島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第二十八話 な、なんだってー!?  

「今日は命日でしてね、花を供えにきたのですよ」

そう言うマサトの手には花束があった。ここで亡くなった関係者の女性の命日で参りにきたという。
花を供え、手を合わせる。女性が突然死したその場所にて。当時現場にいたのは、亡くなった女性とマサトだけであったという。
それまで健康で持病もなかった女性が謎の突然死。現場に居合わせたマサトに殺人の疑惑が向けられたこともある。結局事故として片付けられたが。

「そういえば君は私を疑っているのでしたね。しかもシズクさんのせいにして」

以前シズクから聞いた過去の恐ろしい記憶の一端。この森の中でマサトが女性を殺害した現場を幼いシズクは目撃したという。そのときに、マサトから誰にも口外してはならないと、もし話せば…大事な相手を呪い殺すと脅されたらしい。
シズクの記憶が百パーセント正しいとはいいきれない。禍の影響で、悪いように記憶が改ざんされているのだとしたら? もしマサトが無実だとしても、キョウジのマサトへの嫌悪はなくなりはしない。個人的にも、昔マサトからいやな目に合わされたことがある。

マサトは嫌いだ。正直マサトと一緒に呪術師の使命を果たさなければいけないというのもうんざりだ。がそんな個人的な感情置いといて、シズクをなんとかするためには、マサトの力は必要になるかもしれない。どこまでマサトが協力してくれるか、怪しいところだが。

「あの時のこと、詳しく教えてもらいたいんだけど。アンタはシズクから誘ってきたって話していたよな」

シズクと婚姻の儀をする前、シズクはマサトにこの森で襲われている。キョウジが駆けつけたときは、嫌がるシズクに無理やり吸い付こうとしていたマサトという、誰が見てもマサトがシズクを襲っていたようにしか見えない構図だった。レイプ犯の言い訳など信ずるに値しないだろうが、シズクは何度か別人のように豹変している。マサトの言うとおりなら、この時も痴女のごとくマサトに誘いをかけたのだろう。それに、あの現象が禍のせいなら、そのときのシズクを間近で見ていたマサトは異変に気づいていたかもしれない。それを確かめたかった。

「男女の情事の詳細を聞いてどうするというのです? 自慰のネタにするつもりなら勘弁願いますが」

誰がそんなこと考えるよ! お前のその思考こそ気持ち悪いわ! とキョウジは心で憤って、「そうじゃない」と否定する。たぶん、コイツだって薄々察しているんじゃないのか? この森近辺の不快さ。呪術師であれば、一般人より禍の不快さに気づきやすいだろう。

「シズクは突然おかしくなったんじゃないか? この場所で。この近くは結界の森に繋がるし、巨大な禍の影響がないとは言い切れない場所だ」

「禍のせいでシズクさんは気が触れたというつもりで?」

「ああそのとおりだと思う、そうじゃなけりゃ…」

シズクが僕を嫌悪する理由がつかない。とキョウジは思う。語尾を濁したキョウジに、マサトは怪訝な顔になる。

「それにシズクだけとは思えない。アンタの周りで死んだ女性たちも、ひょっとしたら禍の影響なんじゃないか?」

ふっ、とマサトは不気味に笑う。

「なるほど、君も気づいていたのですか? 結界がいたるところほころびている事に」

「は、ええーー?! ど、どういうことだよ」

「おや違うのですか? てっきりそれに気づいて、君が過剰な心配をしているのだと思いましたが」

のほほんと答えるマサトに、キョウジはまてまてと叫んだ。衝撃の発言だ。マサトの言うとおりなら、結界は結界の機能をほとんど果たしていないことになる。自分たちは結界の中には入れないと思い込んでいたが、それが故障しているなら、シズクが結界の森へと出入りできてもおかしくない。

「それが本当なら大事だろ。なんで当主に報告しないんだ? そのままにしているってことは知らないってことだろ」

「各当主忙しいですし、余計な仕事を増やさせるのは悪いと思いましてね。それに、封印の祠で禍はきちんと封印されているわけですし、結界が破れた程度でただちに影響はありませんよ」

「それは封印が完璧に機能している前提での話だろ。もし封印が解けかけていたら…、それにシズクが結界内に出入りしているとしたら…」

シズクごとき一般人に封印を壊すようなことはできないだろうが、なにかアクションを起こすことで中の禍に悪い影響を与える可能性もある。だだでさえ禍はむりやり押しとどめられている存在。外に出ようとする力が働いている。呪術師の封印の術は永久的なものではない。日に日に効力は弱まっていく。だから定期的に術を施す必要があるのだ。

「なにかあれば当主がすでに動いていますよ。緊急ではない、ということです。キョウジ君、君は当主を無能だと思っているのですか?」

無能とまでは思わないが、少なくとも完全に信頼しているわけではない。

「危険なものは少しでも早く警戒して対処すべきだろ。なにかあってからじゃ遅すぎる。第一封印が壊れていないなんて、この目じゃ見えやしないのに、見えないものを信じきれるわけないだろ」


