島魂粉砕
第二十四話 キョウジの評判
ジンヤは修行を休んで西炎の屋敷に来ていた。マサトから聞きたいことがあるからと呼び出されたためだ。理由を父に説明して、ジンヤは午前の修行を休んでマサトに会いに来ていた。
呼び出された理由はわからない、がもしかしたら…。
あれからスミエとの仲は良好に向うでもなく、顔をあわせれば「ホモ野郎」と罵倒され、暴力を振るわれる。こっちも殴り返したい気持ちだが、そうしてしまえばさらに酷い仕打ちが待っているだろう。まったくここまで毎度人を見るたびに罵倒するなど、普通の神経ではありえない。よくもまあ冷めないものだ、と逆に感心するほどだ。いつか、ほとぼりがさめる時がくればいいのだが……。
マサトに会いジンヤは緊張する。スミエのことでなにを言われるかと。気が気でない。
対面するマサトはいつものように柔らかい爽やかな笑みをたたえて、ジンヤを出迎えた。しかしマサトは内面では何を考えているか図れない。なんせ、あんな理解しがたい趣味趣向の人間だ。スミエのことも溺愛しているし、スミエの敵は間違いなくマサトにとっても敵認定されるだろう。
冷や冷やしているジンヤのそれとは違う事をマサトは訊ねてきた。
「ジンヤ君、君はキョウジ君をどう思いますか?」
「え? キョウジですか?」
予想外の質問にジンヤは目を見開く。
どう思うとはどういうことだろう。マサトはなにを聞きたいのだろうか?
「君は彼とは友人なのでしょう? 同じ学校にも通ってたそうですし」
「ええ、まあ最近はあまり会ってませんが…、キョウジがどうかしたんですか?」
先日のシズクとのやりとりが一瞬頭に浮かぶ。あの時のシズクの話は、どうも今でも理解しがたいが…。そのことと関係しているのだろうか? ごくりとツバを飲み込んでマサトの返事を待つ。
「ジンヤ君は毎日修行がんばってるそうですね。スミエからも聞いてますよ」
スミエの名前が出て思わずぎくりと冷や汗が伝うが、マサトの様子からスミエは悪口は伝えてはいないのだろう、と思う。
「近い将来、私たちの代で封印の儀を行う事になるでしょう。ジンヤ君ももちろんその覚悟ができていると思いますが…」
ふーと息を吐き言葉をとめるマサト。マサトの言いたいことがなんとなしにジンヤはわかった。
「今度の封印の儀は失敗に終わるでしょうね。確実に、足を引っ張る者がいます」
「キョウジのことですか?」
ジンヤのそれに肯定するようにマサトは頷いた。マサトが危惧する事はジンヤにもわかる。キョウジは自分たちと比べると呪術師としての自覚が薄く覚悟もないように見える。呪術師としての使命より、島を出たいという己の願望を重視しているように見える。
キョウジに修行を促すのはジンヤのすることではないが、内心はそうしてくれという気持ちがある。それはキョウジ個人の問題ではすまない。四家に関わる事、また島の命運にも繋がる。
封印の儀は一世代で一度しか行う事ができない。同一の呪術師による封印の儀は効力が極端に薄まり、失敗したからといって簡単にかけ直すことはできない。儀に使用する術紙も通常の呪術の比ではないほど大量に使用せねばならない上、そのための呪術師の血も必要になる。
つまり万全の体制で挑まなくてはならない。
「今からでもアイツを鍛え上げれば、遅くはないと思います!」
マサトがキョウジをよく思っていないことはわかるが、だからといって簡単に無理だと諦めるマサトの言葉に同意するわけにはいかなかった。別に手遅れという事はないはずだ、今からでもキョウジが真剣に取り組めば…失敗の確率だって引き下げる事ができる。封印の儀に対するマサトのネガティブな思想も、ジンヤは内心腹立たしかった。
熱くジンヤは伝えたが、マサトは冷ややかに「いいえ、ムリですよきっと」と首を横に振る。
「どうしてですか? たしかにアイツはいい加減なところがありますが、だからといってはなから無理だ失敗すると決め付けるのは消極的ではありませんか?」
「実はジンヤ君に会う前に、クマオさんに会いに行ってたのですよ」
「え…?」
マサトはクマオに会って話をしてきたという。マサトがクマオに聞いてきたのは、その今話題の相手キョウジについてだった。
「クマオさんから聞いた話では、キョウジ君はずいぶんと…シズクさんや水南の人たちに酷い事をしたらしいです」
「え、酷い事とは一体…」
「詳しく話すのもはばかれるようなことですよ、察してください。とにかく、クマオさんもキョウジ君のことは絶対に信用できないと言われました」
唐突な話だ。が、先日シズクが話していた事と合致する。本当にキョウジは変わってしまったのだろうか。
「私も彼は信用できませんからね。先日も突然私のところに押しかけて、勝手に人を悪人扱いですからね。なにがあっても自分が正しいと思い込んでいるんでしょう。その己の考えを貫くためなら、平気で和を乱すし、他人を騙し傷つけられる。そんな相手と一緒に封印の儀が行えると思いますか?」
