島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第十九話 狂気のクマオ  

悪夢にさいなまれる。
涙に濡れた顔で、助けを求める妹の姿。
嫌がるシズクを力ずくで布団の上に押し倒す。それでもなお「やめて」と必死の抵抗をするシズクに苛立ち、「いい加減にしろよ」と乱暴にシズクの頬をはたく。
シズクの桃色の頬が痛々しく赤く染まる。
それだけじゃない、体のいたるところに痛々しくも乱暴された跡があり、痣になっている。
「なに嫌がってんだよ。こんなにかわいがってやってんだろ」
にやり、と畜生の笑みを浮かべて、キョウジは乱暴にシズクの顎を下から掴んで持ち上げながら、野獣のような口づけをする。口内をまさぐられ抉られるような不快な口づけに、シズクは唯耐える様にきゅっと瞼をきつく閉じ、祈る。
耐え、終わったと思えば、反応が気にいらなかったのか、キョウジに「なんだよその態度は、もっといやらしくなけよ」と言われ、また乱暴に頬を叩かれ、むき出しにされた乳房を掴まれる。
つめの跡が残るくらい、乱暴な掴まれ方をされて、痛みに苦しそうにしかめる。
そんなシズクの反応を見て、キョウジはますます畜生の顔になる。
「ギャハハハハ」
口は裂け、蛇のような気色の悪い舌を揺らしながら、その気持ち悪い舌から溢れる唾液がシズクの乳房を汚す。
布団も畳も、汚れていく。かわいい妹の涙が散り、畜生の欲望の汁が飛び散る。
「愛する」行為ではなく、欲望の発散としか思えない行為。苦しむシズクを気にも留めず、乱暴に男の汚らしいモノをぶち込む。狂った性獣は激しく腰を振りながら、シズクを切なく鳴かせる。
明け方近くまで狂った行為は続き、シズクは次第に抵抗する力を失い、されるがままになっている。絶望の中で、目元に浮かぶ滴は清らかで…。
一通り行為が終わったあと、ぐしゃぐしゃになった布団の上で、疲れ果て生気を失くした様なうつろな目、全身欲望の汁にまみれた痛々しいシズクの姿を見ても、キョウジは良心を痛めるどころか、にたりと畜生の顔で笑った。
「お前は僕と婚姻したんだから僕のモノだ。かわいいかわいい愛玩人形なんだよ」
ケタケタケタと人ならざる笑い方をしてシズクを物だと言い放った外道。
哀れなかわいいシズクは、悲しげに頬を震わし、涙を零した。小さく震える声で、唯一人信じられる相手に助けを求める。
「助けて…兄さん…」
と。

それは、毎夜見る夢の内容だった。クマオが見ている夢。夢と言う名の酷い妄想だ。
シズクの私室は日に日に薄れていく。薄れていくのはシズクのにおいだ。もうそこにシズクはいないという現実をつきつけられる。ゆっくりと降り積もる埃を振り払う。が、そうするとシズクのにおいも払ってしまう様で、焦る。
気が狂いそうになる。いやもうすでに狂っている。
なぜ、みな平気なのだ?
あんなにシズクをかわいがっていた父も、シズクがあの男の元に行ってどこかホッとしているようにも見えた。心配して様子を見にいく素振りもない。どういうことだ? あの男を信頼していると言うのか? そんなはずはない、あの男…キョウジほど信頼できない奴もいない。アイツはシズクを自分のものにするため、散々汚いことをした。そうに違いないはずだ。純真なシズクはなにも知らず騙され、アイツと婚姻させられた。今頃は、あの男の欲望発散のおもちゃ同然にされている。そうに違いない。
あんなに愛らしくて、魅力に溢れたシズクを前にして、我慢できるはずがない。ましてや、キョウジは以前からシズクを性的な目で見ていた。すきあらば、ものにしようと考えていたことは知っている。
ニクイ、アイツがニクイ、殺したい、殺してしまいたい。
なにかに命じられる様な、強い殺意の命令が、クマオの脳内でドンドンと繰り返し鳴り響いていた。



兄ちゃん死相が出ている!とメバルに警告?されてから数日が経った。幸いにも、西炎家に乗り込んでキョウジは無事帰宅できた。「マサトにケンカ売るなんてどうかしてるよ」とメバルにガクブルされたが、別にイヤガラセだのは受けていない、今のところ…。
シズクも、あの夜以来、なんとかおかしくならずにいるみたいだ。キョウジたちの知る範囲内では。
西炎家から帰ってきたキョウジの知らせにシズクは落胆したが、アラシたちは自分たちがついている、必ず問題を解決しよう、焦る必要はないと励ましてもらったが。またおかしくなれば、風東の人たちに迷惑をかけてしまう。いったん実家に戻ったほうがいいかもと提案したが。

