船は無事シレジアへと着いた。
港は西の玄関口であるセイレーン市。
王都シレジアに次ぐ大きな街で、活気ある街である。
シレジアの地へと降り立ったシグルドたち一行を王妃であるラーナがじきじきに出迎えてくれた。
さらに、天馬騎士フュリーとともに行方知れずだった王子レヴィンの帰還に
街全体のお祝いムードで盛り上がる。当のレヴィンはばつが悪く、居心地悪そうに顔を隠す。

そんな歓迎ムードで盛り上がる中、ティルテュの心は沈んでいた。

ティルテュは船内で、アゼル同様三年ぶりに再会した幼馴染がいた。
ドズルの公子レックス
ティルテュより二歳年上の彼は、アゼルの親友でもある。
ドズルとは家同士の親交も深く、レックスとの付き合いはアゼルよりも長い。
ティルテュがアゼルと知り合うきっかけとなったのもレックスつながりであったし。
ただ、レックスとはそこまで親しくなかった、というよりレックスの自分に対する態度がどこか冷たかった気がして、ティルテュは嫌われているのかと気にしたりしていた。

ただでさえ気まずいレックスと三年ぶりの再会、アゼル以上に緊張が走った。
最初はアゼルと一緒に顔を合わせ、久しぶり。と軽い挨拶を交わしただけ。

そして、ティルテュがレヴィンとのやりとりを終えた後、船内で偶然すれ違い、向こうから声をかけてきたので、驚いたが

「のん気なもんだな。」
第一声がそれで、ティルテュにはなんのことかわからず
「え?」
と返したが、レックスは冷たい目でティルテュをちら見した後、その意味を告げた。

船に乗って、シレジアへと向かっているワケを。

「うそ、そんな、お父様が?!」
信じられない顔でレックスを見上げるティルテュに、レックスは無言で頷いた。

ティルテュの父であるレプトールとレックスの父であるランゴバルトが大軍を率いて、反逆者シグルドとその一味を捕らえにきたというのだ。

「シグルド様が反逆者だって・・・」
ティルテュは数度挨拶を交わした程度の付き合いだが、シアルフィの公子であるシグルドはとても温厚でティルテュは好感を抱いていた。反逆者だとは信じがたい。
で、反逆って?

「クルト王子が暗殺されたって話だ。その暗殺に関わっているのが、シグルドの野郎と、その親父だって疑いだ。」

「そんな、信じられないよ。シグルド様が・・・」

「濡れ衣に決まっているだろう。やったのは間違いなくランゴバルトの仕業だ。それに、

てめぇの父親も関わっている。」

吐き捨てるようにそう言うレックス。
ティルテュにはレックスの言っていることが理解できず固まる。

「シグルドの野郎とクソ聖職者もそんな話をしていたからな。バッチリクロだとな。

あいつからなにも聞かなかったのか?」

ティルテュは首を振る。
クロードは巡礼の旅としか教えてくれなかった。どうやらブラギの塔で、真実を見てきたのだと。シグルドとクロードの会話を盗み聞いたレックスのいうことが本当なら。

なにも知らなかったティルテュ。久しぶりに再会した幼馴染は、ティルテュを凍りつかせて去っていった。

どうしよう、お父様が、犯罪者なんて・・・

目の前が真っ暗になりそうだった。



セイレーンはレヴィンにとっても馴染みの地だった。
シレジアの中でも、一番活気があり、陽気な雰囲気の漂うその街は、レヴィンも好きであり、十代の大半はこの街で過ごしたといっても過言ではない。
市の中央にそびえ立つ「セイレーン城」にて滞在することとなったシグルド一行の中にレヴィンもいた。
シグルドと挨拶をした後、ラーナ王妃はフュリーの姉である天馬騎士のマーニャとともに王都へと戻ったのだが、レヴィンはこそこそと逃げるように、シグルドとのやりとりを見守った後、こっそりと彼とともにセイレーン城へと入っていったのだ。

長旅で疲れた体を休めつつ、国外脱出を企むレヴィンの耳を貫く声がする。

「王子!どういうことですか?!」
お目付け役フュリーも健在だ。耳を塞ぎながらしかめっ面のレヴィンに、怒りと呆れの混じった表情のフュリーの説教が飛ぶ。

「ラーナ様に、挨拶のひとつもされないなんて・・・」

フュリーの説教に胃がきりきりと痛みそうだが、実際胃が痛いのはフュリーのほうかもしれない。
不真面目なレヴィンの態度に頭にくる。

「王子は、人として間違っています。」
完全否定された・・・
でもレヴィンもわかっている、だからこそ合わせる顔がないのだ。
だがそんなことフュリーにはわからないから仕方ない。

「おや、いけませんね。こんな美しい人を怒らせるなんて。」
フュリーがバッとすごい勢いで振り向いたそこには、身長190cm近い長身の男。
腰まで伸びた長い金髪がよく目立つ。白い僧衣を身に纏ったその男は

