島魂粉砕

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  第二十七話 奥底に封じていた想い  

「あれー? シズク姉ちゃんはー?」

帰宅して早々、メバルはシズクが邸内にいないことに気づいた。

「なぁなぁ兄ちゃんー」
とリビングで肘をついたままぼーっとしているキョウジに訊ねる。
「はぁ、シズクなら水南に帰ったよ」
「ええっ、どういうことだよ? だってシズク姉ちゃんまだあの症状の原因もハッキリしてないのに?
って一体なにがあったんだよ?」
なあなあとしつこく訊ねてくる弟に、キョウジはぶっきらぼうに「うるさいからあっちいけよ」と突き放す。


「ええーっ、シズク姉ちゃんと兄ちゃんの婚姻が無効だったってこと? だからってなんで引き止めなかったんだよ! 別に戻る理由じゃないじゃん」
父アラシから理由を聞いたメバルだが、シズクが実家の水南に帰ったという理由に納得がいかなかった。婚姻の儀が無効だったとしても、なにも風東を出て行く必要などないのに。留まる事ができなかった特別な理由があったということだろうか。

「なぁ兄ちゃんなんでだよ? 出て行くなんてよっぽどのことだろ? まさか、ヘンタイ過ぎるプレイを要求したんじゃ…。いくらシズク姉ちゃんがエロカワイイからって、欲望もほどほどに押さえとかないと引かれちゃうんだぜ?」

事情を知らないメバルが無神経に訊ねてくるので、イラッとする。よっぽどのことをされたのはこっちのほうだ。と考えたくないが思い出すとショックでなにも考えたくなくなる。忘却の彼方にいってしまいたい。
ジンヤに対して偉そうにシズクに惑わされるなと言った矢先、シズクの大嫌い発言に精神的にダメージをくらいまくった。シズクの本心などわかるはずもない。わかるはずもないが、あそこまでシズクが言うなどよっぽどのことだ。信じたくないが、いつまでも呆然としているわけにもいかない。

「仕方ないだろ、僕のそばにいるのがどうしてもムリだって言うんだし。今までムリしていたみたいだからな。シズクの意志で戻ったんだ、しょうがないだろ」
シズクを引き戻す気皆無なキョウジの発言に、メバルはガックリとうな垂れる。

「ムリしてたのかなぁ…、兄ちゃんと介護プレイでイチャイチャしていたのも、ムリしてやってたのかな…」

イチャイチャなんてした覚えはないが、ムリしていたのは確かだろう。

「シズク姉ちゃんの意思で戻ったんだとしても、がんばって説得すれば戻ってきてくれるんじゃないかな? それに、クマオ兄ちゃんやばいのに、大丈夫なのかな。なあ兄ちゃん、本当にこのままでいいのか?」

シズクを拉致したキチガイ行為の前歴があるクマオのことで、メバルが心配するのも当然だが。キョウジはシズクの身よりクマオの身のほうがやばいような気がした。禍の性質を持つならば、シズクは呪術師の一人であるクマオも邪魔な存在ではなかろうか。
シズクそのものが禍なのでは?
キョウジはそう仮定する。マサトを嫌悪する理由、幼い日に見た恐怖の体験をシズクは語ったがそれが事実かどうか置いても、マサトは天才とも言われる呪術の使い手だ。禍からすればもっとも苦手とする存在だろう。そもそも禍に意思があるかどうかは不明だが。
ならば、シズクが自分を嫌う理由も説明がつく。長年幼馴染として友人としてシズクと接してきた、特別嫌われるようなことをした覚えもない。
なるほど、そういうことか。キョウジは自分に都合のいい仮説を立てて、立ち直る。

「シズクを連れ戻す事はともかくとして。私情抜きに、アイツのおかしな症状についてはなんとかしないとな。周囲に被害がでないうちにな」




シズクは身一つで実家の水南の邸宅に帰っていた。いきさつはアラシからヨウスケに伝えられていた。シズクとキョウジの婚姻の儀が不十分であった為、また互いの行き違いで一緒にいることが困難になったとアラシは説明している。ヨウスケはすぐにシズクは戻ったほうがいいと提案した。あんなに早々に嫁がせたがっていたヨウスケだが、先日クマオを訪ねてきたマサトから、キョウジの非常識な行いの話を聞いていたため、キョウジへの不信感が募っていたこともある。クマオのことは家にいる分気をつけていればいい。自分が不在の時は妻や家政婦など誰かが家にいる。

