島魂粉砕

ススム | モクジ

  第一話 秘密のスポットにて  

絶海の孤島。遠い昔、今からおよそ五百年前、ある国は滅亡の危機に瀕した。
国家を飲みつくそうとした恐ろしくも巨大な禍。多くの民が死に、絶望した。
その歴史的危機を救ったと言われるのが、四人の呪術師。
呪術師は各術でもって、その禍をはるか南の絶海の孤島の中心に封印した。
しかし、強力な術でもっても完全に封じることはできず、呪術師たちはそこから離れる事ができなくなった。
島で術をかけつづけるしかない呪術師たちは島に留まる事を余儀なくされた。呪術師を支えるため、呪術師の家族も島へと渡り、料理人や医師やら職人といった者たちも移住を始めた。呪術師たちは命を懸けて国を守った英雄だったからだ。彼らを支えるべく、生活を行えるように、無人島は人々の住む島になった。
禍は無事封じることができたが、巨大すぎる禍はいつ封印から解き放たれるかわからない。呪術師は定期的に術をかける必要があった。だが呪術師も人間、寿命がある。役目を終えた呪術師はその力を子や弟子へと授け、その役目も受け継がれる。


島の東西南北の各所を守るように、呪術師の家は建てられた。
東の風東(かざと)家、西の西炎(ざいほ)家、南の水南(みずな)家、北の北地(きたじ)家。四家と呼ばれる呪術師の末裔たちは、島では名家となっていた。各家の跡継ぎは呪術師となるべく幼い頃から修行をつまされる。それは公にはならない行いで、各家それぞれの修行場がある。
見習いを経て、一人前となった跡継ぎは、封印の儀を行わなければならない。代々そうして島の中心に封じた禍を封じ続けなければならないのだ。
遠い昔、呪術師のとった選択によって、彼らの子孫はその運命を決められてしまった。




島の東南に位置する小高い丘。木々を掻き分けた先に辿りつく秘密のスポット。

「シズク、こっちこっち」

先にそこへとたどり着いた青年が、後方から来る仲間へ呼びかける。

「足元危ないから、気をつけて」
「うん…」

なれない足取りでぱきぱきと地面に落ちた木の枝を踏みながら、もう一人の青年のエスコートを受けながら少女が歩いてきた。
光を感じて、前を見上げる。

「わぁ、ここにこんなひらけた場所があったなんて」

感動したように目を見開きながら、シズクと呼ばれた少女は手招く青年の元に駆けていく。
青年の視線の先を、同じようにシズクも見つめる。思わず眩しくて目を細めたが、一面に広がる大海原。どこまでも深いブルーが見える。白く入る筋は波。それを覆いつくすまた別のブルー、今日は曇り一つない晴天だ。

「すごく、いい眺め」

気持ちよさそうに身を乗り出す少女に、彼女をエスコートしていた青年が心配そうにそばへ駆け寄る。

「あまり身を乗り出すんじゃない、危ないぞ」

「大丈夫よ」

「僕がついているんだし、心配すんなよジンヤ」
ひらひらと後方の彼に手を振って合図しながら、少女のそばに立つ青年は少女の腕を掴む。
それはごく自然な日常の動作のようで、その行為にジンヤはムッと眉間にしわを寄せて不機嫌な顔になる。
彼女の手を、掴みたくても、それができない歯がゆさなどわかるまいと。

「心配するに決まっているだろ!」
ズカズカと怒り肩で歩いてくるジンヤに、にやにやしながら青年は少女の肩をトンと押す。

「そんなに心配なら、しっかりはりついてろって」

「きゃっ、わ」「バカ、なにやって、シズク!」
自分のほうへと後ろ向きに傾くシズクを、ジンヤは反射的に支える。それが彼女を抱きしめる形になって、お互いが密着したことに、互いの心臓がどきんと跳ね上がる。

「あっ」「わっ」
赤面する二人、…シズク以上に、ジンヤはみるみる赤くなっていく。そして今度は逆反射的に
「ご、ごめん」
とシズクから離れるように立ち上がるジンヤ。そして怒りの矛先をけらけらと愉快そうに笑う青年へと向ける。

