島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第十七話 原因はマサトにあり?  

おとといと昨日のことがあって、シズクもずいぶんと落ち込んでいた。普通の女の子なら当然の感情だろうが。
嫌な予感がするのでと嫌がる素振りを見せたが、術を施した儀式の間で寝るのが一番安全だからとアラシとキョウジに説得させられた。
なにかあればすぐに駆けつけるとアラシが言ってくれたおかげで、シズクも少しは安心したみたいだ。

「うちの家って別に心霊現象とかなかったし。やっぱしあれだよ、シズク姉ちゃんおっぱい大きいし、おっぱいの大きい女の人ってエッチが好きっていうじゃん。シズク姉ちゃんもエッチが好きなんだよ!げへへへ」
とこれまたメバルが勝手な解釈でげへげへしていた。
メバル的には痴女なシズクは大歓迎らしいが、キョウジとしては勘弁してほしかった。普段のシズクのように頑なに拒否も勘弁だが、あそこまで責めてこられても困る。なにごともほどほどがいい。なんでああも極端なのかシズクは。…あのエロイシズクがシズクかどうか今でも疑わしいが。

キョウジもメバルもそれぞれの自室にて寝床につこうとするが、何度も戸を開ける音がする。気になるのはメバルもなのだろう。戸から顔だけ出した状態で兄弟が会話する。

「お前、とっとと寝ろよ。なに変な期待してんだよ」

「えー、来るかもしれないじゃん。エロイモードのシズク姉ちゃん。おれパンツ脱いで待ってんのに」

なにやってんだパンツ穿けよ!とメバルにつっこみつつ、今日は来ないと見ていいのだろうか。階段を上ってくる気配も感じられない。
今日は来ないだろ、さっささと寝ろとメバルに言いかけて、ハッとする。まさかと思いキョウジは部屋を飛び出し階段を下った。兄の行動にメバルも気づき、「そうかそっち?」と慌ててパンツ穿かないまま後を追う。


すでに寝床についていたアラシは、何者かが部屋に侵入してきた気配を感じ取り身を起こした。
挨拶も何もなく、突然アラシの寝室へと入ってきたのはシズクだった。なにかあればいつでも声をかけてくれといったから、なにかあったのだろうか。しかし瞬時に、シズクの様子が普段と違うことに気づいた。アラシのほうへと近づきながら、シズクは浴衣の帯を解きつつ、そばによる頃には浴衣を脱ぎ捨てていた。
普段の優しい少女の顔ではなく、なにかを企んでいるかのような妖艶な悪女の微笑。

「シズクちゃん、一体どうしたというんだ?」
寝ぼけているのだろうか?とも思えないハッキリとした状態のシズクに、アラシも異常を察する。
ふふふ、と先日のエロイシズクと同様の不気味な含み笑いで、シズクは正面からアラシに跨り抱きつく。

「おじ様わたしのこと抱いてください。キョウジに言われたんです。色気の足りないお前じゃ欲情できないって。親父に抱かれて女の色気身につけて来いって。…だから」
吐息混じりに切なげにシズクはそう訴えながら、抱いてくださいと体を押し付けてきた。

「!シズクなにやってんだよ」
ダアンと勢いよくアラシの寝室の引き戸が開かれた。戸を開けたのはキョウジだ。嫌な予感は的中した。シズクは今度はアラシのもとに夜這いにきていた。また裸になって抱きついていた。
すぐ後ろから来たメバルも現場を目撃する。「おっぱい!」と一人興奮していた。

「あっ、わたし…!? きゃあまたこんな」
我にかえったシズクが驚き、すぐにアラシから離れ慌てて体を両手で隠して蹲る。
混乱気味のシズクに彼女が脱ぎ捨てた浴衣を羽織わせながら、立ち上がらせる。
「わ、わたし、あの、その…」
なにをどういいわければいいのか、落ち着かない様子のシズクをアラシはキョウジに預ける。
「理由は明日に聞くとして、もう遅い、みんな早く寝ろ。シズクちゃんも疲れているんだろ、な」
ぽんと優しく背中を叩かれて、シズクはなんともいえない心境になる。

キョウジはシズクを儀式の間に連れて行く。またなにかやらかさないかと心配だが、「一人で大丈夫か?」ととりあえず確認する。シズクはこくりと静かに頷いて「うん、一人にして」と小さな声で答えた。居た堪れない心境だろう。シズクの心情察して、キョウジはそのまま自室へと戻った。



