っている。
「あ、そうだな。じゃあ…いつものこれ、頼むぞ」
すっ、と机の上に一通の手紙を置いて、ジンヤは研究所を出た。
いつものと言ったソレは、ジンヤがシズクに当てた手紙だ。二人はなかなか直接会うことも難しい。だからできるだけ手紙を書くようにしている。キョウジを介して、手紙でやりとりをしている。
「律儀なことで」
ジンヤの手紙をズボンのポケットにつっこんで、キョウジは相手の元に向う。



「いつもごめんね、キョウジわざわざありがとう」
島の南に位置する水南家、玄関でキョウジを迎えるのはその家の娘のシズクだ。いつもキョウジを迎えるのはシズクだ。なぜなら、彼が持ってくるものを真っ先に手にしたいから。
「はいよ、これ約束の本」
と言ってキョウジがシズクに一冊の本を渡す。それは島唯一の図書館で借りてきた本だ。シズクが読んでいてもおかしくないようなあたりさわりのない文学書…。もちろんそれはカモフラージュのためで、目的のものは本に挟んで隠してある。ジンヤからの手紙だ。家族の誰にもばれる訳にはいかないので、いつもこうして渡してもらっている。
「早く読んで返さなくちゃ」
「そうだな、そうしてやってくれ」
本の中のジンヤからの手紙を早く読みたくて、嬉しそうに微笑むシズクを見て微笑ましくなる反面、複雑な気持ちにもなる。もちろんそれはシズクの前では表には出さない。にやにやと茶化すように笑い返す。
「楽しみにしているからな、読みたい奴がさ」
「そうよね、わたしも続きが早く読みたいし」
二人だけにわかる言い回しで、話す二人。

「…シズク、メシ…」
低く静かに響く声。ノシノシといった効果音が似合いそうな大柄な男がシズクの後ろに立っていた。身長ニメートルは近い大柄な背丈は、猫背で実際よりは縮んではいるがそれでもはるかにシズクを見下ろすほどだ。坊主頭に近い短髪でありながら、顔には影が落ちているようにくすみがかって見える。不器用そうに、もごもごと口を動かし、シズクを急かしているようだった。

「あ、クマオさんどうも、お邪魔してます」
ぺこりとキョウジが挨拶をするが、会釈どころかガン無視で、もう一度シズクに「…メシ、できた」と晩飯の用意ができている事を伝えている。
この男、水南クマオは水南家の長男でシズクの兄になる。明るいシズクに反して、じめじめと薄暗い陰気な印象を受ける。コミュニケーションが下手なのか人間嫌いなのかしれないが、これが通常で、この対応にもなれてしまっている。キョウジの弟メバルいわく「クマオ兄ちゃんって何考えてんのかわかんなくて、気味悪りぃよな」無礼極まりない弟のそれにうんうんと頷くわけにはいかなかったが、そう思うのも仕方ない気がする。大半の者がクマオを気味の悪い男という認識で見ている。

「うんわかった、すぐに行くわ。それじゃあね、キョウジ」
「ああ」
胸に本を抱えて、ぱたぱたと奥へと消えていくシズクの背中を見送りつつ、玄関を出ようとするキョウジは、瞬間ぞくっとする視線を感じて振り向いた。小さいながらも、不気味に光る白目がちな目、睨まれている、そう感じた。それはわずかな瞬間だったが、背筋が凍った。クマオから感じた敵意のようなもの。

「(やっぱ嫌われている気がするんだよな、クマオさんに…)」
以前から自覚はあったが、クマオが自分にいい感情を抱いていないのは確実だろう。
それより、キョウジが気になるのはそんな気味の悪いクマオなんかのことではなく、シズクのことだ。
ジンヤと出会ってからは、キョウジが訪ねて来ることより、キョウジが持ってくるジンヤからのラブレターに喜んでいる事実だ。恋する乙女だから、仕方ないことなのだが。
喜ぶシズクを前に、そんな感情は欠片も出さないが、内心イラっとくる。自分でまいた種だから、仕方ないことなのだが、ジンヤとシズクをくっつけたのは他ならない己自身なのだが。

遠い昔に封じてしまった想い、例えるものが悪いが、まるでこの島に封じられた禍のようだ。
「(ひでー例え、他にないのかよ、いい例え)」
そんなことを心の中で突っ込みながら、キョウジは家路についた。

「なんだよ兄ちゃん、シズク姉ちゃんのとこ行ってたのかよ!ずっりー!
おれもいきてーよ、んでもってシズク姉ちゃんのムチムチなおっぱいガン見してーよ!」
「あほかっ」
「いでっ」
出迎えた弟のメバルの変態発言にイラッとしていつものようにゲンコでツッコミ入れたら、少しはすかっとした。それでもまた、夜になって一人になったら悶々とするんだろう。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2012/04/09 N.Shirase All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-