「原因もまだハッキリしてないし、今の段階で水南に帰るほうがマズイだろう。もし同じような状態になって、お父さんやお兄さんにああいうことをしてしまえば…」
とアラシに言われて、シズクの顔色も青くなる。そういうことがないと絶対にいいきれない現状、父や兄に同じようなハレンチな行為をしてしまったとしたら…。それこそ死にたくなるほど自己嫌悪に陥るだろう。指摘されて、シズクもショックで落胆する。

「キョウジ、お前もできるだけシズクちゃんについててやれ」
これを機にバイトも辞めていいんじゃないかと提案されたが、体よく自分を跡継ぎルートにシフトさせようとしているようで、気にくわないが、できるだけシズクのことは気にかけてやろうとは思った。
とはいえ、四六時中そばにいることなど不可能だし、シズクもかえって気が滅入るだろう。何事もほどほどがよしだ。
それに、シズクのことが心配なのはたしかだが、自分の生活丸々犠牲にするほどお人好しでもない。
昼間は家には家政婦のミヨシがいるのだし、シズクも一人っきりと言うわけではない。あと、気まぐれで外出が多めだが、ミルキィもいる。たとえ猫でも、一緒にいれば気がまぎれるし、心強いだろう。


朝食の席で、ごはんをもぐもぐしながらメバルが次の休みの予定をたてる。
「なーなー兄ちゃん、次の休みさー、釣り行こうぜ釣りー」
最近釣りしてねーし、行こうと誘う。
「シズク姉ちゃんも一緒に行こうよ釣り。道具はおれの貸すからさー」
とメバルはシズクも誘う。最近塞ぎがちだったし、気分転換にもいいだろう。という心遣いからなのかはさておいて。
「釣りかー、わたしやったことないけど、大丈夫かなぁ」
「だーいじょうぶだって。おれが手とり足取り尻とり教えてあげるからさー」
しりとりって何を言ってるんだコイツは、とキョウジは味噌汁をすすりつつ脳内で突っ込む。
「そっか、じゃあ、やってみようかな。何事も経験だよね」
「やったー、きーまりっと!次の日曜空けといてよね!」
と次の休みのスケジュールが決まったらしい。雨天でなければ決行だ。はしゃいでいるのはメバルだが、シズクもなんだか楽しみそうだった。初めてのことはなんだかわくわくするものだ。

「じゃあいってきまーす!」
メバルは学校へ、キョウジはバイト先へと向かい、玄関でみんなを見送ったシズクは、ミヨシの家事を手伝う。

「楽しそうですね」
「はい、晩ご飯がいっぱい釣れればいいんですけど」
と楽しく談笑しながら作業する。ミヨシと話していたり、作業していると気もまぎれる。メバルとの約束も今から楽しみになってくる。
あんなに迷惑をかけてばかりなのに、風東の人たちは変わらず親身でいてくれて、シズクは申し訳なく思う反面、嬉しかった。
キョウジがマサトのもとに掛け合ってくれたことも、…本人はなにも進展なかったとげんなりしていたが、そんなことはなかった。キョウジの行動に少なくともシズクの心は勇気づけられた。マサトに対する恐怖心はいまだ拭えないが、それでも少しはいいほうに前進したと思う。

台所を掃除している時に、「あら」とミヨシがあることに気づく。台の上に弁当を忘れたまま出かけてしまっている。忘れていたのはキョウジだ。

「どうしたんですか?」
ミヨシのもとへとシズクが来て訊ねる。

「ええ、キョウジさんお弁当忘れていっちゃってるんですよ」

気づいたのがそろそろお昼が近くなるだろうという時間帯だった。少し考えて、シズクが「わたしが届けに行ってきます」と言った。お昼ぬきはさすがにかわいそうだろう。留守を預かっているミヨシも勝手に出かけるわけにはいかないし、その点自分なら問題ない。

「大丈夫ですか?」
普通の十八歳の少女ならともかく、シズクはあまり外出させてもらったことがない箱入り娘だ。一人での外出に大丈夫なのかとミヨシも心配するが。シズクは自信満々に答える。
「大丈夫です。前にキョウジと出かけたときに、仕事場への道案内してもらったんで、すぐ行って届けてきますね」
「それじゃあ、お願いしますね。くれぐれも気をつけて行ってきてください」
「はい」
パタパタとミヨシは次の仕事にと移った。シズクも子供じゃないし、道もちゃんと覚えているといった。日中での外出なら大丈夫だろう。
「そろそろ行ったほうがいいかな」
着くころにはちょうどお昼休憩の時間になるだろう。シズクはすぐに出かけた。


