恋愛テロリスト

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  第八幕 リンネとテン 8  

お月様、これは夢ですか?まぼろしですか?
流れ星様、あたしはこんな願いをかけた覚えもないんですよ?
だって、もうありえない・・・
眠りの世界から目覚めたあたしの上には、あたしに跨るようにしてそこにいるキョウがいた。
左手はあたしの口を押さえて、もう片方の手には、……そこにあるのはキョウの愛用の武器の鞭?


メガネとエロスーーー!!
あたしそんな趣味ありませんからっ!
つーか、キョウがそういう趣味だったなんて、激しくショックなんだけど、まともだと思ってたのに
同士だと思っていたのに!
ムチ片手に乙女に馬乗りになって、一体どこでそんな変態プレイ覚えたのよ?紳士のふりした変質者だったの?キョウのバカー!

「消えてもらいますよ」

え?
めがねの奥がキラリと光った。
ちょっ、今消えてもらうって、消えてもらうってそれってどういうこと?
一般的に言うと……
消される?命を?そーゆー意味ですかぃっ?!

「んむぅぅっ」

ベッドが壊れていく衝撃音、あたしは身の危険を感じて、とっさで無我夢中でキョウを押しのけた。

「んわぁおぅっ」

ドン!ゴッ!とあたしはベッドから落ちて、肩と尻を床に打ち付けた。
ベッドは破壊されていた。キョウが振り下ろした鞭によって、おもしろいほどぶっ壊れてますよ。
そらもう芸術的なほどに!
はっ!そういえばここはどこなの?
テンといたあの廃屋とも違う。いったいどこここは?なんでこんなとこであたしは知らぬ間に寝ていたのよ?
ちょっと、だれか教えて、ちゃんとだれか説明して!

キョロキョロと周りを見ても、ここにはテンもいない。あの桃太郎の声も今はしない。
今ここにいると確認できるのは、あたし自身と、あたしを見下ろすキョウにそっくりな人。
わずかに光が差し込む程度の室内だから、ここにいるこの男が確実にキョウだと言い切れない。
違うよね、別の人だよね?雷門とか金門の連中じゃないかしらね?
だってキョウがこんなことする奴じゃないって思ってるもの。
そうなんだって信じていたいもの。必死で否定している混乱中の脳内で。
だけど、それはあたし自身で否定してしまうことになる。
今はっきりと顔を確認できてしまったから…

「キョウ?」

しりもちついて、尻半分くらい後ずさるあたしは信じられない目でキョウを見上げた。
なんで、キョウがあたしを襲ってくるの?さっきまで、テンを追いかけていたのに……?
はっ、そうか

「テンならここにいないわよ!」

あたしのようなかよわき乙女を、あんなハチャメチャテロ男と間違うなんてありえないほどけしからんことですが、あたしとテンを間違えてしかけてきたわけですね、なるほどそれならなんとか納得。

「いいえ、私はあなたを仕留めにきたんですよ。桃山リンネ」

え?
なに?今なんて言ったの?
あたしを…消すとか仕留めるとか
それって…つまりー……

「な・ん・の・ギャグ・・・ですか?」
つつつー、と額を伝う汗を感じながら、カクカクな口元であたし必死で現実を否定しようとしている。
あたしの言葉に、表情変わらないままのキョウの口から冷酷な返事しか返ってこなかった。

「私は冗談で人を殺せるような人間ではありませんよ」

つまり、本気であたしを殺しに?

「ってなんでーーー?!」
なんでどうしてそんな展開になるんですか?!

無情にも振り下ろされる鞭。エナメルっぽいそれが床を叩きつける音。
命のピンチってのをあたしは直感していた。
まるまった背中のままに反射的に後ろにでんぐり返しをした。
一回転したあたしの目に再びキョウが映る。
感情を殺したような瞳に、あたしの心は凍りそうになる。
本気だ!本気でキョウはあたしを殺すつもりなんだ。

「なんで?なんであたしがキョウに殺されなきゃならないのよ?」

再びキョウの鞭がしなる。美しく曲線を描きながら、空を舞う蛇のように踊る線。
やばい!
ダン!と手をついて床を蹴る。慌ててあたしはベッド脇のテーブルの影へと身を潜める。
急な展開に頭がついていかないけど、キョウがあたしを殺しに来たってのは、もしや……
あいつか?
「桃太郎!」
あたしのその声と、テーブルが壊れる音が重なった。
「きゃあっ」
前のめりになってあたしは倒れた。運良く、壊れたテーブルの破片は体に当たらなかった。
うつぶせ状態になって、顔だけを後ろに回したあたしをまたぐようにしてキョウが立つ。

「大人しくしなさいリンネ。私は…痛めつけるのは趣味でないのですから」

こっちだって、痛めつけられるのは趣味じゃありませんから!

