島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第二十一話 禍は感知できぬもの  

全身打撲で当分寝たきり生活となってしまったキョウジ。
入院くらいさせてくれてもいいじゃないかと思うが、ヨウスケから今回の件は内密にしてほしいと言われ、キョウジは自宅療養ということになった。一応医者は来て診てもらったが。
島には救急車が一台しかないため、自分のために救急車は呼んではいけないと子供の頃から徹底して教え込まれている。まさに瀕死でもない限り、救急車は呼んではいけないものだ。
意識があって、痛い痛いとわめけるうちは大丈夫だろうと言う解釈だ。が本人からしてみれば、死にそうなほど痛いのだ。今すぐ成り代わればわかる。
怪我負った事で、バイトも休まなきゃいけないし、個人的なことも…研究に費やす時間さえ奪われた。たいした損害だ。それに、医者には大丈夫といわれだが、もし万が一後遺症が残ったらどうするんだ。
まあ、ケガをしたのがシズクでなく、自分だったと言うのが幸いだろう。みんなも冗談めいて、キョウジでよかったと言っている。

が、シズクは一件落着でよかったなど冗談でも思えるはずがなく、責任を感じて、キョウジの看病をつきっきりでしている。

「ごめんね、わたしのせいで…」
とシズクは何度もキョウジに謝るが、別にシズクが悪いわけじゃない。
シズクは兄クマオがキョウジのことを誤解し、敵意を抱いているんじゃないかということは気にかかっていたと言う。風東家に来る前に、誤解を解きたいと思っていたが、それは叶わなかった。がもし、シズクがクマオに説得を試みたとしても、上手くいかなかっただろうとキョウジは思う。
クマオの敵意はちょっとした誤解から発生したものには思えない。もっと根深い何かのような。
シズクがキョウジを庇えば、またさらに悪いほうへと誤解は膨らんだんじゃないだろうか。

ここまでボコボコにされて、殺そうとした相手を、キョウジは許せるほど聖人ではない。ふざけんなよくそやろーがと思う。が仮にもシズクの兄だ。あまりこちらも敵意を露わにするわけにはいかない。だからといって「あの人は悪いわけじゃない」などとあの殺人未遂者を擁護する気もさらさらない。
ただ、あんな鬼畜のせいでシズクが心を痛めるのは、不愉快だ。

だいたいいくら身内でも、勝手に連れ去り閉じ込めるなんて、犯罪だろう。アラシも水南家との関係も考えて、強く責める様なことは言わなかったが、なにかクマオにペナルティを与えるなりしてほしい。


「へへへ、兄ちゃんそのかっこうじゃあ、シズク姉ちゃんとエロイことできねーよなぁ」
けたけたとエロ思考全開の弟のセクハラ発言に、むかりとさせられる。好きでこんな包帯グルグルの寝たきり状態になったわけじゃないというのに。
「でもさ、介護プレイしてもらえるって、逆においしいよな、よかったな兄ちゃん」
「あほかっ、ていてててて」
顔をのぞかせたと思えば、人をおちょくるメバルに、他人事だと思いやがってとキョウジは憤る。

「メバルなりに気を使っているのよ」
とシズクはそう言うが、ちょっと勘ぐりすぎではなかろうか。
プレイとかいうノリで楽しめればいいが、思いのほか重症なのだ。そんなエロイことどうこういう思考にすらなれない。

うるさいメバルが去った後で、室内は二人きりで、シーンとなる。

「ほんとうに、ごめんね」

口を開けば、謝罪の言葉ばかりだ。辛そうに目を滲ませて。シズクに謝られても、困るだけだ。それに、自分の行動のせいでシズクを悲しませているというのは、本意じゃない。

「ああそういうの、やめろ、よくないから」
と言ってキョウジは固定された状態のあまり動かない手首をふりふりと振る。

「マイナスの思考は、禍を呼んじゃうからな。じめじめしすぎんな」

キョウジの言うことがどういうことかシズクにはピーンとこない。
禍を呼ぶとはどういうことか。

禍は形を持たない、無味無臭の人には感知できないものだ。
五百年前に、国を滅亡の危機に追い詰めた禍は、国土を覆いつくすほどの規模で巨大な塊であったとされる。その巨大な禍は、この島の中心に封じられた。
が、禍はこの星のいたるところに存在すると言われている。封印されていない禍は、今もいたるところに存在する。国を滅亡させる規模の巨大な固まりは、キョウジたちが知る範囲ではありえないが、些細な不幸を呼ぶ禍は、いたるところにあるのだ。
禍は、生物の負のエネルギーを好むとされる。
くだらないことで、暗く悩めば悩むほど、悪いほうへと転がりやすくなるのだ。

