島魂粉砕

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  第十三話 マサトの趣味と呪術師の謎  

「君とは仲良くしたい」と言ったマサトは、帰り際にジンヤをあるところにと誘った。
マサトの私室の一室でもある通称【コレクションルーム】にだ。そこは、ジンヤの理解しがたい部屋だった。

「ううっ」
入ってすぐにジンヤは絶句した。そこは前情報ありでも、同じように絶句しただろう自信がある。
室内はかなり広くはあるが、それでも狭く感じるほどに、迫ってくるように、陳列されている。
ガラスケースの中に、物によってはなにかの保存液に浸した状態で飾られていた。
哺乳類から魚類から、小さいところでは昆虫類まで。死骸が並んでいる。

「ふふふ美しいと思いませんか?」
にこりと笑みながらマサトはその異様なコレクションルームへとジンヤを招く。頭痛がしそうな光景だったが、あからさまに嫌悪するわけにもいかず、おずおずと中に入る。
「私はね、どんな生物も死した姿にこそ真の美しさがあると思うのですよ。もちろん人間も…」
ぞくり、と背筋が凍る。
マサトはジンヤの理解しがたい人種だった。マサトは死体愛好家だった。さすがに、人の死体はここに飾られてないようでほっとしたが、この趣味を知ればそれもどうなのかと思う。人目につかないところに、あるかもしれない。

「さすがに人の死体はありませんよ。まあ、写真はコレクションしてますが」
とにこりと笑いながら答える。それだけでも十分アウトではと思ったが、マサトはちゃんと許可は得ていると答えた。許可を得た理由は、なにかもっともらしい理由をつけてのことだろう。
しかし、なぜこんなところにジンヤを連れてきたのか?
マサトは殺人疑惑のある男だ。それがこんな死体が好きな変態趣味とおおやけになれば、アウトだろう。疑惑も濃厚になる。そんな疑いのジンヤの眼差しを察して、マサトは己の疑惑は別だと説明する。

「死は自然な形で迎えるのが一番ですよ。ムリヤリに絶つ命にはかえって悪い影響を及ぼしますからね。殺人や事故死など負の気を発しますから、それは禍に少なからず影響を及ぼすんです」

マサトの言う事は同じ呪術師であるジンヤにもわかる。この島に禍が封じられる前、自分たちの先祖が本土にいた頃、この国は酷い内乱状態で、たくさんの人が殺し合い殺され、飢え苦しみ憎しみあい、酷く負の気に満ちていたという。太古からこの星にあったとされる禍は、生命に悪影響を及ぼすといわれている。恐竜始め、滅んでいった生物達は、禍のせいで滅んだという説もあるくらいだ。生物が放つ負の気は、禍を引き寄せる力があると、呪術師の間では言われている。

マサトが言いたいことはこうだ。呪術師である自分が、なぜわざわざ禍を活性させるようなことをするのか?と。封印の儀を近い将来行わなければならない自分の役目の邪魔になる行いをするのは、たしかにつじつまが合わない。
だからといって、素直に納得はできない。マサトの趣味…、まったく理解できないからだ。

「私はね、ここには気を許した相手にしか教えないんですよ」
つまり、マサトはジンヤを気にいったということなのだろう。敵に回すよりはるかにマシだろうが、マサトに好かれるという事は素直に喜んでいいのか、ジンヤは複雑だった。

帰り際に、マサトに誓約書を書かされた。死んだらマサトのコレクションになりますという同意書であった。なんだこれはと不審に思ったが、マサトは西炎の侍女たちや、スミエにも書かせているらしい。彼女たちは嬉々として同意書にサインしたとのこと。まったく理解不能だ。だいたいみんな自分より先に死ぬものと決め付けていないか? 断れる空気ではなかったので、おそるおそるサインしてしまったが、死んでもマサトより長生きすればいいんだと、固く心に誓った。



