島魂粉砕
第二十三話 釣り場でエロハプニング?!
「よっしゃー、絶好の釣り日和だー」
日曜日晴天の日。意気揚々とメバルは波止場に釣りに来た。約束どおりシズクも付き添っている。迷うことなく場所に陣取り、携帯イスと餌の入ったバケツを置く。
「いっぱい釣って帰ろうね」
とシズクも張り切り、メバルから借りた釣竿をブンブンと振る。
「おい、振り回すなって、危ないだろ。いてて…」
二人から少し遅れて松葉杖のキョウジも波止場に来た。
「兄ちゃんムリする事ないのに」
手足にギプスと痛々しい姿だが、いつまでも寝たきりでいるわけにはいかない。杖つきながらだが、なんとか自力で動けるまでに回復した。さすがにシズクに下の世話をさせるわけにもいかず、早々回復しなければという意地もあり、思いのほか早く回復している。
自力で歩けるとはいえ、普段と違いこの状態で、家から波止場までの距離が地獄のように遠く感じる。あまり遠出をしたくないが、シズクもメバルも今日の日を楽しみにしていたし、自分の都合で中止にするのは忍びない。二人きりで行かせるのも心配でもあるし。シズクはクマオに拉致された件もある。今後はこのようなことがないようにクマオのことはしっかりと見ておくとヨウスケは言っていたが…。ヨウスケも呪術師の勤めがある、四六時中クマオに張り付いているわけにはいかないだろう。クマオもとても反省しているとは思えなかった。一方的に人をボコっておいていまだに謝罪の一つもない。良心が痛んで会いづらい…というわけでもないだろう。
「キョウジ大丈夫?」
と心配げにキョウジに訊ねるシズクだが、それはこっちのセリフだと返した。
「お前こそ気をつけろよ、それ針ついてるんだから」
釣り針のついたままの釣竿をぷらぷらとさせているシズクの無用心さのほうが心配だ。それには「大丈夫」とシズクはやけに自信ありげに答える。
「針なら裁縫で慣れてるし」
いやいや裁縫の針と釣り針は違うだろ、と突っ込む。
うっかり体に刺されば返しがあるため簡単に抜けない。気をつけろよと再三伝えた。
シズクは初心者だ。釣竿を握る事も初めてで、それに興奮している様子だが、すでに釣り糸が絡まり、あわあわとなっている。メバルが教えるといっているから、そこに関しては弟に任せて大丈夫だろう、とりあえずキョウジは静観することにする。
もつれた糸を何とか戻し、さてはじめようとする。
「まずは釣り針に釣り餌をつけて」
バケツからゴカイを一匹抓んで、ちゃちゃっとメバルは釣り針にセットする。ぐにぐにと独特の動きをするゴカイを見て、シズクはあううと青い顔をする。
「そ、それをつけなくちゃだめなの?」
ただ針だけで釣れるものじゃないかと…、そんな都合のいいものはない。魚だってバカじゃないのだから。
「シズク姉ちゃん早くして」
とメバルに急かされる。メバルのやつシズクの餌付けを手伝う気はないらしい。キョウジが思うに、シズクが虫を見て嫌がっている姿を見て楽しむ気らしい、さすが変態だ。
メバルは簡単にやっていた。年下のメバルにできることだ、やれないはずがないと己を奮い立たせる。バケツを覗き込むが、ぐにぐにと蠢く気持ち悪い虫の密集地帯に「ひゃー」と悲鳴をあげる。
思わず涙ぐみ、「キョウジ、手伝ってー」と救いの手を求めるが、ここで力を貸してはなるまい。何事も経験と慣れだ。心を鬼?にして、「いいから、やってみろ」と勇気づける。
さすがに、手を煩わせてはいけないと、シズクもぐぐぐと覚悟を決める。
「えいっ…きゃあああーーー」
勇気を出して手を突っ込んだはいいが、手に這いつくぐにぐにとした感触に全身毛羽立ち、悲鳴と共に手を挙げた。その勢いで虫たちがバラバラと周囲に散る。
「なにやってんだよ、シズク姉ちゃん」
「おいおい…」
「ご、ごめんなさい」
「せっかく苦労して集めてきたんだから…」
とメバルが溜息はいて落胆する素振りをするが…、わざとらしい演技だなとキョウジは心の中であきれる。嫌がるシズクにゴカイを拾わせたいらしい。すでに顔がにまにまと変態的に歪んでいる。
「やっぱ虫餌だよね、エロハプニング的に!」
