島魂粉砕

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  第二十五話 じいちゃんの日記  

研究所内で、キョウジは祖父の日記をめくっていた。
禍についてなんたらということは特に書かれていないが、少し気になったことがあった。
最近の若い呪術師達の間での揉め事を危惧しているとの内容だ。詳しい内容は書かれていないが、ある二人の呪術師がある件でもめており、非常に険悪な雰囲気であること。いずれ封印の儀を行わねばならないメンバーの中で、互いを罵り、信頼どころか不信感で溢れている。なんとかせねばならないと、祖父が心配する感情が綴られていた。
ハッキリと名前は書かれていないが、祖父からして若い世代のということは親父たちの世代のことだろう。もめている険悪な二人…おそらく今でも不仲が続いている北地の当主ガンザと水南の当主ヨウスケのことではなかろうか。

「一体、あの二人の間でなにがあったんだ?」

じいちゃんはどこまで知っていたんだ?
考えながらページをめくる。日々のなにげないことが書かれている。パラパラと注意深くページを読んでいく。

「? これは…」

気になるページにたどり着いた。かなりぼかした書き方をしていたが、例のもめていた若い呪術師二人の間で決定的な事件が起きた事が記されていた。
二人の呪術師の過ちで、一人の女性が犠牲となってしまった、とある。犠牲…いろいろな意味にとれるが。悪い意味でとれば、死んでしまった、死なせてしまったということになる。

「これってとんでもないことじゃないか?」

日記にはそれ以上のことは書いてなかった。が、これが重要な事柄に違いないとキョウジは確信した。呪術師の過ちで人が死んでいる。禍や封印の儀にも悪い影響を与えていないとは言い切れない。親父たちの代でキチンと封印の儀はなされたのか。

「そもそも封印の儀にどれほどの意味があるのか…」

封印の儀については、父アラシから教えは受けている。が、当時からキョウジは疑問に感じていた。禍を封印などできるのか?と。呪術の基本について、呪術は禍から人々を守る為に編み出された護身の術だ。自然界の力を借りて、わずかに遠ざける事ができる。呪術の力とは、禍を散らす力だ。禍は滅することができない。封印など実際できはしないのだ。現にキョウジも禍を封印できぬし、父アラシにしてもそうだ。天才と言われているマサトにも不可能だ。その不可能である事を封印の儀によって封印は可能だ、というのが呪術師四家の中での常識になっている。
封印の儀のシステムからして、通常の呪術の応用であるわけだが。散らす能力をムリに使って一箇所にとどめている。そのため、定期的に術をかけ続けなければならない。

禍は人の手に負えぬ存在だ。いつから存在するのかは定かではないが、この星が誕生して間もない頃にすでに存在していたと言われている。太古からある存在。人の歴史からすれば、果てなく感じる規模だ。目には見えぬが、長いこの星の歴史の中で、幾度となく生命に強い影響を与えてきた。滅ぼしの力、またその滅ぼしがあったからこそ、新たに栄えた生命もある。

封印の儀になんの意味があるのだろう。無駄な抵抗でしかないんじゃないのか?
なぜ四家の誰も疑問に思わない? いや、思っている者はいるはずだろう。口にしないだけで。
祖父もその一人のように思えた。禍とは恐ろしいもの、しかし共存することは不可能ではないのでは? 日記にそのような疑問…というか願望が記されていた。

次の封印の儀は、自分たちの代になる。ジンヤとマサトとクマオ…。信頼ならない相手に自分を殺そうとした相手だ。そんな相手と力をあわせて禍の封印をかけなおさなければならない。顔もあわせたくないのに、代わりにやってくれる人はいない。跡継ぎとして生まれた定めだ。

はー、と深いため息を吐いて本を棚に戻す。本の間に挟んでいた数枚の写真がパタパタと足元に落ちた。

「コイツもなんなんだろうな…」

手にとって拾うそれはシズクを写した写真だった。今より少しあどけなく、麦藁帽子に白いワンピース姿で微笑むシズクが写っている。アルバムにはさみ損ねたもの、いやあえてはさまなかったもの。なんてことない写真だが、アルバムにはさまないことで、シズクへの気持ちを隠そうとした。
おかしくなったシズク。痴女と化して、風東内の家族関係を壊そうとした。クマオを殺人鬼にまでかりたてる悪女かもしれない。



昔、シズクがまだジンヤと出会う前、マサトとの縁談が上がったころのことだ。

「ねぇ、キョウジはトキメキを感じた事ってある?」
とシズクが訊ねてきた事がある。

「トキメキねぇ…。海の向こうに思いを馳せたらときめくかな」
キョウジの返答に、シズクはうーんと少し唸って、「よくわからないけどー」と前置きして
「てことは、海の向こうをマサトさんに置き換えたらいいのかな?」
なんだそれは、気持ち悪い!とキョウジは悪寒を感じて「いやいや」と首を振った。
「なんでマサトにときめくんだよ、キモチワりぃ」
「うん、やっぱり違うよね…」
はー、とため息を吐きながら、シズクはつぶやいた。なぜマサトの名前が出てきたのか、そうか、マサトから縁談を持ちかけられたって聞いたな。とキョウジが訊ねる前に、シズクから話してきた。