翌朝、アラシはキョウジからシズクのことを聞いていた。昨夜のシズクはたしかに異常だった。本人はキョウジに言われてと言っていたが、もしそうだとしても、シズクがあのような行動を取れるだろうか。いやいやというより、躊躇いもなかった一連の動作、そして不気味な微笑み方。シズクの姿を借りた別の何かのようでもあった。
キョウジはアラシに説明した。ここ数日のシズクのことを。最初は自分のところに、その次はメバルのところに。昨夜のアラシにしていたようなことをしたと。事には及ばずには済んだが。
夫婦の儀を受け入れられなかったシズクの心情にも関連があるのかもと思うが、思いつめての行動にも思えなかった。
シズクの身になにか異常があったのではないだろうか。

「なあ、アレって悪い事なのかな? おれはシズク姉ちゃんのエロモード大歓迎なんだけど」
「うるさい、お前は黙ってろよ」
ぶうーとむすくれながらメバルは別にいいじゃんと言う。キョウジ自身は普段のシズクのちょっとエッチなモードならそれこそありとは思うが、あんなキチガイじみた痴女などごめんだ。

「でも恥じらいは必要だよな。おれシズク姉ちゃんの恥ずかしがった顔とか好きだし、げひひ」
「ああそうだなってもうお前は黙ってろって、話脱線するから」
とメバルのエロ発言に同意しつつ、ツッコミつつ、アラシと本題に戻る。

「シズクの意思とは無関係のようなんだ。でもおかしい時の記憶はあるみたいだし。夢遊病とも違うような。明らかに別人のようだったし、…多重人格ってやつなんだろうか?」
しかし今までそんな症状はなかった。キョウジの知る限りでは。なにか思い当たる事はないか? シズクがおかしくなるようなきっかけはなかったか?アラシに訊ねられ、キョウジは記憶を思い起こす。知る限りおかしくなったのは、婚姻してから、夫婦の儀以降だろうか。
もしかしたら、とハッとなる。

「マサトの奴がシズクになにかしたのかも」

シズクと婚姻する前、シズクはマサトに襲われている。八年近くシズクのストーカーだったあのマサトが、あれ以来動きがないのも不気味だ。あっさりとあきらめたとは思いがたい。それにシズクはマサトから脅されていると言っていた。なにかされたのだと思った。

「シズクがおかしくなるような呪術をかけたのかも。マサトならやりかねない!」
もうマサトのせいで違いないとキョウジは決め付けた。父に訊ねるが、むうと難しい顔をしてキョウジの答えが正しいとは頷かなかった。逆に、いやそれはないだろうという答えだった。

「西炎の呪術を知るわけではないが、四家の呪術は自然界の力を借りて行使するものだ。人の精神に働きかける術はない。それは西炎も同じだろう」

アラシに言われて、たしかにそれもそうなんだが、とキョウジは思うが。呪術でなくても、なにかしかけたのは違いないと思う。なんにしても怪しいのはマサトだ。

「なんにしても怪しいのはマサトだ。アイツを問い詰めてやる!」
と感情のままに突っ走りそうなキョウジに、その前にとアラシが言う。
「シズクちゃんから話を聞いたほうがいいな。なにか心当たりがあるのなら、おかしくなった原因もわかるかもしれんしな」



「シズク、ちょっといいか」
「うん…」

アラシに言われたとおり、キョウジはシズクから話を聞くことにした。二階のシズクの私室にて、二人きりで話をする。シズクは終始気まずそうにしていた。昨夜の事、アラシに対してもあのようなハレンチな行いをしたことは、シズクの本意ではないだろう。自身も酷く気にして、落ち込んでいた。親父もシズクがおかしかったことわかっているから、そんなに気にするなよとは言ったが、うんとは頷きつつも、年頃の少女がすっかり忘れて気にしなくなるというのも無理というものだろう。普通の神経なら、到底無理だ。あまり触れないほうがいいだろうが、またおかしくなる可能性は非常に高い。原因を探らないことには解決しないだろう。

「こんなこと今までなかったよな。やっぱり、夫婦の儀が原因なのか?」
マサトが怪しいと思いつつも、ここは冷静に訊ねる。
「ううん、違う、キョウジのせいじゃない」
違うといいながら、ハッキリと言わないシズク。一人で抱え込むつもりだろう。自分から切り出さなきゃ聞きだせない。