バイト帰りのキョウジは研究所にて作りかけの計器をいじっていた。考えるのは、あの海の得体の知れない怪物のこと。来て早々、ここを訪ねて来たのはジンヤだった。ジンヤは北地の修行の帰りで、走ってきたのだろう、息を切らしている。最近コイツ多忙のようで、こうして直に会うことも少なくなってきた。
ジンヤが来る理由は、大抵シズクのことかスミエのことに対する愚痴だろうと思ったが。
ジンヤが最初に聞いてきたのは、マサトに関することだった。ジンヤが疑問に感じている事は、先日マサトが話したこと…。

「あの人は俺に呪術を極めすぎるなと言ったんだ。同じ呪術師でありながら、あの人がなにをしたいのか、俺にはわからん」

キョウジ、お前はどう思う?とジンヤに訊ねられたが、キョウジもマサトの真意など知るはずがない。ただ少しひっかかる気もする。知らなくてもいいことが見えてしまうことになると言う、ひょっとしたら、マサトはこの島に関わる重要な何かに気がついているのかもしれない。マサトの力がどれほどのものか知らないが、マサトの力は歴代呪術師の中でも上位に入るくらい、その力は優れているらしい。マサトなら禍を感知する事もできるかもしれない。普通は目に見えない禍は感知できない。できるとしても、巨大な塊となっていればだろうが、現状そんな状況はありえないので、ジンヤもキョウジも目に見えない禍を察知する事はできないのだ。

「僕だって理解できないよ、あんな変態の考える事なんて」
キョウジはマサトのことなど考えるのもイヤだった。元々苦手な相手だし、シズクを襲った件を思い出すと腹が立つ。
ジンヤはキョウジのいう「変態」が、マサトの例の趣味の事だと認識したがそうではなかった。キョウジと話していると内容が食い違ってくる。

「アイツは森の中でシズクを襲った変態だからな、アイツの考えなんてわかるわけないだろ」
「なんだと?! それは本当なのか?」

シズクがマサトに襲われていたなど、ジンヤは今初めて知った。ショックに怒りが湧きあがったが、瞬時に疑問も湧いた。

「でもなぜ、シズクを襲う必要があったんだ? あの人はシズクとの縁談が進んでいたはずだろう。それを自らぶち壊すようなことをなぜしたんだ?」
長年シズクにアプローチしていたマサトが、自分で縁談を壊しかねない行動をとるのはおかしい。マサトは変態だからと嫌悪のあまり考えぬようにしていたが、キョウジもそう言われると疑問に思う。

「その時の状況を、シズクには聞いたのか?」
「いや…、シズクも話したがらないし、聞けないだろ、襲われた時の詳細なんて」
シズクからしたら、忘れ去りたい記憶だろうし。あの時父親に言う事を提案したが、シズクは強く拒んだ。

「もうこちとらマサトの奴には関わりあいたく無いからな。とっとと忘れたほうがシズクのためだろうしな」
正直マサトのことで悩むなど勘弁だった。キョウジはキョウジで過去にマサトから多大なトラウマを植えつけられたので、その詳細は本当に忘れたいので…できるなら記憶を抹消したい。


「ところで、お前もうシズクとは会わないのか?」
「!?マズイこんな時間だ。一秒でも遅れればスミエになにをされるか、スマンキョウジ、シズクのことは頼む。俺は生涯童貞を貫く覚悟だ、その気持ちに変わりはないと伝えてくれ!」
時計を見て焦り、ジンヤは研究所を出て行った。
生涯童貞を決意しようが、どうでもいいが。シズクの奴はジンヤに会いたがっているだろうに。
ジンヤの奴は、キョウジを通して自分の想いはシズクに伝わっているものと思い込んでいる。

勝手なもんだよな。
マサトのような変態が理解不能なのはともかく、ジンヤのことも理解不能だ。アイツは生まれついての下僕体質なのかもしれない、父親があれだけ厳しいのだし。いやジンヤだけじゃない、シズクだって理解不能だし、なにより…わからないのは自分自身のような気もする。