「この前ね、マサトさんからプロポーズっていうのかな? そんなこと言われて…。
お母さんはマサトさんにあんなこと言われて胸がときめいたでしょう?って言うんだけど。
胸がときめくのがどういうことかさっぱりわからなくて。おかしいのかなわたし。
ときめくっていうより、あの人の前だと身がすくむって感じなの。それって違うよね」

シズクのいう違うの意味は、ときめきとは違うという意味だが、キョウジはわかってあえて、いや違わないと答えた。シズクの反応はおかしくはない。自分もマサトの前だとドキドキする、気持ち悪い意味でなく正常な意味で、心身ともに悪い意味でのドキドキだ。
うーんでも、と不安を滲ませるシズクにキョウジは答える。

「気にする必要ない。シズクのおふくろさんの言うときめきってのは、シズクは知らなくて問題ないことだから。知らないままで大丈夫だよ」

それはシズクを安心させるため、ではなくただの自分の願望だった。
シズクは異性にときめく感情など知らなくていい。この先も知らないままでいい。そうでいてほしいと。
シズクが自分を意識する事はこの先もきっとない。だからせめて、シズクが他の男を好きにならなければいい。その心配もたぶんないだろう。世間から見てイケメンで性格も良しのマサトですらシズクは好きにならない。どれだけハードルが高いのか、そもそもそんなハードルすら存在しないのかもしれない。

永遠にそのままでいればいいのにと願ったが、そのまま大人にはなってくれそうになかった。シズクはジンヤに恋をして、普通の恋する少女になった。そう促したのは自分であるが、そうならないことを信じていたのも自分。人は成長や環境によって変わっていくものだ。その環境の中に、禍も入るかもしれない。もし禍が人の人格に多大な影響を与えているなら、禍を深く知る事が解決の糸口になるはずだ。

笑顔の静止画のシズクを本に挟んで、棚に戻した。そのタイミングでドアが開いた。

「びっくりした。…あのなぁノックくらいしてくれよ」
ココに来ることは珍しい相手ではないが、久しぶりに見る顔に驚きながらもあきれのため息をつく。
ドアを開けたのは、ジンヤだった。キョウジの研究所にくる相手といえば、ジンヤくらいしかいない。

ギリィっと緊張した面持ちで、深く眉間の皺を動かしながら、キョウジへと強い視線を向けているジンヤ。

「どうした、またスミエになにかされたのか?」
やれやれまた愚痴りにきたんだな、お前も大変だなと言いながらキョウジはジンヤを出迎えた。

「なにかしたのはお前のほうじゃないか? キョウジ」

「え、…それっていつの話…」
たりたりと変な汗が伝う。スミエと関わったのははるか昔の話だ、それをなぜ今頃? いや執念深いスミエならおかしくない話だが。が、ジンヤの話はスミエのことではなかった。「お前何を言ってる?」と怒りを見せながらキョウジの話を否定する。

「お前シズクに酷い事したらしいな。俺はお前を友として信じていたのに、外道に成り下がってしまったというのか?!」

「はあ? 待てそれどこ情報だ? まさかマサトに変なこと吹き込まれたんじゃないよな?」

「マサトさんからだけじゃない。シズク本人の口からも聞いた、お前がイカレてしまっているから、助けて欲しいとな。あのシズクが助けを求めてくるんだ、よっぽど非道なことをしたんだろうな、どういうことだ?」

怒りモードで殴りかかってきそうなジンヤに待ったをかける。まだギプスも外れていないのに、ケガを悪化させられては困る。

「ちょっと待て、わけわかんないんだけど。お前シズクと会ったのか? いつ? そのシズクっておかしくなかったか?」

「ん、ああ、ついこの前だ。…たしかにシズクはおかしかったが…、それもお前のせいでおかしくなったってことだろ? だいたいなんでシズクが北地の修行場にこれるんだ?」

だからなんで逆ギレで質問返ししてくるんだコイツは…。
「!? ちょっとまて、今なんて? シズクは北地の修行場に入ったのか?」

「ああ、そこで会った。どうやってそこまで来たのかはわからんが」

「それって問題だろ。北地の術の効力がなくなっている可能性があるんじゃないか?」

「そんな、まさか…」

「いやもし、そうじゃないとしたら、シズク自身がイレギュラーな存在なのかもしれない。
ジンヤ、今度もしシズクに会うことがあったら警戒しろよ。なにを言われても惑わされるなよ」

「一体、お前たちの間でなにがあったんだ?」

以前の幼馴染の少女を思いやっていたキョウジの顔はそこにない。シズクという異色の存在を警戒する眼差し。

クマオにマサト、これ以上敵が増えるのはこりごりだ。せめてジンヤはまともな精神であることを願わずにはいられないキョウジだった。
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