船内を慌しく駆け回る影があった。

「レヴィン王子?!王子はどちらに?!」

「レヴィーン。どこ行ったのよう?」

二人の女性の声が船内に響き渡る。
一人は、長い緑色の髪が特徴的な、凛とした表情の美しい女性、彼女は白い鎧を身に纏い、動きもきびきびしている。
もう一人は、同じように長い緑色の髪だが、両端にだんごのように結わえている髪型で、幼さを残した顔立ちでありながら、まるで下着姿のようなセクシーな衣装を身に纏っている。
同じ人物を探している二人が、鉢合わせる。

「あらフュリー、レヴィン見なかった?」

「シルヴィアさん。いえ私も王子を探しているのですが・・・・、それよりもシルヴィアさんその格好・・・。」
フュリーはシルヴィアの格好を見て絶句する。

「ふふん、どうセクシーでしょう?まあ地味なアンタにはとうてい真似できないんじゃなくて?」
下着のようなすごい格好で腰をくねくねさせ、挑発的なポーズをとるシルヴィアにフュリーは無表情のまま、口が半開いたまま、呆れる。

「なんてハレンチな。シルヴィアさん、あなたまさか・・・他に着る服がないのなら、
私のでよければ貸しますけど?」

「ふふ、あたしのセクシーさが恐ろしいのね。たしかにね、胸の大きさはあんたに負けているわ、でもセクシーさなら断然あたしのほうが上だもの!どうよ!」

「(どうよ、とか言われても、早く服を着ろ!)」と強く心で思うフュリー。

シルヴィアは一方的にこのフュリーにライバル心がメラメラなのだ。
フュリーのほうはあまり相手にしていない、というのも彼女にとってこのシルヴィアの行動や言動が理解不能だったから。シルヴィアはそんな彼女の態度が、勝ち誇っている、自分を見下している、そんな風に映り気に入らない、ますますメラメラしてしまうわけだ。

そんな不思議な関係の二人が睨みあっている所、二人が探していたその人物がふらふらと歩いてきた。

「あっレヴィンv」

「王子!」

「ゲッ!」
二人に気づいたレヴィンは「うげ!」と災難にあったような顔を見せ、その場に固まる。

「シルヴィア、お前まだそんな格好でうろついてたのか?」

「もうレヴィンってば、あたしの勝負下着に恥ずかしくなって逃げちゃうんだもの!ずっと探していたんだからね!」

「やっぱり下着じゃないですか。公衆の面前では服を着る、全国家共通の常識だと思うのですが。

シルヴィアさん、一度医者にかかったほうが・・・。」

「うるさーい!あたしは心が燃えているの!そんなあたしにレヴィンは萌えるのよ!」
レヴィンはそんなシルヴィアに萌えるどころか恐怖さえ抱いている。
レヴィンに飛び掛りそうな勢いのシルヴィアをフュリーがガシッと止める。
それに一瞬ほっ。としたレヴィンだったが。

「シルヴィアさんはともかく、王子!

シレジアにつくまでおとなしくしてもらいます!」
そう言うフュリーの手には、どこに隠し持っていたのか丈夫そうな縄が。
パシィッといい音立てて、縄を振りかざしレヴィンへと迫るフュリー、そして下着姿のシルヴィア。

「うわぁぁぁ!!」
絶対危険!レヴィンはくるりと向きを変えて、一目散に逃げる。

逃げ足の速いレヴィン、フュリーたちはすぐに見失ってしまった。


女達から逃げ切ったことを確認すると、レヴィンは「ふー。」と腰をついた。
荷が入っているのかは知らないが、積み重なった木箱にもたれかかり
「ああ、なんでシレジアに・・・。」と独り言を吐いて一人沈む。

へたりこんだレヴィンの伸ばした右足になにかがぶち当たった。
「きゃん!ぶっぐ」
レヴィンの足に引っかかり、豪快にすっ転んだその存在にレヴィンも驚いたが、すっ転んだ本人もなにごとかと驚いた。

