ティルテュはピンチに陥っていた。
自分より三倍はあるかと思われる筋肉の固まりに睨まれていた。
それは今にもムンムンと男臭が漂ってきそうな、イカツイ男達・・・
海賊だ。

神父様の巡礼の旅に付き添ってきた彼女は自らボディガードを買って出て
「クロード様はあたしが守るからね。海賊なんてあたしの魔法でちょちょいのちょいよ」
などと偉そうなセリフを吐いていたのはほんの少し前まで。

一人神聖な地であるブラギの塔に向かいまだ戻ってこないクロードを海岸でやどかりと遊びつつ待っていたティルテュの前に現れたのはイカツイ二人の男達だった。
手に斧や剣を携えたいかにも悪人面なその男達はとても巡礼者や旅人には見えなかった。
世間知らずのティルテュにもすぐに「海賊!」だとわかったのだ。

向こうも一見普通の少女にしか見えないティルテュに油断していたのであろう。
「お嬢ちゃん。」と声をかけてきただけなのだが、先手必勝!とばかりに先走り雷の魔法を放ったのはティルテュ。

「がっっ!」
先にティルテュに近づいた男は雷の衝撃で海岸をすべるように倒れこむ。
「この小娘、魔道士か!!」
ティルテュがただの娘でないことをすぐに悟ったもう一人の男は剣を構える。
魔法を放った後も、ティルテュの周囲には彼女の纏った精気が漂っていた。青白い光がパチパチと音を立てながら。
初めての実戦に、ティルテュの鼓動もとくとくとリズムが速まっていく。
フリージの公女であり、生まれ持って雷精の加護を受けているティルテュには魔法の才があり、そして魔道士としての教育を受けてきた。
戦いの場で、魔法を使ったことはなかったが、自信はあった。
雷の魔法だけは!
ティルテュが家の外で魔法を使ったのは、先日旅の途中に泊まった宿で出くわした天敵の「ゴキブリ」にサンダーの魔法をぶちかましたのと、そして今回とで2回目。

「やりやがったな!小娘」
剣を振りかざした男がティルテュに迫る。
ティルテュはすぐに次の詠唱に移る。先ほどよりも激しく彼女の纏っている雷精が暴れだす。

「トローン!」
ティルテュの掌から放たれる雷撃は、太く延びる雷の槍のように、迫ってくる男を貫いた。
「ぐあっ」
男は砂の上を軽く飛ぶように数メートル後ろへと。波打ち際まで飛んだ後、倒れこんだ。

「ふぁ・・・。」
一度に二回魔法を使ったティルテュは安心と緊張からか一気に力が抜けた。
興奮からまだどきどきは鳴り止んでなかったが、ひとまず胸をなでおろした。
いくら悪人とはいえ、人を殺すということは気持ちいいことじゃない。たとえそれが自己防衛とか正義心とかでも。
自分の魔法で倒した相手など確認したくない、ティルテュはすぐにそこから離れたい気持ちで、塔に、クロードのもとに向かおうとくるりとその方へと向いた時だ。

ドン
という強い衝撃が背中から
「きゃっ、うぐ!」
痛みと同時にすごい勢いで前に転倒、砂浜と顔面キッスをかましてしまう。

「ふざけたことしてくれるじゃねえか、お嬢ちゃん」
耳元に生ぬるい息とともに聞こえてきたその声は、
「!?」
最初にティルテュが電撃魔法をぶつけた男。男は死んでなかった、しかも男の様子からダメージも致命的ではなかったようだ。
うつぶせ状態のティルテュの背には男がイスのように跨り、身動きできなくなった。男の重みで細い体は潰されそうな感じさえ。
胸が潰されそうで息も困難になるティルテュ。
彼女の右肩に男の唾液らしき物が伝い、思わずビクンと体を振るわせる。悲鳴すらでない。

「手足斬りおとして、人形にして可愛がってやろうかなぁ?」
冷たい物がツーとなぞるように肌に触れ、またビクンと反応するティルテュを見て、男は気持ち悪い笑い声を発した。

ティルテュは海賊を舐めていた、自分の力を過信していた。
その結果が今の状態。
世界が遠ざかる、恐怖でそんな感覚で。

イヤ・・・、やだよ、助けて・・・お願い


「ティルテュ!?」
彼女の顔のずっと向こうから声がした、ブラギの塔より出てきたクロードの声。
「ぎゃあああ!」
その声と同時に男の悲鳴。ティルテュの上にいた海賊のものだ。
パチパチとティルテュの周囲にいた雷精が反応を示す。
ティルテュの体を浮かせるような柔らかい風が走った。

「風精?」
それは自然に吹いた風とは違うものだとティルテュにはわかった。魔道士だから。
それは風の魔法……。

ティルテュに乗っかっていた海賊の男の姿はなかった。男ははるか彼方まで飛ばされてしまったようで。
自由の身になったティルテュは半ば混乱気味に体を起こしながら、見上げた青い空からは、白く大きな翼が。
それがペガサスだと気づくのは数秒後・・・。

