第2話
「ジストー、もう、止めるたるよーー。」
「タル。この石棺で最後だ、もう少し待っててくれ。」
冷たく静かな水晶神殿に、一つの人影と一つの小さな影があった。
この遺跡には、百年前まで行われていたというある儀式にその身を捧げた少女たちの亡骸が納められていた。
標高の高い、このリスタルの地の、ここはさらに天に近い場所である為、神殿内に時たま、冷たい風が流れこんでくる。
青年に付き添ってきた小さな生物は風によって、毛を膨らませられ、寒さに震えていた。
青年は最後の石棺に手をかける。
「どうせまた骨たるよー。もう骸骨はイヤたるー。」
どうやら他の石棺は、すべてこの青年が開けたようだ。石棺の中にいた少女達は、皆骸と化していた。なぜ、彼はこんな事をしているのか…。
「フンッ」青年は石の蓋を持ち上げようと力を籠める。
しかし、いくら大の男であれ、一人で持ち上げられる重さではない。だが、蓋はゆっくりと動きだした。
彼は体内の水晶(このリスタル独自の気の使い方)を自在に操れる「水晶使い」だった。
手のひらが、ポウと光りながら、さらに力が高まっていく。その数秒後、蓋はみごと外れたのだ。
「ああっ、どーせまた骨骨たるっ。だいたい百年前の人間が生きてるわけないたる。」
「タル・・。見ろ・・。」
「生きてたらそいつバケモンたる。そいつこそ黒水晶たるよっ。」
「タル、生きてるぞ、彼女だ…。ラルド様の言った通りだ」
「へ、ええっ?」
その石棺の中には、今にも目覚めそうな少女の姿があった。
興奮を抑えながら、青年は少女へと近づく。
「んんっ。」少女の目蓋がぎゅっと動いた。「あっ!」
少女が目を覚まし、彼と目が合った。
「あなたが水晶の聖乙女殿」
彼はそう語りかけた。わけもわからぬ顔で彼を見返す少女とは対照的に、青年の顔は、輝きに満ちていた。
アメジ、フリーズ状態
大地の底から呪ってやる、と。「水晶の聖乙女」をやるといいだした自分。
自分をフッたモンドに対して、石棺の中でどかどかと怒っていたのは何時間ほどか…?
気がつきゃ目の前に見ず知らずの男。しかも、言ってる事意味不明!
とりあえず、深呼吸、でもう一度、男に問いかける。
「で、あんた、誰?」
「ですから私は、現在族長を務める・・・。」
「へ?モンド、もう面倒臭くなって、族長辞めたのか?」
「モンドとは?」
二人の問答をイライラと聞きながらもう一つの口が開いた。
「ジスト、こいつダメっぽいたるよ。きっと、百年も眠っててボケたに決まってるたる。使えないたるよ。」
生意気に話す小さな生物を見て、アメジは驚いた。
「ブッ、ちょっ、こいつまさか聖獣?」と、なぜかふきだすアメジにジストが「そうだ」と答えた。
「タルは私の良きパートナーです。」
彼らが聖獣と呼ぶその哺乳類は、このリスタルの地に、リスタルの民が移住してくるずっと昔から、ここに住んでいた。
彼らは、人と共存する道を選び、言葉を理解し、話せるまでになった。
彼らも、水晶のチカラをその身に秘めており、ジストのような「水晶使い」と組んで、共に過ごしている。
「あたしが知ってる聖獣のプラチナは、もっとスラっとしてて、足も顔もスッキリしててー…」
「プラチナ知ってるたるか?タルのご先祖様たるっ。」
「は?ご先祖?何言ってんの、まだ現役よっ。だいたいアンタみたいなブッサイクな聖獣見たことないわよ。」
「ぶっちーーっ。ブチキレたるーーっっ!」
次の瞬間、アメジが激しくブッ飛んだ。タルの飛び蹴りが炸裂したのだ。
「どごああーーっっ。」
変な悲鳴を上げ、凄まじい格好で、アメジはすっ転んだ。
「コラっ、なんてことしてんだ、タルっ。」
ジストがひょいと、タルを抱き上げた。
「だってー、ジストー、こいつがタルのことバカにしたたるからー。」
「だってさ、ほんとにブッサイクなんだもん。こんなモチみたいにぺったんこな顔でさー。」
アメジが、ムクリと起き上がった。
「いいか、タル。私達は、聖乙女殿にお力を借りにきたんだぞ。」
「??」(あたしの力を借りに来た?どーゆーこっちゃ?)
「ううっ、でもでも、タルとジストでがんばれば、黒水晶なんて倒せるたるっ。」
「それができないからこーしているんだろ?水晶使いと聖獣だけでは、黒水晶とまともに戦えない。」
「黒水晶……」アメジはその名に聞き覚えがあった。
(でも、それって確か、あたしが生まれる前に絶滅したって聞いたけど…)
「黒水晶と戦うには、私とタルだけではダメだ。巫女のサポートが必要だろう。」
「巫女ならサファがいるたるー・・。」
「サファは、まだ前の戦闘での疲れが癒えてない。今では巫女も彼女一人になってしまったからな。」
黒水晶と戦う?
やっぱりアメジには、この二人の会話は理解不能だった。
黒水晶は知っている。この目で生きているとこは見たことは無いが。
以前アメジの父「オルド」が亡くなった後、葬式で初めて知り合ったモンドと一緒に、父オルドがよく通っていた山脈にある遺跡をモンドと巡ったりしていた。
その山道の途中、何度か目にした、巨大な生物の化石。
このリスタルに、昔からいたといわれ「黒水晶」と呼ばれている。
見た目は鳥類のようで、はるか昔に滅んだ恐竜にも似てる。
その体は巨大で3Mから10Mはあるといわれた。さらに、凶暴で人を喰らい、その体内には毒を宿し吐く息だけでも、生物を死に追いやったという。
全身ドス黒く、目も不気味に黒くギラギラと輝き、大きなその体には、桁外れな水晶を秘めていた。そのことから、人々はその怪物を黒水晶と呼び、恐れたのだ。
しかし、リスタルの民は、実に好戦的な民族で、恐れるだけでなく、戦う道を選んだのだった。
その戦いの歴史は、リスタルの民がこの地に移住してきた、千年も昔から続いていた。
人は、聖獣と力を合わせ、たくさんの犠牲を出しながらも生きぬいてきたのだ。
その戦いも、アメジが生まれる少し前、アメジの父オルドや、その弟でありモンドの父の二人が中心となり、黒水晶を絶滅させ、長い黒水晶との戦いの歴史に幕を下ろしたのだった。
(そう、黒水晶って、とっくの昔に滅んでんじゃん。なのに、こいつらの言ってる事って…。)
「とりあえず、街に戻ってラルド様に報告しよう。黒水晶がこの辺りに戻ってくるまえに。
さ、聖乙女殿。私と一緒にきてください。詳しくは、向こうでお話します。」
混乱ぎみのアメジに、ジストが優しく手を差し出す。タルはまだ不満げだが。
(よくわかんないけど、こいつが族長ならあたしの夢もまだ、終わっちゃいないよね?
ふふふ、ってかモンドより断然いい男だし。)
怪しい笑みを浮かべるアメジに、タルがピクリと反応する。
アメジは未だ自分が百年先の未来にいる事に気づいてはいなかった。
そして、この直後に出会う、最悪の出来事にも……。
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