島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第二十二話 助けてジンヤ!  

ジンヤが我が目を疑うのは、ムリのないことだった。
ありえないからだ。シズクが今ココにいるなどありえない。ココは北地の修行場になる。入り口には北地の術を施している為、部外者は一切侵入できない。さすがに鳥だの虫だのは侵入しほうだいだが、人は入れないはずだ。
うっかり迷い込んでこれるところではない。だからシズクがここにいるなどありえない。
ああ夢なんだろうか。毎日朝から夕暮れまで修行に明け暮れ、父に気を遣い、スミエの暴言や暴力に心身ズタボロにされて…。疲労とストレスのあまり、シズクのことを思いやる余裕すらなかった。
無意識のうちに、シズクを求めていたのだろうか。スミエのあんな対応を思えば、シズクは天使のような女の子だった。とまたスミエのことを考えてしまいイラっとなる。

「ジンヤ、会いたかった」

そう言って、涙を零しながら、シズクはジンヤの胸に飛び込んできた。

「なっ!?」

夢ではない。胸にしがみつくシズクはたしかに、存在している。ひくっとしゃくる声も、とても幻とは思えないほどリアルにジンヤの耳に届く。

「ちょっと待て! どうしてここに君がいる!?」

夢かと思ったが、そうではない。ハッとしてジンヤは反射的にシズクの腕を掴んで、その体を引き離しながら、シズクに訊ねた。ありえない、どういうことか説明して欲しい。しかし、シズクはシズクで困惑するばかりだ。

「わからない、私、ただジンヤに会いたいって思ってて…。そしたら、本当にジンヤが現れて…」

意味がわからん。とジンヤは心で叫んだ。シズクの言っている意味がさっぱりわからない。まるで自分のほうがシズクの元に瞬間移動したみたいな言い方じゃないか。その逆だろう。自分は朝からずっとこの修行場にいた。突然現れたのはシズクのほうだ。そのことをちゃんと説明して欲しいが、シズクはとてもそんな状況ではなかった。ずっと泣きじゃくっている。会いたかったというが、ジンヤに会えて嬉しいといったタイプの泣き方ではなかった。

「なにがあったんだ? キョウジのやつは?」

シズクが泣きつく等よっぽどのことだ。一緒にいたときは、こんな風に泣いて助けを求めるなんてしなかった少女だ。守ってやりたい風貌ながら、芯はしっかりした女性なのだと思っていたから。それもキョウジがそばでサポートしていたからというのもあったのだろう。だからキョウジにシズクをまかせたというのに。

「私…もうどうしていいか…」

泣くばかりで、シズクはハッキリとなかなか答えてくれず。
悲しむ女の子を慰めるなど、ジンヤは不得手だ。そんな不器用な自分と知りながらも、シズクは助けを求めて来た、よほどのことだ。

「一体なんのことかわからんだろ。ちゃんと説明してくれ。キョウジは力になってくれないのか?
それとも…アイツになにかあったのか?」

ジンヤのそれを肯定するように、シズクは涙を溜めた目を起こして、こくりと頷いた。

「キョウジがおかしくなって…。何を考えているのか、わからないの」

「アイツが…おかしいのは元からだろ。なにを考えているのか、俺にも理解不能なところもあるしな」
なにを今更そんなことを言うんだと、ジンヤは至極真面目につっこむ。
長年親友をしているが、キョウジとは考えが違うことも多い。だからこそ時に反発もあるが、そこも含めての友人関係だ。アイツが変なことはシズクだって当然わかっているだろうに、なにを今更そんなことで悩むのだと思う。
がシズクの次の発言に、ジンヤも耳を疑う。

「私が、思い通りにならないからって、暴力を振るうの」

は?なんだって?
キョウジがシズクに暴力を振るうなんてありえない。アイツは逆に振るわれるタイプだろう。学生時代もよくトラブルに巻き込まれて女子から叩かれたりしていた、なんてことを思い出す。

「夫婦の儀も強要してきて。それだけじゃすまなくて、…おじ様やメバルともしろって、させようとするの」

「ちょっと待て! なんだそれは、ありえないだろ」

シズクの言うことがぶっ飛びすぎて、ジンヤも頭がおかしくなりそうだ。シズクの話は、まるでクマオが見ていた夢と言う名の妄想のモノと酷似している。

「わたしだって信じられない、信じたくないよ。…だけど、本当にキョウジはおかしくなってしまったの。別人のように、酷い事をするようになって。みんなの前ではいつもどおりなのに、わたしと二人きりの時はおかしくなっちゃう。
わたし、キョウジが怖い! こんなこと、誰にも相談できないし。ジンヤしか、頼れる人がいないの」

鬼気迫る眼差しでシズクは訴える。シズクの話を一から全部ジンヤは信じられなかった。なにか勘違いをしてシズクの被害妄想なのでは、とも思うし。もしかしたら、キョウジの気が触れておかしくなった、のかもしれないし。最近キョウジに会っていないジンヤは、今のキョウジの現状などよく知らない。正直、自分の事で手一杯だ、だが本当にシズクの言うとおりなら、とんでもないことだ。

