恋愛テロリスト

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  第六幕 二人の記憶 7  

テンの過去語りが終わった後、あたしの後ろ・・・坂道のほうから現れたのはビケさん。

十二年前、このZ島で出会ったというテンとビケさん。

お互いを友と信じ合い、本土へと渡ったその二人。

あたしを挟むようにして向かい立つその二人の間には、かつて真友と呼び合った仲とは思えない
バリバリと肌を突き刺すような空気が漂っていた。

「ビケさん・・・」

ビケさんの視線はテンへと向けられ、テンもまた、さらに険しい表情でビケさんを見ている。

「十年ぶりね、変わらないわこの島は・・・」
フフと小さく笑いながら、目を細めるビケさん。

「ビケさんもこの島に来てたんですか? よかった無事で、コロッシアムでの爆発の後どうなったか
心配だったから」

「私があの程度で死ぬわけ無いでしょう」

え、いやその・・・なんかテンと同じこと言ってるし。なんか、やっぱり
あたしよりテンのほうがビケさんのことわかってる? ちょっと悔しい、じゃなくて
普通はあんな爆発の中、心配するのが当然だと思いますが・・・

なんてあたしのAエリア的考えなど、この二人の前では無効なのかもしれない。

「おい、タカネはどこだ?!」
テンがギンと鋭く睨みながら、ビケさんに問う。

「あら、ここにはいなかったのかしら? 残念ね、どこにいるのかしら?」
片手を口元にやりながら、ビケさんは笑いを漏らす。それにさらにテンの眉はつり上がる。

「やはり、お前か!? ビケきさまがタカネを攫ったんだろうが?!」

「もし、そうだとしたら?」

えっ・・・?!うそ、ビケさんが、おばあちゃんを攫った真犯人?!

「!!きさま」「例えばの話よ」

ビケさんはギリギリと表情を歪めるテンとは対照的に、くすりと笑い返した。

「そ、そうか、冗談よね、ビケさんがおばあちゃんをなんて・・・・あのおじいさんもビケさんのこと
犯人扱いしてたし、いくらなんでもそんなこと」

一瞬ドキリとした。そんなことあるわけないと思ったけど、あのおじいさんから聞いた話
ビケさんとおばあちゃんの繋がりを知ったから、もしかしたら、なんて思いがかすかにあったから余計に

「おじい様の言ったことを真に受けないことね。あの人昔から、現実と妄想の区別がついてないみたいだし。

でも、テンは純粋な人だから、きっとおじい様の言うことすべてを真実だと思ってしまうのね」

「ならばビケ!本当のことを言え!  貴様は十年前、Bエリアで俺と別れた後

鬼が島に行ったのか?!」

「ええ、鬼が島に行ったわよ」
涼しい顔でビケさんは答える。

「!なっ、きさま、鬼王に復讐を!? 俺との約束をやぶりやがって」

怒りの表情のテンにビケさんは悪びれた様子もなく

「フフ、復讐だなんて。

私が鬼が島に行ったのは、弟たちを助けるためよ。鬼が島で奴隷同然になっていると聞いていた母違いの弟三人を解放してもらうために、父上にお願いしに行ったのよ。

父上とも話し合いで和解したわ」

え、弟達ってショウたちのこと? ビケさんはまだ見ぬ兄弟のために鬼が島に向かったというのね。
ちょっ感動巨編!!

「理由など関係ない!お前は俺との約束をやぶりやがったことは事実だ」

怒り収まらないテン、たくこいつはー、どうしてこう自分よがりなんだ?

「ちょっとテン、どこまで勝手なのよ! ビケさんは弟のために危険を犯して一人鬼が島に行ったのよ!

自分の自由よりも、弟の未来を守るために!」

「理由などどうでもいい、貴様は鬼が島に行った、そして、鬼王の配下に成り下がったんだろうが」

ちょっと、なに配下とか、悪の手下みたいな言い方しないでよ、このテロリスト!

「そんな下らないことで怒られるなんて心外ね」

「なんだと?!」

「よく人のことばかり言えたものね、約束をやぶったのはそっちでしょう?テン

私の・・・大切なものを奪った・・・」

ビケさんの笑みがその瞬間途絶えた。テンはしかめっ面のまま

「なんだと? どういうことだ?」

「でも、これで心置きなく、あなたを殺せる理由ができたわ」

ぶっそうなそのセリフは冗談でしょうか?ビケさん。
また戻った笑みは、一見優しく、だけど、なにかを鋭く抉るような凶器のように感じたのはなぜか?


