第3話
「聖乙女殿、足元に気をつけてください」
「おおう、どうも…」
ジストに導かれ、アメジは水晶神殿を出る。そのジストの隣をブツクサと不満気なタルが歩く。
アメジ、この面倒くさがりな女の瞳は希望に満ちていた。
「夢は終わってないぜっ!」
「え、なにか言いました?」
「ねぇ、アンタさ、もしかして結婚してる?」
「え、いいえ。まだですが…」
「よっしゃーーっ!」とアメジがガッツポーズをとった瞬間、タルの飛び蹴りがまたも炸裂した。
「いってーーっ。またやりやがったなー、モチ聖獣ーっ。」
「お前っ、今ジストのことやらちー目で見てたたるよっ。」
こんのー!と、もみ合いそうな二人をジストが止める。
神殿を出てからも、アメジとタルは、フーっと睨み合っていた。
土と石だらけの、このリスタルの山道を下りながら、眼下に映るは、リスタルの街。
世界から隔離されたこの地は、百年の歳月を経ようが、大きく変わることはなく、アメジのいたあの頃と、ほぼ同じに見えた。
そう、遠目からは。この時、アメジは違和感を感じることはなかったが……。
その直後、その気持ちは吹き飛ぶことになる。
「!!」
その異常に真っ先に気づいたのはジストだった。
「タルっ!」
自分のパートナーを傍へ呼ぶ。その声にタルも状況を理解し、すぐにジストの傍へと駆けた。
アメジだけはなにも理解しておらず、え?え?となるだけだった。
だが、ただならぬ事態だとすぐにわかった。
まだ日中だというのに、アメジ達の上は真っ黒な影に覆われた。
見上げると、そこには巨大な怪物がアメジ達を見据えていた。
「黒水晶……」
「なっ、なんだーっ?! このバケモンはーっっ!!」
慌てふためくアメジとは対照的に、ジストは冷静にそのバケモノを見ていた。
「思っていたより早く戻ってきたな。」
「案外この女の水晶に呼ばれてやってきたのかもたるよ。」
(もしかして、これが黒水晶?ええっ、でもなんで?急にこんなんが現れんのさっ? そしてなんでこいつらは冷静なんだよ?まさか、ドッキリなのか?)
黒水晶は三人を確認すると巨大な口をさらに広げて、襲いかかってきた。
うっそーん。と立ち尽くしていたアメジはジストに抱きかかえられ、そこから下三メートルへと飛び降りた。
タルも同時に続く。
その素早い判断と行動で、少し余裕の時間ができた。あっけにとられているアメジにジストが訊ねた。
「聖乙女殿、ドクロ水晶は?」
「は?ドクロ水晶?」
「ジスト、こいつ持ってないたるよ。」
「え…。」
ジストは、本当に持ってないのか訊ねた。
アメジはなにソレ?とわけのわからない顔をしていた。
本当になにも持ってなかったのだ。
それを知ったジストはさっきのクールな表情からがっかりした顔になった。タルは「やっぱり」とため息をついた。
「巫女の力無しでは、黒水晶へ攻撃が届かないからな…」
「こいつ巫女のくせに、ドクロ水晶持って無いなんて、ニセモンたるよっ。」
(なんなのよ、ドクロ水晶って?
