恋愛テロリスト

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  第八幕 リンネとテン 7  

世界が暗転した。
テンの姿を感じなくなって、あいつの…桃太郎の意思も感じなくなった。
ああ、ここは夢の世界なのかな。
いや、もしかしたらさっきのが実は夢だったんじゃ……ああ夢、夢だったらよかったのに。
あたしの記憶が、感覚が、現実として受け止めている。だから悲しいけど
夢じゃないのか。
桃太郎の言っていた事が、いまさら胸につきささる。
そうだ、あたしはどこかで甘かったんだ。
テンはあたしを殺さないって、ほんとはわかってて、だからテンと戦えるって強く思っていたんだ。
もしテンが完全にあたしを敵だと思ってて、鋭い殺意を抱いていたなら、本気でテンと戦えるなんて言えたのかな?
テンはなによりおばあちゃんが大事で、おばあちゃんの存在も、想いも、自分の事以上に大事に想っているテンだから。
あたしを想うおばあちゃんの気持ちも、テンにとっては大事で守りたいものだろうから。
カフェテンにいた時の、あの嵐の夜のあの時に、あたしはテンを深く理解した気がしたんだ。
あたしはテンを、信頼していたんだよね。



「…ネ! リンネ?!」
あたしを呼ぶ声? 誰だろう、この声は…テンの声じゃない。
うっすらと見えてくる景色、あたしは、どうしていたんだろうか?ぼんやりする頭をある刺激がバチコーンと目覚めさせる。

ガッブーー!
「いったーーーーー!!!」
な、なんなのよ? 今腕に肉に鋭い物が突き刺さった痛みが!?

「シャッ!」
目の前にいるのは白い毛の丸い目の白猫、ハバネロ?

「気づいたかリンネ、大丈夫か?」
ハバネロを抱きかかえながら、あたしの前で膝をつくのは、黒いコートの長髪を後ろで一括りにした男…
「クロー! どうしてあなたがここに?」
疑問に疑問で返すあたしに、クローは「ああ」と頷いて答えた。
「最近Bエリアで暴れているテロリストの噂を聞いて、それはテンで違いないと思って、奴を探していたんだ」

そういえば、テンの記憶が戻った事、クローに伝えてなかったんだ。

「クロー、テンは記憶を取り戻したんだけど…」
「君にとってはややこしいことになっているのか?」
あたしの声の調子で、クローは察したらしい。たしかに、記憶が戻ったけど、喜べる現状じゃない、あたし的に。テンはあたしの最愛の人を倒すといって、あたしの敵になったんだもの。
クローにはなんて説明したらいいんだろう。クローはテンの味方なら、あたしの敵にまわるってことも考えられるし。さすがにこれ以上、敵は作りたくないな。ただでさえやっかいなテンに、気味の悪い桃太郎って存在もあるし。

「桃太郎は?」
?!
へ、今クローの口から桃太郎の名前が聞こえてきたような? 空耳じゃなかった? 変な汗がびくんと滲んできた。
「え、なっ?」
「君は、桃太郎なんだろ?」
黒い瞳があたしを見据える。ああもうまた、あたしが桃太郎の生まれ変わりだって言う…
「それは金門の言いがかりで」「いや、金門のことは関係ない。俺の記憶の話なんだ」

「…へ?」
何を言ってるのだ? クローは。きょとんとなるあたしに、クローはそのままの調子で語る。

「思い出したんだ、俺は君の事を」
「あたしのことを? 思いだしたって、どういう」

クローは目を伏せながら、なにかをたどるような顔で話し始めた。

「前に会った時に話したことだ。君の中に遠い昔に失くした大事ななにかがあるような気がすると言ったことを覚えているか?」
「…そ、そういえばそんなこと言われた気もするけど…」
どういう意味かさっぱり不明なんだけど。
「思い出したんだ、夢の中で」
夢の中? ちんぷんかんぷんなあたしに、クローの不思議な話を聞かされる。その話というのが…、なんでも前世の記憶って話なわけ。
前世? それってあの桃太郎の奴が話していたこと? アイツの話だと、温羅がビケさんっていうめちゃくちゃな設定なんだけど、クローの話は温羅は関係なくて、関係あったのはなんと、桃太郎のことなのだ。

遠い昔、クローはどこかの島に暮らしていたらしい。一人娘と二人っきりの質素な島での生活。島…島ってZ島のことかな?
その島でクローの前世は桃太郎と出会ったらしい。桃太郎と過ごした期間はほんのわずかだったけど、なにかと縁があり息子のように想っていたらしい。でもすぐに不幸にもクロー(の前世)は桃太郎に伝えたい事を伝えきれずに死んでしまったらしい。記憶にあるのは、涙に濡れる娘である女の子の姿と、刀を手になにか思いつめる様子の桃太郎の姿。そのことがずっと気にかかっていたらしい。

「――そんな話を聞いても、あたしにはさっぱりわかんないんだけど」
「そうだな、たしかに前世は前世で、現世の俺たちは別の人間だ。リンネ、君を見ていればなおさらそう思うよ。ただ、そうした前世での因縁ってやつが、今の俺や君やテンを結びつけているのも大事な縁のように感じるんだ」
縁か、…テンとビケさんも、それからおばあちゃんも…、Z島でのことを思い出して、また気持ちがめいりそうになる。

