島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第十八話 西炎家で散々な目にあう  

おのれーマサトめー。

冷静な顔を保ちつつも、怒りでブチキレそうな現状だ。
昔から、苦手な相手で、ある件で…絶対二度とコイツと関わるまいと誓った相手。その件に関しては永遠に思い出したくないので放置するとして。

シズクに対しても許せない事をした。
森の中でシズクを襲った件もだし、シズクにトラウマを植えつけていた事実。アイツは自分やメバルだけでなくシズクにもトラウマを…、ジャンル的には異なるが、それはともかく。
シズクの話からすればマサトはガチだ。ガチのキチガイだ。いくら男前で人当たりがいいといっても、ムリだろう、擁護しようがないだろう、マサトのとりまきも。
ガチで人を殺している。その上、現場を目撃した幼いシズクを脅し、シズクのいうとおりならシズクの母に大きなヤケドも負わせている。
西炎の呪術は自然界の炎の力を行使する術だ。ストーブ暴発のほかの事件もおそらくマサトのせいだろう。もう全部マサトのせいでいいと思う。
とまあ、怒りのあまり、悪い事全部マサトのせいだろうと、キョウジは決め付けた。
家を出る際、メバルに
「兄ちゃん死相が出てるよ! 死地に赴くなんてどうかしてるよ」
と青い顔して警告されたが…。たしかに向う先は恐ろしい死地だ。殺されるかもしれない。
相手は格上だ。向う先は超アウェーだ。

それでも…
シズクの恐怖に震えるつらそうな姿を思い出せば、こんなことでびびるわけにはいかない。シズクを救えるのは自分しかいない。と己を奮い立たせる。


風東家から西に森を越えた先に西炎家がある。実際森を突っ切って進むルートはないため、北に迂回して西に向う。自転車をこいでいくが、途中ガードレールもない絶壁が続き、スピード出してカーブ曲がりきれなかったら海へドボンだ。下にはゴツゴツとした岩があるから、ドボンじゃなくて岩に激突死だろうなと思う。
落ちたら死ぬ!て警告看板でも立てておくべきだと心の中で指摘しつつ、西炎家へと向う。
すぐに大きな屋敷が見えてくる。庭園が広がる門をくぐりぬけると、華やかな侍女たちがきゃっきゃと掃除している姿が見えた。が、来訪者のキョウジに気づくと、目の色が変わる。

「あ、アイツは風東キョウジよ!」

悪意のこもったフルネーム呼び捨てだ。
侍女たちは皆鬼のような形相でキョウジを睨みつける。誰一人として、まともに来客として対応してくれそうにない空気だ。ムリもない、ここの侍女たちはみなマサト親衛隊だ。マサト至上主義のおかしな女性ばかりだ。エロモードシズクとは別の意味でキチガイだ、とキョウジは思う。
まあこのような対応も予想できたことだ。思わず引きそうになるが、引くわけにはいかない。強気な態度で「マサトに用がある」と伝えるが、侍女たちの態度はキョウジを圧倒するくらい強気だった。
奥にいた侍女が、なにかを手にこちらへと来る。

「お前なんかがマサト様にお会いできるものですか! このこの、とっとと帰りなさいこの害悪野郎!」

ベッシベッシと侍女がキョウジ目掛けて敵意たっぷりに白い粉を投げつけてきた。なにかと思えば塩だ。もったいないことをする。

「だめよ、もっと硬くて鈍器的なもの持ってきて!」

ななななにをするつもりだよ、とさすがにキョウジも逃げようかと思う。
ドアウェーにもほどがある。凶悪な女性たち数人に囲まれて、マサトに会う前に終わってしまいそうだ、人生的な意味で。

「かまいませんよ、通してあげてください」

と玄関の奥から響いてきた声に幸いにもキョウジは救われた。その声にキョウジはうげと不快感が湧いてくるが、侍女たちは「きゃああーん、マサト様ってばなんて寛大なのー」と歓喜の声をあげる。まるで人が変わったように、優しい女性の声色になっていた。なんなんだ西炎の奴らは、理解不能だと思う。

「マサト様の恋路を邪魔して、シズクさんを横取りした下劣な奴にまで、マサト様ってなんて丁寧でお優しいのかしら、ねー」
と大きな声で話す侍女たちの声が頭に痛い。彼女たちの中で自分はよっぽどの悪党ポジションなのだろう。まったくほんとの悪党はどっちなんだか。マサトファンの彼女たちからしたら、愛し合い結ばれる寸前だったマサトとシズクの二人の仲を引き裂き、卑劣な手を使ってシズクを奪ったという解釈らしい、恐ろしい思考だ。がそんな誤解などどうでもいい、キョウジはマサトに用があってきたのだから。


キョウジは来客用の部屋に通される。大きめのソファが数台設置されて、テーブルが置いてある。
「座ったらどうですか?」
と余裕たっぷりの対応のマサトに、キョウジはギリギリと怒りの感情のままに、ソファに座る前にテーブルを叩きつけながらマサトに言い放つ。

「今すぐシズクにかけた術を解け!」

「はあ?」

普段の飄々とした姿に反して、今のキョウジは怒りが爆発するままに、感情的になっていた。マサトを目の前にすると、我慢できなかった。マサトの悪びれない、ふざけた態度が余計苛立つ。自分が言っていることがなにかわかっているはずなのに、眉をしかめながら、「なんの話ですか?」とすっとぼけるマサトにますますムカーッとなる。

「まあなんて野蛮な態度」
と部屋の外でこそこそと侍女たちがキョウジを非難しているのが聞こえてくる。無礼者と追い出されても仕方ない状況を自ら作り出しているが、下手に出るわけにはいかない。