穏やかな口調で話すマサトだが、端々にキョウジへの不信感が溢れている。
「(キョウジ、お前敵だらけじゃないか。…まさか、本当におかしくなってしまったのか?)」
もしそうなら、キョウジの目を覚ませてやらなければならない。それができるのは、親友である自分しかいないだろう。
「キョウジどこ行ったんだろう。すぐ戻るとは言っていたけど、まだ体も治っていないのに…」
シズクは不安げにつぶやく。一人で動けるくらいに回復したが、まだギプスも外れていないし、松葉杖で移動しているキョウジが、「すぐそこまで出かけてくる」と言って三時間は経過した。たった三時間かもしれないが、待つ身としては三時間も、だ。
よくわからない不安な感情に襲われる。いやよくわからないでもない。キョウジは兄クマオから暴行を受けている。父は二度とこんなことはさせないと誓っていたが、不安が晴れることはない。
なんとか兄にキョウジの誤解を解かせたいが、キョウジ自身もムリだと言っていたし、かえって感情を逆なでしてしまう可能性もある。シズクも兄を説得できる自信がなかった。
「(でも、このままじゃいけないのに)」
落ち着かない心で、ほつれた服の手直しをする。キョウジの普段着だ。ちくっと指先に鋭い痛みが走った。
「いたっ」
針で指の腹をつついてしまった。「いけない」と慌てて手を離すが、じわりと血痕が一滴キョウジの服についてしまった。すぐに染み抜きにと向う。
落ち着かなきゃと思うのに、気になって仕方ない。キョウジと離れてほっとする気持ちもある反面、なにかあったらと不安に感じる気持ちに襲われる。
玄関から誰かが帰ってきた音が聞こえた。キョウジが帰ってきたのだと思い、シズクはすぐに出迎えに行く。
「お帰りなさい。あ、おじ様…」
キョウジだと思ったが、帰ってきたのはアラシだった。
「キョウジを待ってるのか?」
「はい、そのすぐ戻ると言っていたのに、遅いから心配で…」
でもどこに向ったのかはシズクは知らない。また勝手に外出して、トラブルに巻き込まれればまたみんなに迷惑をかけるため、ただ家で待つしかない。不安な気持ちが表情にも表れる。
「キョウジのことなら大丈夫だ。アイツもシズクちゃんに心配をかけるようなことはしないだろう」
「はい…」
とは言いながら、シズクの表情は晴れないままだ。シズクの心情を察してアラシは「大丈夫だ」とぽんぽんと優しく背中を叩きながら伝える。
「シズクちゃんはキョウジと婚姻の儀をしただろ。そう簡単に縁は切れない。離れ離れになって会えなくなることはないからね」
「……」
婚姻の儀、あの儀式にそれほどの効力があるのか疑問に思っていた。キョウジも言っていたことだが、なにかが変わったような感覚はなかった。ただ、シズク自身ずっとひっかかっていたことがある。
厳しい面持ちのまま考え込むシズクに、アラシは「どうしたんだい?」と訊ねる。
「あの、わたしずっと気にかかっていたことがあって…」
とシズクが切り出す。気にかかっていたこと、それはキョウジと婚姻の儀をしたときに感じた既視感だ。
「わたし、キョウジとする前に、婚姻の儀をしているんです」
「えっ? なんだって」
シズクの突然の告白にアラシも寝耳に水で目を丸くする。一体いつだれとしたというのか、シズクに訊ねるがそれ以上のことはシズク自身もわからないと首を振った。
婚姻の儀をしたことは間違いないらしいが、相手が誰なのかも、そしていつのことなのかもハッキリしないという。十歳くらいの時のような、最近のことのような、と記憶があやふやな言い方だった。
シズクの話が真実なら、シズクはキョウジとは結ばれがたい状態に置かれている事になる。
シズクと…そのハッキリしないシズクと婚姻した相手のほうに切れない縁があるということ。その間に立つキョウジに災難が振りかかるのも、その影響なのだろう。
シズクがおかしくなった要因も、その相手の影響を受けてのことかもしれない。
「(シズクちゃんはわからないと言ったが、婚姻の儀が行える相手など限られている…)」
呪術師しかいない、つまり四家の中の誰かだ。アラシ自身ではないし、メバルにはまだ儀式の術を教えてはいない。おのずと相手は絞られていく。
一番怪しく思えるのが、シズクとの接点も多いマサトだが、アラシが気になったのはクマオのほうだ。先日の事件でもシズクに対する執着の強さ、ただの妹への愛情から逸脱している。それから、十数年前のある事件を連想してしまい、嫌な予感がよぎる。
「(力をあわせていかねばならない四家の中で、揉め事が絶えないのはなんとかならんものか…)」
アラシが感じた嫌な予感は、離れたところですでに始まっていた。マサトはキョウジに強い不信感を抱いている。キョウジに殺意に近い敵意を抱くクマオもしかりだ。…そして、キョウジの親友であるジンヤの心にもキョウジに対する不信感が揺らめき始めていた。
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