「…わかった。アイツは俺が何とかする。だからシズク、今日はすぐに帰るんだ。もし君がここにいることが知られれば、マズイ」

「うん、ごめんね、いきなりこんなこと話して。わたし我慢の限界だった。
あっ、今日話したこと、キョウジには絶対言わないで、あとでどんな仕返しされるか…」
ブルブルと震える姿はとても演技には思えなかった。シズクの態度からしてキョウジとの仲は上手くいってないのかもしれない。
なんにしても、キョウジとは一度会って話をする必要があるな、とジンヤは思った。

修行場の入り口までシズクを送り、背中を見送った。周囲に誰もいないかどきまぎしながら、万が一にもスミエに見られでもしたら、ホモ疑惑だけでなく浮気疑惑も発生する。しかもシズクはスミエの敬愛する兄マサトの想い人だ。半殺しどころではすまないだろう、とか考える己の脳が憎かった…。



「シズクさん?! どこに行ってたんですか?」
ミヨシに呼びかけられて、シズクは驚いたように「え」と首を傾ける。

「どこって、ずっといましたけど…」

「え、…そうでしたか…。先ほど玄関から戻られたから、どこかに出かけていたのだと」
とミヨシも不思議そうに首を傾けた。在宅していると思っていたシズクが家にいなかった。キョウジの部屋を訪ねたとき、「シズクなら部屋に戻ってる」と言われたので一声かけに向ったがシズクの姿は室内に見当たらず、トイレに立ったのかとも思ったがトイレにもいなかった。風東の屋敷はけして狭くないので、気づかず行き違いになっていたとしてもおかしくはないが。先日のクマオに拉致された事件も記憶に新しく、不安な気持ちにあおられてしまう。ミヨシはシズクを一人で外出させてしまった後悔の念もあり、敏感になってしまう。ずっと家にいたというのなら、それでいいのだが。


二階へと上がり、私室にシズクは戻る。ジンヤの手紙をしまい忘れたまま、自分はこの部屋を離れていた。どれくらいの時間になるだろうか。時計を見ると三十分も経ってはいなかった。先ほどの体験はなんだったのだろう。会いたいと願ったジンヤに会えた。場所は…知らない行ったことない場所だ。リアルに体験したような感覚だが、あれはやはり夢なのだろう。夢とはいえ、酷いことを言っていた。


夕食は自分のものとキョウジのものとをキョウジの部屋にと運ぶ。ミヨシが一緒に運んでくれたが、あとは自分ですると伝えた。

キョウジの食事は流動食だ。レンゲですくって、シズクがふーふーしてキョウジの口元に運ぶ。

「なんか、子供みたいで恥ずかしいんだけど…」
「別に誰も見ていないんだから、気にする事ないよ、ホラ口開けて」
あーん、とシズクに食べさせてもらう。やっぱりなんだ、すごく恥ずかしい。体は痛くてまだまともに動かせないがおなかは元気だし、意識はハッキリしている。こう重病人扱いされるのは酷く恥ずかしい。シズクの看病もまるで赤ちゃんに離乳食を与えているような感じだ。赤ちゃんプレイなんてキョウジは心底興味ないので、羞恥に悶えそうだ。

「はー、肉食いたいなー肉」
とキョウジはぼやく。シズクのおかずには肉じゃががある。こういう時だと人のおかずが割り増しおいしそうに映るから困る。

「だめだよ、寝たきりだと消化に悪いものは控えないと」

くぅー、おなかは切なく肉とかがっつりしたものを求めているのに。早く動けるまでに回復してやる、食欲のためにとキョウジは心に誓う。

「そういえば、ちょっと前にミヨシさんがお前が見当たらないって探していたけど、どこにいたんだ?」
とキョウジが訊ねる。シズクが行くところなど屋敷内でも限られる。うちは別に迷宮ってほどじゃないし、そうそう行き違うものだろうかと疑問に思う。ミヨシもあれだけ心配していたし、適当に探しただけではないのだろう。また心配してもいけない、それにキョウジも少し気にかかっていた。

「ええっと、別に自分の部屋にいたけど…」

「ミヨシさん何度か部屋覗いたけどやっぱりいなかったって言ってたけど…」
シズクの室内に死角になるようなところは特にない。押入れはあるが、その中にシズクが入っていたと考えるのもおかしいだろう。それならトイレなりどこかに移動していると考えるのが普通だ。しかしシズクはトイレに言ったとは言わない、ずっと室内にいたと言い張る。

「でも、玄関から戻ってきたってミヨシさんから聞いたぞ」

「えっ…、ああ、ミルキィを探していたの。外に出たかもしれないと思って…」
とっさに思いついたようにシズクは答えた。ぐるぐるとレンゲで器の中のおかゆをかき混ぜながら、シズクの目が泳いでいるのをキョウジは見逃さなかった。

「こないだのことがあってミヨシさんも心配しているみたいだから、できるだけ顔見せて声かけてやれよ」
「うんわかった。ハイしっかり食べて早くよくしようよ」
「ふぼっ、あちぃー」
冷ましてない粥を大量に突っ込まれて、キョウジは反射的に噴出す。
「ご、ごめんね、キョウジ大丈夫?」
慌ててタオルでキョウジの口元や胸元に散った粥を拭う。

「(怪しいな、シズクの奴嘘ついている…)」
警戒のキョウジの眼差しに気づかず、シズクは懸命にタオルで粥を拭っていた。
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