恋愛テロリスト

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  第六幕 二人の記憶 2  

テンを懐かしそうな目で見ていたそのおじいさんは、あたしに気づくとあたしへと視線を向けた。

「ん、こちらのお嬢さんは? もしやテンお前の恋び「違う! そんなわけないだろうがっ」

うぉいっ!あたしが真っ先に否定したかったのに、テンの奴が先にムダに強く言いやがった。
なんか悔しい、ムカツク。

「ははは、やはりな。言ってみただけだ」
やはりと思うなら言うなよ!
おじいさんは笑いながら、改めてあたしを見た。

「何者かな・・・?」
静かで穏やかな口調ながらなにかを見抜くような鋭い目であたしを見る。

「こいつはリンネだ。俺の恋人の孫だ」

「お前の恋人?」

「タカネだ」

テンのその言葉におじいさんは驚いた顔でしばらく固まっていた。
そして、ふう。と息を吐きながら、再びテンを見て

「そうか、テンがタカネちゃんと・・・・・不思議なものだな」
そう言いながら細まった目は遠い目をしているように見える。

タカネちゃんって?
このおじいさんはもしかしておばあちゃんの知り合いなのだろうか。
一体何者なのか?

あたしはなにも言えないまま、そのおじいさんについていくことになった。

「まあとにかくうちに来い。特にお嬢さん、そのままでは風邪をひくかもしれんからな」


あたしとテンはおじいさんについていった。海岸から出て、まったく舗装されていない土がむき出しの道を歩いてく。道の脇には草がぼーぼーに生えていて、虫の姿もちらほら見えた。
歩きながら周囲を見たら、いくつかの青い山と、ぽつぽつと見える民家らしき建物くらい。
こんな景色の寂しい場所があったなんて・・・・、ほんとになにもない場所・・・ここがZ島なのか。

テンはこのおじいさんと知り合いみたいだし、テンはここにいたことがあるの?
それとも知り合いだったおじいさんがこの島にきただけ?
でもテンはこの島の場所も知っていたし・・・・むむむ。

海岸から歩いて五分経ったか経たないかくらいの場所にそのおじいさんの民家はあった。
玄関を開けてすぐに部屋があるとても小さな家だった。
Aエリアの独り暮らしの老人だってもっと立派なとこに住んでいるというのに。
かわいそうに、不便だろうに、Aエリアに住めばいいのになどとあたしが思っていると

「遠慮なく上がればいいぞ。ははっ、本土から来たばかりの者には馴染めぬかもしれんが
慣れるとこの島はいい。
時の流れが緩やかでな」
玄関先でおずおずとしていたあたしにおじいさんはそう言った。
お世辞にもキレイとは言えないその家に上がるのはためらいがあった。その態度は失礼だよな、とあせあせと湿ったブーツを軽く手こずりつつ脱いだ。
テンといえばとっくの前に上がってうろうろとしていた。落ち着きの足りない男め。
ブーツを脱いで上がった時に気づく、その家のアレよりもあたし自身が汚れていたということに。
恥ずかしさと申し訳なさで「ごめんなさい、お邪魔します」と言って、おじいさんの家に上がった。

おじいさんはあたしとテンをかわるがわる見ながら
「そうか、タカネちゃんの孫か・・・・。

それにテンがまさかタカネちゃんとそういう関係になっているとは・・・不思議なものだ。

いや、そうでもないのかもしれんな。桃太郎の血を引く者同士惹かれあうものがあるのかもしれん」

へ?
「ちょっそれどういう意味ですか?」
桃太郎の血って、金門の奴らが言ってたでたらめのはずですが?!

なにかの冗談と思ったあたしの期待を裏切るようなおじいさんの真剣な表情を見てあたしは嫌なものを感じた。

「そんなもの俺は知らん。みなしごだからな」
きっぱりと言い放つテン。テンが桃太郎の血筋かどうかはあたしの知るとこじゃないけど、あたしは違います。

「お前はDエリアで生きてきたらしいからな。親のことどころか血筋のことなど知らなくてもおかしくはないかもしれん。
わしも知らぬ」

「し、知らないならそんなてきとーなこと言わないでくださいよ」

冗談?と思ってそう言ったあたしの顔を怖いくらいの真面目な顔で見るおじいさん。

「ビケがそう言っていたからな。たしかだろう」

え?ビケさん?
ビケさんがどうして?

