おとりを買って出たアゼルはアイラとともに、部隊とは別行動をとる。
森の中、湖に沿うように移動しながら、ヴェルダン城へと近づいていく。
「! これ以上はまずいな…」
「どうしたアゼル公子?」
じわりと額に汗が浮き、アゼルが歩みを止める。
「精霊が騒いでくれる。これから先は闇のテリトリーらしい。つまり、サンディマの闇魔法の範囲に入る」
「!そうなのか、恐ろしいな闇の魔法とは」
この位置から城は見えても城の中の人物などゴマ粒にも見えない。そんな距離からも魔法が放てるとは。
「つまりここから先がサンディマゾーンになるわけ、アイラ王女はそこから先に進まないで見守っててくれるかな」
ごくり、ツバを飲み込みアゼルがゆっくりと前に進む。
「よし」
アゼルは完全にサンディマの闇のテリトリーに侵入した。
「さて、ボクの仕事だ。まあ見ててよ」
「森に火がつかないように気をつけろ」
アイラに言われなくても、ここに来る前に何度もエスリンに注意されたことだ。うっかり放火かまさない自信が今回はあった。
炎の魔道書を開き、アゼルは魔法の詠唱をはじめる。
炎を高く掲げた掌へ、指先へと集める。
「こい!サンディマ!」
空高く炎を放ち、爆発させた。パチパチと火花が散るが、木の葉に届くまでに消えるように火力の調整は成功したようだ。
アゼルが放った花火は、サンディマへの挑戦状と同時に、ディアドラたちへの合図でもあった。
すぐに強い闇の殺意が集まり、アゼルへと襲い掛かる。
「来る!」
サンディマの闇の波動は、アゼルが纏った精霊のシールドをはじいて、アゼルの体を包み、内側から黒いものがバアッとはじけて空中に消えた。
「ぐぅっ」
「アゼル公子!」
物理的な攻撃と違い、闇の魔法は視覚的にもそのダメージはわかりにくい。受けた当人でなければ、その威力は測りかねるだろう。
己を抱くようにして、がくがく震えながらアゼルは片膝をついた。
だいじょうぶと片手を振って、アゼルは後方のアイラに合図した。
「遠距離の魔法ってのは連発することが難しいから、すぐに次ぎはこないはずだ。その間にサイレスの術が成功すれば…」
念のため次の攻撃に備えて、アゼルは精霊のシールドをはって警戒した。
一撃を受けてから、数時間後、それから闇の攻撃はなく、ヴェルダンからアゼルたちへと合図の旗がふられた。
「よかった、制圧できたようだね」
精霊を解放し、アゼルはふーと安堵のため息を吐いて、草の上に仰向けに倒れこんだ。
「だいじょうぶか?すぐにエーディン公女を呼んでこよう」
駆け寄るアイラに、アゼルは寝転がったままひらひらと手を振り、それを拒否した。
「ボクなら全然平気だから、しばらく休んだから回復するよ。またエーディンに泣かれて、怒られるのうんざりだよ」
にこっとアゼルは顔を起こし、笑顔で答えた。「そうか」とアイラは頷く。
「なら私は先に向うとしよう。自力で戻れるのだな?」
アゼルのOKのサインを確認して、アイラも安心し、ヴェルダンのほうへと進みだす。




――みなから遅れることアゼルがヴェルダン城に着いたとき、すでにサンディマは討たれ、制圧を完了していた。騎士たちは勝利の酒を酌み交わしたり、くつろいだり、今回のヴェルダン動乱が自分たちの勝利に終ったことに喜び酔いしれていた。
「エーディンは…」
「あらアゼル公子おかえりなさい。無事作戦は成功に終ったわ、お疲れ様」
「ええ、ヴェルダン攻略までボクの予想より時間がかからなかったようで。ディアドラさんのおかげですね」
「そうね、ディアドラ殿の力も大きいけど、ジャムカ王子の活躍もすごかったわ。彼がサンディマを倒したの」
興奮気味に話すエスリンに、ジャムカ活躍と聞きアゼルは愉快な気持ちになれなかった。あいつがいいとこどりかよ?と。
「でも、残念だったわ。サンディマは倒せたけど、バトゥ王は亡くなってしまったの。かわいそうね、気丈そうな人だったけど、ずいぶんと落ち込んでらしたわ」
そのジャムカにエーディンが付き添っていると聞き、アゼルは慌てて彼女を探して走った。
アゼルが探すまでもなく、エーディンはジャムカと一緒にこちらに向って通路を歩いていた。
「!アゼル」
ばたばたと息きらせながらアゼルはエーディンとジャムカの間の空気を切り裂くように、二人の間に立った。アゼルの赤い瞳が、アゼルよりも背丈の高いジャムカをギンと鋭く見据えた。
「エーディン、悪いが彼と話がしたい。席を外してくれないか」
アゼルから視線を外すことなくジャムカが口を開く。「え?」とまどいの顔を浮かべるエーディンへと振り向くことなくアゼルも同意する。
「ちょうどよかった。ボクもジャムカと二人っきりでゆーっくりお話がしたいと思っていたんだ」
にっこりと笑顔のアゼル、目は笑っていなかった。