「ごめん!大丈夫か?」
慌てて足を引っ込め、転んだ相手に駆け寄るレヴィン。
だが、派手に転んだ割にはたいしたことなかったらしい相手はすぐに起き上がり

「いったーい・・・、もう、なに・・・あっ!」

「あっ!」
相手もレヴィンもお互いの顔を見て、思わず声を上げた。

それは先日のオーガヒルでの海賊討伐の際、シグルドの頼みでフュリーとともにブラギの塔へと向かったというクロードの助けに向かったとき、彼を海賊から守ろうと一人果敢に戦っていた、雷を操る娘。

「あなたは、あの時の・・・」
あの時、一緒にいたクロードが呼んでいた彼女の名前はたしか

「ティルテュ。」
レヴィンが彼女の名を呼ぶと、それにビクンと肩を震わせたかと思うと、警戒したような表情をレヴィンへと向ける。

「そう、呼ばれていたよな、たしか。」

「あなた、何者なの?」
眉間にしわ寄せ、どこかレヴィンを警戒しているティルテュに、レヴィンは答える。

「俺はレヴィン。ただの吟遊詩人さ。」

ただの吟遊詩人?嘘よ。瞬間そう思ったティルテュは疑問を投げかける。

「なんで吟遊詩人が、軍隊にいるわけ?」
騎士でも傭兵でも、回復の杖の使える僧侶でもないものがなぜ?と。

「軍隊にだって娯楽は必要だろ?踊り子だっているんだぜ?」

踊り子もいるんだ。変なの、軍隊って思っていたのとなんか違う。
世間知らずのティルテュはレヴィンの言うことに、そういうものなのか。ととりあえず納得する。

ただそんなことよりもティルテュが気になっていたのは、レヴィン本人のことだ。
魔道士であるティルテュは彼がただの吟遊詩人でないことはわかっていた。

「あなた風使いでしょ?」
ちろり。と睨むティルテュにレヴィンは「ああ。」と答えながら

「魔法はね、ちょっと使えるんだ、それであいつに力を貸してるんだ。」

ちょっと?
ティルテュは不審に感じた。レヴィンのレベルはちょっとどころじゃない。
あれだけの風精を従えた魔道の使い手などそうそういない。

魔法を使っているわけじゃないのに、レヴィンの周りには風精が集まってくる。
普通の人間には感じられない程度のものだが、魔力に敏感な者、特にティルテュは生まれながらの体質なのか、風精に激しく反応してしまう体のよう。

レヴィンの側にいると、肌がビリビリと逆立ち、拒否反応を示す。

「ん・・・」
眉間にしわ寄せ、顔色の悪いティルテュの異変に気づいたレヴィンは心配げに彼女に近づくが

「あっ!」
内側から自分を傷つけるような激しい刺激を受けたティルテュは声を上げて、身を沈めた。

顔色悪くうずくまるティルテュを心配し、近づくレヴィンはその原因が自分だとは気づかない。

ティルテュは這うように二三歩後ずさり、息を整える。

「大丈夫か?気分悪いのか?」

「ん、なんとか、少しマシになったかも。」
ゆっくりと立ち上がったティルテュを見て、レヴィンもひとまずほっとした。


なんなんだろ、今の・・・今までこんなことなかったのに。
体がこんなふうになること、ティルテュにとって初めてのことだった。
自分の状態にわけがわからず不安になる。

突然笛の音がティルテュの耳に届いてきた。
明るく優しい笛の音に、気もまぎれてくる。
ふと見上げると、演奏者はレヴィンだと気がついた。
心地よいメロディに自然とティルテュの表情も柔らかくなっていった。