「なにか御用ですか?クロード様。」
キッと真面目な表情を崩さないフュリーに、にこにこと笑顔で語りかけるクロード。

「フュリーさんとおっしゃいましたね。オーガヒルではあなたに助けられたので、ちゃんとお礼を言っておかねばと思いまして。

向こうではごたごたしてましたから、お礼を言う余裕もありませんでしたしね。」

「お礼など・・・、ボランティアではなく任務でしたので、そのようなお気遣いは無用です。」
自分よりもずっと身分が上のクロードに対してきっぱりと言い放つフュリーの気の強さに、付き合いの長いレヴィンもあんぐりと口を開けて驚く。

たいした度胸というか、怖いものしらずというか。

「王子!近日中に王都に戻っていただきますから、お覚悟を!」
レヴィンにそう強く言い放った後、失礼。とクロードの横をすり抜けてフュリーは出て行った。

長い髪を左右に揺らしながら歩いていくフュリーの後ろを見送りながら、にこにこ顔でクロードが言う。

「うらやましいですね。デートの予告ですよ。」
のん気にそう言うクロードに、レヴィンは重いため息をつきながら

「どこをどうとればそういう意味にとれるんだか。

みんなあいつの外見に騙されるんだよ。下手にちょっかい出さないほうがいいぞ。
相手がだれであれ容赦ないからな。俺なんて、船の中でずっと縄で縛られて拘束されてたんだぞ。」

フュリーはかなりの美人だ。本人にその自覚はないが、エーディンとはまた違ったタイプの美人だ。
雪国生まれの白肌に、森の緑のような長く揺れる深い緑髪は人の目を引きつける。
彼女に誘いをかける男達は多かったが、誰一人として誘いに成功した者はいなかった。
しつこく迫った男は返り討ちにあってしまう。
堅物の頂点をいくような女なのだ。

「縄で・・・、なんともうらやましいですね、私も束縛されたいものです。」

「は?」

「萌えますね。」

大丈夫か?この人。
そう思うなら、自分と入れ替わってほしい、と思うレヴィンだった。


初めての地シレジアで、恋人とのあま〜い時間を過ごそうと思っていたアゼルだが、その恋人のエーディンがシレジアについてからどこか沈んでいるティルテュを心配するので、
おそらくその原因と思われる、問題の(強調)親友を呼び出す。

「とんだド田舎だな、ここは。」
シレジアで世話になる身だというのになんとも生意気な物言いのレックスに、アゼルも同調しながら

「まあグランベルと比べりゃーね。でもボクはどこだってかまわないよ、エーディンとなら、ねv」
バカップル発言全開のアゼルに「はっ」と鼻で笑い呆れるレックス。

「レックスだってそうでしょ?ティルテュと一緒ならシレジアだろうが、無人島だろうが幸せでしょ!」
にやり。と意地悪な笑みを浮かべ、親友をからかうアゼル。
それにレックスはカッとなり、即否定する。

「なんで俺があんなやつと!」
必要以上に声を荒げ否定するレックス。長年親友であるアゼルにはわかっていたのだ、レックスのティルテュへの気持ちに。
レックスはティルテュが好き、しかもアゼルが予想するに、アゼルがティルテュと知り合う前から、たぶん、レックスの初恋はティルテュで間違いない、そしてなお現在進行形であると。

三人で遊ぶことも何度かあったが、ワザとティルテュに冷たい態度で、傷つけるような言葉ばかり吐くレックスに、いつも自分がフォローを入れていたりしたが、自然とティルテュはレックスと距離をおくようになっていった。嫌われているのだと思い、距離を置いたティルテュ。
そんな関係が今も続いている。

レックスの天邪鬼な性格がティルテュとの仲の一番の壁になっているのだろう。
フビンな奴だなと思う。

正直アゼルは他人の恋愛ごとには興味がなかった。どうでもいいと思う。
だが愛するエーディンが「ティルテュかわいそうだわ。」と嘆くので、こうしてわざわざ動いているわけである。情けない親友の恋路のために!

「レックスさ、ボクがいないとこでまたティルテュになにか言った?」
アゼルの冷たい目が下からレックスを襲う。
身長も体格もずっと自分の方が上なのに、レックスは昔からアゼルには敵わないと思うところがあったのだ。アゼルは鬼なのだ修羅なのだ。そう思うひとりであるレックスにとって。

フン。と鼻で息を吐きながら「それがどうした。」と答えるレックス

「あいつがなにも知らないみたいだったからな。教えてやったんだよ。」

ああ、父親のことか。アゼルも知っていた。
おそらく家や父親のことなどなにも知らずにクロードについてきただけなのだと、アゼルも思っていた。
ティルテュのことを気づかって、クロードたちも周りに口止めしていたのかもしれない。