などと先日アイツが言っていたのを覚えている。わかりやすい奴…。
荒療治?が効いたのか、涙目でゴカイを抓んでいたシズクも、二十分後には釣り針にぷすりとできるようになっていた。
「ようし、がんばって晩ご飯のおかず釣るぞー」
と息巻いて、シズクは「えい」と釣竿を振る。海面をじっと眺めるが、釣り針がぽちゃんとした音がしない。
「あれ、おかしいな、針は…」
ブンブンと釣竿を振ると、なにかにひっかかったような感触があった。しかしどこにも針が見当たらない。
「…おい」
あきれてキョウジは言葉をなくすが、メバルはにやにやと変態的に笑むだけで、トラブルの原因は二人には丸わかりなのだが、当のシズク本人にはわからない。
「うひゃっほーい、シズク姉ちゃんの真っ白おパンツが眩しいぜぃ!」
「え、えええーー」
興奮して叫んだメバルがネタばらしだ。釣り針はシズクのスカートにひっかかり、思い切りめくれてお尻丸見え状態になっていた。
「やだやだとってーー」
とパニックになってシズクは釣竿をブンブン振るが、しっかりとひっかかったそれは簡単にとれない。
「エロハプニングひゃっほー、あでっ」
ごちっと松葉杖で弟の頭に突っ込んで、やれやれと息吐きながらシズクのスカートの針取りをキョウジは手伝った。
「たく、針に気をつけろって言った矢先に、なにやってんだよ」
「ごめん。今度はちゃんとするから」
とシズクが糸をもって立ち上がった瞬間、ちゅるりと針から外れたゴカイが、キョウジの胸元にダイブした。
「あっ」
「!! うぎゃーー、きもちわるっっ! おいっっ」
ギプスでろくに動けない体に、這い回る虫とか拷問過ぎる。悲鳴上げて転げて悶絶した。
「キョウジ! 大丈夫? ちょっっ動かないで」
パニクる二人に反して、メバルのテンションはガタ落ちで、はーと乾いたため息を吐いた。
「兄ちゃんのエロハプニングは、いらないから…」
虫にひーこら言わされてる兄を無視して、メバルは釣りを始めた。
「見て見て、これわたしが釣ったやつだよ」
えへへーと自慢げに、シズクはバケツの中で泳ぐ一匹の魚を指差す。
「初めてにしては上出来だな」
「うん」
と嬉しそうにシズクは頷く。釣りに没頭して、終わったのは夕暮れ前だ。午後前から始めて、やっと一匹釣れただけだが、感動はひとしおだ。
「キョウジがアドバイスしてくれたおかげだよね、ありがとう」
何度も針を引っ掛けたり、糸が切れたり、ゴミを釣ったりとお約束のように初心者ミスをかましていたシズクだが、後ろからキョウジがサポートしたかいあってか、無事一匹釣ることができた。
「それにしても、メバルはすごいね。こんなに釣ってー」
とシズクは感心するが、メバルは渋い顔で「いや、今日は調子が悪かった」と厳しいコメントをした。
三人帰宅し、釣った魚を台所へと運ぶ。日曜はミヨシは定期休になるので、魚の調理はミヨシには頼めない。魚はどこにおいていくんだろうとシズクが思っていると、まな板と包丁を用意したメバルが自分で釣ってきた魚をおもむろに掴むと、豪快に捌きはじめた。
「ええっメバルって魚さばけたんだ、すごーい」
料理もほどほどしかできないシズクは魚をさばくなどしたことがない。手際よく魚をさばいていくメバルに驚き感動する。
「アイツ魚さばくのは得意なんだよな…」
「へー、名前がメバルなだけにか…」
とシズクが納得するが、別に名前がメバルなだけにというわけじゃないと思うが、どうでもいいのでそこはつっこまずにいた。
「でも味付けとかは適当だから、手伝ってやろう」
さばくのが得意なだけで別に魚料理が得意ということではないらしい。調理なら手伝ってやれる。「うん」とシズク快く頷いて、エプロンはおって支度を手伝った。
シズクたちが夕食の用意をしていると、アラシがお勤めから帰館した。
「親父、お帰り、今シズクたちが夕飯準備している」
と松葉杖つきながら、キョウジは父を出迎えた。
「そうか、いいにおいがしているな、楽しみだ。今日は、調子はどうだったんだ?」
と靴を脱ぎ、玄関に上がりながらアラシが訊ねる。
「ああ、メバルの奴は調子悪いと言っていたけど、あれだけ釣れれば十分だろ」