ん…、そういえば以前、トパーズ様がちゃんと修行すればそれの扱い方を教えてくれるって、見せてもらったおぼえが……。
そう確か、透明なドクロをかたどった石で、手のひらに乗るサイズの…。
それに水晶をこめるとかなんとか。)
とアメジがのんびり考えているうちに、黒水晶は目の前にまでやってきた。
「どわわわぁーーっ!」とまたも慌てふためくアメジとは反対に、ジストとタルはクールでいた。
「しかたない。気をそらすことくらいしかできないが、タル。私たちだけでいくぞ。」
「わかったる。」
「いいか、タル。今日は戦いをしにきたのではない。聖乙女殿を無事、ラルド様の元までお連れすることだ。」
そう言うと、ジストはアメジに街のほうまで走るようにいった。
半分パニクりながらも、アメジは頷いた。
黒水晶はまたも巨大な口を広げながら襲いかかってきた。
アメジは駆け出し、ジストは自らの水晶を高め、それを右手へと集め、激しく輝きだしたその右手に集まった水晶を、聖獣タルへと向けて放つ。
水晶使いジストの水晶によって、さらに大きな水晶をその体に宿したタルは、輝く光の生物兵器と化す。
光の兵器となったタルは光のごときスピードで、空へと駆ける。
そして直線的な動きで黒水晶へと向かった。
しかし、黒水晶は、それを簡単にかわした。
ジストもタルもそうなることはわかっていた。
聖獣は水晶使いに水晶を注ぎ込まれることにより、戦いの力を得る。
それにより強力な光の兵器となるが、その状態の聖獣は、ほとんどの感覚(視覚、聴覚など)を閉じ、攻撃へとまわすため、自分の進む道すらわからなくなり、直線的な動きしかできないのだ。
その上黒水晶は、直線上の動きに強く、その行動を見切られる可能性が非常に高いのだ。
それをサポートできるのが、リスタルでは巫女と呼ばれる、女の水晶使いなのだ。
「ひぃ、ひぃ……」
アメジはひたすら駆けていた。
とはいえここは山道下り道。おもわず転がりそうになり、アメジは転ぶ直前、下の道まで飛び降りた。
ダメ人間といわれてきたアメジだったが、運動神経はなぜかよかった。
ふぅ。と一息ついたアメジは上のほうにいるジスト達を見た。
「あいつら、大丈夫なのか?黒水晶と戦うなんて、だいたい滅んだんじゃなかったの? オヤジ達の代で終わったって聞いてたのに。」
黒水晶が絶滅した後、対黒水晶の為の職業だった水晶使いと巫女は、祭りが主な仕事となっていたのだった。
巫女は踊りを舞い、水晶使いは曲を奏でる。
アメジたちが行っていた修行も黒水晶と戦わなければ無意味なものがほとんどであったが、それはもう儀式と化していた。
「はぁー。とにかく街に戻んないと。トパーズ様ならなにか知ってるかもね。」
アメジは飛び降りながら、山を下り、街をめざしていた。
街を目前にし、あの声が聞こえた。
「聖乙女殿っ。」
ジストとタルが駆けつけた。
あの直後、黒水晶はなにかに呼ばれたように、「ギャアアー」と鳴いたかとおもうと、突然羽ばたき、山脈の向こうへと飛んでいったのだった。
「では、聖乙女殿。ご案内します。」
(案内って、あたしゃここの生まれなんだけど…。しかし、この男バカ丁寧な奴だな。)
「てゆーか、その聖乙女殿てのやめてよね。あたしは……」
(ほんとに望んでなったわけじゃないし、ヤケおこしただけだもん。)
「では、なんとお呼びすれば…?」
「アメジ。アメジでいーわよ。アンタは、ジストていったっけ?」
「アメジ…」
「そっ!よろしくね、ジスト」
そう言ってジストへと歩み寄るアメジに、「近づくな!」と、タルがどかっとぶつかる。
山道から街へと入る。山岳地帯にあるリスタルは、街も山に沿い、段々状に建物が立ち並ぶ。
ゆえに、街は階段だらけであった。
アメジ達が街へ入ると、たくさんの人が三人を迎えた。
しかもえらい歓迎ぶり、「この方があの……?」と皆珍しそうにアメジを見ていた。
ジストには「族長、おかえりなさい。」の声がかかる。アメジにとっては異常な光景だった。
いつもバカにされてばかりだったアメジにとって、こんな歓迎をうけるのは初めてだったのだ。その時、アメジは少し違和感を感じた。
だれ一人として、知った顔がいないのだ。あと、街の様子もどこか違う気がした。あとでトパーズ様に会いにいこうなどとアメジが考えていると、人ごみの中からジストの名を呼びながら、アメジと同じ年頃の少女が現れた。彼女はジストの姿を確認すると、うれしそうな表情で彼の傍へと駆け寄った。
「ジスト様っ!」
「サファ」
サファと呼ばれた少女は潤んだ瞳でジストを見上げた。
この雰囲気からして、二人は恋仲なのでは、とアメジは悟った。
確かにいい男がそうそうフリーではない。
「マジ?」
早くもアメジの夢は崩れ去るのだった。
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