なのに、この男は、ティルテュが自分以上にショックを受けるであろうことをわかっているはずなのに、なんのオブラートもなくティルテュに話したのだろう。

「かはー。」

「!なんだ?!」

「バーカ、オールバックバカ。」

「なっ、なんだと?」
完全に人をバカにした薄ら笑いをレックスへと向けるアゼルに、レックスはカッと顔を赤くさせイラつく。

「ティルテュ、すごく落ち込んでたらしいよ。レックスのせいだね。

なんでそんなこと話したのさ。」

「遅かれ早かれ、わかることだろ。知るなら早いほうがいいだろ。」

ああ、なるほど。こいつなりの優しさだったのね。
きっと他のだれかの口からより、自分の口からティルテュが知ったほうがいいと思ったんだろ。
というか、他のだれかの口で傷つくよりも、自分の口で傷つくほうがいいと思ったんだ。
こいつティルテュに関しては絶対Sだもんな。
なるほどなるほど。

にやにやと一人納得し、怪しい笑みのアゼルをレックスは不審に感じつつ

「なんだ?」

「ティルテュを傷つけたのはレックスなんだよね。ならさ、責任もって慰めてあげなきゃねv」

「は?!」

「いーからとっとと行け!」
いーかげん頭にきたアゼルに尻を蹴られたレックスはくそ。と舌打ちしながら渋々と歩いていった。



「お父様がそんなことを・・・・どうしよう、あたしどうしたら・・・」
渡り廊下の上で、ぼう、と外を眺めながらティルテュはそのことばかり思っていた。
船内でレックスからあのことを聞いてからずっとそのことだけがぐるぐると頭の中で回っていた。
クロードに聞いてはみたのだが

「あなたは気にしなくて大丈夫ですよ。」
と優しく返されたのだが、気にしないわけにはいかなかった。

ティルテュのいる位置から、セイレーンの城下町が美しく映る。ただ、今のティルテュにはその景色を楽しむ心の余裕はなかった。

「!」
肌を撫でる風の感触にティルテュは敏感に反応する。
風精が集まるこの感覚は、あいつしかいない。

そのほうへと振り向くと、こちらへと歩いてくるのはレヴィン。
ティルテュに気づいたレヴィンは気さくに「よっ」と手を振ったのだが、ティルテュは不信感全開のオーラを放っている。

「やっぱり、嘘ついてたのね。」
軽くレヴィンを睨んでいるその目に、一瞬なにを怒っているのかレヴィンは気づかず、気の抜けた顔のまま

「は?」

「ただの吟遊詩人だなんて、おもいっきり嘘じゃない。

シレジアの王子だったなんて。」

平気で嘘がつける人間はキライだ。信用できない。
ティルテュの目はそう言っている。

たしかに嘘をついた、でもレヴィンは自分を王子だとは思いたくない気持ちから、旅先ではただの吟遊詩人でいたかったのだ。

「騙そうと思ってそう言ったわけじゃないんだよ。

できることなら、俺は王子なんて辞めたいんだよ。旅先ではほんとうにただの吟遊詩人だったからさ。」
そう言って、どこか寂しげに視線を外へとやるレヴィンに、ティルテュも警戒を解く。

「王子を辞めたいなんて、贅沢な悩みね。」

贅沢な悩みか、たしかにそうかもしれないけど
「この二年間、身分を捨てて、いろんな地を巡って、改めて気づいたんだ。

俺には一国の王よりもずっと向いていることがあるんだってな。」

向いているというか、正しくは

「好きなことかな。」

「好きなこと?」

レヴィンは嬉しげにこくりと頷く。

「俺の話や笛でさ、笑わせたり、喜んでもらったり、感動させたり。

それこそが俺の目指すべき道じゃないかと思うんだよな。」

「それってようするに、芸人になりたいってこと?」

「まあ、そんなとこだな。俺の小話や笛、けっこう好評なんだぜ。これってやっぱり才能だと思うわけよ。」

嬉々として語るレヴィンの横から、くす。と笑いが聞こえた。

「レヴィンって変。」
最初レヴィンに不信感オーラ全開だったティルテュは、今は無防備なほどの笑顔を見せている。
その様子にレヴィンもほっ。とする。

「でもたしかに、レヴィンは王様にならないほうがいいよ。」

いつも周囲には理解されないだろう、許されないだろうと思っていた自分の気持ちに同意してもらえたことがレヴィンは嬉しかった、勇気付けられた
が、

「だって、こんな人が王様になんてなったら、シレジアの人がかわいそうだもん。」

ティルテュのその一言に吉本新喜劇ばりのおおげさなずっこけをした後

「どーゆー意味だよ、そりゃっ」
そのままのノリで、ツッコミを入れようとティルテュのおでこを軽く小突こうとしたした瞬間

「キャッ!」
悲鳴をあげ、その場に突然へたりこんだティルテュ。顔は真っ青になり、不安な顔で震えている。

なにが起こったのかレヴィンはわからない、ティルテュも混乱気味のようで。

そういえば、初めて会った時も、俺に近づいた瞬間気を失って・・・

そういえば、前もレヴィンに近づかれると体がおかしくなって・・・

こんなことはレヴィンに出会ってからだ。レヴィンをとりまく風が、きっと自分の体は苦手なんだ。
そう、ティルテュは気づいた。

心配げに見下ろすレヴィンを見上げながらティルテュは告げる。

「あたし・・・もしかしたら、風精アレルギー、なのかも。」

は?なんだよ?そりゃー
そんなアレルギー、聞いたことなかった。


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