恋愛テロリスト
第六幕 二人の記憶 5
俺はDエリアで生まれ、Dエリアで育った名前のないみなしごだった。
大人も子供も男も女も関係ない無法地帯では、力あるものこそが絶対だった。
生きていくためには強くなければならない、戦うこと、それは生物が太古から身につけていた本能
ただひたすらにがむしゃらに、戦い戦い戦いぬいて、俺はNゾーンキングに成り上がった。
だが、初めて俺は敗北を知った、それは9の時、リーダーと名乗る男だった。
敗者は勝者に従う、それがDエリアの掟。
俺はリーダーのものとなった。
リーダーの意思を俺の意思とし、打倒鬼が島のテロリストとして日々を生きた。
その八年後、俺たちはリーダーとともに鬼が島へと攻め入った。
鬼が島の山のごとくそそり立つ城壁を登った。
なぜなら鬼が島には正式な入り口という物が存在しないらしいからな。
周囲を深い水路と、そして何者も寄せ付けないほどそびえ立つ天上さえ確認できない高い城壁で
守られた首都鬼が島には正面突破などありえない。
俺たちはほぼ垂直にそびえ立つその城壁をよじ登り、道具とそれまでの訓練のおかげで
無事それを越えたという時だった。
激しい爆風が俺たちを襲った。その時俺の目の前にいたナナローの体が粉々になっていくのが見えた。
次々と休みなく襲い来る爆風によって仲間たちが吹き飛んでいくのが見えた。
まるで人形のように、バラバラと飛ばされていく様が不思議な景色に見えた。
そう思った直後、俺の意識も吹き飛んでいた。
そのあと、どこをどうたどったのかはわからん。
口の中をざらざらとした気持ち悪い感覚と、鼻の奥を刺激する物は
海水だと知った。
口元にゆらゆらと漂うワカメに、いったりきたりしている波は、たしかにそこは海岸らしき場所だった。
俺は一瞬Bエリアだと思っていた、が、そこはBエリアじゃなかった。
朦朧とする中、半分夢の中で、俺の前に現れたのは
赤い髪を長くたらした、一人の見たこともないガキだった。
そして、俺は再び意識を失った・・・
「う・・・・・・」
どれくらい眠っていたかしれない、重たい瞼を開けると、そこに映ったのはあの赤い髪に赤い瞳のガキ。
その後ろに見えたのはまた見たこともないジジイだった。
「!きさまらはっ」
素早く飛び跳ねるように身を起こした俺は、瞬時に目の前のやつらを敵と見なし、仕込んでいたはずの武器がないと気づくと、すぐに体一つで奴らを仕留める行動に出た。
それは考えるというより、Dエリアで生きてきた反射行動ともいえる。
一瞬のことで驚く暇もなかったのか、いや、明らかにそいつは、そのガキは、俺の行動を涼しい顔で微動だにせず見ていた。
「おっおいまたんか」
ジジイの声がそう響く中、仕留めようと動いた俺の体は、ガキの目前で悲鳴を上げ、自由が利かなくなった。
「ぐっっ」
情けなくも膝を突く俺を、涼しげなあの顔で、笑みを浮かべガキは
「ダメだよ、そんなに急に激しく動いちゃ。まだ完治してないんだから、ね、おじい様」
ガキがそう呼ぶジジイはガキのその言葉に頷く。
こいつらは・・・
そして、ここは?
どうやら屋内なのはたしかで、そして見たこともない場所だ。
俺の住んでいたNゾーンよりはるかにマシに思える家屋のようだが
ここは・・・
俺は鬼が島に・・・
「きさまら、鬼王の手下どもかっっ!!」
俺のその言葉にやつらは笑った。
「わしらはな、その鬼王から追放された者だよ」
「・・・?!」
「おじい様、彼はまだ自分が置かれている状況を理解できてないみたいだよ。
ここはね、Z島・・・鬼王が忌み嫌う忌まわしき終わりの島」
Z島だと? 終わりの島?
「なぜ俺がこんなとこに、鬼が島から流されてきたというのか」
「鬼が島から流されてだと、たいした小僧だな、お主。よく生きていたもんだ」
Z島だと、くそっ、こんなちんけな島でなにができる!?
すぐに俺は鬼が島に向かわねば、リーダーの元に
「おい、どこに向かうのだお主」
立ち上がった俺に向かって訊ねるジジイに耳など貸さない。
まだ節々が痛むが、戦えない体ではない。
俺は、鬼が島に行かねば、やつらの・・・リーダーのもとに
そんな俺の前に、見上げるように立つそいつは、
「鬼が島に向かっても、ムダだよ。もうきっと、皆死んでしまった」
まばたきせず揺らがないその赤い瞳に俺は振るえたのを覚えている。
「きさまになぜそんなことがわかる!?