テーブルの上にあるティーカップを口に寄せながら、マサトのしぐさはぶれることがない。一人興奮状態のキョウジとは対照的だ。焦ることなど欠片もない。

「すっとぼけやがって! お前がなんかしたせいで、シズクがおかしくなったんだよ!」

シズクの名前を聞いて、ピクリとマサトの瞼が動いた。ティーカップをソーサーに戻しながら、
「どういうことです? シズクさんがおかしくなったとは。なにがあったというんです?」
まるでさっぱりわからないといったマサトの態度にいらぁっとくる。ちゃんと一から説明してくれないと、こちらにはなんのことだかわからないと、マサトは説明を求めてくる。
事の詳細など話したくはないので、無難な言い回しで説明したが、それでも感情的な物言いになってしまう。マサトはふんふん、なるほどとまるで他人事のように相槌を打ちながら聞いている。その態度が余計腹立たしい。

「――なるほど、積極的になったシズクさんがおかしいと、君は思うわけですか」

積極的なんてポジティブな解釈もいいところだが。マサトはなぜそんなに憤慨することなんですか?と逆にキョウジを非難してきた。

「おかしいに決まってるだろ! シズク本人もそのことを酷く気にしているし、本気で気に病みそうになってるんだよ」

「それは君の甲斐性のなさでしょう。だいたい君の言い分は自分勝手すぎて理解に苦しみますね。大なり小なり人には二面性があるものですよ。特に女性は…性的な面に関してそれは顕著ですから。君はシズクさんが純情可憐でなければいけないと思い込んでいるんでしょう? そういった君の願望にシズクさんも気に病んでしまうのでは?
私ならそういった面も含めて愛せますが、それに対して君は何て自分勝手で、それを人のせいにしようなどと」
まるでキョウジが全部悪いとばかりに決めつけられ、ますますキョウジの苛立ちは膨れ上がる。

「シズクはハッキリと言った、マサトお前のせいだってな」

「?私のせい?一体どういうことです」
とマサトはさっぱりわからないと言った態度だ。

「シズクが十歳くらいの時に、お前に脅されたって話だ。あの森の中で、お前が人殺して、それを見ていたシズクを脅したって」

「ふ、いい加減にしてもらいたいですね。君が心の中で私を人殺しと思い込むのは勝手ですが、それをシズクさんにほんとのことのように吹き込んだのでしょう。だいたいなぜ私がシズクさんを脅さなければならないのです? そんなことをしても、彼女に嫌われてしまうだけでしょう。できるだけ好かれる様に、優しくすることには心がけていますが。君のように思い通りにいかないからと言って、実力行使に出るほど愚かではありませんよ」

核心に触れたと思ったこともあっさりと一蹴された。ここまですっとぼけるとはいい度胸だ、ある意味感心する。

「墓穴掘ったな、先日森の中でシズクを襲っていたじゃないか! お前があの時にシズクになにか変な術かけているのはわかってんだぞ」

「ああ、あの時のことですか。君は勝手に私が嫌がるシズクさんに乱暴しようとしたと思い込んでいるみたいですが、シズクさんから誘われたのですよ。さすがにあんな不衛生な場所でよくないと言ったんですが、執拗に迫られて…。意中の女性に迫られるとさすがに、私も男の欲望を抑えることは困難に等しいですからね」
ふふふと優雅に笑いながら再びティーカップを口元に寄せるマサト。コイツレイプを正当化しやがったーとキョウジは脳内で怒りツッコミをした。いやよいやよも好きのうちとかいう勝手な解釈でもかましたんだろうか、シズクもマサト相手に張り手はかませなかったんだろうか。イヤ実際マサトは武術の心得もあるらしいし、ヘナチョコなインドアなキョウジ相手とはまた違うのだろうが。

「ああそういえば、先ほど君の話に聞いたシズクさんの様子に酷似していますね。あの時のシズクさんは普段の控えめな態度と違って、とても積極的でしたから。まあ悪い気はしませんよね、たまには攻められるのも悪くありません」

「(やっぱりこいつも変態だ。痴女モードのシズクがいいなんて、変態しか頭にないんだ)」

「言っておきますが、私はシズクさんになにもしてませんよ。なにかする前に君に邪魔をされてしまいましたからね。君の言い分では私がシズクさんがおかしくなるような術をかけたということらしいですが、君も呪術師の端くれならわかるでしょう。人の精神に働きかける部類の呪術など存在しません」
ときっぱりと否定された。言うことはまんまアラシが言ったとおりだ。でも呪術でないにしても、なにかしたのは違いないと反論するが。

「あるとすれば催眠術の類でしょうが、残念ながら私は使えませんよ。もし使えるなら、とっくの昔にシズクさんに使っているでしょうね。キョウジ君がとんだ下劣で嘘つきの酷い男だと気づかせる為にもね」
くすり、と勝ち誇ったような笑みでマサトはそう答えた。
ストーブ事件のことも追及したが、それも否定された。マサトは現役呪術師の中で唯一遠方の呪術を使うことができるらしいが、それも目視できる範囲に限られる。遠方で己が目視できない場所で呪術を使うことはできないと。

マサトを追い詰めるはずが、言い負かされて帰る事になってしまった。結局シズクがおかしくなった原因をはっきりとつき止めることはできなかった。
帰り際になってハッと気づいたが。マサトが言ったことが事実なら、シズクはキョウジと婚姻する前からすでにあの痴女めいたおかしな状態になっていた可能性があるということだった。

帰りの際も、マサトの親衛隊の侍女たちから、「二度とくるんじゃねーこのくそったれー」と酷い暴言と背後に塩を投げつけられて、散々な見送り方をされたのだった。しかも自転車のタイヤをパンクさせられていた。帰りは泣く泣く自転車を押していくしかなかった。もう二度と来るもんかと心に誓った。
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