恋愛テロリスト

BACK | NEXT | TOP

  第四幕 贅沢な世界〜Cエリア 5  

ビッシ!
人差し指突きつけて、言ってやった!

「ぷっ、おいおい悪が言うセリフかよ」
「堂々と負ける宣言か、けっこうだな」
な、ななな。
ケラケラと人を馬鹿にする笑い方をしやがった。ぐぬぬぬ、こいつらからしたら、桃太郎なあたしが悪なんでしょうけど。そんなわけないじゃない。言いがかりです無罪無実確実です。
正義は必ず勝つ。
その正義とは、少なくともこいつらのことじゃありませんから!
「うばぁっ、むほっむふぉっ」
いきなりの目くらまし攻撃とは、卑怯者! 目と鼻に強い刺激が入ってくる。たまらずよろけるけど、悔しさバネにして、あたしは目の前にいるはずのイッサ目掛けて殴りかかる。
「とやー、げふっ」
涙で半分も開いてないこの眼で相手が捕らえられるはずもなく、ただの素人の乙女のパンチなど感で放ったところでまずあたるはずもない。容赦ないボディブローをくらって、喉の奥から逆流してきた熱いものを思わず吐き出した。
「かはっ、はぁはぁ」
膝をついてしまう。すぐ立たなきゃ。こんなやつらの思うままなんて、絶対いやだ。

『戦えリンネ!』

こんな時なら、テンならきっとこう言うんだろうな。悔しいけど、力がほしいと思ってしまう。暴力なんてDエリア的考えなんてまっぴらだけど。こんな奴らに屈するくらいなら、あたしは力がほしいと望んでしまう。
だけど望んだところで手に入るわけないし、都合よく助けが来るわけでもない。

「油断するな。娘とはいえあの凶悪な桃太郎だ。徹底的に痛めつけろ」
「ぐっ! っつあ! あぐぅっ」
上から横から、容赦なく蹴りだの打撃が襲う。あたしの体は地面に擦り付けるように撃で動かされて、乱暴に髪を掴まれる。カツラは衝撃でとっくに飛ばされて、特徴的なあたしの長髪は掴まれやすく、こんな時に憎らしく思う。

覆面男に掴まれ、囲まれ、交互にボディーブローを放ってくる。あたしは反撃とばかりに肘撃ちや膝蹴りを放つけど、ことごとく防がれて、反撃されるわ、完全に動きを封じ込められ押さえつけられる。
「浄化だ」「浄化しろ」「汚らしい桃太郎め」
「ちょっっやめっっ」
男たちの気持ち悪いツチノコ的なアレがぐにぐにと不気味にあたしに迫り、毒液を吐きつける。
「う、や…」
頭がガンガンする。目が後ろっかわ向きそうなほどぐらぐらしてる。もうムリ、気持ち悪い、限界。
何人いるのよこいつら、ツチノコ何匹よって数えるのもムリなんだけど。胸元とかお腹とか太ももとか、それからずり下ろされたショーツにも毒液を吐きやがって、もうそんなの二度と穿けるわけないってのに、ぐちょぐちょに汚したそれをムリヤリ穿かされて、アソコにぬちゃっと張り付いて気持ち悪さであたしの意識は完全に飛んだ…気がした。

「どうしたの? まさかこの程度で終わり? 噂に聞いていたのとずいぶん違うなぁ。それとも、噂だけでほんとはしょぼかったのかな、桃太郎は」
遠くで聞こえるイッサの声。
「誰がだよ?」
「え?」
あれ、今の声あたし? でもあたししゃべってないし。半分夢を見ているみたい、うん夢だよ。
一瞬にして周囲の覆面男が呻いてどさどさと倒れていく。
「うっっきっもちわりぃくそがっ」
あたしはそう吐いて、人差し指を上から差し込むようにして、ショーツを一瞬で引き裂き、ゴミのように投げ捨てた。よかった、脱ぎたくてしかたなかったんだ。…ノーパンであることはスルーする。
「…ははは、やっぱり凶悪なんだな。あの人に報告しなくちゃ」
あっ待ちなさいよ! イッサは顔色変えて、忍者のように飛んで姿を消した。
「本気できめぇ…」
うん、気持ち悪くて、もうムリ。


冷たい、気持ち悪い、冷たい、冷たい。
「ぷはっっ」
あれ? あたし、なにして、ここどこ?
目の前には鏡、そして勢いよく流れる蛇口の水。
あたしいつの間にかどっかの公衆トイレの洗面の前にいた。Cエリアだから公衆トイレもムダにキレイなんですが。ちょうど他に人もいなくてよかった。
引き続き顔や、むき出している部分も洗った。
夢、だったのかな。夢ならいいんだけど。
と思いたいけど、思い出したように痛み出す体。夢じゃないと教えるように体にできたばかりの痣があった。
夢だと思いたい、思いたいけど。妙に鮮明に覚えている。この体で受けた衝撃。リアルにあたしはあの覆面男たちを倒したような。そしてイッサの恐ろしいものを目撃したような顔。