やはり、鬼王と通じてるんだな」
俺のその言葉に、赤い瞳のガキは寂しげに笑った。
通じたく無いから、父上は僕を遠ざけたんだよ。
そう言って
あいつに言われなくとも、俺はわかっていた。
キメッサーの完全敗北。
あの激しい爆撃の中、次々と砕け飛んでいく仲間達を思い出した。
生き残った俺は、運がよかっただけ・・・いや
運がよかったなど、なぜ思える?
俺はDエリアの男。強者に従い生きていくしかないDエリアの男。
俺が従うべきはリーダーただ一人、だが、そのリーダーもいない今は
俺には目的など、無くなった。
なにをする?この島で
戦う!?
「だから、ムダだって」
背後に気配を感じ、振り向いた俺のその先にいたのは、赤い瞳のガキ。
海岸で一人いた俺を、つけてきたのか・・・悪趣味め
つま先で砂を蹴り上げ、奴の視界を奪ってやる。
砂舞う中、体一つで、ガキを仕留められる自信のあった俺だが
「?! くっ」
急に風が吹いて、砂が激しく俺を襲ってきた。そして、足元をとられた。
ざっ
不覚にも膝を砂についてしまった俺を、また見下ろすあの赤い瞳。
「ね、だから、ムダだって言ったでしょ」
くす、と笑いながら、そう言うガキ。
こいつは、なにかに、なにか特別な力で守られている?
一瞬そんな馬鹿馬鹿しいことを思ってしまった。
「そんな顔しないで。僕は、君ともっと一緒にいたいんだ」
その瞳からは邪気を感じない、ただ純粋な子供の声が聞こえてきた気がした。
「僕はビケ・・・仲良くしようよ、ね」
俺には、行くあてなどなかった、リーダーのいない今、そしてここがDエリアでないのなら
戦う必要などないのだ。
俺は他人と馴れ合うことなどしたくはないが、島の人間は皆、俺を警戒していたようだったが
ビケと、そのジジイだけは俺に友好的だった。
その理由がなにかはわからなかったが、だが俺のほうも、いつしかこの二人に敵意を抱かなくなっていった。
俺は今まで、他人に対して特別な関心など抱いたことが無かった。
俺は俺で、それ以外は敵だ。
そして、俺を負かした相手、つまりはリーダーは従うべき者だった。
それだけだ、そこにそれ以上の感情など存在しなかった。
だからそれ以外の感情など俺は知らない。
ビケに対するそれが、もしかしたら敵わない存在であることの恐れからなのか
それともまた別の・・・俺が今まで知らなかった新しい感情なのか・・・
その名前を知らない
気がついたら、隣にいる、それがビケだった。
「なぜだ? 俺が危険な男だと知っていようが」
海岸近くの小高い丘の木にもたれていた俺の隣に、自然と腰掛けるビケに俺はそう言い放った。
それにビケはいつものように、くす。と笑った。
「危険じゃないよテンは。なにが危険なのかわからないし」
バカにしているのかこいつは、だがいちいち反論するのも馬鹿馬鹿しい。
フンと鼻息吐いて、俺はビケから顔を背けた。
「危険な存在になればいいと思っているけど」
「?! どういう意味だ?」
「そういう意味だよ」
そう言って怪しげに笑みを浮かべて、空へと目をやった。
だから、どういう意味だ?
「僕には叶えたい想いが二つあるんだ」
そうぽつりとつぶやくビケ、どこか遠い目をして、なにを言っているこいつは・・・?
「一つは、すごく戦いたい相手と、本気の死合をすること。
そして、もう一つの叶えたい想い・・・それは・・・」
空を見上げたままの、赤く輝くその瞳は、遠くを、俺の知らないそのなにかを掴みたそうな瞳で
「・・・テンにも、教えない。すごくすごく大切なものだから、だれにも教えないんだ」
「?おいっ!」
そういい残して、ビケのやつは俺の元から走り去ってどこかへと向かった。
だれにも教えたくない大切な物・・・・なんだそれは、それは・・・・・・
考えたところでわかりもしない、それに、どうでもいいことだ。
「テンよ、お主もずいぶんと丸くなったな。すっかりこの島の住人だ」
部屋で一人休んでいると、ジジイがそう言いながら俺の前にやってきた。
ビケのやつは、またどこかにふらりと消えたままだ。あいつがどこでなにをしていようが知らないが
そんなことはしょっちゅうだ、俺もジジイもわかっている。
「だが、いずれ、お前はこの島を離れるだろう。この島で収まる器ではないからな」
「本土に何がある? リーダーを失った俺には、もう鬼が島へと向かう意味などない」
「ああ、そうかもしれん、お前はDエリアの人間だから、な、そう思うのかもしれん。
だが、ビケのやつは本土へと思いを馳せている。特にテン、お前と会ってからはな。
あいつがそう望めば、いずれお主もそう望むようになるだろう。
お前はビケに惹かれている、そして同じようにビケもお前に惹かれている。
それがいいほうへ向かえばいいと思ってるんじゃ」
俺はビケの過去などどうでもいいと思っていた、ジジイのやつが勝手に話してきただけだ。
あいつには不思議な力があるだの、恐ろしい存在だの
鬼王から恐れられ忌み嫌われ、この島へと流されたなど・・・
他の連中がどう思おうが、どうでもいい。
あいつはビケだ、ただのガキだ。
なんでもないただのガキ。
その気になれば、いつだって殺せるだろう、なにが恐ろしい?
