島魂粉砕
第二十六話 衝撃の告白
「事実がどうであれ、お前に不信感を抱いている者がいるということだ。お前が変人だという事は周知の事実だが、誤解を受けるような行動はとらないようにしてくれ。
俺たちの代で封印の儀を誤るわけにはいかないのだからな」
和を乱す行動はするなとジンヤに釘を刺される。
ジンヤの言うとおりだが、たしかに封印の儀に呪術師の責務に私情を持ち込むのはいけないとは思うが。自分ばっかり悪く言われるのも納得がいかない。マサトやクマオの素行にも十分問題がある。その原因になっているのが、シズクに他ならない。
「ジンヤお前もシズクには気をつけろよ。童貞だから余計にな」
「?どういう意味だ」
「とにかく封印の儀を成功させたいなら、僕よりマサトやクマオさんのほうを心配したほうがいいんじゃないか」
眉間にしわ寄せて不安げな顔つきで「キョウジ、俺はお前に失望したくない。真面目に使命を果たしてくれ」と言い残して、ジンヤは研究所を去った。
はー、とキョウジはため息を吐く。ジンヤもジンヤで苦労しているんだろう。マサトとキョウジの板ばさみで普段の生活もあってストレスがたまりまくっているんだろう。それに真面目なジンヤだからこそ、呪術師の使命を強い想いではたさなければと思っているはずだ。アイツは真面目だからこそ、儀式のことに疑問など抱かない。先祖代々受け継がれてきた大事な儀式だと使命だと思っている。四家の呪術師が力をあわせて行う儀式、それが封印の儀。別に普段から仲よしこよしでなければならないわけではないが、不信感を抱いた状態で、ベストな状態とはいえないそんな状態で、封印の儀を成し遂げられるものだろうか? 禍は生物の精神面に強い影響を与える。不安定な精神状態では、儀式に失敗する可能性も高くなる。
シズクの行動は、ジンヤとキョウジをもめさせようとしているようだ。本来のシズクがそんなことを望むだろうか?
「本来のシズクってなんだ?」
当たり前すぎて考えなかった事をふと思う。本来のシズク、それは無邪気でちょっと世間知らずで、だけども一生懸命で優しい女の子だ。
『それは君の勝手な幻想でしょう』
マサトの声がちらついて、うがーと頭を振る。そんなことはないと思いたいが、本当にシズクのすべてを知っていたというのだろうか。
わかるはずなどない、心の奥底など知れるはずがない。それは当たり前のことなのに、シズクを理解しているつもりでいた。
「(そうだな、全部わかるなんて無理だもんな。だから、心の奥底でなんと思っていようと、シズクの言葉を信じるしかない)」
心理学者でもエスパーでもないキョウジは、本人の言うことを信じる他ない。例えそれが本心でないとしても。
「今後の事はキョウジが戻ってから話し合おう」とアラシは言った。婚姻の儀をキョウジとする前にキョウジ以外と行っていた事。ハッキリとしない記憶だが、もしかしたら半分夢なのでは?と思うほど怪しい記憶だが、確信していた。いつどこで誰とはさっぱり思い出せないが、儀式をしたことは間違いないと断言できる。キョウジに降りかかる災難もそのことが要因になっているかもしれないとアラシは言った。
二階の私室にて、シズクは一人考え込んでいた。
一体いつ体験したことなのだろうか? 婚姻の儀のような特殊なことを体験していれば、強く印象に残っていそうなものだ。
「もしそのせいなら、わたしのせいでキョウジは酷い目に…。わたしとんだ疫病神だわ」
実家から持ってきていた手荷物の中に、キョウジから昔プレゼントでもらったキョウジ手製のおもちゃがあった。シズクは懐かしむようにそれを取り出す。子供の頃に、誕生日のプレゼントでもらったものだった。
「どうだったっけ、あの時たしか…」
おもちゃを手の中で遊ばせながら、シズクは記憶を思い起こそうとする。数年前のことが、遠い昔のように、気が遠くなっていくような感覚に襲われる。
帰宅して早々、キョウジはアラシから話を聞かされた。
「シズクが僕以外と婚姻の儀をしていたって? 一体いつ、だれと?」
「それがハッキリしないらしい、しかし」
と言いかける父の言葉をキョウジが遮る。
「マサトの仕業、と決め付けるのは安直すぎるよな。やはりシズクは僕ら呪術師同士をもめさせようとしているように思える」
一体シズクの企みはなんだ? 禍の弊害でおかしくなったとしたら、禍にとってムリヤリ閉じ込めている呪術師の存在は邪魔だから、排除しようという本能なのだろうか。
「実はじいちゃんの日記見てて気になることを見つけたんだけど。昔結界の森周辺で女の人が亡くなってるんだよな? マサトの事件以外で。
呪術師同士の揉め事で巻き込まれたらしいけど、それが本当なら大問題だよな」
もし事故で一般の女性が巻き込まれて亡くなっているのなら、結構な大事になっていそうだ。四家の威信にも関わる。