白い翼から一つの影がザン、と砂浜に舞い降りた。
「大丈夫か?」
ティルテュに近づくその影は、緑色の髪に白っぽい長い布を巻きつけた、おかしな格好をした20代くらいの男。
雷精を操るティルテュにはすぐに男が自分と同じ魔法を操れる者であるとわかった。
ただその男は、彼女の苦手とする風の使い手・・・。

男の纏う風精の放つ風を感じ、ティルテュの肌はビリビリと逆立つ。

「!おい」
身を起こしてすぐ、ティルテュは男に倒れこむ形で、気を失った。



「んー・・・。」
ゆらゆらと揺れる天井。まだぼー。とする頭を抱えティルテュが目覚める。
「あら、ティルテュ、気がついたのね。」
そう言って、彼女に優しく微笑みかけるふわりとした金髪の美しい女性は

「あ、エーディン?」
エーディンと呼ばれたその女性はにこりと優しく微笑みかける。
ティルテュは彼女とは王都バーハラで数度顔を合わせたことがある。
彼女はユングヴィの公女で、フリージの娘であるティルテュとは家同士の仲はよくはなかったのだが
エーディンへの個人的な印象は悪くなかった。
さらに彼女は同性であるティルテュの目から見ても、うっとりするほどの美貌の持ち主でありながら、それをまったく鼻にかけることのない、容姿に負けないくらいにいい性格であることも好感を抱かせる強いポイントだろう。

「気分は?」
まだぼー。としているティルテュを心配そうに覗き込むエーディンに
「あ、うん平気。

ここは?」
クロードを守ろうと海賊達と戦って、それで・・・

「船の中よ。シレジアに向かっているんですって。」

「シレジア?」

「エーディン、ティルテュの具合はどう?」
ドアの向こうから突然聞こえてきた男の声、ティルテュはその声に覚えがある。

「ええアゼル。今ちょうど目を覚ましたところよ。」
ドアを開け、ティルテュの前に現れたのは、赤い髪と瞳が印象的なあどけない笑顔を見せる青年。
グランベル七公国のひとつ、ヴェルトマー公国の公子アゼルはティルテュの幼馴染。
こうしてじかに会うのは三年ぶりにかもしれない。
幼馴染とはいえ、久しぶりの再会に緊張の表情を浮かべるティルテュだったが、アゼルのほうは昔と変わらない人懐っこい明るい笑顔でその緊張をほぐしてくれた。

アゼルの勧めでティルテュは彼と一緒に甲板に出て、潮風に当たることに。

「アゼルもここにいたんだね。消息不明とか聞いていたから、心配してたんだけど。」

「消息不明って、なんかそれかっこいーね♪」
愉快に笑うアゼルに(アゼルのツボっていまいちよくわかんない)と感じるティルテュ。

「こっちは心配してたっていうのに、レックスだって。」

「ごめんごめん。エーディンがヴェルダンに攫われたって聞いて、勢いひとつで飛び出していったからね、レックス引っ張って。
でシグルド公子に付き合っているうちに、アグストリアの動乱に巻き込まれたりしたり、で今に至ると。」
そう笑顔で語るアゼルがやっぱりティルテュは理解できない。

動乱って、アグストリアで戦争があったんでしょ?
そんな危険な中、クロード様がブラギの塔にお忍びの旅に行くなんて聞いたから
それであたし、こっそりと国を抜けて、護衛として同行させてもらうことに・・・

「あっ!クロード様は?!」
一緒にいたはずだった、自分が守るべきその人のことを思い出したように叫ぶティルテュに、アゼルはくすくすと笑いながら教える。

「ああ、クロード神父も一緒だから安心しなよ。

しばらく公子と同行することになったらしいよ。だから、ティルテュも一緒だね。」

「そう、なんだ。・・・・、あたし、気を失って、よく覚えてないし。」

そうたしかあの時、白い翼が・・・

「あ、そっか。うん、ボクもティルテュがフュリーに抱えられてきた時は驚いたよ。
まさか海賊にやられちゃったのかな?って。でも気を失ってただけでほっとしたよ。」

「フュリー?」

「ああ、ティルテュは覚えてないのか。
シレジアの天馬騎士だよ。」

シレジアの天馬?
そういえば、ペガサスが降りて来たのはなんとなく覚えている。
青い空から白い翼・・・半分夢見ていた気持ちのようだったけど、本当だったんだ。
あの時、風が・・・・

ティルテュの記憶に浮かぶ、緑の髪の、変わった格好の・・・
風精を纏った男。
あの人は一体・・・・

「彼女の話じゃ、ティルテュあと少しのところで危なかったって聞いたし。ほんとよかったよね。

後で、ちゃんとお礼言っておきなよ。」
じゃ、エーディンのとこに戻るから。とアゼルは船内へと戻っていった。

アゼルが去り、ひとりになったティルテュは、ぼー。と海を眺めていた。
広い、きれい。

グランベル国内からでたことのなかったティルテュは海に来るのも、海を渡るのも生まれて初めてのこと。

「シレジアか・・・。」
自分の意思とは無関係に、流されるまま初めての地へと向かうことになったティルテュだが、不安はほとんどなかった、というか

どこだっていい。もう家には、帰りたくないもん。
海を眺めながら、切ない想いを抱くティルテュだった。


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