俺の横で、長い睫毛を揺らしながら伏せるその目を恐怖などとは縁遠いそれを見ていたのを覚えている。
「ねぇ、テンは愛を知っている?」
ビケは口癖のように、よく俺にそう訊ねてきた。
「フン、知るかそんなもの」
「僕は愛が知りたいんだ。あの時も、あの頃も、そして今も・・・ずっと思っている。
ずっと想い続けている・・・・・・僕は、いつかきっと・・・会いに行きたい。
きっと僕に愛を教えてくれる、その元に・・・」
相変わらずわけのわからないことを言うやつだ。
そして、またいつものように、夢見るような切なげな、遠い目をして、海を見ていた。
愛・・・その頃の俺が知りえなかったその感情を、ビケの影響で少しずつ考えるようになった。
だが、まだぼやけたままのその感情は、後にタカネと出会って知ったその感情は
きっかけはビケの存在だったのだと、あとになって気づいたことだ。
その日、またいつものことだ、ビケのやつはふらりと俺の前から消えた。
あいつがどこで何をしてようがどうでもいい、どうでもいいことなのだが
俺は自然とビケの姿を探していた。
海岸へ、あの小高い丘へ、畑を抜けた山道へ
そして、ビケを見つけた。
なにか音が聞こえる、ただ何の音かは確認できなかった、すぐにビケは俺に気づき
「テン! なにしてるの?」
「それは俺のセリフだ、こんな場所で、なにを企んでいる?悪趣味めっ」
「なんでもないよ。テンには関係ない」
その目は力強く、下手すれば射殺されるような感覚さえあった。
「だれにも、教えたくない、大切な物・・・だから」
なんだ? それは?
だが俺はその言葉を飲み込んでしまった。弱かったからだろう、その時の俺は
ビケのやつに、絶対敵わないと思った、それを知らないからこそ俺は弱かった。
島の連中はビケのやつを特別視していた。
ビケには特別な力があるだの、嵐を呼べるだの、未来が見えるだの、馬鹿馬鹿しさ極まりない噂は、俺の耳にも届いた。
それはジジイも同様だった。
表向き優しくしてやりながら、腫れ物に触るみたいな扱いをしているようであり、それはビケ自身も感じていたことだった。
なにか特殊なオーラを、俺も何度も感じた気がする、だが、気がするだけだ。
所詮、ビケのやつは俺にとってはただのビケであり、ただの・・・・・・
「津波がくるよ。この島の半分を飲み込むほどの、大きな津波が・・・」
ビケのその一言で、島中のやつらは皆避難した。
ビケのやつは過去に何度か、台風に地震が襲ってくることを予知したらしい。
そのせいで、連中はビケを特殊視しているのだ。
人でない存在であるかのように、恐れ、その言葉を鵜呑みにしている。
「テンは怖くないんだね」
人気のない、恐ろしいほど静かな海岸に一人いたビケへと近づく。
「なにが怖い? お前などただのガキだ」
「ただのガキじゃないよ・・・僕の中には大きな力が眠っている。
そして、大きな想いが・・・」
丸く開かれた瞳が俺を見据える。
「だが、俺にとっては、お前はただのビケだ」
ただのビケ・・・他に言い方がないのか? いや、よく知らないだけだ、俺はそれをどう呼んだらいいのかを
「テンの言いたいことはわかるよ。それに、テンは強い・・・あいつの力も受け継いでいる。
だから、僕はテンがいいと思ったんだ」
俺を見つめる迷いない瞳、その時生温い風を感じた。
「もう来るよ・・・テン早く逃げなくていいの?
津波に飲み込まれるよ」
そういいながら、笑うビケ。津波が来ると言いながら、言った本人が逃げる気などない。
ジジイも、島の連中も皆高台に逃げたというのに
言った本人がのん気な面して、海岸に立っている。
こいつは、バカか?!
いや・・・
俺を見据える真紅の瞳・・・ビケは俺を試しているのか?
なにを?俺の強さ?
それとも、感情?
ビケをバケモノのごとく騒ぎ立てる奴らと俺は違う。
「お前の戯言など真に受けるか!」
「テンは僕の言葉を信じないんだね・・・」
そのやりとりの数分後、聞きなれない音と共に、海より襲い来る怪物に気がついた。
「おい、なにしている早く逃げろ」
焦る俺とは対照的にビケの奴は笑顔を浮かべたまま、微動だにしない。
こいつもそっちへ視線をやってないにしても、気がついているはずだ、今まさに俺たちを飲み込もうと襲ってきているその巨大な波に
「僕はテンを信じているよ、だから、テンの信じない僕の言葉は信じない」
「お前はバカかっっ!!」
動かないビケの体を掴んだ瞬間、俺たちはその巨大な波にと飲み込まれた。
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