「だから、できるだけ楽しい事考えているのがいいってこと。体だって、プラス思考のほうが元気になるだろ」

「そっか、そうだよね。ならキョウジも楽しいこと考えていれば、すぐによくなるよね」

うん、さすがにそれは…超人すぎるけどな。とキョウジが心で突っ込みつつ。
シズクに落ち込まれるとこちらまで気が滅入りそうで、明るくいてくれるほうがいい。

「わたしにできることならなんでもするから、遠慮なく言ってね」
シズクは甲斐甲斐しくもキョウジの介護をする気満々だ。その傍らにはいろいろな道具が置いてある。…尿瓶もスタンバイオーケーだ。

気持ちはありがたいが、情けなくも涙が零れた。なにが悲しくてこんな状態になったというのか。

「僕のほうはともかく、シズクは大丈夫か? あれから、またおかしくなったりとか気になることはないか?」
正直人の心配できる状態ではないが、シズクの症状のなぞについて解明できていない。もしこんな状態の今、シズクがまたおかしな状態になったら、キョウジにはどうしようもない。

「あっ」と言って瞬間黙り込んだシズクが気にはなったが、すぐに明るい表情に戻って「ううん、今のところなんともないよ」と答えた。

「それならいいけど、なにかあれば親父に相談しろよ」
心配してかけただけの言葉ではなく、それは牽制の意味も含んでいた。あからさまではないが。

今回の件、クマオ一人が狂っていて、クマオの暴走によって起きた事件、だと最初は思っていたが、寝たきりで一人ぐるぐると考えているうちにひっかかる気持ち悪い部分もあった。
あそこまで人に対して殺意を抱くなどよっぽどだ。嫌われるような事をしたとか、心当たりがあればともかくだが。キョウジ自身あまりクマオとは関わった事がない。だいぶ年上ということもあったし、クマオ自身内向的なところもあり、積極的に絡もうとは思わなかった。
シズクを思っての行動にしても異常すぎる。ただの妹想いの域を超えている。異常な性愛の部類だ。クマオをそういう人間にしたのは、もしかしたらシズクなのでは? あのように、平気で男を惑わす。女性への免疫がほとんどないクマオなら、相手が妹であれ陥落してもおかしくない。

クマオとシズク、…想像しかけて、慌てて脳内でそれをかきけす。妄想でもしたくない。好きな女が他の男と…なんてそんな姿、妄想でも死にたくなる。

「シズクさんが純情可憐などというのは、君の勝手な理想の押し付けでしょう」

「うわわっ」
脳内でマサトの嫌な声が聞こえてきて、思わず声が出てしまった。
たしかに自分はシズクは純情可憐な女の子だと思っている。見た目からして、自分が知る限りでもシズクはそういう女の子だ。もしかしたら女の汚い部分も、見せないだけで持っているのかもしれない。もしそうでも、それもシズクの一面として受け入れる。だが、あのシズクはシズクの別の一面として許容できるものには思えない。なんだかこう、本能的に拒否するのだ。それがなにかはわからないが。違和感…。
違和感、異物感、シズクではないなにか気味の悪いモノ。

キチガイの兄貴、生涯童貞を誓うジンヤ、変態でいろいろ理解不能のストーカーマサト。
…自分も含めて、シズク周りの男は、なんかいろいろおかしくないか?などと思いながら、瞼を閉じるのであった。



アラシもキョウジも気にするなと言った。迷惑ばかりかけているのに、責めることなく逆に気を使ってくれている。自分は疫病神ではないかと、自室に戻るとシズクは自己嫌悪に陥る。
自分のせいで、キョウジがあそこまで酷い目にあった。気にしないほうが無理だ。そこまで無神経に生きていけない。人の役に立つどころか、自分のせいで周りが不幸な目に合う。自分が不幸に合うより、ずっと辛い。だからといって、自分を責めても、事態が解決するというわけでもない。
それだけではない。時折よぎる酷い考え。自分の考えなどと思いたくはないが、誰かが言った事を記憶しているのとは違う、自分の中にある考えの一つだ。それがとても酷い考えで。
残酷な悪魔が、自分の中に眠っているのかもしれない。以前恐ろしい夢を見た。血だまりに横たわるキョウジを見て、泣きながらも笑っている自分がいる夢。夢でよかったとは思うが、ただの夢には思えなくて、背筋が凍る。キョウジがいなくなればいいなんて、一時でも思ったことない。
キョウジがいたから、ジンヤとだって出会えた。

もうずいぶんと会っていない。そう改めて思うと、切なく涙が溢れ出す。すがるように、大切に保管してあるジンヤの手紙を手にして、愛しく指で撫でる。

「会いたいよ。…助けて、ジンヤ」
心に強くそう願った時、目の前の景色がぼやけて、夢の世界へ移行する。
ゴツゴツとした岩山に囲まれた景色、そこはどこなのか知れないが、その中にジンヤの姿を見つけた。

「ジンヤ」
涙でボロボロになるシズクを見て、ジンヤは驚いた様子で
「シズク? なぜ君がここにいるんだ?!」

夢の世界でそこまで驚かなくても。いや、それはジンヤにとっては夢でなく、現実に起きていることだった。
ありえない現状、いるはずのないシズク。夢でも見ているのかとジンヤは我が目を疑った。
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