「そう、まあよかったじゃない。婚姻の儀も夫婦の儀も無効だったなら、マサトさんとの婚約をしなおすこともできるわね」
と母はシズクの帰宅を嬉しそうに迎えた。

「お、おか、えり」
クマオも小さく笑いながらシズクを出迎えた。


久しぶりにかつての私室へと戻る。シズクがいない間もきちんと手入れをされていたようで、すぐに使用できた。帰ってきて母や父と話をした気がするが、なにを話したのかよく覚えていない。うわの空だった。時間が経つにしたがって、自分のしたことを思い出し、罪悪感に襲われる。

キョウジに対して「大嫌い」などと酷い言葉を吐いてしまった。後悔しているものの、キョウジにもらったプレゼントを見ているうちに、嫌な記憶が思い出されて、キョウジに対する強い嫌悪が湧いてきて、止められなかった。いっそ心の奥底でとどめておくことができたなら…。そんな醜い感情になど気づきたくなかったのに。ずっと心の奥底に封じていた想い、それが先ほど気づいたキョウジへの嫌悪。

「あれがわたしの本心…。いくらキョウジでも、嫌いになったよね」

自分が嫌悪するくせに、キョウジに嫌われると思えば、酷く胸の奥が痛む。ずいぶんと自分勝手な感情だと思う。自業自得の事をやらかしたくせに、後悔の思いに駆られて、涙が溢れて止まらない。

「わけがわかんないよ」

楽しかった思い出も、すべて偽りだったような錯覚に陥る。思い出を思い出すほどに、気持ちの悪い感覚が襲ってきそうで。
キョウジのプレゼントで思い出した。あの十歳の誕生日にキョウジを嫌いになった日、恐ろしい体験をした。そこに映るのは、当時十五歳のマサトだ。父に連れられ、マサトの家を訪れていた。そこでマサトに恐ろしい場所へと案内された。そのあとのことはハッキリと思い出せない、ただただマサトが恐ろしかったと、その感情だけがたしかで。
ますます自分がわからなくなる。どうしてこんなにキョウジを嫌いになったのか、もう二度と会いたくないと思えるのか。



やっとギプスの外れたキョウジは、図書館で古い新聞を読み漁っていた。
およそ二十年前に、呪術師の揉め事が原因で死んだ女性はいなかったか。日記の日付からその前後の新聞をチョイスして記事には目を通したが、それらしき記事はなかった。
表ざたにはなっていないということか。亡くなったのはジンヤの叔母だというし、特別騒動にはならなかったのだろうか。山道で足を踏み外して滑落死したらしい。事故だと言っていたが、本当に唯の事故だったのだろうか。

帰りにキョウジは結界の森に続く森の中へと足を踏み入れた。日中からあまりいい感じのしない場所だ。女性が不審死している場所、そしてシズクが恐怖体験をした忌まわしい場所だ。マサトの言い分ではシズクのほうから誘ってきたと都合のいい言い訳をしていたが。
森の中を歩いていると軽く頭痛がしてくる。禍が近くにあるということだろうか。実際は巨大な禍はもう少し先の侵入不可エリアの封印の祠の中にいるはずだが。単なる疲労かもしれないが、禍は目視できないため、体調が悪くなれば禍の影響かもしれないと、疑うのが常だ。

「せめて色でもつけられればな…」

霊魂にそれが可能なら、不可能じゃないかもしれない。材質はなにが向いているか、そんなことを考えつつ森の中を歩くキョウジの視界に映った者は…

「シズク?!」

五十メートルほど前方にワンピース姿の少女が見えた。後姿でもそれがシズクだとすぐにわかった。

「おい! シズク!」

大声で呼びかけたが無反応で、立ち止まる事も振り返ることもなく、木の向こうへと進んでいく。

「こんなところでなにをやって…」
走ってあとを追いかけるが、姿を見失った。こつ然と姿を消したみたいに。三百六十度周囲を見渡すが、シズクの姿もそれらしき人影も見当たらない。
「おかしいな…、たしかに今のは」シズクに違いないと確信していた。なぜこんなところにいるのだろう、まさか誰かに会いにきた?
一人でこんなところに来る理由などないはずだ。理由もなく、こんないわくありの場所になど来ようとは思わないはずだ。人が五人も不審死した場所になど。そうでないなら…「またあのおかしな状態になっているんじゃ…」

「こんなところでなにをやっているのですか?」

突然背後から響いたその声に、キョウジの体はビクリとはねる。

「そっちこそなにやってんだよ!?」

森の中で遭遇したのは、マサトだった。お互い不審者を見る目で、不信感マックスで睨み合う。
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