「キョウも、あいつと…桃太郎とグルだったわけね。
信じていたのに、あなただけは」
「なんの話ですか? 私と桃太郎がグル?」
「そうなんでしょう?テンもショウもキョウも」
全部あいつの悪巧みなんだ。

体の向きを仰向けにしつつ、肘をついて、後ろへと少しずれながら、キョウから逃れようとする。

「違いますよ。私を動かすのは鬼が島」

へ?鬼が島?
それってつまり、鬼が島の・・・鬼王の命令でってこと?

「どうして、鬼が島があたしを消さなきゃいけないわけ?」

メガネの奥の瞳は揺るがず、回答はなく、その手から獣のようにしなる鞭が、蛇のしめつけのようにあたしの首へと巻きついた。

「ぐぅっ」
痛い苦しい。とっさに防ごうとして絡み付けた指が千切れそうなほど食い込む。

「なにも知らないまま逝ったほうが、あなたのためですよ」
なんだそれ……わけわかんないまま死んどけってーのか?
ふざけんなーーー!

ムチャクチャ言いやがるキョウを、あたしは必死の抵抗で睨みつける。
窮鼠猫を噛むってこういうことか?
あたしに腹元を蹴りつけられるなんて予想外だったみたい。
キョウの見開いた目を瞬間見た。あたしは反動で後ろへとぶっとんだ。そしてまたしりもちをゴン!とついた。
下が木の床だから、いくぶん衝撃はマシかも、しかし…
「いたっ」
同時に締め付けていた鞭がゆるんで、あたしは難を逃れた。その一瞬だけ。

「下手な抵抗は苦しむ時間を増やすだけですよ」

鬼が島の命だか知らないけど、キョウもあたしの敵ならば……戦うしかない!
テンのやつと比べたら、まだキョウは……まだなんとかなるかもしれない。

「乙女を、あたしをなんだと思ってるんだ?!」

大人しく殺されてなどたまるもんか。
あたしはスタートダッシュでキョウから距離をとるため、室内を走った。
押し戸を勢いで開けて、隣の部屋のあたしより高い背丈の棚の後ろへと隠れた。
そこに立てかけてあったのは、見覚えのあるものだった。あたしはそれをとっさに両手に抱えた。
Bエリアからの付き合いだな、腐れ縁ってやつね。
このバイオレンスな道具とね、まるで呪いの赤い糸で結ばれているんじゃないかしら?

武器を手にしろ!
戦え!リンネ
テンの声が聞こえてきそうだ。いや、実はテンじゃなくて桃太郎の言葉だったかもしれない。
ってそんなことはどうでもいいよ!
キョウがあたしの壁として立ちはだかるなら、倒すしかない。
カナメとだって戦えた。ビケさんへの想いがあたしの強さ。それが最大のあたしの武器。
体を前へと走らせて、あたしはライフルを振るようにして、戸を越えてきたキョウへとアタックした。

「だっしゃー!」
乙女らしからぬ掛け声、なんて恥らっている場合じゃない。

あたしの武器を盾にしたアタックは、キョウにクリティカルヒット!するわけもなく、でもまったく意味のなかったものでもなかった。キョウはとっさに武器の柄で防いだ。攻撃は当たらなかったけど、その体を揺らすことはできた。だからどうした?って程度だけど。
ブンと勢いのまま一回転する体であたしは第二撃を回し蹴りもどきでしかける。

「でっりゃーーー」

おおぶりのあたしの蹴りはキョウにかすることなく、また一回転した弱ったコマみたいなあたしの動きはかくん、と膝から折れた。
床に体をぶつける直前、ぐんっとあたしの体は重力に逆らうようにわずかに浮いた。
皮膚に食い込む痛みとともに。
キョウの鞭があたしの体を縛り、自由を奪っていた。
少し浮いたあと、「ぎゃん!」床へと背中から叩きつけられる。
一回バウンドしたあたしを見下ろすキョウの眉がよったように見えた。
好き好んで、こういうことやるような人じゃないから、良心が痛んで……?
細めた目から見えたキョウは、倒れたあたしの肘に当たりそうな距離に立っていた。
影があたしを覆う。縛られてろくに動けなくて、打った部分がじんじんと痛んで、いっそ全力で逃げたほうがいくらかマシだったかもしれないのに、必死の抵抗なんてしてるんだろ。
戦うことから逃げたら、あたし自身を見捨てることになる気がして。
そうなったらもう、ビケさんはあたしのこと絶対見てくれないんじゃないかって思うから。

そんなの、ヤダ!