「いや、そうではなくて、シズクちゃんだ」
どれどれと言いながら台所をアラシが覗く。メバルと楽しそうに調理をしているシズクの姿を見て、安心したような笑顔を浮べ、すぐに玄関側にいるキョウジへと向き直る。
「そうだな、別に今のところ変わりはないけど…」
「そうか、それならいいが。今日もいい気分転換になったろうしな」
不安が晴れないような複雑な面持ちのキョウジに、アラシはどうした?と問いかける。
「ただやっぱスッキリしないというか、なんかひっかかる気がするんだよな。個人的にも調べてみるつもりだよ」
アラシの目にはいつもどおりの元気なシズクにしか見えないが、そばにいるキョウジにはなにか感じるところがあるのだろう。「そうか」と頷いて、「なにかあればすぐに相談しろよ」とキョウジに伝えて新聞片手にリビングへと向った。
調べ物…なら研究所だ。本棚には呪術関連の本や、先祖の書き記した日記がある。といっても全部ではない。他四家の重要書物はここにあるはずがない。また最重要書類は当主が厳重に保管している為、ここにあるのは呪術師一族の中でも家族なら見れる一般的な部類だ。それでもキョウジからしたら重要な存在だ。差しさわりのない内容でも重要な事柄を示唆することが書かれている可能性が高い。何度も目を通したはずだが、再度確認する。手にしたのは祖父の書いた日記だ。筆で書かれた癖のある字で読みづらいが、1P1P確認する。家族や呪術師仲間の日常の出来事などなにげないことが簡単な説明で書かれていた。
シズクがおかしくなったのは、もしかしたら禍の弊害なのかもしれない。
遠い昔、国である本土が巨大な禍に覆われた時、禍の悪影響で多くの者が気が触れた。内乱がいたるところで起り、殺戮暴力憎しみ奪い合い…、人の醜い部分がむき出しになり、まさに生き地獄と化したと言われている。
今はそのような事態は起らないが、禍は今でもいたるところに存在する。目に見えぬそれは、けして察知できるものではない。対禍能力に長けた呪術師でさえ、感知できない。完全に感知は無理だが、気味が悪く感じたり、体調に異変が起りやすいため、おおよそ禍であろうとの推測は不可能ではない。
四家は島の中央にある封印の祠を守るように東西南北に位置している。祠の周辺は結界の森となっており、一般的に呪術師以外は立ち入り禁止だが、その境界も実はあいまいになっている。実際その結界近くの森の中で一般女性が亡くなるという事故も起っている。それがマサトが関係する例の女性死亡事件だ。
この島の住民の中で、封印の祠に最も近い場所にいるのが四家の人間だ。封印されているとはいえ、あの一国家滅亡にまで追い込んだ巨大な禍に、もっとも近い場所に住んでいるのが四家の者たちだ。
いつどこでその影響をシズクが受けたのか…?
シズクから聞いた話では、子供の頃にあの森の中でマサトの恐ろしい殺人の現場を見たと言っていた。あの場所は結界の森のすぐ近くだ。森と結界との境界線は人には見えず、だが呪術師である四家の当主以外は立ち入れない術を施してある。だからシズクもマサトも結界内には立ち入れないはずだ。だが封印された巨大な禍のすぐ近く、その巨大な力の影響を受けていた可能性もあるのでは…、とすると。
結界の術が不完全な可能性がある。ということは、封印の儀自体も不完全、もしくはすでに抗力をなくして禍を抑えきれていない可能性もあるんじゃ…。
実際に封印の祠に立ち入れないキョウジが確認する事はできない。憶測でしかない。もし封印の儀が不完全、結界の抗力が失われているのであれば、四家の当主が先に気づいているはずだろう。
自分で調べられる事はたかが知れているが、それでも一般人にはない呪術の知識と、先祖の記した書物が見られる自分は、普通の人よりはるかに禍の情報を得られる。それでも、…この狭い島の中という限られた世界の中でだが。
「禍のことを調べるにしても、島の外に出ないとな…」
結局そこに行き着く。そんなことを思いながら祖父の日記をめくっていた。
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