第1話

「おのれーおのれモンドめーーっ。大地の底から呪ってやるぅーーっ。」
冷たい石の棺の中、少女はうなり声を上げていた。
なぜ、自分はここにいるのか、考える余裕すらなかった。
怒りにまかせて、自分の最期を実にくだらない理由で決めてしまった。

「あたしと結婚するって約束したじゃん。ガキのころから、ずっと前から交わした約束をっ。」

少女が怒っているのは失恋。いや、少し違う・・。

「やぶるかー?その日にっ、自分が族長になる、その日にっ。族長の妻の座っ、あたしの夢。」

夢、自分の夢を台無しにされた事に対する怒りと、

「あんな大勢の前でだっ、あたしゃ、ちょーはしゃいで、とんだ赤っ恥だっての。よりによって、同じ巫女のシルバと、あんな地味な女と・・。」

プライド、プライドを傷つけられた事に対する怒り。


なぜ彼女はこんな棺の中にいるのか、だ。
それは、彼女の夢が破れた直後の事・・。




「アメジよ、水晶の聖乙女、やってみる気はないか?」


白い髪を肩まで伸ばした初老の男は少女に問いかけた。
アメジと呼ばれた少女は、大地に寝転がったまま、答えた。
「トパーズ様。なに?それ、あたし面倒臭い修行ヤだからね。」
ふてぶてしく答える少女、しかしいつもの事なのだろうか、そのトパーズと呼ばれた男は態度を変えず、続けた。
「水晶の聖乙女は大地の底から、このリスタルの民と大地の為に、ただ祈り続ける。
これはアメジ、巫女として、ろくに修行をしておらんお前でも、立派にこなせる役目だぞ。どうだ?」
「それって、確か、生き埋めになるってやつじゃない?ジョーダン!あたしには夢があるの、そんなくだんない事、やるわけないじゃん。」
「そうだな…。ま、無理にとは言わん。だが私も大神官として、お前を巫女として育てねばならん。それにお前の父にお前を一人前に育てあげると約束したからな。」
「オヤジのことはいいじゃん。勝手に遺跡の研究だとかで、山の遺跡で死んじゃった奴の事は。」


アメジの父はどうやら放任主義だったようだ。自分の意思を縛られるのが嫌で、趣味であり、生きがいであった古代の遺跡やら、このリスタル独自の特殊なチカラ、この地の民は「水晶」と呼ぶそれを研究していた。
それは生あるモノの中にある気の流れ、人間をはじめ、この世の生物はこの大地から、流れてくる気によって、エネルギーを得ている、という。中国でいう気孔のようなものだろうか、そのチカラを水晶と呼ぶのだと。


「お前はほんとにオルドに似ている。いいとこも、悪いとこも。」
「げっ、やめてよ、トパーズ様っ。あんなのと似てるなんてーっ、嘘でも言わんといてーっ。」
「ハハハ。」
「そろそろ広場まで行かないと。ほら、今日はモンドのっ。」
「ああ、そうか。あやつもついに族長に就くのか、お前以上に心配な奴だからな。」
「だから、トパーズ様がしっかりサポートしてやってよ。あたしだって楽できるしー。」
「ん、アメジ、どういう事だ?」



ここリスタルは、北は山脈、南は草木も無い砂漠に囲まれた、山岳地帯にある集落である。厳しい環境の為か、外からも、内からも人や生物の移動は無く、陸の孤島と化していた。
唯一の集落、リスタルの民が住むこの街の中心にある広場に、アメジは走っていった。
今日はあるイベントが開かれる。モンドの族長就任の式だ。
モンドは族長の息子であり、アメジとは従兄妹であった。モンドはアメジに負けず劣らずの、ダメ人間だった。
アメジと交わした結婚の約束も、族長になれば、周りが世話をやいてくれると思い込み、お互い楽したいがための約束だった。


アメジは息を切らしながら、広場の人の波をかきわけながら、台の上で挨拶を始めるモンドへと近づいていった。
「モンドっ。」と、小さくアピールするが、彼の視線はまったく別のほうへ向けられていた。
「みんなー、あと今日は、オレの花嫁となる人も紹介するー。」
台の上でだらしなく揺れながら、へらへらとテレながら、彼はその花嫁の名を呼んだ。

「そう、その花嫁は、あたしっっ!」
モンドが話す前にアメジが叫んだ。
「ええっ、アメジ?おいモンド、マジかよ?」「あのケツでか女だぞ。」
周りの若者たちが野次を飛ばす。
「うっさいんじゃいっ、カス共! 前から決まってた事なの! ね、モンド。」
「い、いやアメジ・・、オレの花嫁は・・・。」アメジから目を逸らしながら、言った。

「シルバだっっ。」

「・・はあっ?」

モンドは隣にシルバという少女を呼んだ。
頬を染め、目を伏せながら少女はモンドの傍へと駆け寄った。えへへと、照れながら寄り添う二人には祝福の声が上がる。
逆にアメジには「バッカじゃねーの、こいつ。」「とんだ勘違い女だよ。」
馬鹿にされてる。
激しく馬鹿に……。怒りがこみ上げ震えだすアメジ。

「ご、ごめんよー、アメジ。言おうと思ってたんだけどさ、タイミングがさ。」
いいわけモンド、しかし、今こそ最悪のタイミングではなかろうか。
キっとモンドを睨みつけるアメジ。殴られると感じたモンドは反射的に身構えてしまった。しかし、アメジは鬼の形相のまま、広場から走り去ったのだ。



夢破れし、アメジの思考はぶち壊れていた。
アメジが向かったのは、街の外の山道。その先には、古代の遺跡の一つ、「水晶神殿」、岩壁を削られ造られてある。
そこには、トパーズと巫女の少女がいた。

「どうしたアメジ、用なら後にしろ。これから【水晶の聖乙女】の儀式をせねば…」
「まって、ソレ、あたし、やる。」
「ええっ?!」
何があった、と聞くトパーズには答えず、石の棺へと勝手に入っていくアメジ。

「立派な聖乙女になります、とモンドに伝えてください。」


夢叶わぬこの世に未練などなく、あの世から呪いを放つ道を選んだ。
そして、いつのまにか、眠りについていったのだった、モンドめ、とつぶやきながら・・。





あれから何時間眠っていたか、まぶたに光を感じアメジは起こされた。
トパーズ様?いやちがう。若い男。反射的にアメジは飛び起きた。
「モンー・・」叫びかけたアメジより早く、その男は語りかけた。

「あなたが、水晶の聖乙女殿。」
「え。」
目の前にいる彼はアメジのまったく知らない男だった。「だれよ?あんた・・。」
「私はリスタルの族長を務める、ジストと申します。」


(なに言ってんの、こいつ、族長はモンドがなったばっかじゃ・・)



この出会いこそアメジの楽して生きる夢を遠ざけることとなってしまうのだった。


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