次の瞬間、あたしの全細胞が叫ぶような刺激を感じた。それは、空気。戦いの中の空気の振動。

刀を抜いたテンが、ビケさんへと向かう。その動きで生じた風で、あたしの髪はあたしの顔を覆うように流れた。

「ぷわっ」
すぐに指先でそれを掻き分けて、テンの動きを目で追った。
テンはためらい無く、ビケさんへと斬りかかった。
さっきまで、ビケさんとの思い出を、目を細めながら語っていたテンなのに、どうして?
なにか変なスイッチが入ったみたいに、テロリストの顔になって、獣のようなギラついた目でビケさんを見ている。

「テッ」
テンの名を叫ぼうとして、その風に口元を奪われる。その空気を飲み込みながらあたしはビケさんに襲い掛かるテンを止められない。

ビケさんはテンのその一撃を風が流れるように何事も無くかわしながら

「その剣、大切にしてくれているのね」
そう言って、わずかに笑みを浮かべながら、テンの持つ刀を指す。

テンの持っているそれは、テンの話からビケさんからこの島で貰ったという刀剣。
テンが振るうたび、朝日を反射して眩しくキラリと輝く、美しくもあり、でも人殺しのその道具はあたしにとっては不気味なものを強く感じる。

「ああ、役に立っている、今こうして、貴様を黙らせるためになっ」

テンが刃の角度を変え、二撃目をビケさんへと

「ビケさっっ」
あたしの叫びが届く前に、ビケさんはあたしの瞬きの間に軽く飛ぶように、後ろへと下がりテンの二撃目をかわす。

あのテンの攻撃を難なくかわしているビケさん。Dエリア最強のキンよりも強いかもしれないあの鬼のように強いテンの攻撃を何事も無くかわしているビケさん。

テンが手を抜いている?
でもビケさんを睨むテンの様子からそんな感じは見て取れないし・・・

ビケさんって何者?
あのおじいさんが言ってたように、本当に温羅の生まれ変わりなの?
ビケさんには温羅の不思議な力が・・・・・・?

「この・・・鬼が島の犬がっっ! なぜタカネを俺から奪う!?」

相変わらずビケさんを睨みつけたまま、刀を向けたままテンが言う。

「テン、あなたは私を疑っているけど、なんの根拠があってそうなるのかしら?

おじい様の妄想の信者?
まったくおじい様にも困ったものね。あれやこれやと、遠いお伽話みたいな話をするんだもの。
ずーっと昔の、なにかに縛られているのかしら? まあそんなこと、私は興味ないのだけどね。
あの人の相手をするのも…、楽じゃないわ」
まあどうでもいいけど、と笑うビケさん。おじいさんとなにかあったの? なんだか、笑っているけど、怖い…ビケさんとおじいさんの仲は探らないほうが懸命、かも。

「Cエリアで・・・お前を見た瞬間にそう感じた。お前のその姿・・・」

ビケさんの姿?
黄色く揺れるふわりとした髪、優しい笑顔・・・
その中に一瞬おばあちゃんが見えた。

「俺が信じたビケではもうないとな!!」

ギンッと再び鋭く目を光らせたテンは、ビケさんへと斬りかかりに走る。
丸腰のビケさんは、そんなテンの突進をよける気配無く、そこに立ち尽くしたまま

「バカテンやめーーー」

戦いの空気にビリビリやられて身動きできなかったあたしだけど、ビケさんの危険を察知し、体を走らせた。

「!」
ビケさんの前へと思わず走ったあたしの体は、あたしの意思じゃない動きをしていた。
それはビケさんに腕を掴まれ、引き寄せられたからで。

「ひっ」
テンが目の前まで迫ってきていて、おもわず目をギッと閉じてしまったけど、
ビケさんはあたしを抱き寄せながら、テンの攻撃をさらりとかわした。

テンの攻撃がかすりもしない、ビケさんってやっぱ何者?
いやそれよりも、あたし抱きしめられてます?
でも、ときめきよりも先にどくんと左胸が波打ったのは、真じかでビケさんを見て、そのドクドクとモヤモヤとした不安な感情。

幻だったのかもだけど、ビケさんの中におばあちゃんが見えた気がした。
そして、もやもやとあたしの脳内を侵していく不安。
ビケさんとおばあちゃんの接点、テンが奪ったという大切なもの

コロッシアムで、ビケさんが言った・・・
心の底から愛して止まない大切な人。の存在

もしかして、それって・・・

「ビケ、貴様リンネを盾にするつもりか、このド外道がっっ」

そう言いながら、容赦なく攻撃を浴びせてくるテン。
テンの激しい剣戟によって生じる風とか圧とかで、あたしはろくに目も開けられない。
ビケさんの片手に抱き寄せられたまま、ビケさんの動きに任せるままの、なんにもしてない状態で。

「リンネ、あなたは誰の言葉を信じるの?

おじい様やテンの言葉が正しいと思っているの?」

「えっ」

あたしを見つめるビケさんの瞳、優しくて、どこか切なげで、そしてその瞳に映るあたしの顔は、ビケさんに心奪われた乙女の表情をしていた。
左胸が波打つ、さっきとは違うそれは、この人に恋しているんだという証のそれ。

信じる?テンを?
あたしがテンを信じる要素ってなに?
自称おばあちゃんの恋人で、しかもテロリストで暴力主義で自分勝手で。
おばあちゃんの恋人がほんとうにテンだなんて、なぜ信じていられるの?