「きゅるるぅ」
ハバネロの声で現実に引き戻される。
「そういえばなんで、クローがその子と一緒にいるの?」
クローが胸に抱きかかえている白猫のハバネロ。初めての組み合わせじゃない?まあテン絡みという共通点はあるけれど。
「ああ、カフェテンから急にテンの姿が見えなくなって、すっかり店が潰れてしまったようなんだが。テンの奴も記憶が戻ったせいか、店にはほとんど戻ってないようだし、そこにいつも主人を待っているかのようなこの白猫が気になってね。この子もテンを待っているんだろうな」
「うん、ハバネロ、テンにはすごく懐いていたから…。そうなんだ、ひとりでお店の前で待っていたんだ」
けなげな女の子なんだね、ハバネロ、あたしにはおいたが酷いけど。
「なんだかほおっておけなくてね。見かけによらず逞しい猫だが、ちょっとおせっかいを焼きたくなる」
そういいながら、クローは優しげな眼差しでハバネロの頭を撫でる。ハバネロも嬉しそうに目を細めて頭をクローの手にぐっと押し付けていた。愛されスキルはいまでも健在なのね。

そっか、テン、あのお店に帰っていないんだ。記憶が戻った今、激しいテロリストに戻っちゃったから。だけど、テンはあのお店がおばあちゃんの夢だって言ってたし、あそこはテンとおばあちゃんが帰るべき場所なんじゃないかな。

「クロー、頼みたい事があるんだけど」
あたしはクローにとんでもないことを頼んでしまった。それは、テンが戻るまでの間、ハバネロと一緒にカフェテンの留守を預かってほしいということ。クローは快く引き受けてくれたけど。

なにを考えているんだってのは、あたし自身に対して。
テンは敵なんだから、ビケさんに牙を向く危険なテロリストなんだから。
なのに、あたしは、カフェテンを失くしたくないって思ってる。矛盾する勝手な感情。
ううん、それはそれとして、あたしは気持ちを切り替えないといけない。うん、テンのためじゃなくて、おばあちゃんの想いのために。

あたしは、あたしの想いのために、戦うんだ。
ビケさん、ビケさんのこと考えたい。

クローと別れて、あたしは呪文のようにビケさんの名前をつぶやいた。疑惑を飛ばしたくて、自分を言い聞かせたくて。
Z島でのことを思い出すたびに…
ああ、いけない、ビケさんを遠くに感じそうになる。
おばあちゃんの繋がりを感じるほど、テンは近くに思えてくるのに
おばあちゃんとの繋がりを感じるほど、ビケさんは遠くに行っちゃう気がして
それは醜い女の感情なんだろうか?
あたしがもっと自分に自信を持てていたなら、些細な不安なんて簡単に吹き飛ばせるだろう。
あたしがもっと、ビケさんの愛にミリとも不安を持ってなければ、乱れる心なんてないだろう。
うん、だってやっぱり自信がないよ。
テンのようにまっすぐに信じる強さが欲しいんだ。
あたしは強くない、弱いから。
この想い一つで突き進むんだって、いまでもそう強く思っているけど。
ふつーの乙女だもの、女の子だもの、だから強く自分を後押ししてくれる力が必要なの。
ビケさんに会おう。
ビケさんの目を見て、想いを伝えて、あの胸に飛び込もう。
それでビケさんが抱きとめてくれたなら、特別な言葉をくれなくたって平気だから
突き進んでいこう。


……う…
う……うぐぅ…?

なに、なにかすごいことになってしまってるんだけど
えっと、ビケさんに会いに行って、ビケさんに抱きしめてもらったはいいんだけど
なぜか突然ビケさんがキンになってて、キンが覆いかぶさってきて?
んですごい胸筋に押しつぶされて、あたしのけして豊かじゃない胸(号泣)がつぶされそうになって?
て、ちょっちょっとまったーーー、んぐ、でも苦しくて、ものすごい圧迫感が、今あたしを最大限に襲ってます。
なんでーーーーー?!

「んむぅっ」
覚醒!?
目を開けた瞬間、あたしは夢を見ていたのだと気づいた、その時、口をわずかにぬくもりを感じるなにかに塞がれた。
圧迫感だけは夢じゃなくて、現実?
あたしの腹部に何者かが跨り、そしてそいつに口を、おそらくそいつの手によって今塞がれているのだ。
あたしが目覚めた事に、そいつも気がついた。
何者?こんなこと以前にもあったね、そうだ金門の…また金門があたしを狙ってきたのか、ちくしょーー。
わずかに窓から差し込む月明かりや街灯の光にじんわりと慣れてきたあたしの目が、その不届き者の輪郭を映し出す。

おのれーー金門めーーー
ぐっと上に跨るそいつを睨みつけたあたしは、脳内ガシガシシェイクだぜ状態になることに。
だってそこにいたのは……

キラリと反射する銀色のメガネフレーム。わずかにすれて響くスーツの音。銀色に照らされる白系の頭髪。
想定の範囲外ですよ!
Aエリアの領主で、少なくとも味方だと思っていたキョウだったから。

なんで?
なんで?

なんでーーーーー?!
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