「タカネちゃんが桃太郎の子孫だと言うことが知れたのは、元々は金門からだ。
Cエリアで、無名だった美少女が突然トップシンガーに成り上がった。
その美貌と歌声は多くの者を魅了した、わしも魂を奪われた者の一人でな。

桃太郎の血を毛嫌う金門と、そのタカネちゃんの力に惹かれながらも恐れを抱いた当時の鬼王はタカネちゃんから歌うことを禁じ、Cエリアから追放した」

たしかそんなこと、前にBエリアでテンに会った時にテンから聞いた様な・・・

「それがわしの親父である鬼王の犯した罪」

え? 親父の鬼王って・・・じゃあもしかして、このおじいさんは・・・

「ビケさんの、おじい様?!」
まん丸目のあたしにおじいさんはこくりと頷く。

「今はまったく威厳も感じられんだろうが、一代前の鬼王、鬼門鬼太郎だ。

おっ、そういえばちゃんと自己紹介してなかったか」

鬼王、鬼門鬼太郎・・・。直に鬼王に会うなんて、この先一生ないことだと思っていたのに
こんな簡単に、今目の前に、かつてのトップにいたその偉大な存在が、こんなちっぽけな古びた小屋であたしたちと座しているなんて、すごいこと・・・。
と、ソレ言えば、ショウとかキョウとかキンとか、そしてビケさんも。鬼門の人たちと一緒にいた時間があったことがまたすごいことなのだと気づいた。
そう思えばなんて濃いこの数ヶ月の出来事。
ただそれ以上に、周りで起きたデンジャラスな事件があたしの中に疲れるほど強くある。
二年間の記憶がないことをうっかり忘れてしまうくらい、DエリアやBエリアやカイミやら金門やらコロッシアムやら。
あたしのいろいろが追いつかないうちに激しいことが周りで起きてきた。
それまでのことと比べたら、このなんてことないおじいさんが鬼王だったなんて、たいした事件じゃない気がする。

ふえ?でもなんで、その鬼王だった人がこんな島にいるんだろう?

「親父はタカネちゃんの中の桃太郎の血を恐れながらも、強く惹かれていた。
その気持ちを抑えるためにも目につかない場へと遠ざけたかったのだろう。
そしてその気持ちが強くわかったわしも同じだった。

タカネちゃんは自由な街Bエリアへと移り、そこで結婚して娘を産んだらしい。
だがすぐに相手と別れることになり娘はAエリアで暮らすことになった。

それからはずっとBエリアで独りの生活を続けていた。
娘夫婦ともほとんど交流がなく疎遠になっていた。

可哀相なことをしたと我ながら思うよ。
だが、しかたない感情だった。彼女に近づく勇気はないくせに、遠い場から束縛したいという感情から犯したわしというもう一人の鬼王の罪・・・」

「ちょっそれって」

「ジジイ貴様もタカネを・・・」
ギッと怒りの感情を見せかつての鬼王を睨みつけるテン。
たぶんテンも今初めて知ったのだろう。このおじいさんが、昔おばあちゃんから自由を奪った一人だということを。

じゃあ、あたしと会うことにも制限があったというの?たしかにあまり会えなくてごめんね。といったことをおばあちゃんが言っていたのは記憶にあるけど・・・

「貴様とて容赦せんぞ、タカネはどこだ?!

すぐにかえせ!!」
今にも刀を抜きそうなテンに動じることのないおじいさんは、穏やかな表情を崩さないまま、落ち着け。とテンに言う。

「タカネちゃんは行方がしれんのか?」
そうテンに問いかけるおじいさんに厳しい顔のままテンは

「そうだ!貴様ら鬼どもの仕業だろうがっ

なぜ俺からタカネを奪う?!」

「・・・そうか、鬼一も桃太郎の血を毛嫌った一人だからな・・・・」

鬼一って、現鬼王の名前だっけ・・・
つまりはこのおじいさんの息子。

「それで、このZ島までタカネちゃんを探しにきたというのか?

なるほど、このジジイをなつかしんできたわけではないのだな。」

「はい、ビケさんがこの島にいるんじゃないかって言ってたから・・・」

あたしがそう言うとおじいさんは少し驚いた顔を見せて

「ビケが?そうか・・・ビケが・・・」
テンに凄まれても表情を崩さなかったおじいさんが、ビケさんの名前を聞いて少し動揺しているみたいに見えた。その指先はかすかに震えている。

そう、そうよ、ビケさん!
いきなりこんな島に連れて来られて、あたしはもっと知りたい大事なことがあったんだ!