「やっぱりマサトが元凶なんだよな?」

「!」
ビクッとしてシズクが顔を上げた。やっぱりなとキョウジは頷く。
マサトの名前を聞いて、シズクは脅えたように震えだし、目に涙を滲ませる。

「一体アイツになにされたんだ?」
訊ねるがシズクは首を横に振って
「これ以上にキョウジに迷惑かけられない」
と拒否の返答だ。
「あのなぁ、迷惑って…。婚姻の儀をした今、僕らの縁は切れない。このまま放置しているほうが迷惑に他ならない。だいたい僕はマサトの奴から守るためにシズクと婚姻したのに、その原因から逃げてどうするんだよ」
シズクは迷った瞳を向けていたが、しばらくして、「うん、わかった」と言ってゆっくりと話し始めた。
シズクが一人抱え込んできた、恐怖の記憶を。


それはシズクがまだ幼かった頃、何年前かはハッキリしないがおそらく十歳頃ではないかという。
あの森で、一人迷子になっていたという。迷子のシズクは人の声を聞いて、引き寄せられるようにそこに向った。だが、そこでシズクが遭遇したのは、おそろしい現場だった。
聞こえた声は女性の声だった。悲鳴のようなそれは段々と息苦しくなっていくようなうめき声へと変わり、どうしてそうなったのかはすぐにわかった。地面に横たわり苦しそうにもがく女性、その女性に跨り首をしめている男の姿。
幼いながらに、シズクにもその男が何をしているのかわかった。首を絞めれば相手がどうなるか、そんなこと子供でもわかる。それを証明する様に、次第に女性は動かなくなり、やがてぐったりと力を失くす。
死んだんだ、殺されたんだ。
わかるのに、恐ろしくてなんとかしなきゃと思うのに、体が動かなかった。目をそらしたいのに、なぜか逸らせず。恐怖で立ちすくむシズクに、男が気づき、ゆらりと立ち上がり、こちらへと近づいてくる。
にやりと恐ろしいまでの狂気の笑みを浮かべたままで。
男はシズクに近づき、シズクにこう言った。
「誰にも話してはいけませんよ、今見た事を。

忘れないで下さいね、このことを。もし忘れれば、どうなるかわかりますか?
私は遠く離れた相手を呪い殺す事ができるんですよ。例えば、あなたの大事な人が…」
言われるままシズクは頷くしかなかった。シズクにそう言った恐ろしいその男こそ、マサトだと言うのだ。
シズクはそのことを約束どおり誰にも言わずに過ごした。マサトに言われなくても、あのような恐ろしいことは誰にも言えそうになかったが。

遠く離れた相手を呪い殺す、そんな呪術が可能かどうか怪しいが、幼いシズクを騙す事はたやすい。しかもそんな殺人の現場を目の当たりにしたら、それは十分な脅し文句になる。しゃべればお前を殺すと言ったようなものだ。
その脅しが冗談ではないとシズクが思い知る事件があった。今から五年前に起こったストーブの暴発事故。命に別状はなかったが、母が左腕に痕の残る大ヤケドを負ってしまった。事故を起こしたのがマサトだという確実な証拠などどこにもなかったが、シズクは間違いなくマサトが遠方で力を使ったのだと思った。マサトは呪術の天才だという話はシズクの耳にも入っていた。間違いない、あの人の仕業だと強く思った。ますますシズクの中でマサトは恐怖の存在として大きくなった。
マサトの仕業だと母も家族も知らない。シズク本人しか知らないことだ。マサトの本性を誰にも話すことはできなかった。幼い日に脅された言葉が、洗脳するように何度も脳内で流れて、一人恐ろしさに震えることしかできなかった。


話し終えるころにはシズクは涙でボロボロで、ガクガクと震えていた。ずっと一人でマサトへの恐怖を抱え込んできたのだろう。幼い頃の話なのでところどころとおかしいと気になるところはあったが、シズクが嘘をついているとは思えない。マサトがシズクに恐怖を植えつけたのは間違いない。シズクがおかしくなった原因はやっぱりマサトなんだとキョウジは結論づけた。

「どうしようキョウジになにかあったら」
話してしまったせいで、キョウジが母のようにマサトからなにかされてしまうのでは。話してしまったあとに、気づいてシズクは心配気にキョウジを見上げた。

「アイツには僕も昔、恐ろしい目に合わされたことあるし…。今更余計な心配だからな」
とキョウジはシズクに心配しないようにと答えた。

シズクの部屋を出たキョウジは、決意した。マサトの元に殴りこみもといシズクにかけた術を解かせるように追い詰めてやると。個人的な怒りと、正義心でもって、一人西炎家へと向った。
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