「少しは気がまぎれたかな?」

「うん、やっぱり娯楽って必要よね。」
レヴィンの笛に癒し効果があったのか、聞き終えたティルテュから初めて笑顔がこぼれる。
それにレヴィンの表情もおもわずゆるむ。

海が見渡せる位置に出たティルテュは潮風を受けながら、海を見つめる。
まだ陸は見えてこないがこの船の向かっている先、シレジアはどんな場所なのかと思う。

「シレジアって、どんなとこなんだろう。」
そうつぶやくティルテュにレヴィンが答える。

大陸の中でも冬の長いシレジアは毎年深い雪に覆われる白い大地。
白い空を優雅に舞う白い翼の天馬たち。
シレジアの街のこと、なじみの歌に名物、おいしい物。

レヴィンの話を聞いているうちに、ティルテュの中でシレジアへの期待が膨らんでいく。
懐かしそうにシレジアの話をするレヴィン、後半はお国自慢のようになっていった。

「レヴィンって、シレジア好きなんだ。」
ティルテュのその言葉にレヴィンはハッとなる。

この船はシレジアに向かっている。
レヴィンの気持ちなどお構い無しにシレジアへと。

レヴィンが自分の意思でシレジアを出たのは二年前。
そうなるきっかけとなったのが父であったシレジア王が病死し、王位継承問題が浮上したこと。
ぶっちゃけレヴィンは王位なんぞ継ぎたくはなかった。
ただ母親であるラーナをはじめとする周囲は、レヴィンが次期国王となることを強く望んだ。
そんな中、唯一レヴィンを理解してくれていたのが、レヴィン自身も尊敬している叔父ダッカーだった。

叔父上が俺の背中を押してくれたんだ。
外の世界に出て、ここじゃ学べないいろんなことをいっぱい学んで来いって
でかい人間になって、シレジアを抱えられる、強い力と心を身につけたその時
お前がシレジアの新王となれ。って
王位を継ぐのはイヤだけど、叔父上が力になってくれると約束してくれた
俺は叔父上の前に、胸を張って帰りたい、でもまだ・・・そんな器じゃないのに・・・。

流浪の旅を続けていたレヴィンはアグストリアの地で、レヴィンの事情など知らないラーナの命を受け、レヴィン捜索をしていたフュリーと偶然再会してしまい、彼女の監視から逃れられずに、いろいろごたごたがあり、シレジアにと向かう船へと・・・。

このままシレジアに戻っても、叔父上に会わす顔が無い、そして母上には会いたくない。
船に乗る前のごたごたに紛れて逃げようと試みたが、フュリーにあっさり見つかり船へと強制連行させられた。
今やっとフュリーから逃れたとはいえ、ここは大海原の上、近くに陸も小島も見えはしない。
天馬騎士のフュリーではあるまいし、当然空は飛べないので、レヴィンは船という監獄の上で、絶望のため息をついた。

さきほどまで楽しげに、ティルテュにシレジアの話を聞かせていたレヴィンが、急に「シレジアなんて」と落ち込みモード全開になった様子を不思議に思い首を傾げるティルテュ。

「シレジアは、いいところだ。でも、俺は帰りたくない。」
ネガティブ全開でそう吐くレヴィン。

レヴィンはシレジアの出身なのか、なにか悪いことして帰りづらいとか?などとこそりと思いながら、ティルテュは海を見ながらつぶやく。

「あたしも帰りたくないな。家には・・・。」
ティルテュも自分の意思で、家族には内緒で家を出た身だ。

「そうだよな、お母さん、怒ると怖いもんな。」

「お母さんは、いないけど。」

「あっ、ごめん・・・。」
同意を求めて言ったのに、気まずく俯きレヴィンは凹む。

「お母さん、怖いんだ?」
くすっ、と笑いが零れたティルテュに、レヴィンは「しめた!」とばかりに笑いをとろうと必死につなぐ。

「そうなんだ、もう鬼降臨!みたいなかんじでさ。レヴィンお勉強しなさーい!とか。」
ちょっと大げさに言ってみたが、ティルテュがうけてくれればうれしいと思いながら。

レヴィンの物言いにティルテュの脳内ではまるで鬼婆のような、某オーガのようなビジョンが浮かび上がり、くすくすと笑いが零れてしまう。

「でも、羨ましいよ。あたしなんて、褒められることもなければ、怒られることもないもの。

お父様はあたしに興味がないの。いいことをしても、悪いことをしても、なにも言わない。

怒ってもらえるだけ、幸せだよ。」
笑いながらそう言うティルテュの顔にはどこか切なさを感じた。
レヴィンが次の笑いに繋がりそうなセリフを考えていると

「王子!」

「あー、レヴィーン!」

「んげっ」
フュリーとシルヴィアがレヴィンを発見し、すごい勢いで突進してきた。
逃げ遅れたレヴィンは、シルヴィアのヒップアタックで吹っ飛び、もがいているところをフュリーに取り押さえられ、縄でぐるぐるに縛られた後、引きずられるように連れて行かれた。

「あの人、一体何者?」
それを呆然と眺め、見送るティルテュは、レヴィンはやはりただの吟遊詩人じゃない。と思うのだった。


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