恋愛テロリスト

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  第三幕 Dエリア最強〜Dエリア 3  

あたしたち三人を囲むようにじりじりと集まってきたマトモな精神状態に見えない連中は
悲鳴にも似た声を上げながら襲い掛かってきた。

「きゃあああ!!!」
恐怖のあまり硬直するあたしに、連中を斬りつけながらテンが怒鳴る。

「戦えリンネ!」
テンのすぐ後ろで縮こまるあたしの足元に一瞬マネキンだと思いたい人の体の一部が転がってきた。ほんのりとまだぬくもりががが…。ぴくぴくって痙攣してる? まだ生きてるの? この手。
とぷぷぷって血が溢れてきてる。

「いっ!」
一瞬意識が飛びそうになる、テンは飛びかかってくる連中をハエを叩き落すように右手の刀で斬り倒していく。同時に左手の短銃で離れた奴らをシューティングゲームのように撃ち落としていく。
連続して連中がやられていく声があたしの耳に飛び込んでくる。Bエリアでの雷門連中との交戦もこんな感じだったのかな?イやそれ以上に壮絶かも? 想像したくないぞ、しちゃだめ。

肩や足になにかが散った気がした。ぬるっとしたそれは

血!!きゃあああーーー!!!

怖くなったあたしはそこから逃げるように走った、そんなあたしの腕をだれかが掴んだ。
振り返ったあたしの目に飛び込んできたのは、あたしの腕目掛けて涎を垂らしながら大口を開けている男!
その歯はサメの歯のように鋭く尖っていた。常人とは違う、奇形なのか改造体なのか知らないけど、こんな尖った歯に、耳付近まで裂けた口とか初めて見たし。
あたしと目が合ったそいつは不気味な笑みを浮かべ、あたしの左腕に噛み付いてきた!

「っっっ!いやぁぁぁーー!!」
男の牙が肌に当たった瞬間、反射的に肘を回すように男を振り払い、ライフルを振り回し頭を殴りつけた。
あたしに殴られ一瞬「ぐっ」とよろめいた男だが、すぐにこちらをギランと睨みつけてまた飛び掛ってこようとした。
後ずさるあたしは建物の壁にとぶつかった。左腕上部がズキンと痛む、血液がそこから伝っているかんじがした。でもそこを確認さえできない、目を逸らせば次はほんとに食われる気がしたから!
ズキズキする左腕と恐怖で体は震える、戦えとか簡単に要求しないでよ、あたしは普通のAエリアの女の子なのに!あのAエリアでのカイミってこのことといい、あたしに向けられる殺気に慣れたりしない、
慣れるわけがない!!

「ひっ」
思わず情けない声が漏れてしまった時、男は獣のように飛び掛ってきた。
食われる!
あたしが目を思わず閉じそうになった時、カエルのように舞った男をなにかが襲った。
男はあたしのすぐ横の壁に激突し、まるで自滅したようにずるずると壁にドロドロしたおぞましい跡をつけながら沈んでいった。血の跡が生々しく男の体の動きを表してて、肉片もガタガタな壁におろしのように跡を残している。
男を襲ったものは空からきていた。視線を上にやると建物の上にショウがいた、手には小銃のような武器らしき物を持って笑っていた。男をやったのはおそらくショウだ。

「あーあ、経験値ほとんどオッサンにもっていかれちゃったv」
ショウの目線の先を辿るとそこにはテンが、気がついたらあれだけたくさんいた連中(二十人くらい?)は一人としてたっている奴がいなかった。テンひとりでぶっ倒しちゃった・・・。
あたしはテンのほうを見ながら壁伝いに倒れた男から少しでも離れようと足を引きずるように移動した。

「雑魚がっ」
と吐き捨てるテンの前に一人の男が現れた。
耳や鼻の形の変形した、それ以上に目がヤバかった。男はテンしか見てなかった。
テンを目にすると不気味に笑みを浮かべながら

「オレがこのSゾーンのキングだ。久々に食いがいのありそうな奴が現れるとはな。」
気持ち悪いほど唇を舐めまわしながら男は鎖鎌のような武器を振り回しながらテンにかかってきた。

