恋愛テロリスト

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  第六幕 二人の記憶 3  

あたしは森のような山のような、舗装されていない山道のような急な坂道を
ものすごいスピードで走っていた。

それは夢の中のことで、現実ではありえない、そうあたしの中ではありえないその速さで
AエリアでもBエリアでもDエリアでもなさそうな、当然Cエリアなわけがないだろう、そこは
あたしの知らない景色で、でもどこか知っているような景色でもあったり
駆けていく中顔面やら目掛けて襲ってくる凶器と化した木の枝を、手刀で切り落として
走っていく。
道ともいえない山道を駆け抜けた先に、開けた場所に出て。そこからは海が見渡せた。

その景色は、まるでこの島Z島に似ている。夢の中でそう感じたとき

「待って桃様・・・ハァハァ、足すごく速い・・・」

あたしの後ろから現れたのは、息を切らした女の子。時代劇のような衣装のあたしと同じ歳くらいの子。

「当然だろーが、それにおめぇが遅すぎるんだよ」

そのこへとあたしは近づく。手を伸ばす。その手を目指そうと危なげな足取りで手を伸ばしながら近づいてくる少女。
なんか危なげだな、目がよくないみたい。
そのこと手が触れた瞬間、ふっとなんだか遠い日の懐かしいあのかんじを思い起こさせた。

おばあちゃんのこと、少し思い出した気がした。

「リンネ」
あたしの手を握り、優しく微笑むおばあちゃん。眩しくて、真っ白な世界で。
ずっとずっと昔の話、だけど、すごく近くにも思えて。その手を握り返すことはなぜかできない。
躊躇う気持ち。
「おばあちゃん、あたしなんだか、怖い…」
おばあちゃんはただ優しく微笑む。優しくて暖かくて、だから心が揺れて。
あたしは、テンと、そして大好きな人の秘密に一歩近づいた気がする。近づきたい、もっと知りたい、だけど、真実を知った時、あたしの中のなにかが変わってしまうのかな?
このまま、夢の中にいたほうが…いい?


「ん・・・」
瞼の裏がずいぶんと明るい、そう感じて目を開けたら、うっすらと外の日の光が少しずつあたしを覚醒させていく。
目を覚ますと見慣れない景色に一瞬飛び起きそうになった。

「はは、よく眠れたかな?リンネさんや」

「!あ」
その声にあたしはここがZ島で、ここがおじいさんの家で、あたしはあのまま眠ってしまったことに気がついた。変な夢を見たから余計変な感じだ。
あたしのすぐ近くで、おじいさんがお茶を注いでいる。
そのすぐ横のあたしは寝癖を直しながら、もぞもぞとふとんから這い出る。

「さあ、これ飲みなされ」

「あ、どうも」
ちゃぶ台の上におじいさんが注いだお茶をあたしは手に取り、口に運んだ。

「・・・あの」
おじいさんのすごい視線が気になって、あたしは口を離す。

「なんですか?あたしの顔に何か?」

「桃太郎の血か・・・」

「えっ」
またその話ですか?
あたしが桃太郎の生まれ変わりとか、そんないい加減な噂、もううんざりするんですけど。

「リンネさんや、あんたは温羅の血をどう思う?」

「へ?」

急になにを聞いてくるんだろう、このおじいさんは。

温羅って・・・
おじいさんは鬼門鬼太郎で、かつての鬼王だった人なんでしょ?
つまり、おじいさんは温羅の血を引く人間で
雷門や金門も温羅の一族を主張しているし。

よくわからないという顔をしているあたしに気づいたおじいさんは、ああと訂正しながら

「温羅の血というよりも、温羅自身についてじゃな」

「はぁ、あの・・・」

まだよくわからない顔のあたしに、おじいさんはまた訂正しながら

「つまりは、温羅の生まれ変わりについてじゃよ」

妙に真剣な顔のおじいさんにあたしも少し緊張してしまう。

「あの・・・温羅の生まれ変わりって・・・そのつまり

今の鬼王、のことですよね?つまりおじいさんの息子さん・・・ってことで」

ビケさんたちのお父さんでもある今の鬼王が温羅の生まれ変わりだって、まあAエリアの人間なら、いやAエリアじゃなくても、みんな知っていると思われる常識ですよね?

でもおじいさんは、あたしのその言葉に首を振りながら、真剣な目で、あたしを貫くように見据えながら

「違う!あやつは、鬼一は温羅ではない!

温羅は、本当に温羅の生まれ変わりであるのは、あいつなんじゃ・・・」

「・・・?」

一度目を伏せた後おじいさんは、きょとんとしたあたしの目を再び見据えながら、こう言った。

「ビケ・・・」

「へ?ビケさん?」

聞き返したあたしにこくりと頷くおじいさん。

はい?
温羅がビケさんって・・・突然なんですか?