日中は皆外出している為、風東家は静かだ。メバルは学校だし、キョウジはバイトで帰ってくるのは夜になる。アラシは不定期だが、呪術師のお勤めで日中は不在がほとんどだ。その間は家政婦のミヨシが留守をしつつ、掃除やら家事をこなす。
先日キョウジから家でゆっくりしていればいいと言われたシズクだが、そう言われてもなにもせず家にいるというのは居心地が悪かった。なにかできる仕事でもあればいいのだが…。そんなシズクの不安な感情を察して、ミヨシが声をかけてくれた。
掃除や洗濯の手伝いをよければしてくれないかと。
そう言ってもらえてシズクは助かった。なにか作業しているほうが気がまぎれたし、時間もムダに過ごさずに済む。少しでも風東家の役に立つことができるのなら幸いだ。

洗濯物をたたんでいると、ふわりと小さな風を足元に感じた。白いふわっとした毛の塊が通り過ぎる。
「あっ、ミルキィ?!」
シズクがそう呼ぶと、その白い固まりはくるりと振り返り、「にゃあ」と小さく鳴いた。
ミルキィは風東家の飼い猫の雌の白猫だ。二月ほど家出していると聞いていた。心配していたが何事もなかったかのような顔で家に帰っていた。家出していたというのに、白い毛は汚れが見えず、ふわふわで健康状態も悪くなさそうだ。
「あらあら、ミルキィちゃん帰ってきたのねー。ごはん、どこにあったかしら」
ほこりを被っていた器を洗って、水を注ぐ。ミヨシが「あったあった」とミルキィのえさ袋からカリカリを取り出して、ミルキィにやった。すぐにごはんをカリカリといい音させながら、ミルキィが食べ始めた。

「ふふ、よかった。キョウジたちもきっと喜ぶわ」
ミルキィの帰館を知ればキョウジたちも喜ぶだろう。なんだかんだとミルキィはかわいがられていた。男ばかりの風東家では紅一点の存在で、ふわりと咲く愛らしい花のような存在だ。シズクが来た今はたった二人の女の子仲間だ。
嬉しいニュースができた。早く帰ってこないかなと、キョウジの帰りを待ちわびた。


ミルキィが帰ってきたことを知ると、メバルは「マジでーー、わーおミルキィ元気だったかー」とテンション高くミルキィに抱きつく。ミルキィからはうざそうに前足で顔面蹴られていたが、それはたいした抗力なく「わーおわーお」とますますメバルのテンションをあげさせ、うざくさせるだけだった。ミルキィが帰ってきたことで、風東家もますます明るくなった。やっぱり愛されているなーと思う。こうしているだけで、家の空気を明るくする。それがミルキィの役目なんだろうなとシズクは感じた。それに比べて、自分は何ができるだろうか?
夕食の席で、食事をとりながら、じっとそのことを考えていた。


「あの、キョウジ…」
入浴に向うキョウジをシズクが呼び止める。

「あのね、今晩…しようと思うんだけど…」
なにをするつもりなのか、キョウジにはわからず、なにを?と訊ね返す。緊張した面持ちで語尾が震えていたため、なんとなしに察しはするが、イヤでも違うだろうなと思いつつ。

耳まで真っ赤で、視線を足元に落としながら、シズクが言いにくそうに答える。
「だ、だから、その、アレ……夫婦の儀…」
意を決してシズクの伝えたそれに、キョウジはぽかんとして
「…いや、ムリだろ」と冷めた反応で返した。
「う、そんなことない」とシズクは反論するが、どう考えたって無理しているようにしか見えない。

「もしかして、親父に何か言われた?」
直接的でなくても、もしかしたら無神経に父のアラシがシズクに急かすようなことを言ってしまったのかもしれない。
「ううん、そうじゃない。ずっと考えてて、わたしがキョウジにできることって、やっぱりそれしかないって、思ったから…、だから…」

「わかったよ。じゃあ先に儀式の間で待ってな」
「うん」と頷いて、シズクは儀式の間のほうへと向った。術を施す為に、親父に報告しないといけない。すぐにアラシも準備を進めてくれた。

「今度は上手くいくようにがんばれよ」
と笑いながらアラシに励まされたが、キョウジは半信半疑だった。余計な期待は持たないでおこう。どうせまたセクハラ判定されて突き飛ばされるオチ、かもしれない。妙に冷めた感覚で、シズクの待つ儀式の間へと向った。
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