それに股間のごわごわ感、ノーパンだし。…どうしてノーパンなんだろあたし。男装する時うっかり脱いじゃったんだっけ? うんきっとそういうことにしとこう。
どっかでカツラをなくしたので、ごまかしでしかないけど手で髪をぐしゃぐしゃにして即席アフロにした。髪型目立つけど、顔が完全に隠れるし、これでさっさと領主館に帰ろう。
そもそもなんで出たんだっけ? なんにせよ出直ししないとね。ノーパンでごわごわして気になるっつーの。


「タカネはどこだ?」
戻る途中、あたしの耳にはたしかにその声が聞こえた。人通りをさけてこそこそ移動していたけど、その声、どう考えてもアイツの声でしかないと思ったし。そう自称愛のテロリストの。
自然公園の中、そこでもドラマのロケが行われていた。ってのはいつものCエリアの風景ですけど、そこはいつもと違っていた。なぜなら…
「テン!?」
遠目からでもわかる。180センチ越えの長身と、この汗ばむ初夏に暑苦しいダウンジャケットの男。明らかに浮いてますから。
先日はわざわざあたしのもとに現れて、ビケさんの悪口言いやがって、あいつまだCエリアにいたのか。そしてなにをしてるんだ。
気になって、ギャラリーの後ろの大きな岩に隠れながら、こそっと様子見る。
「ちょっとちょっとそこのエキストラ目立ちすぎだよ」
撮影スタッフから注意されてるし。たしかにあんなに目立つエキストラはおるまいて。
「にしても、あのエキストラ存在感あるすぎるんだよね」
「それは私も気になっていたんだけど」
監督らしき人と話している女優、金剛カナメだ。これはカナメ主演のドラマの撮影ってこと。
「ねぇ監督、どうせなら彼にこの役をやらせてみては? 金田君に二役させるよりもおもしろい画になると思うんですけど」
きらんとカナメの目が怪しく輝く。なにを言ってるんですか? あの人は。テンに金田聖が演じるはずだった役をさせるって?
あのテンが演技なんてできるわけが、人の言う事聞かないし。一にタカネ二にタカネしか言わない人だし。演技なんて絶対ムリ。それにテンのやつ、ふざけるなってブチキレそう。そうなる予感大。

「ねぇ、そこのアナタ」
カナメがテンに近づく。交渉しているらしい。テンに演技させるなんて、ほんと金門の考えはわかりません。
「いいだろう」
ね、て…えええーーーー!!??
テ、テン?
「交渉成立ね、台本はコレ。アナタのセリフはこれだけだから、すぐに覚えられるでしょう」
カナメから台本を受け取るテン。数秒目を通して、台本を投げ捨てる。
「フン、覚えた」
マジかーーー?!
一体どこにどう突っ込めばいいって言うの? カナメはなんと言ってテンを説得したの?
鬼の言う事など聞くものかとブチキレていたあのテンを。
「約束どおり、終わればタカネの居場所を教えてもらうぞ」
やっぱりおばあちゃんのことだった!!

ドラマの撮影が始まる。
テンが演じるのはカナメ演じるヒロインの生き別れの兄の役。自暴自棄になるヒロインを励ます役どころだ。
「どんなに想っても、尽くしても、あの人には届かない。私なんて、この世に生きる意味なんてないんだわ!」
やっぱりカナメは女優だ。完璧にヒロインになりきっている。痛いほどヒロインの切ない想いが伝わってくる。
「ああ、自分でそう思うならそのとおりだろうな」
「!?」
テ、テン? テンがまともにドラマのセリフを。しかも低くてよくとおる声だから、すごく様になってる。全然棒読みじゃなくて、そこが逆にびっくりした。
「お前が思うならそうしろ。俺は止めない、お前の決めたことならな。だが本当に後悔しないのか? 今日までのお前の行いを、想いを、お前は犠牲にできるのか?
いいか、お前を生かすのも殺すのも世の中じゃない。おまえ自身だ」
「兄さん…」
「今日までお前を見てきた俺だからわかる。お前は簡単に自分を殺せるようなやわじゃない」
「カーット!リテイクなし! 文句なしだ!」
テテテ、テンがまともにというか、あれ素人とは思えないほど演技上手かった。なんで見てるあたしまでこんなドキドキしてるの、すごいなにあれ天才? なんなのあの無駄な才能テロリストは。
「おい約束だ、とっとと教えろ」
キッとカナメに詰め寄るテン。いつものテンの顔つきだ。この切り替えの速さはさすが。余韻にひたるなどあったもんじゃない。でも本当にカナメがおばあちゃんの居所を知っているっていうの?
「え、ええ……の……よ」
二人の会話は聞きとれないけど。カナメからなにかを聞き取ったテンはすぐにその場を去った。速いな、相変わらず。
「ん、どうしたの? カナメちゃん?」
なんかカナメの様子がおかしい?
「ええ監督ごめんなさい。私としたことが、彼の演技に飲まれかけていたなんて。聖との共演でもこんなことはなかったのに。一体何者なの? 只者ではない事はわかるわ、この私を滾らせるなんて…。今度あったときは、絶対に負けないわ」
ええーー、テンにライバル意識メラメラしてらっしゃる?
カナメの女優魂に火をつけるなんて、テンすごすぎる。なんて、今の出来事にすっかり心奪われていたあたしは、自分の置かれている立場を失念していた。
「それで変装したつもりかい? バレバレだよ」
「ひっっ、アンタは!」
わざとらしく爽やかスマイルであたしの背後に立つ、ハイセーズのイッサ。
「さっきはよくも! それだけじゃない!テレビとかメディア使ってまでたった一人の乙女に恥をかかせて、子供並のあったま悪いイタズラして、人のこと勝手に桃太郎の生まれ変わりとか決め付けたりして!
絶対に許さないんだから!」
ざわざわ。
ヤバイ、つい興奮して声荒げたから、ギャラリーに完全にばれてしまった。
「アイツは桃太郎だ!」
「ほんとだわ。まあ見るからに下品で野蛮な顔つき」
「怪人モモターロめ、死ね死ねー」
ヤジが遠慮なく飛んでくる。こいつらの一体感恐ろしいわ。
「ねぇ、自分の立場とかちゃんと考えたことあるの?この街にいておかしい存在だって思ったことないのかな?」
イッサは優しい口調ながら、とんでもないことを言っている。
なんでそんなことこいつに言われなきゃならないのだ。なんの感情でかわからないけど、あたしの体はプルプルと震えていた、そして