理解できないといったままのあたしをほったらかしにして、おじいさんは話を続けたのだ。

「ビケこそが温羅なのだ」

「・・・なんで、そんなこと。・・・皆鬼王が温羅の生まれ変わりだって思っているのに?」

おじいさんは首を横に振る。
「鬼一は、哀れな奴なんじゃよ。あやつはな、誰よりも心が弱い男だった。だからこそ力に執着した。
思い通りに行かない者は切り捨て、遠ざけ、己を守ってきた、そんな生き方しかできない奴だった。

父であるわしでさえ、こうして島流しにされたからな」

「えっ、おじいさんは鬼王に島流しにされてここに?」

そうだったのか、なんでこんな島にかつての鬼王がいるんだろと思っていたけど

「そうだよ、あやつが忌み嫌っておる、桃太郎が生まれたこのZ島にな。

この島ははるか昔より罪人が流されてくる島であった。その島より生まれた桃太郎は、この島の者にとってはヒーローであったかもしれん、が、本土の者からすれば忌み嫌うべき存在であった反逆者だった。

英雄温羅を倒してこの国の王になろうとした桃太郎は負けたから愚か者になった。

そして栄えることとなった温羅の一族からは強く忌み嫌われる存在になったのだ。

金門雷門にしてもそうだが、わしもな・・・桃太郎の血は毛嫌っていた、タカネちゃんに会うまではな。

そして、この島で・・・ビケのやつに会うまでは」

「?!ビケさんに?この島で?」

おじいさんは真剣な眼差しで、こくりと頷くと、静かに語り始めた。
ビケさんのことを
そして、そのビケさんと出会ったテンのことを・・・・・・

「今から二十年前になるか、ビケがこの島へとやってきたのは・・・。
罪人たちが送られてくるこの島に、鬼王の子でありながら、鬼王より罪人としてこの島へと送られてきた幼子は、絹のような白肌に、紅色の柔らかい髪と真紅の瞳はルビーのような輝きを放っていた、それは幼子ながらに人の目を惹きつける美しさであった。
だが同時に、何者も近付けられない強い魔力を放っているようにも感じられた。
目に見えないなにかを肌でわしらが感じてしまい、萎縮してしまうように、鬼一の奴もそのように、いや、あ奴の性格からすれば、それ以上に恐れる物があったのだろう。
その姿はまるで、この国の最初の王となったあの英雄温羅を思わせる、赤い髪に赤い瞳。

ビケが生まれたのは二十四年前
鬼一のやつがDエリアより拾ってきた名もない女を玩具とした挙句、身ごもった子がビケだった。
女は鬼一から酷い虐待を受けてきたが、死ぬことはなかった・・・
ビケを産むまではな。
女は、ただの女だった。温羅の一族でもない、特殊な身でもない、ただの名のない女だった。
その女を死なせなかったのは、腹の中にいたビケの力だった。
ビケの常人を越えたその生命力によって、女はいやでも生かされていたのだ。
毎日のように苦しみから逃れたかった女は死を望んだが、死ぬことはかなわなかった。
ビケを産み落とした直後、やっとその望みを叶えたのだ。

鬼一にとって、その女が宿した子は望んで作った子ではなかったし、自分の子だとは認めたくなかった。
そして自分こそが温羅だと思いそれをよりどころとしていた鬼一にとって、生れ落ちた時から赤い髪に赤い瞳を持って生まれてきたビケは、消し去りたい存在だった。
何度も獣のように殺そうと試みてきたらしい、だが、ビケは死ななかった。
常人を越えたビケの生命力は、鬼王の力であっても奪うことは敵わなかったのだ。
ビケの存在を恐れた鬼一は、三つになったばかりの幼子を、自分の子であるそれを、罪人としてこの終わりの島へと送ったのだ。実の父であるこのわしと同じ場所へとな」

ビケさんはこの島に罪人として送られたの?そんなに幼い時に、父親にそんな風に思われてきたなんて。
それに赤い髪に赤い瞳?
あたしの知るビケさんは黄色い髪に茶色の瞳だけど・・・染めているの?
あたしが口を開こうとした間もなく、おじいさんの話はまた続いていく。

「あやつがこの島へとやってきた時、誰もが息を呑んだ。赤い髪に赤い瞳はだれもが温羅を連想するからな。それにあやつの放つ存在感に生命が感じる本能的な感覚、強き者を感じる感覚であろうか。
人を惹きつけるものを持ち、そして人を恐れさせる存在感を放つ幼子は、島民も特別な目で見るしかなかった。

そう、ビケは普通の幼子ではなかった。
あやつには不思議な力があったのじゃ。温羅が持っていたとされる不思議な力を。
何度も嵐の襲い来る日を言い当てたり、人の死を言い当てたりと、それが一度として外れることはなかったからな、余計に皆はビケを特殊視するようになり、距離を置いたのだ。
当然、子供達も、あれと遊ぶ者はおらんかった。
いつも一人でいたビケを哀れに思ってわしがあいつに与えたのがこの・・・」

と言っておじいさんがあたしの前に持ってきたのは、古びたラジカセ

「ラジカセ?」

「ああそうじゃ。この島にはテレビなんぞないからな。数少ない娯楽のひとつがこれだった。
わしはこれで何度もタカネちゃんの歌を聴いていた。
タカネちゃんの歌の力に癒されていたからな。
それでビケのやつにこのラジカセと、わしが大切に聴いていたタカネちゃんの歌の入ったカセットテープを与えてやったのだ。
剣玉やヨーヨーといった子供の玩具には一切興味を示さなかったビケが、これにだけは目の色を変えたように飛びついてきた。
そして毎日のように、一人でひっそりと、大切な物を誰にも見せたくないように、聴いていたのだ」

ビケさんが、おばあちゃんの歌を・・・?

「実の親から虐待され捨てられたビケは生まれた時よりずっと独りで、そんなあやつをわしも不憫に思ってたが、わしもあいつに必要以上に接するのを恐れていた部分があってな。
それをあいつも感じておったのだろう。

あの幼子がなにより求めていたものは、愛だった。
それをタカネちゃんの歌に救いを求めていたのかもしれん。
そんな日々の中、あやつに変化をもたらすことになったのが、十二年前にこの島の海岸へと流されてきた一人の男、ビケのやつが見つけてわしの元に連れてきたその男があの男・・・

テンだった」
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