「キョウジ! きさまっ」
「ちょっそんなマジになるなって、おまっ、耳まで真っ赤だし」
「ゆるっさん」

「ちょっと、二人ともケンカはやめなさいよ」

ジンヤをからかい、とっくみあいになりながらもじゃれあいを楽しむ青年はキョウジという。キョウジとジンヤとシズク、三人とも十八歳になる若者だが、彼らの共通点はそれだけではなかった。
キョウジは風東家の、ジンヤは北地家の、シズクは水南家の人間だった。三人とも呪術師の家柄だ。キョウジとジンヤは先日まで同じ学校に通っていた、以前からの親友同士だ。マイペースなキョウジとマジメで融通のきかないタイプのジンヤは真逆の性格だが、だからこそ馬が合った。それに、互いに歳の近い呪術師の跡継ぎということもあり、特別に仲間意識が強い。
シズクは学校には通っておらず、勉強はずっと在宅で行っていた。両親に非常に大事に育てられていた。ゆえに外に友だちを作る事ができなかったが、家同士の付き合いも深い風東家のキョウジとは幼馴染で、兄弟のように親交があった。
シズクの家の水南家と、ジンヤの家の北地家は親同士の仲が非常に悪く、互いを敵視しているほどだ。なぜそうなったのか、深い理由はわからないが。親同士のいざこざに子供まで巻き込まれるのは、不幸すぎる。
家同士の不仲ゆえ、長らく互いの存在を知らなかったシズクとジンヤ。二人が出会うきっかけになったのは、キョウジだ。キョウジが二人を出会わせたのだ。
シズクと会うとき、キョウジはつい親友のジンヤのことを話してしまった。ジンヤのことを気にかけていたシズクといつか二人を会わせてやりたいと、そう思った。
家同士の不仲は、今の親の代ではムリでも、自分たちの代ではきっと変えられる。シズクとジンヤの出会いもそのきっかけになると信じて。

シズクとジンヤは出会った瞬間、互いに恋に落ちた。
初めての恋愛感情にとまどう二人をくっつけたキューピッドはキョウジだった。

恋人同士、というにはぎこちない二人だが、互いの気持ちはすでに分かり合っている。
出会って、両想いと知り合って二年経つが、堅物で恋愛に超奥手なジンヤは、シズクと手を繋ぐ事でせいいっぱいだった。それでも二人が幸せと言うなら、そのままでいいのかもしれない。


とっくみあいのようなじゃれあいをしながら、キョウジがジンヤに耳打つ。
「なあ、ジンヤ。お前そろそろキスくらいしたら?」

「なっなななな」
キョウジの発言に、耳が爆発しそうなくらい真っ赤になって、ジンヤがうろたえる。

「案外シズクの奴待ってんのかもよ? ここなら僕ら以外くる奴いないし、二人でゆっくりできるだろ」
「キョウジ…」

二人から離れたところで、じゃれあう男子二人を不思議な眼差しで見つめているシズク。肩を組み合いながらくるりとシズクのほうへと向きかえる二人、「ほら」と少し乱暴にキョウジがジンヤの背を叩く。

「んじゃ、僕は研究所に用があるからさ。シズク、山降りたとこまでジンヤに送ってもらえよ。

ジンヤ、ガンバレよ!」
にかっと笑いながら、二人に手を振って、キョウジは身軽に丘を駆け下りていった。

取り残され、ぽつーんとなる二人。
「もう、キョウジったら慌しいんだから。でも、よかったのかな? ここって二人の秘密の場所なんでしょ? そんなところにわたしが来てもよかったのかな?」

「あいつが呼ぼうっていったんだ。たぶん君のために、じゃないかな。

俺もずっと、シズクを連れてきたいと思っていたから…」
かぁー、とそれだけで顔が赤くなっていくジンヤ。ジンヤにとってシズクは初恋の女の子で、出会ったときもすでに十分魅力的でかわいかったが、歳を経るごとに女性としての美しさも色気も増していく。日に日に彼女に心を奪われていく。ただでさえ、恥ずかしくて好きすぎてまともに顔も見れないというのに。

「ありがとう、嬉しい。これからは、三人の秘密の場所、なんだね」
桃色の頬をさらに赤く染めて、幸せそうに微笑むシズクの笑顔が愛しくてしかたなくなる。

「(今は、二人だけど)」
ジンヤが心でそうつぶやく。聞こえるのは遠くから響く波の音と、破裂しそうな自分の心臓の音。
そう今は、二人きり。

そっと肩を寄せてきたシズクに、ジンヤの心臓は確実に破裂した音がした。さきほどのキョウジの言葉が脳内でリフレインする。

『シズクの奴待ってんのかもよ?』

横の愛しいシズクの顔をそっと覗き見る。わずかにうるんだ眼差しで、ジンヤを見つめるシズク。
ジンヤのシズクへの想いがスパークする。
せっかくキョウジが作ってくれたチャンスなんだ、それに、シズクだってきっとずっと待っていたに違いない。そう信じて、というか勢いで、ジンヤはシズクの肩を掴んでいた。

「シズク、好きだ!」

「わたしも、あなたが好き」

互いの顔にゆっくりと影が広がっていく。
全身にあふれ出る汗を感じながら、震える体を必死で抑えながら、ぎこちなく唇を重ねた。
ススム | モクジ
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