島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第十六話 ドス黒い感情  

キョウジを見送った後、シズクは案の定落ち込んでいた。
気にするなとは言われたが、キョウジのほうはさほど気にしてない風だったが、シズクのほうはそうもいかなかった。
いっそおかしかった間の記憶がなければ、まだマシだったかもしれない。
ちゃんとあの時の記憶はあるし、自分が何をしていたか、何を言っていたか、しっかりと覚えている。
自分がしていることなのに、その時はどこか別の世界にいるような、まるで他人事のような遠い感覚で。悪い夢でも見ているような気がしていた。
だが、最悪にもそれは夢なんかじゃなく、現実…。
あんなこと普段なら絶対言わないし、言える筈がない。それにあんなことも…。
キョウジに触れたり触れられることには抵抗はない、があくまでも普通の触れ合いのことで、性的なものは別だ。
この手でキョウジのあんなところに触ったなんて…。信じたくないのに、覚えている感触が憎らしい。
忘れたいのに、何度も思い出して、恥ずかしくて、死にたくなる。人生でここまで自己嫌悪に落ちそうになることもなかった、と思えるくらい、後悔の海溝にはまった心境だ。

「(わたし、絶対おかしい。…昨日からだけじゃない、もっと前から…)」
自分がおかしくなっている自覚は、昨夜のことだけじゃない。以前からあったとシズクは自覚していた。キョウジも知らないし、誰にも話していないが、あの時…、キョウジと婚姻する前、マサトに車で送ってもらった際、森の中でマサトを誘惑した。
それだけでも、おぞましいと思うのに、それだけじゃない、もっと恐ろしいことを自分はしてしまったような。まるで他人がしゃべっているような他人事のような感覚で、マサトにキョウジの悪口を口走っていた。そんな酷いこと思っているはずないのに。それはキョウジを知らない人が聞けば、とんでもない非道な男だと、勘違いしてもおかしくないようなことを言った。
元々キョウジと不仲なマサトが相手であれば、マサトがキョウジに対して敵意を抱くのはたやすい。二人が衝突して、互いにつぶしあえばいい。そんな恐ろしいことを考えていた、あの時のおかしな自分は。
キョウジを憎いなど思ったこともないし、マサトのことは昔から苦手だが、二人が争い合えばいいなど冗談でも思えるはずがない。
昨夜のことにしてもだ。
あの時の自分は、本気でキョウジと夫婦の儀をしようなどとは思っていなかった。

わたしはキョウジが思うような純情な乙女じゃないのよ。こんなハレンチなことだって平気でできるのよ。どう? 幻滅したでしょう。

まるで、いっそ嫌われてしまえとばかりに、それはなげやりにではなく、望んでキョウジの理想とするシズクと真逆の姿を焼き付けて、キョウジを幻滅させてやりたかった。

我にかえるとショックと後悔が押し寄せるのに。なぜそんな行動に至ったのか、自分でもわからない、本当にわからなくなる。

どうして、こんなことになってしまったのか。はっきりとした原因はシズクにもわからないが、もしあるとすれば……。


『私は遠く離れた相手を呪い殺すことができるんですよ』

ぞくりと全身が震える。幼い日に、マサトに言われた脅しの言葉。思い当たるとしたらマサトしかいない。そういえばマサトのそばにいる時は、気がおかしくなりそうなほど、気分が悪くなる。精神的なこともあるのだろうが、マサトなら恐ろしい呪術を使えるのかもしれない。
ガクガクと震え、一人恐怖で涙に濡れた。



「シズク姉ちゃんの生チチ。一瞬だけだってのがおしいよなぁ。はぁ、でも少しの間だけでもシズク姉ちゃんの乳首も乳輪も見えたし〜。げへへ、おれもシズク姉ちゃんからおっぱいマッサージ受けて〜」
帰宅して早々メバルのエロ発言にキョウジの疲労も増しそうだ。

「お前な、少しはセクハラ発言控えろよ。昨日のこと、シズクは気にしてんだからな」
と、シズクにセクハラかまして状態悪化を防ぐ為、事前に弟に注意する。

「えー、なんだよ、気にすることなんてないのに。シズク姉ちゃんも家の中ではおっぱい丸出しでもいいんだってこと、教えてあげないと。チチ丸出しは別に恥ずかしいことじゃないって」
お前、いくらなんでもそんなことしていれば美少女でもただの変態だぞ、痴女でしかないぞ、と大いにあきれる。

「二人ともおかえりなさい」
キョウジとメバルの帰宅をシズクが玄関で出迎える。ちょうど先ほど外から帰ってきたミルキィも二人の足にまとわりつきながら「にゃぁ〜」とかわいい声で出迎えた。
「おおっミルキィv お前、いいおっぱいしてんな、はぁはぁ」
愛猫だからセーフとはいえ、猫のおっぱいにすら欲情する弟が哀れでならない。身内でなければ通報しているところだろう。
「ぐふふ、でもやっぱりおれは、シズク姉ちゃんのおっぱいがー一番だなぁ。げひひ」
「へっ?」
変態オーラを察知して、ミルキィがメバルの顔面にキックをかましてひらりと下に降りる。
「セクハラはやめろって言ったろーが」「あでっ」
ガスッと頭上にキョウジのゲンコツをくらってメバルが涙目になる。
「なんだよ兄ちゃん嫉妬かよー。でもさ、いつもシズク姉ちゃんとエロイことしてんならいいだろー」
「そ、そんなことっ」
してないと否定しかけて、シズクは赤面する。
「お前が思うようなことはしてないっての」
べしっと弟を叩きながら、キョウジが否定した。それに少しはほっとしたシズクだが。
「へー、そっか、兄ちゃんがヘタレだからシズク姉ちゃんも不満になっちゃうのかー」
にやにやとメバルが勝手な解釈をして、シズクも違うと否定したかったが、昨夜の行いのせいで、説得力のある否定ができそうにない。ううーと赤くなって口ごもる。
「おれなら満足できるくらい楽しませてあげられるのに。シズク姉ちゃん、遠慮なしにいつでもいいからね!」
バチコーンと勝ち誇ったようにウインク飛ばしながら自室に走っていったメバルを、「ううそんなんじゃないのに」と困ったように赤面しながらつぶやくシズクと、「アイツ童貞のクセにあの自信はどこからきてんだ」とさらにあきれるキョウジだった。
「アイツ変態だから、アイツの言うこと真に受けるなよ」とシズクには一応言っておいた。
この冗談みたいなやりとりがまさかの事態になるなんて…。