「そうよテン!いったいビケさんとどういう関係なの?!知り合いだったの?!

なんで内緒にしてたのよ?!」

テンは眉間にしわ寄せて嫌そうな顔をしてあたしを睨む。

「そんなことはどうでもいい!それよりジジイタカネはどこだ?この島のどこにいる?!」

「どうでもよくなっっっしゅん!!」
くしゃみが出た。
少しばかり乾いたとはいえあたしは全身びしょびしょだったのだ。

それを見たおじいさんは「はっはっはすまないすまない」と

「リンネさんが風邪をひいてはいかんな。どれ風呂にでも入って少しあったまってきなさい」

いろいろ聞きたいこともあったけど、とりあえずあたしは風呂を借りることにした。
およそ畳一畳分の狭い浴室で、人一人入れるほどの大きさの筒状のソレに湯が張ってあった。
コロッシアムでの嫌な汗やら海水やらで、あたしの体は塩田かよ?とポケたくなるような、そんな状態を洗い流して湯船につかる。
それは手足を伸ばしてくつろげる広さじゃないけど、でもそれは

「んー、極楽」
温泉につかったおっさんが気持ちよさそうに唸り声をあげたりする、そんな心境だ。(あたしは乙女だけど☆)

はー、ほんとにいろいろありすぎて疲れたよ。湯に顔半分沈めて、ぶーと息を吐きながら目を閉じた。
湯気が頬を瞼を撫でる。なんだか湯の中から細胞の声が聞こえてくる気がする。
ああ、そうだ、あたし結構疲れていたんだ。
体も精神も

「ビケさん・・・」
コロッシアムでのこと、テンとのこと、そして・・・ビケさんの好きな人のこと・・・
あたしの中で最大であるその存在を想うだけでも謎だらけで、目眩がしそうなほど
あたしはビケさんのことあまりにも知らなすぎる。

ああ、恋って思っていた以上にエネルギーを消費するものなのね。テンのあれはちょっと行き過ぎだと思うけど・・・

もし、ビケさんの好きな人がどこのだれでも、あたしはそれを受け止められるのだろうか?
今はなんとなしに、そのリアルから逃げようとしている自分のような気もして。
雷門や金門から命を狙われる事より、コロッシアムの非現実と思いたい激しい暴力の世界よりも、あたしにとっての恐怖は、ビケさんの想いを知る事?

Bエリアから始まって、AエリアからDエリア、そしてビケさんと出会ったCエリア
そしてここZ島。
ハチャメチャなテンと会って振り回されて、初めての地でいろんなことがあって
もうもしかしたらあたしは自分の意思で普通の日々なんて戻れないような気がしていた。そもそも最初はAエリアに帰って、普通の生活に戻ることを願っていたのよね。でもなにか見えない邪な力に、邪魔されているようで、いつもバイオレンスな出来事ばかりやってきた。
不安なものがぐるぐるしている。
窓の外からは夏を感じさせる虫たちの声が聞こえている、それはあたしの心を攻めるみたいに激しい声。

風呂から上がったあたしの体は一気に緊張からとけたみたいにぐでーんと脱力した。
もう日は沈んでいて、外は闇に包まれていた。

「おやリンネさん。今そうめんをゆでたとこだが、よかったら食べんか?」
カツオだしのおいしそうなつゆの匂い。白いそうめんを器に盛って、おじいさんがあたしにすすめてくれた。すぐに寝たかったけど、お腹もすいてたし、遠慮なくいただいた。
「なつかしい…」
そうめんをすするあたしを前に、おじいさんはそうつぶやいた。なつかしい? 誰かとこうしてそうめんを食べたことを思い出しているのかな? もしかして、おばあちゃん?それともテン?
「なにがですか?」
「いや、なんでも、きにせんでくれ、独り言じゃよ」
小さく笑って、おじいさんもそうめんをすする。なんだか、寂しそうな顔にも見えた。いつもは一人でごはん食べているのかな?年をとったら余計に人恋しくなるのかも。

素麺を完食して、
あたしはそのままおじいさんの家で眠りについた。

そして、夢を見た。
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