跳ねろエビ!ってな勢いであたしはおなかから跳ね上がった。突然の奇妙な動きにキョウも驚いただろう。
「はぁっ!」
全体重をかけたあたしのアタックで、キョウごと後ろの棚にとぶつかった。

「うわっ」

どんどがっががが…
棚の中のものが衝撃でなだれのようにあたしたちに落ちてきた。

「どうして、あなたはそんなに」
「いてっいててっあだっ」
頭にどかどかなんか落ちてきた。

「無様で哀れでどうしようもないんですか?」

なによ、それ、バカにしてんの?

上から聞こえてくるキョウの顔を確かめず、あたしは眼前にある布地にかぶりついた。ふんがーとばかりに。
「んぐーー」
たしかに噛み応えはあった。あたしは衣服越しにキョウの体に噛み付いていたのだ。
ネズミでさえもっとまともな反撃するだろうが……、ろくなダメージないのはわかっているけど。
かっこ悪くてもダメダメでも、必死の抵抗おみまいしてやる。
あたしはこの想いで戦うって決めたんだから。

「きゃっ」
束縛から解放されたのと同時に、あたしの体は後方へと、棚の反対側へと飛ばされた。
ドン!とお尻から床に叩きつけられた。

「くっ」
体を丸めたあたしの足先に、コツッと当たったなにかがしゃっと床を滑っていった。
体の左半分床に接したまま、右目で見上げたキョウの顔にメガネがなかったから、さっきの衝撃で外れたんだろう。あたしの足先に当たったのもたぶんそれかも。
襟下に、わずかにシミの様なものができていた。あたしがかじりついた場所だと思うけど。
1のダメージも与えられちゃいないだろうけど……。

床に倒れた状態のあたしと、あたしを見下ろすように立つキョウ。
しゅる。と手の中を滑らせるように鞭を握り締めているキョウを、あたしは下からにらみつけた。
上と下で、弱者と強者で、逃げられそうもなくて。蛇ならまだくねくねとこの状態から逃れられそうなんだけど。
いや、蛇じゃなくても、なんとかなる。

「桃太郎なしで、あなたが勝てるのですか?」

また桃太郎って、みんなして桃太郎桃太郎って……どいつもこいつも!

「あたしは桃太郎じゃない、桃山リンネ!」

肘で、床を叩いて、上半身を起こし、キョウを睨む。
「うぇへっ」
ちょっとむせてしまったが。

早く立たなきゃ、殺されちゃう。起こそうとした膝を無様にも床に叩きつけてしまう、痛みで顔がしかむ。

「みんなして桃太郎桃太郎って、あたしをなんだと思っているのよ?!」

あたしを見下ろすキョウの手元が動く。びゅっと生き物のように伸びてくる鞭に反射的に身構えた。
両脇で物が壊れるような音がした。

「どうして、あなたは……あの人の為に……。無駄なあがきでしかないのに」

あたしを見下ろすその目は、まるであたしを哀れんでいるような目に見える。
無駄なあがきって…普通の女の子が武器持った男相手にまともに勝てるわけないのが当たり前でたしかに無駄なあがきかもしんないけど。
死にたいとか、もうムリって完全に諦めたり絶望してなけりゃ、あがくに決まってるでしょ。
例え、目の前にいる敵が、少なからず味方だと信じていた相手でも、倒さなきゃ進めないのなら、倒さなきゃビケさんにたどり着けないのなら、やるしかないでしょ。

「ふわっ!」
瞬間爆発的な力を発生させて、あたしはケツを上げた。油断していたキョウの胸元目掛けて殴りかかった。
「くっ」
あたしの動きを予想してなかったとはいえ、とっさにキョウは殴りかかるあたしの肩を掴み引き離す。
が、そうはいくかとそのままの勢いで首を激しく後ろに振ってー…
「でりゃっ!がっ」
ゴッ!
頭突きですよ。…いったーーーーー!超痛いっつーの!
人間は硬いのです。頭蓋骨は硬いのですが、痛覚は正しいのです。おでこぱっくりいかない奇跡に涙せよ。