「あ、ああ、もう二十年くらい前になるな。亡くなったのは北地当主の妹さんだ。北地近辺の山道で足を踏み外しての事故死だ。このことで禍に特別影響などでていないのは確認済だ」
ジンヤの叔母さんが亡くなっていたのか。身内同士の問題として片付けられたということだろうか。唯の事故だ、お前が心配するようなことはなにもないとアラシは言うが、どうも腑に落ちない。
人の不幸には少なからず禍が影響を与えている。禍の影響がまったくなければ、生命は寿命をまっとうできるはずだ。若くしての事故死や殺害による死亡には強く禍が影響を与えている。キョウジの祖父も若くして亡くなっている為、会ったことはない。祖父に限らず代々の呪術師は短命が多い。それも禍の近くにいるため、その影響を一般人より受けやすい環境にあるせいだろう。
「結界も目に見えないからわからないけどさ、どこかに隙間ができていたりしないかな。だいたい封印の儀だって本来未完成の技なんだろ? 有毒ガスを穴だらけのビニール袋で包んで誤魔化しているような状態なんじゃないか?」
キョウジの疑問を「そんなことはない」とアラシが一蹴する。
「心配するな、封印の儀はしっかりと行われている。小さな禍はそこらにあるが、巨大な禍は絶対に封印の祠から出ることはない」
絶対と言い切るところが怪しい。が、封印の祠に近付けない現状キョウジには確かめる術がない。実際に封印の祠で封印の儀をしたアラシの言うことを信じるほかないだろう。
キョウジは二階のシズクの部屋に向った。ノックして返事がなかったので「入るぞ」と告げて戸を開けた。入ってすぐ座り込んだままぼーっとしているシズクに気づいた。
「おい、シズク」
「あ、キョウジ帰ってたんだ、おかえりなさい」
いつもならすぐに玄関で出迎えてくれるはずのシズク、部屋にこもってなにを考えていたのだろうか。
「親父から聞いたけど、シズク、僕の前に婚姻の儀していたんだってな」
キョウジの問いかけにシズクはハッキリしない態度で「うん」と答えた。
「それなら僕との婚姻の儀は無効だったってわけだよな。夫婦の儀もできないはずだよな、よかったじゃないか」
「キョウジ、ごめんね、わたし迷惑ばかりかけて。子供の時からずっと…キョウジにはいつも」
涙が滲みしゃくりあげる。シズクの手の中から小さくて硬いものがコロコロと床に転がる。それがなにか一瞬わからなかったが、よく見たら思い出した。自分が作ったおもちゃだ。ぜんまい仕掛けの自動コマ。物心ついたときから手短なものを使ってカラクリを作っていた。懐かしいと思いながらも、シズクがそれを今でも持っていたことに驚いた。すっかりさび付いているし、まともに動かないだろう。
「懐かしいな、ソレ僕があげたやつだろ。たしかシズクの十歳の誕生日に作ってプレゼントしたやつだ。まだ持ってたんだな」
プレゼントだから邪魔になっても捨てるに捨てづらいだろう。はた迷惑なモノかもしれないが、当時はシズクに喜んでもらおうと思って作った。捨ててもらってもかまわなかったが、こうして今でも持っていてくれたことは素直に嬉しい。
「うん、これを見ててね、わたし思い出したんだ。キョウジにコレをもらった時の事」
そう言ってシズクがさび付いたコマを拾いながら、思いにふけるようにつぶやく。
あの時のこと…
さすがに十歳の頃の記憶などあいまいだが。キョウジの記憶にある限りは、照れくさくておめでとうの一言もちゃんと言えなかった気がする。「今日誕生日なんだろ? コレ作ったしやるよ。暇な時にでも遊べばいいだろ」なことを言った記憶だ。
「思い出してて、気づいたの。どうしてこんなに、苦しくなるのか。
わたし、ずっと…ずっとキョウジのことが…」
思い出して気づいた感情にシズクの声は詰まり、のどを震わせる。
すっくと立ち上がったシズクの手から、キョウジのガラクタがほおリ投げられ、それはキョウジの顔面にぶつかる。
「いてっ、おいなにす」
涙目で眉間にしわ寄せた表情のシズク、その彼女から放たれた言葉にキョウジはショックを受ける。
「キョウジのことが、…大嫌いなの!
こんな気持ち気づきたくなかったけど、わたしこれ以上は耐えられない。いっぱい迷惑かけたし、助けられて、力にならなきゃって、思うのに…。
キョウジのこと考えるだけで苦しいし、そばにいると…気持ち悪くて、わたしおかしくなっちゃうよ!
ごめん、ごめんね、そんなモノもう持っていたくないの」
ボロボロに泣きながら、シズクはキョウジの存在がムリとはねつけて、部屋を出て行った。まるでこっちが酷い事を言って泣かせたみたいな態度で。
もうすでにおかしいだろなどというツッコミすら心の中でもできずに、「あ、そう」と力なく返答するだけで、キョウジの頭は真っ白だった。
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