キングってことはここいらで一番強い奴?!
だけどテンの心配をする必要など全然なかった
屋根の上からショウが
「雑魚がっ」
とテンの口真似をしながら笑った瞬間に

「ぎくばっごばぁぁぁ!!!」
リアクション芸人のような声を上げながらSゾーンのキングという男は血飛沫とともに舞い上がり、汚い地面と激しいキスをかわしながら潰れた。耳を押さえたくなるような、嫌な音、硬いものがあっけなく砕けていくような。歯とか骨とか? 男の体から弾丸のような勢いで飛び散っていったものが、周囲の建物やら、息絶えている住人へブスブスっと刺さっていった。歯? 歯なの? 歯が飛び道具になるなんて、新鮮! て感激するような光景じゃない。歯が、痛くなりそう。
テンはあたしがまばたきする間に男を倒したのだ。幸いにも顔面は下で、その状態血だまりの下で見えないけど、顔の部分がぺちゃんこになっているように見える。目の錯覚…ですよね?
地面で潰れた連中の中立つテンは息一つ乱していない。
倒れたキングという男を見下ろしながら、テンは息を吐く。

「俺が離れていた間に、Dエリアのレベルもずいぶん落ちたものだな。」
テンはすぐに視線を前にと向け、

「次に行くぞ!時間を無駄遣いするなリンネ!」
走り出すテンの後を慌てて追う。

「ちょっ、まっ」
ズキズキとする左腕からは想像以上に流血していた、一瞬頭がくらっとなった。

「血が、血が」
よろよろとするあたしに振り返らず先へと進むテン。もうあたしは帰りたい、Bエリアのほうが、ずっとマシに思えたから。そんなあたしの足首をだれかに掴まれおもわず転びそうになり下を見ると
血溜まりの中さきほどテンに倒された男の手!

「うぎゃああ!」
必死で払いのけあたしは全力でテンの後を追った。


あたしの傷は流血したわりには酷くはなかった。とりあえず首に巻いていたスカーフで縛っておいた。
ああ、こんな目に合うなんて、思い出すだけでまた震えてしまいそう。
そんなあたしにまたテンは師匠かよ?と思うような口ぶりで

「戦えバカがっ!」
と繰り返してくる。

あれからQゾーン、Vゾーンふたりのキングをテンは地に沈めた。Dエリアの各居住区がどれだけあるのかあたしは詳しくは知らないが、テンもそれは詳しく知らないらしく、手当たりしだい倒していくらしい。
テンの勢いは止まらない。相手の攻撃を受けることなど一度もない。
圧倒的な力でDエリアの獣どもを沈めていった。
あたしはとにかく安全を、逃げることを最優先した。テンは戦えと言うがあたしはテンみたいなバケモノじゃありません。いえもう逃げるだけでもすごい体力精神力を消費している気がする、いっぱいいっぱい。
ショウは高くて安全な場所から基本的にテンの行動を見守っていた。楽しげに
たまに通信機を弄りながら、たまに獣どもに発砲、まるでゲームで遊んでいるようなそんな表情で

あたしには理解できなかった。目元がぴくぴく痙攣して気持ち悪くて、無意識に涙が溢れていた。
まだ左腕はズキスキしているし、頭も耳鳴りがし始めて、痛みが襲いだした。
まるで今見ているのが夢の世界のように、意識が違うとこにあるような錯覚が
時刻はおそらくもう深夜を過ぎたんじゃないかと思われた、月がムカツクほどキレイだった。


「もう、ムリ」
足を引きずるように歩いていたあたしは疲労が限界を越え、汚い地面など気にする余裕もなくへたり込んだ。ものすごい脱力感、こんなに疲れることなんてめったにない気がした。
Bエリアの非常識っぷりにもついていけなかったけど、ここは
Dエリアはもうすべてが受けつけない。悪い意味で規格外。
こんなとこに長時間いれば完全におかしくなりそう