「くぅっ」
頭突きかましたはいいが、自分にかなりダメージ、あたしは涙目で身を硬くした。
でこにじんじん痛みを感じながら、目を開けたら、あたしはキョウの胸の中にいた。白いシャツのにおいが嗅げる位置、というか完全密着状態。
ということに気づいた直後、あたしの両腕はキョウに掴まれ、床に押さえつけられていた。
またしても下に、完全不利の状況に。
必死の頭突きも、大してダメージ与えてなかった。
体をなめくじのようにして、なんとか逃げないと、もうこれ以上の抵抗は、ムリかも。
そんな状態、思考の中、キョウとにらみ合ったまま数秒……。

しかける気配のないキョウ?その瞼にぎゅっとしわがよる。

「消えてくださいリンネ。あの人の……ビケ兄さんの前から、消えると約束してください」
「へ?え?なに、どういうこと?」

さっきまで消すだの、仕留めるだの言ってたくせに。え?消えてくれってつまり。
キョウから殺意が消える。それでもまだあたしは掴まれたままだけど、キョウから敵意は感じない。
困ったようにも見える表情のキョウをあたしは見上げたまま。

「ビケさんの前から消えろってどういう」
「二度とあの人に会わないと、その想いを諦めてくれるなら、あなたを殺しはしません。
あなたを逃がします」
「は?なにそれ、わけわかんない!なんでビケさんのこと諦めなきゃいけないの?」

ビケさんを諦めたら、殺さないって?逃がすって?
言っている意味わかんない、納得いかない。
あたしには、ビケさんへの想いしかないのに。
それを捨てたら、何も残らない、進む道をなくしてしまうじゃない。

「わかってください。あなたのためなんです。
あの人や、桃太郎から関わりを捨てれば、あなたは危険な目に合わずにすむ。
私は、リンネあなたを殺したくない」

そう言ってあたしを見つめるキョウの気持ちはよくわかる。キョウは優しい人だから。
命令でも、あたしを殺すだなんて、自分が傷つくより辛いことだって。
自分の立場より、あたしの身を案じてくれているんだって。
それでも…

ぐぐっ、キョウに掴まれた両腕に力を籠める。束縛から逃れようと、全身に力を入れて、あたしは抵抗する。

「ビケさんへの想いを捨てろって、あたし自身を捨てろってこと絶対ムリ!
邪魔するなら、テンだろうがキョウだろうが鬼が島だろうが、あたしは戦う!」

ふおっと勢いつけて起き上がろうとしたあたし、そんなあたしの目の前で、ふーと息吐くキョウ。

「桃太郎はあなたを捨てた。そしてテンも、もうあなたの側にはいない。
たった一人で、なんの力もなく、味方もいないあなたが、そんな状況でも戦えるというのですか?」

「桃太郎もテンもあてになんてしてない。
あたしに力をくれるのは想う心」

あたしはテンみたいな強さも技も持ってない。だけどビケさんへの想いなら……。

「心底呆れさせてくれますね。ですが、羨ましい」

「へ?」

身を起こすキョウに、そのままあたしも起こされる。メガネを外して普段はセットされている髪も乱れているキョウはいつもよりあどけなく見える。少しよれたシャツについているシミは、さっきあたしが噛み付いたときについたあたしの唾液かもしんない、と少し申し訳なくなった。

フ、と笑みを浮かべるキョウ。その輪郭は月明かりでふんわりと黄色い。

「遠い昔、最期まで後悔の中にいた男がいたんです。
想いを犠牲にしながら戦った彼は、もう二度とそんな想いはしたくないと、来世に想いをはせたんです」

なにかのお伽話?
だけど、キョウの表情と語りぶりは、他人事のようには聞こえなくて、不思議なかんじがする。

「リンネ、あなたのおかげで決心がつきました」
キッと顔を上げたキョウはとんでもないことを言ってくれた。

「私は鬼が島と戦います。自分の正義を欺いていくなどやはりできない。

リンネ…あなたも、戦ってください。ビケ兄さんと」

「へ?……はい?」

ビケさんと戦えって?なにそれ、どゆことですか?キョウ?!

キョウのわけわからない発言に困惑するあたしに、またまたさらなるピンチが迫りつつあったことなど今のあたしが知るはずもない。
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