第4話

「ジスト様、おかえりなさい。」
「ああ、サファ。ただいま。」
さわやかに挨拶をかわす男女を隣に、アメジは一人落ち込んでいた。

夢は終わった、と。

「それより、まだ動き回らないほうがいいんじゃないか?ケガも完治してないだろう。」
「ええ、でも心配だったから…。
あ、ジスト様、…そちらの方がもしかして…」
とサファはアメジを見た。そしてジストがサファにアメジを紹介する。
「ああ、そうなんだ。ラルド様は正しかったよ。
彼女が水晶の聖乙女、アメジ殿だ。」
と、ジストがおおげさに紹介すると、サファはもちろん、周囲の者たちも「おおっ。」と驚いた。
それに気づいたアメジは「んっ」と少し変な顔をしていた。

「おじい様も喜ぶわ。すぐに知らせましょ。」
とサファが後ろを振り返った瞬間、すさまじい声が響きながら、こっちへと近づいてきた。
その声は人ごみを跳ね除けながら、アメジの目の前で止まった。

「おおおっ。族長、そちらの方が聖乙女殿じゃなぁっ。」
その声の主は、つるり、と頭のはげ上がった、歳は七十を迎えたばかりの男であった。
「ええ、ラルド様のおっしゃった通り、水晶神殿に…」
とジストが説明をしているが、その男はほとんどそれを耳に入れておらず、舐めるような目でアメジをジロジロと見ていた。
その目線は顔よりも、胸元そして下半身、特に尻をしつように見ていた。

「ちょっとー、このジジイだれよっ?」
アメジは露骨に嫌な顔をしながら、一歩後ろへ下がった。
そんなアメジの心中も察せず、ラルドはニタニタしていた。
「アメジ殿。こちらは大神官のラルド様です。」
「大神官?なに、このジジイが?」トパーズ様は?とアメジが問いかける間もなく、ラルドが激しく接近。満面の笑みで迫った。
「おおっ、アメジ殿っ!いやー、ワシの理想どうりじゃ。」

ワシの理想どうりのいい尻じゃー。

このラルドとの出会いがアメジに激しい戦いの道をもたらすことになるのだった。


「よーし、祭りじゃ、祭りじゃー。早速始めるぞい。」
ラルドが手を叩きながら言った。周りの者もわー。と盛り上がった。
「ちょ、ラルド様。祭りって…」
族長なのに状況をまったく理解してないジストを無視し、ラルドはアメジの手を掴んだ。
「でっ。なにすんじゃいっ、このエロジジイがっっ。」
アメジの拳がラルドの顔にめり込んだ、がラルドはすぐに復活し、またアメジの手を掴むと一直線に駆け出した。
ぎゃーーっ。と叫ぶアメジの姿が遠くなるのを、ジスト達はため息ながらに見送った。

ラルドに連れられながらアメジはリスタルの街を見た。やはり違和感をおぼえた。

ラルドが向かった先は、水晶使い達の修行を行う場でもあり、大神官の居住地でもある、街の中央にある広場前の寺院であった。
そこは、百年前とほぼ変わらず、屋根からはこのリスタルで信仰されている太陽神と、その神の下僕とされる四の精霊が鮮やかに描かれたタンカが掛けられていた。
寺院からは香がただよってくる。中はただっぴろい中央に太陽神のどでかい像が座っている。
アメジにも見覚えのある場所だ。


ただ、あの人がいない・・。


「ささー、アメジ殿。中へ……」
「ねぇ、トパーズ様はどこよ?」とアメジがキョロキョロと見回していた。
「おお、トパーズ殿といえば、アメジ殿の時代の大神官ですなあ。」

「・・・。ジイさん。のーみそ大丈夫か?」
「アメジ殿、もしやまだ混乱されとるのかな? ま、無理もないかのう、百年も眠っておったらの。」
ふぃーとため息まじりにラルドが同情した。アメジはまだ気づかない。

「あたし、何日寝てた? 一週間とか?その間にトパーズ様辞めちゃったとか…」
おそるおそるラルドに尋ねた。その問いにラルドは笑顔で答えた。
「アメジ殿、ナイスギャグじゃわ。百年ですぞ。いやー、ワシよりずーっと年上ですわ。」
「…ほんと、大丈夫か、アンタ…」
「アメジ殿、まだ信じられませんかの。ほれ、後ろをご覧なされ。」
ラルドはアメジの後ろの壁を指す。
そこには、歴代大神官の名が記されていた。一番端の新しい所に、ラルドの名を確認できた。
じゃあ、このジジイが今の大神官?とアメジも信じざるをえなかった。
そして、トパーズの名を探した。ラルドをずっとさかのぼって、その名を見つけた。

(え、どーゆーこと? なんでこんな前にトパーズ様の名前が? 百年だ? あたしまったく老けとらんぞ、あたしが眠っている間なにがあったのよ?)