「情けないな、リンネ。」
相変わらずのテンの言葉に反論する力さえ湧かない。
そんなあたしを見て仕方なしとため息を吐きながら、テンはVゾーン内の家屋へと連れて行った。

敗者は勝者に従う、それがDエリアの掟。
すでに「キング」を倒したテンに歯向かう者も、あたしたちに襲い掛かって来る者もこのVゾーン内にはいなくなったと思っていいらしいのだが、とてもくつろげるような環境じゃない
でもそんなワガママ言ってられるほどあたしには余裕がなかった。とにかく早く休みたかった。

中に入ると壁にもたれかかったままあたしの体は眠りにつこうとしていた。
だけどいつもみたいに眠りにつける状態とは違っていた、男に噛み付かれて痛む左腕と
疲労と緊張で震えが止まらない体に、吐き気
意識が今にも遠ざかりそうで、それが波の様に何度も何度も繰り返す
その波が高い時、体の奥からなにかがなにか熱いものが
なにか、形のないなにか熱いものが・・・・飛び出してくるような不思議な感覚に襲われながら
あたしは夢の世界へと旅立った・・・・・。

「こんなとこでよく寝られるなぁ・・・・て、スゲーかっこだし」

「?なんだリンネ、もう起き・・・」「・・・くしょうがっ、てめぇらばっか楽しみやがって、くそっこんな体じゃなきゃ・・・俺様がっ」

「リンネ?」

夢で、だれかが、だれかがあたしの声でしゃべっていた・・・・。


「さあ、やりあえよ、小僧ども」
古びた小さな工場みたいな、コンクリと鉄骨のしっかりとしたつくりの建物だけど、むき出しの塗装もほどこされていない床に壁。そこはどこだろう、なんて考えるのもやぼだろうね。見ててわかる、ここは夢の世界。建物内に中年男性の声が響いて、なにかをけしかけているみたいだった。
向き合うのは二人の男の子。十歳そこらくらいだけど、二人とも顔つきは妙に大人びていて、子供らしさを感じられない。肌は浅黒く焼け、薄着でそれもボロボロで、筋肉は細身ながらもがっしりとついていたのが遠目でもわかる。
「はじめろ!」
男の合図で、二人の男の子が組み合い、殴り合い、蹴りあい、さらには武器を取り出し、互いにこれは…殺し合いをしてる?
「くっ」
ナイフに斬りつけられ、血がぴぴっと散る。痛みに顔をしかめながらも、二人とも動きを止めない。真剣な眼差しで、傷つける事を行っている。
拮抗しているように見えたけど、そうじゃなかった。
「まいった」
あたしから見て右側の男の子がそう言って膝をついた。悔しそうに歯噛みしている。対する相手の男の子は仁王立ちのまま、無表情で動きを止める。
「おい、クローの奴まで負けたぞ」
「マジかよ、アイツ…ムチャクチャだよな」
がやがやと周囲にいた別の男の子達の声。
「やるじゃねーか、テン。お前がいれば鬼が島をあっという間に滅ぼせそうだな」
へ? テン?
あの男の子はテンなんだ。あたしはテンの過去を夢見ている。なんでか?
そうだ、Dエリアに来る前に、テンから過去の話を、Dエリアでのことを聞いたせい。
にしても、テンってば子供の頃から変わってないな。…いや変わったっていってたよね、おばあちゃんに出会ってから、世界が変わったって。
おばあちゃんと出会う前のテンはどんな世界にいたんだろう。この暴力にまみれたDエリアの記憶しかなかったのだろうか? それとも、ほかにも?
失った大事なものって、なんのことなんだろう?
そんなことを考えつつ、あたしは目覚めた。


少し休んでいくらかマシになった気がするとはいえ、まだ気分も疲労もはれてはいない。
日が昇った後でもこの街はどこか薄暗い。だから余計気分が沈みそうだ。
あーたーらしいー朝なんてこの街にはこないんだろうな。ラジオ体操も深呼吸も不釣合いだ。

あたしたちはDエリア領主を探して、次の居住区へと向かった。
さっきからテンの妙な視線が気になっていた。

まさか、あたしが寝ている間になにかされたんじゃなかろうか?!
疲れていたからとはいえ無防備な姿を晒してしまったから?!妙な汗が伝った時、ショウが

「リンネってすごかったよね〜。」
にししと嫌な笑みを浮かべながら言うものだから、あたしは慌てて

「なっなにがよ?!」

「あの寝相・・・大股広げてさー」

「はっはい?!」

「まるで起きているみたいなすごい寝言吐いてたよね。オッサン!