キョウジの働いている工場に着いたのは十二時を過ぎた頃、ちょうどお昼休憩なのかなとは思うが、工場の中の機械は動いている。中に入っていくわけにも行かず、どうしようかと入り口付近でうろうろしていたら、作業着姿のおじさんが「おっ」とシズクに気づいて、「ああ、キョウジ君の」と頷いて、「呼んでくるからちょっと待ってて」と言って奥のほうに消えていった。今のおじさんがキョウジを呼びに言ってくれたのかな。しばらく待っているとキョウジが出てきた。まさかシズクがくるとは思わず、驚いていたが。

「はい、お弁当、忘れていったでしょ」
とキョウジに弁当を届ける。感謝されるかと思ったが、「わざわざ届けてくれなくても、パンでも買ったのに」と言われて、少ししょんぼりだ。届けてすぐ戻ろうとしたシズクにキョウジが訊ねる。
「お前お昼はもう食べたの?」
「ううん、まだだけど」
「じゃあ一緒に食ってけよ」
工場の外にある木のベンチに腰掛けて、弁当の包みを開く。時間が経っているとはいえ、ミヨシの作った弁当はおいしそうなにおいがした。
ごくりとツバを飲み込み、反射的におなかがきゅうと鳴く。働いた後でキョウジも腹ペコだろうに、もらってもいいのかなと遠慮する気持ちもあるが、空腹な現状弁当をわけてもらえるのはありがたい。

「いただきまーす」
二人で弁当をわけあって食べる。
「おいしい、ミヨシさんのお弁当おいしいね」
お弁当一つにも手を抜かないミヨシさんさすがだと感心する。ミヨシは風東家に来る前に自宅の朝食と家族の弁当も作っているという。それなのにこのクオリティ、さすがだなぁと思う。シズクも少しだけ料理を習ったことがあるが、もっと本格的に料理ができるようになりたいなと思う。せめてキョウジの弁当くらい作ってやりたいなぁと、今思いながら、もぐもぐと卵焼きをほおばる。
弁当を食べている二人のそばへ、先ほどのおじさんがやってきた。「どうも」とシズクが軽く会釈をする。にこにこと嬉しそうな顔をしながら、作業着姿のおじさんは「いいねー、若い人は。かわいい彼女の手作りのお弁当なんて、キョウジ君も幸せ者だねー」と冷やかされた。「いやいやこれ作ったのうちの家政婦さんですよ」とキョウジが答えたが、いいのいいの細かいことは、とおじさんが笑いながら答えた。「(やっぱりお弁当作れるようになっておこう)」とこそりとシズクが決意しながら、お弁当タイムはあっという間に終わりの時を迎える。

「ごめんね、お弁当半分くらい食べちゃって。それに仕事の邪魔して、ごめんね」
来たことが迷惑だったかなと、来てからそう気づいてシズクが謝るが。
「いやちょうど休憩時間だし、かまわないよ。こっちこそわざわざ届けてくれて悪かったな」
「ううん、ここまで来るの楽しかったし。この前キョウジに教えてもらったでしょ。ちゃんと道覚えていたんだ」
と嬉しそうにシズクは微笑んだ。弁当忘れたのは自分の過失だが、それがきっかけでシズクにとっていい気晴らしになったのなら幸いだ。
「気をつけて帰れよ」
手を振って、シズクは風東家へと帰路に向う。キョウジは休憩を終えて、午後の作業へと持ち場へと戻った。

屋敷へと帰りながら、シズクはいろいろと考えていた。それはつい最近の嫌な考えとは違って、「帰ったらミヨシさんからお弁当のおかずの作り方について教えてもらおうかな」とか、「釣りについて勉強したほうがいいかな、メバルの部屋に釣りの本でもあるのかしら」とか、うきうきするような楽しいことを考えていた。そういった思考が、シズクを前向きにさせていく。まずはお弁当を、早く実現する為にミヨシから学ばせてもらおう。そう決意して早足になるシズクの足をあるモノが引き止めた。

「シズク」

自分の名を呼ぶ声。街を出て風東家へと続くゆるい坂道、周囲は林が広がり、人の行き来はなく閑散としている。すれ違う人などなかった。声はすぐ後ろでして、ぐいっと強い力で腕を捕まれ引っ張られた。


家事を一通り終えて、ミヨシが「あら、そういえば…」とシズクがまだ戻っていないことに気がついた。心配ではあったが、ゆっくりしているのなら、そこまで遅い帰りでもない。と思っていたが、次第にそんなのんびりとした心境ではいられなくなる。

キョウジが帰宅する頃、家はパニック状態に陥っていた。一体何事かと言うと。
「シズク姉ちゃんが行方不明になってるんだよ!」
「ええっ!?」

何事もなく終わるように思われた一日は、一変した。
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