「父親死んで悲しいから慰めて…って、見た目に反してずいぶんと女々しいことをしでかす人なんですね、ジャムカ王子って」
笑顔で嫌味をぶつけるアゼルに、ジャムカは不快に顔を歪める。
「君も見た目に反してずいぶんと性格が悪いようだな」
「あなたに悪く思われようがどうだっていい。そういえばまだちゃんと自己紹介してなかったよね?
ボクはヴェルトマーのアゼル、エーディンとは将来を誓い合った仲なんだ。
エーディンがあなたにかまうのも、あなたに恩義を感じていることと、エーディンの優しい性格のためだ。
勘違いしているようなら、早々に諦めたほうがあなたのためだ」
とアゼルは挑戦的に発言したが、ウソをついた。エーディンとの将来の誓いなどうそっぱちだ。いや完全にうそというわけではないが、子供の頃のよくある口約束に近いもの、それもエーディンからの答えはずっとはぐらかされたままという。
「ふ、おかしいな。俺も君が彼女の何者なのか気になっていたから彼女に訊ねたんだが…、将来を誓い合った仲だと言うなら彼女は君のことを恋人だとか婚約者だと説明するだろう。だが彼女は君を弟同然の存在だと説明してくれた。だから心配なんだと。君こそ早々に彼女のことを諦めるべきだろう。彼女に心配をかけさせ、泣かせることしかできない君の様な男に、彼女はまかせられない」
挑戦的に見下ろすジャムカに、アゼルもカァッとなり、表情から笑顔が消えうせる。
「ここで諦めてくれたなら、ボクは二度とあなたには関わるまいと思ったのに、残念だ。
…地獄を知ることになるかもしれないね」
不気味に光るアゼルの目をジャムカはそらすことなく睨みつけた。


城内のホールへとジャムカとアゼルは向う。エスリンたちと談笑していたエーディンのもとへと、戻ってきた二人の間にピリピリとしたものを感じて、みなが彼らへと注目する。
「アゼル、ジャムカ、どうしたの? 二人そろって…」
なにかあったのだろうかと、ただならぬ気を纏う彼らを不思議に見上げながら訊ねるエーディンへと、先に動いたのはジャムカだ。
「エーディン、単刀直入にいう、俺は君を愛している!」
ジャムカの予告なしの突然の愛の告白に周囲もざわめいた。エーディンの横にいたエスリンも「まあ」と息を呑み様子を見守る。
ぽかんとなるエーディン、ジャムカの発言の意味を理解するのに数秒かかって「えっ?!」と驚きの声を上げた。
「ちょっと、まって、突然なんなの?」
明らかに困惑の顔を浮かべるエーディン。ジャムカの告白にいやな汗が浮きはしたものの、エーディンが頷くわけないと確信していたアゼルはにまりとした。
「ほら、困っているじゃないか。恩人である立場を悪用してのストーカー行為は実に迷惑なんだよ」
「君は自分の発言で自分の首を絞めているのがわからないのなら、哀れだな」
ぎちぃっとにらみ合う二人に、エーディンが「やめて」と声を上げる。
「ジャムカ王子、あなたにはとても感謝しています。助けてもらったご恩、なんとかしてお返ししたいと思っています。だけど、…あなたのそのお気持ちは受けることが出来ません」
キッパリとエーディンに断られ、強気なジャムカもガーンと脳内が白い衝撃に襲われた。
「どういうことだ?君はまさか、彼が好きだというのか?」
アゼルを指差すジャムカに対して、また「え?」と困惑の顔のままエーディンは答える。
「なにを言うの?アゼルは弟のような存在だって話したでしょう。そんな関係ではありません」
エーディンの口から「弟」だと言われてガーンとアゼルも白い地獄に脳内を侵されたが、すぐにはっとしてポジティブ解釈に切り替えた。
「エーディン、照れなくてもいいんだ。ほら、ボクら約束したよね? 大人になったら、結婚してくれるか考えてくれるって」
「えっ……」
「もうボクも子供じゃない。あの時の約束の答え、今ここで聞かせてよ。そうすればジャムカだってキッパリ諦めつくだろう」
「アゼル…、私は誰とも結婚しません。お願い、私への想いなどすぐに捨ててください。お願いですから…」
悲しげに震える目のエーディンに、二人ともたじっとなるが、二人とも一度ふられただけで捨てられるほど軽い気持ちじゃない。しつこく粘る二人に、ついにエーディンは顔を覆い泣き出してしまった。エスリンがエーディンを庇い、しつこいストーカー男どもを追い払う。
「もうあなたたちいい加減にして! しつこい男は嫌われるだけよ」
人妻にギンと睨まれて、たじたじになりながら、アゼルとジャムカはひくが。
「さ、エーディン、あちらの部屋で休みましょ、ね」
エスリンに支えられながら、エーディンは彼らの前をあとにした。
泣かれるほど嫌がられるなんて、そこそこ自信があったジャムカも相当ショックで凹んでいたが、アゼルへの対抗心とプライドから冷静を演じる。
「はは、ジャムカ王子、これを機にエーディンを諦めて、ヴェルダンの建て直しに全力を注ぐがいいよ」
「バカを言うな、俺は国を捨て彼女を選んだ。その道を簡単に捨てられるわけない」
「ちょっ、なにこのストーカー! エーディンはボクが守る! お前みたいなストーカーから」
「ストーカーなのは君じゃないか! 君がまた彼女を泣かせたんだ! いい加減身を引くのはそっちだろう!」
公衆の面前であんなにふられたというのに、ちっとも諦めようとしないストーカー二人の醜い言い争いに周囲は「うっわー」とあきれた気持ちになった。

「わかった、そこまでいうなら…、ジャムカ決闘だ! お互いエーディンへの想いをかけての決闘を申し込む!」
エーディンを巡るストーカー男たちの戦いは、これからが本番なのであった。


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