その夜、キョウジは自室の布団の上に寝ていた。シズクは儀式の間で寝ているはずだ。昨日の件があって、さすがに今日は夫婦の儀は見送ったが、シズクはあそこで寝るように促した。風東家の中でなにか起こるとは思いがたいが、守りの術を施してあるため外部からの侵入者もないだろう。あそこは広くて一人で寝るにはかえって寝にくいかもしれないが、うちの中で一番安全な場所といえる。そろそろ夏に入るというこの時期、涼しくてちょうどいいくらいだ。
昨夜のシズクはどうかしていただけだ。…とは思うが。
チラリと何度も戸の方を確認してしまう。誰もくる気配がない。耳を澄まして、音にも注意する。昨日もこのくらいの時間だった。静かな夜、虫の声がぼちぼち聞こえてくる。何事もなければいい、がまたあのエロイシズクが来たら?

来るなよと祈る気持ちと、もし来たら?というどこかエロイ期待もチラリとしながら、戸の方を気にしていたら、眠りにつけるはずもない。
「(さすがに、ないよな…。ねよねよ)」
目を閉じようとした時、耳をピクリとさせる、キシキシと廊下の床がかすかに軋む音がした。
「(まさか…)」
ごくり、とツバを飲み込んで、布団の中で寝たままの状態で、音にじっと耳を傾ける。音はキョウジの部屋の前で…止まらなかった。通り過ぎ、小さくなった。
ほっ、と息を吐いて、妙な緊張感を鎮めようとした。
「(ないよな、さすがに、昨日今日で…)」
寝よう、そう思い目を閉じた。少しして、「あっ、まさか!」がばっと布団から飛び起きる。
向った先は同じ二階にあるメバルの私室だ。かすかに引き戸が開いており、なにやら声が聞こえてくる。
間違いない!
確信して、キョウジはメバルの部屋の戸を開けた。

「うっほーー、シズク姉ちゃんのおっぱいー、ちゅっぱちゅっぱしてもいいの?」
げへげへと下品な顔でシズクの胸に顔を埋めるメバル。メバルを抱き寄せるように跪くシズクは、浴衣をはだけさせて、メバルの大好きなムチムチな胸を露わにしていた。にやりとまた昨夜のあのエロイシズクの表情で、今まさにメバルにおっぱいちゅぱちゅぱをさせようとしているところだった。

「おいっなにやってんだよ!」
非常識な光景にキョウジも怒りの声を上げ、二人の行為を阻む。
「うげっ兄ちゃん!」
「!キョウジ?! えっ、きゃあ!やだッ」
乳首に吸い付こうとしていたタコ唇のメバルをどーんと突き飛ばして、慌ててシズクは胸を隠そうと浴衣を整えた。
「わ、わたし、また…、ごめんなさい!」
びっくりしたように立ち上がって、バタバタと部屋を出て行ったシズク。
「おい、メバル、お前な!」
ぎゅむっと弟の耳をひっぱりながら叱るキョウジに、メバルは待ったをかける。
「待ってよ兄ちゃん! シズク姉ちゃんから来たんだって! おれもほんとに来てくれるとは思わなかったし、ちょうどエロイ夢見ていたからその続きかなーと、そしたら、本物のシズク姉ちゃんだし。
おっぱい好きなんでしょ?存分に触ったりしてもいいのよvって言うからさー」
言い訳がましく言いやがるが、昨日のシズクを思い出せば、メバルが言っていることは嘘じゃない可能性が高い。

「一体どうしたというんだ。先ほどシズクちゃんとすれ違ったが、…キョウジお前まさか、昨日言ったばかりなのに」
騒動にアラシもメバルの部屋へとやってきた。あきれながらも怒る父に、なんと言い訳すればいいか瞬時に言葉が出てこない。本当のことを言えば、シズクがメバルにもモーションかける痴女だと言うようなものだ。己が罪を被ったほうが無難だ。メバルにも目で合図するが、言い分ける前にアラシにはばれてしまう。
「シズクちゃん、まさか、メバルのところに来ていたのか?」
もめていたのがメバルの部屋だ。そういうことだったのではとアラシが推測する。
「あ、あのシズクの奴、寝ぼけていたみたいなんだよ。それでちょっと混乱していたみたいでさ」
とっさのいいわけだが、「そうか」とアラシは納得した。
「ここに来たばかりで、シズクちゃんもまだ慣れない所があるんだろうな…。とは言え騒ぎすぎだぞ、お前たち」
はーいと反省の返事をして、それぞれの寝床へと戻る。
「はー、明日もまた来ないかな、シズク姉ちゃん」
とあきもせずメバルがにやにやとしながら願望をぼやく。
「安心しろ、阻止してやるから」
「なんだよ兄ちゃん嫉妬かよ。ヘタレのくせに」
「うるせー」
「いてっ」
と深夜に小突きあう兄弟に、いい加減にしろと父の叱りが入った。
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