あのおじいさんだって、なんだか言っていることおかしかったし、精神的になんか病んでいるっぽいとこあったし、会ったばかりの人間の言うこと鵜呑みにするのって危険だと思うし。

じゃあ、あたしはなにを信じるの?
問答無用でビケさんに斬りかかるこのバイオレンス全開な男?

あたしが信じられるものってなに?

「私はリンネの愛を信じるわ」

「えっ」
どくん
激しく波打つその音は、ビケさんのその言葉とあたしを見てくれた横目にときめいた証拠で
その答えは考えたとこででるものじゃなくて、直感なんだと

あたしが信じるのはあたしの今の想いしかない!

「止めてーー!」
ビケさんの手から離れたあたしはビケさんを庇うように立ち、テンの突進を止めようとする。

ビリビリ
肌が激しく危険を察知する、テンは止まる気配なし、あたし、死・・・

「どけっバカがっっ」

「ぎゃっぐっ」
テンにあたしは横に飛ばされ、尻餅をつかされた。
ザーッと数メートルは尻を地面にこすりつけた、火が出るかと思ったほどだ。
痛みで顔をしかめた後、ハッとしてテンとビケさんのほうを見る。

激しく斬りかかるテンに、それをかわしながらもビケさんは丸腰なのに・・・
このままじゃ、下手したらビケさんはテンに・・・

テンが動く角度を変え、地をすべるように蹴ったと思うと、ビケさんの胸元に刃が流れる光が

ビケさんがやられる、そう感じた瞬間、ビケさんがいつのまにか手の中に忍ばせていた黄金色に輝く、小さなそれはライター?
リップスティック?!

にやりと笑んだビケさんはその手の中のそれを指でカチッといじると
テン目掛けて激しい炎が噴出した。

「くっ」
テンはとっさに剣先の動きを修正させて、その炎を斬るようにして、炎撃から身を防いだ。

丸腰だと思っていたビケさんは指と指で挟み持てるほどの大きさの武器を隠し持ってた。
炎が消えた後、それは紅色のリップスティックに似たもので、それを手にビケさんは親指でスティックをカチカチッといじってる。するとその先端からまた炎が噴出して、テンを襲う。
テンはそれから逃れながら、また攻撃を、それをかわしながらビケさんの反撃。

それは光る鋭い剣先と、人一人飲み込みそうなほどの勢いの炎の剣が舞い、戦っているよう。

お互い互角?
そう思いながら、唾を飲み込み、ただ見守るしかできないあたしは、瞬きしないでその光景を見守っていた。
互角に見えるその二人の攻防は、必死な形相のテンと、対照的なビケさんは余裕の笑みを浮かべているようで、でも激しい動きでテンはビケさんの動きを制限しているようにも見えた。
というか素人のあたしにはどっちが優勢なのかよくわからない。

「愛の為に生き、愛の為に死せる! タカネという愛のためならば俺は・・・

邪魔する者は、すべて消し去る! それがビケー!きさまでもな!!」

心の底から叫ぶようなテンの声が響く。
そのテンの言葉にフッと笑いを零しながら、ビケさんも口を開く

「そう、なら私は

愛の為に生き、愛の為に殺すわ! さようならテン・・・」

ビケさんの口端が少しつり上がった時、ひときわ大きな炎の撃がテンを襲った。

「テン!!」

テンは剣で大きく風を切りながら、その炎から逃れ、後方へと飛んだ。
そこは断崖ギリギリの、すぐ下には打ち付ける波音が響いてる。

テン落ちる!?

あたしがハラハラしていると、テンはすぐ横に飛び、反撃に移ろうとする。
ビケさんの目が細まり、腕が大きく振られたそこからはまたテンを容赦なく襲う炎の怪物が

「ぐっ!しまっ」

バランスを崩したテンは、次の瞬間あたしの視界から消えた。

「テーーン!!」

あたしが駆け寄ったその場にもうテンの姿は無い。
何十メートルあるかは知れない崖下に、落ちていった。
そこには岩壁に打ち付ける波の音しかしなくて、海しか見えなくて、テンの姿はどこにもなかった。
海の中に、落ちてしまった?

「テン?」
急なその事態に、あたしの現実はまだ追いついていない。
テンが死んだ?

「この程度で死なないわ、あの男は」
ビケさんはそう言って笑っていた。たしかに、テンが簡単に死ぬとは思えないけど・・・

「さあ、リンネ戻るわよ、Cエリアに」
ビケさんはそう言ってあたしの手を引く。あたしはぐるぐるしている頭のまま、ビケさんについてこの島を後にした。テンの安否も確認しないまま。

テンのことも気がかりだけど、でも、このぐるぐるしている頭の原因はきっと
ビケさんのこと・・・

モヤモヤした想いがぐるぐるしていた、ビケさんの好きな人って、もしかして・・・

もしかして・・・・・・




第七幕 熱愛宣言に続く。
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