結界の故障などキョウジには見えないが、マサトには感知できるのだろう。それに気づきながらも、マサトには危機感がない。いやそれどころか、そのままほっておこうとしているようにも見える。
結局マサトには頼れず、ただマサトへの不信感が募っただけだ。
キョウジはマサトから離れ、一人森の中に消えたシズクを探した。

位置的には結界の森の境目辺りになる。注意深い足取りで深くなっていく森の中を探索する。
時折頭痛が酷くなり、体がやや不調を訴えだす。森の中の空気が悪い意味で濃い。禍の影響かもしれないと感じながら、コンコンと頭を小突きながらキョウジはシズクの姿を探した。

ふわりとゆれるスカートの裾、前方にシズクの後姿が見えた。

「おいシズク、こんなところでなにしてるんだ」

キョウジの声に驚いたようにぴくりと体を震わして、シズクが振り返る。

「え、なに、なにって…会いにきて…」

きょどるシズクを不審に思う。こんなところで誰に会いにきたというのだろうか。まさか先ほど遭遇したマサト? とは思いがたいが。

「一体誰に会いに「婚姻相手…」

「は?」「えっ」
と互いの顔を見やって驚き固まる。婚姻相手ってだれのことだ? そもそもなんで名前じゃなくてそんな言い方を? キョウジの疑問にシズクも困惑するように表情をゆがめる。自分で答えながら、その相手が誰なのか、ハッキリしない様子だ。アラシから聞いた話ではシズク自身もその相手が誰かハッキリしないらしい。なのに婚姻の儀をしたことは間違いないと。
その相手が誰なのかは、シズク自身がついに打ち明ける。

「禍…」

ぽつりとつぶやいたシズクのそれにキョウジは「なに?」と問い返す。ふっと目を細めて、次の瞬間あの妖艶な不気味なシズクの顔つきになる。

「キョウジたちがいう禍よ。わたしが婚姻したのは」

「は、ええっ、な、どういうことだよそりゃ」

さっぱり意味がわからない。禍と婚姻した? 人でもない、ましてや動物でも目に見える存在ですらない禍と婚姻など、どうやってしたというのか。驚くキョウジを見て、シズクはペロリと口元に寄せた指先をなめながら語る。

「昔ね、わたしお願いをしたの。禍と婚姻したいって。どうしてだかわかる?」

いやさっぱりキョウジにはわからない。だいたいシズクが禍と婚姻したかったなど初耳だ。呪術師でないシズクでも禍がどれだけ恐ろしいものかわからないはずがない。

ふふふ、と意地悪げに笑いながらシズクが答える。

「キョウジのことが嫌いだから、絶対にキョウジと婚姻したくなかったから、だからといってあの人も絶対ムリだし、だからわたし願ったの、秘密の存在と婚姻して誰とも婚姻できないようにしてほしいって。目に見えないけど、ちゃんと儀式は行えたわ。たぶん封印の儀に使ったものだろうけど、術紙を使って、その紙はもうどこかに消えてしまったけど」

「いやちょっとまていろいろとおかしいだろ。第一お前儀式の手順すら知らなかったのに?」

シズクの話し方だと、婚姻の儀は一般的なものでなく呪術師の行う儀式のようだ。その手順をシズクが知るはずもないし、ましてや人ですらない禍ができるなんておかしい。

「手順とかたいした問題じゃない。事実、わたしの体は禍と固く結ばれているの。
キョウジたちは禍は邪魔な存在だって思っているだろうけど、その逆よ、禍はわたしを幸福な気持ちにさせてくれる。死の瞬間ってねすごく気持ちよくなれるの」

禍と結ばれてそれがわかったと、このおかしなシズクは主張する。いろいろとおかしいと納得できない部分は多々ある。だが、このシズクの話を聞いて、確信したこと。シズクの異変は禍が影響していたということだ。

「そうか、てことはお前は禍と一心同体みたいなもんだよな」

ためしに、とキョウジは尻ポケットに潜ませていた術紙を取り出し、指先の血を紙に滲ませる。

「きゃあっ」

森の中でシズクの悲鳴が響き、シズクは衝撃とともにしりもちをついた。

キョウジの放った風東の呪術はシズクの胸部を軽く叩く程度の些細な術だったが、シズクは思い切り突き飛ばされたくらいの勢いで地面に転がった。まるで大げさなリアクションにも見えるが、そうではない、効果があったのだとキョウジは実感した。

「思いのほか効くんだな。禍に呪術は有効って、やっぱご先祖様はすごいよな」

今の簡単な呪術でこれだけ効いたのだ。もっと有効な術をかければ…。強めの術なら禍を散らすことができるかも。目に見えない相手ならともかく、シズクと一体化しているなら、的が見える。

「シズクの中から消えてもらうぞ、禍!」
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