「理解できたかのう。ワシも大神官として、古代の書物やら解読しておってのう。
アメジ殿のことはこの書に載っておってのう。」
とラルドが取り出した古びた本をアメジがバッ、と取った。そこには、水晶の聖乙女のことが記されており、黒水晶からリスタルを救ってくれる救世主となる、などと無責任なことが書かれていた。
さらにアメジが驚いたのは、その著者だった。

「オルド……?」
アメジの父オルドの著。

理解不能だった。アメジが巫女になる前に死んだ父が、アメジが聖乙女になることなどわかるはずもないのに…と。

「何だー、これ、どーゆーこっちゃー?」
「オルド殿はたしか、アメジ殿のお父上ですな。ちゃんと調べておりますぞ。」
そのオルド著の本にはたしかに、アメジの名が記されていた。
水晶の聖乙女になるということも。そして、尻がでかいというどうでもいいことも書かれていた。

「ここはほんとに百年先のリスタル?」

さらに、アメジが百年後に目覚め、黒水晶の脅威にさらされているこの時代の救世主となる、などと恐ろしげなことも書かれていた。

「うそだ。オヤジがあたしが聖乙女になるなんてわかるわけないじゃん。オヤジの名を騙っただれかのいやがらせ?
ちょっと待て。フツーに百年もこのままでいるなんて無理でしょ?」
みんなしてあたしをからかい楽しんでる。
そういうアメジにラルドは彼女の尻を撫でながら答えた。
「そう普通なら無理な事じゃ。しかし、アメジ殿だけは百年の時を越えて現代へとたどり着いた。
そうつまり、アメジ殿には特別な力がある。
このリスタルを救う、救世主なんじゃよ。」
アメジにぶっ飛ばされながらも、ラルドは笑顔でしゃべっていた。
アメジは立ち尽くしながらも冷静に考えてみた。

これが水晶の聖乙女の力?百年の時をも越える、巨大な水晶でも身につけたというのか?
街の姿もあの頃となんだか違う。知った顔が一人としていない。族長も大神官も、モンドとトパーズでなく、ジストとラルド。
このじいさんの言うことが真実ならつじつまがあう。そこでアメジは気づいた。

「じゃー、ジストはモンドの……」
子孫、であることに。

「おおっ、アメジ殿は族長の先祖と顔見知りなのじゃったのか。」
「ああ、そうだ。あたしゃーあいつのせいで赤っ恥をーー」
忘れかけてた怒りがふつふつとよみがえってきた。
段々と赤くなるアメジの顔もラルドの次の言葉で色がひいた。

「アメジ殿は最後の水晶の聖乙女じゃからのう。」
「へ?最後?」
「おお。長年続いた聖乙女制度もアメジ殿で終わっとるんじゃ。トパーズ殿が廃止したらしいんじゃ。」

(トパーズ様が…なんで…?)

その真意は今のアメジにはわからなかった。

「さて、そんな難しい話は後において、祭りじゃ、祭り。
アメジ殿を歓迎する祭りを行うんじゃよ。」
難しい顔をしたアメジにドカーンとバカ明るくラルドが言った。アメジが来るまでに、祭りの準備は整っていた。


族長がリスタル族の長なら、大神官は、水晶使い巫女たちの頂点に立ち、弟子たちの指導にあたるはもちろん、族長のサポートを務めたり、水晶の研究や、祭りを仕切るのも重要な仕事である。水晶使いの長なのだ。
特にこのラルドは、明るい性格も証明するとおり、大の祭り好きなのだ。おまけにリスタル一の女好きでもあり、その地位を利用したセクハラも数しれない。さらに尻フェチで、尻のでかいアメジはラルドにとって理想そのものであった。今後もこのジジイにアメジは振り回されることになりそうである。

「さて、祭りに行きますぞっ。アメジ殿歓迎の大祭りじゃー。」
「祭りって…。え、ちょっと、あたしは救世主なんか…。」
面倒くさがりアメジ、とても嫌な予感がした…。


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