もう我慢できねぇ!とっととやらせろ!中でいっぱい出してくれ!とかって。
欲求不満なの?ぷ」

「はっ?!」言っている意味不明!

「いや、少し違うな。」とテンが割り込んできた

「外で出せ・・・いや、完全に外に出る・・・・と言っていた。普段のお前とはまったく別の口調でな。」

「なに、それ・・・あたしの・・・寝言?」やっぱり理解不能!

「リンネ、疲れていたのかもしれんな。」

な・・・なんなの?寝言って・・・あたしいったいどんな夢を見ていたの? あのテンの夢ではそんなこと言わなかった気がするし。他にもなにか見ていた気がするんだけど…。
思い出せない・・・あああ、なに寝言なんて言う子だった?それに大股開きって!!!(そっちのほうが乙女にとって一大事だ!)

頭真っ白になりそうなままあたしはテンの後を歩いていた。
そして、おそらくVゾーンてとこを抜けたのか、テンが歩みを止め、確認するように周囲を見渡した。

「ここは・・・・、Nゾーン・・・・か?」

Nゾーン・・・?そういえばどこかで聞いたような・・・・
バサバサ
?!
あたしの頭になにかが落ちてきた。それは黒い鳥の羽

「カァーカァー!!」
すごい数のカラスが頭上を飛び交っていた。まるであたしたちを見張っているみたいに、ここには異常な数のカラスが飛んでいた。

「たしかに、Nゾーンのようだな。」
確認するようにテンが頷いている。

「二十年ぶりか、ここに来るのは。」

「そういえば、テンはNゾーンのキングだったとかって」
Bエリアで話してくれたテンの過去。9歳の時キングになったとかって言ってた。
じゃあ、ここがテンの故郷ってわけ?!

でもテンは故郷を懐かしむような表情はしていなかった。
テンにとって大事な思い出はおばあちゃんだけなんだろうか?

ギャアギャアと頭上の鳥達が騒いでいる。どうも気持ち悪い、なんなんだ?
そしてその鳥達が急に大人しく、家屋の屋根の上に一列にいっせいに止まった時だった
屋根の後ろから飛ぶように降りてきた影があった。

「このDエリアを荒らしまくっているっていう連中ってウワサ・・・・アンタらのことじゃん?」
それはあたしよりずっと背丈の低い少年だった。黒く薄汚れた肌に赤茶けたぼさぼさの髪は表情が見えないくらい長く伸びていた。ぱっと見やせこけて見えるが、よく見るとしっかりと筋肉がついている、このDエリアで生き延びてきた少年ならではの体型。

「タカネはどこだ?Dエリア領主が姿を現すまで、俺は止まらんぞ。」
テンの睨みに少年はまったく動じないどころか、渇いた笑いで答えた。

「はっ、御大将には会えないじゃん。

それは、アンタらここでおいらにやられちゃう運命にあるからじゃん!」
薄い唇をにぃ、と軽く吊り上げながら微笑む少年は

「おいらはこのNゾーンのキングじゃん!アンタらおいらたちの餌になってもらうじゃん!」
少年は鳥のような不思議な口笛のような音を発した、それに屋根に止まっていた鳥達が反応して羽ばたきはじめる。
ぞくぞくと嫌な予感で鳥肌の立つあたしはテンのほうを見ると、テンは嬉しそうなだけど邪悪にも見える笑みを浮かべて

「御大将・・・ということは小僧、お前が領主の居場所を知っているようだな。

すぐに案内してもらうぞ!」
口が聞ける程度に痛めつける、そう言ってテンは刀を抜いて少年を睨みつけた。
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