パーーン!!

気がついたらあたしの手はやつの頬をクリーンヒット・・・・と思ったら

「きゃっ」
悲鳴は女の声、一瞬なにが起こったのかわからなかったが、あたしが叩いたのはイッサではなく

「カナメさん!!」

「えっ?!」

イッサの足元で蹲るように頬を押さえている女性がいた。どうやらイッサを庇うように現れたらしいその人はあの女優の金剛カナメ。

呆然としているあたしの前で、ものすっっごく心配そうに彼女に駆け寄り抱え起こすイッサ。
「大丈夫。」と小さく声を出していたカナメの目は潤み、抑えた頬は赤くなっていた。

「あっあの・・・」

「なんて野蛮な!」

「ひどいっいゃぁぁぁぁーーーーー!!!」

「カナメさんになんてことを、このドブス!!」「ドブネズミももたろう女!!!」

周囲からイミフメイの中傷の言葉が飛んでくる。なんなんだこの連帯感。

「カナメさん、僕を庇って・・・・すみません、カナメさんの美しい顔がっっ」

「もう見てられなかったのよ。ものすごい殺意のオーラが見えて、イッサ君殺されるんじゃないかと。」

なんかくさいドラマが繰り広げられています・・・・、なんでしょうかこれヤラセ?
て、気がついたらカメラらしきものがまわっていた。やっぱりヤラセ・・・・・

てあっっ、また使われる?今のシーンで、人気アイドルに殴りかかったあたしから彼を庇って殴られた人気美人女優って、あたしが完全に悪者にされる!!?

あたしまんまと金門の連中に乗せられてるんじゃないか?!

「くすっ」
?!
そう小さな笑い声をもらしたのはカナメ、彼女はさっきとは別人のような表情をしていた、まるで・・・


「桃太郎の生まれ変わりって聞いてたけど、予想外にしょぼい女。」
ハッと乾いたため息を吐きながら髪をかき上げ、鋭い目であたしを睨んできた、豹変したこの女!

「ちょっちょっと、しょぼいって・・・・だれが桃太郎の生まれ変わりよ!なんの根拠もないくせに、勝手なこと言わないで!」

「ぷはっ、あなた自分のことも知らないなんて・・・幸せなのかバカなのか・・・・。

桃山って姓が気になって調べたら、やっぱりというか・・・・あなた桃太郎の一族のようね。」

は?!なに勝手に人のこと調べてんのよ?

「だいたい桃太郎の一族とか、あたし知らないし。」

「そうよね、知りたくはないでしょうね。私のように英雄温羅の血を引く身ならともかく、大悪党の血を引く身なんて、恥ずかしくて生きてはいけないでしょう。」

なに言ってるんだろこの人、この人の価値観って

「バカじゃないの?血とか関係ない、人の価値ってそんなことで決まらない!」

ギン!と睨みつけるあたしにハッとまた渇いた息を吐くカナメ。

「決まるわ。私やビケ様のように、生まれた時から最上級の存在であるように。

最初から決まっていることってあるのよ。

桃山リンネ、あなたがここにいてはいけない存在であることも、あの方の側にいてはいけない存在であることも。」

なにを言っているのだ?この女・・・・・

「最上級の男に相応しいのは最上級の女のみ。そして最上級の女は私だけ・・・。

桃山リンネ、今すぐにCエリアを出て行きなさい、そして二度とビケ様に近づかないと誓いなさい。

死にたくなければ、ね。」

この女はビケさんを・・・自分で最上級とか言っているろくでもない女金剛カナメ・・・・こんな女にビケさんは渡さない、こんな女にあたしは負けたくない。

あたしの中の恋心よ、あたしに戦う力をください!
BACK | NEXT | TOP
Copyright (c) 2012/01/09 N.Shirase All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-