恋愛テロリスト
第十幕 燃えろ!恋乙女 7
桃太郎、アンタの思い通りになんてさせない!
目には見えない、あたしがこの世でもっとも忌み嫌うその存在にあたしは叫んだ。
姿なき桃太郎は、テンについている。
あたしはテンの前に立つ、武器を構えて、倒れたままのショウの壁になるようにして、目の前にいるテロリストを睨む。
テンは表情変わらず、厳しい顔のままあたしを見据えている。瞬きさえしていないような、隙のない眼差しで。
あたしを見て言葉すら発しない。
もしかして、テンは…、あたしが桃太郎にのっとられていた時みたいに、自分の意思がなく、桃太郎に操られているのかもしれない。
それなら、なおさら、気を緩めることはできない。
もしそれをしてしまえば、確実に死がまっている。
あたしをいらないとした桃太郎にとって、生まれ変わりでも、桃山リンネはいらない存在、以上にとっとと消し去りたい存在だろう。
たしか桃太郎はこう言ってた。
あたしの精神が強まれば、それに桃太郎の魂は引き戻されてしまうと。
つまりあたしの心しだいで、桃太郎の自由を制限できるかもってことかも。
『ああ、てめぇのせいで、ちいと力が100%引き出せなくなっちまった…。がこれでも十分なんだがな、こいつの力なら…』
桃太郎とテン。あたしの体でさえあれだけの強さを見せていた桃太郎。
その力がテンの力と一緒になれば、……想像したくないけど。
キンの修行とミントさんの武器。
これだけでもあたしは以前のあたしよりよっぽど強くなった。
ビケさんのことは今でも好きだけど。
ビケさんしかいらない、見えなかった少し前の、二度目の失恋する前のあたしとは違う。
キンやキョウの友情に、おばあちゃんの暖かさと愛。
ビケさんの想いの不安に揺れていたあの頃とは違う。
ビケさんへの想いこそ武器だけど、それを後押ししてくれる、何倍にも増してくれているような、力。
キンやキョウのおかげで、あたしは背後を気にせず、今目の前の強敵にだけ集中できる。
信じれる仲間。かけがえのない人たち。
そして、テンのことも……。
強く信じているあたしがいる。
テンに出会って、一緒に戦ってきて、おばあちゃんの想いを知り合って…。
テンのおばあちゃんへの想いも、ビケさんへの想いも、強く持っているって信じているよ。
テンとあたしの想い、それは異質なものだけど。
同質のもののような気もする。
そう、一緒なんだ。
だから、テン。鬼が島に行こう。おばあちゃんのもとへ、ビケさんのもとへ。
戦いの道だけど、ね。
今テンが、桃太郎の言いなりなら、あたしだって正面からアナタを……。
「止めてみせる! 桃太郎なんかの思い通りになんて絶対させない!
目を覚ましてよテン!」
厳しい顔であたしを見下ろしたままのテンに、あたしは凸スイッチを押してライフルをソードモードにして、テンに斬りかかった。
ギン!
重たい金属のぶつかり合う音。テンはあたしの突撃を軽い動作で防いだ。
眉一つ動かさない、非情な顔のまま。そしてなにも話さない。
「くっっ」
片手で、肩も動かさないテンに、あたしは両手で、全体重かけて、テンの刃を刃で押す。
『バカか、リンネ。てめーが敵うわけがねーだろ。血迷ったのか?
そいつと一緒にあの世に逝かせてやるよ』
桃太郎の声。笑い声が聞こえる。表情一つ変えないテンとは対照的に。なんか変だ。あたしにいた時と違う。
「殺させない…ショウは。そして、あたしも…あの世になんて逝きませんからっっ」
じゃっ、そのままの体勢であたしは後方へと押され、足の裏が地面をこする。
すぐうしろのショウの体に、足がぶつかった。
『はははっ、その小僧、そのままほっときゃもうじき死ぬぜ。リンネ、てめぇごときがあがこうがどうしょうもねぇんだよ。ビケの野郎に捨てられた者同士、仲よく一緒に逝け』
「あぅっ」
強い力に弾かれ、あたしはショウの上に倒れてしまった。
テンとあたし、レベルが違いすぎる。ちょっとやそっとじゃそれは埋められない。
あたしを覆う影。冷たい目で見下ろすテン。テンはゆっくりと刀を振り上げた。
不思議と、あたしは恐怖していない。
胸に抱えるライフルを盾にして、テンの瞳から目をそらさない。
テンもあたしから目を逸らすことなく、刃をまっすぐに振り下ろす。
『今度こそほんとに終いだぜ!』
!!
ズガッッ!
激しい音は、風圧と硬いものを破壊したもの。
あたしを見たままのテン、変わらない無表情の。
テンの頭上より振り下ろされた刃は、あたしへと振り下ろされたそれは……。
今、あたしの横で地面を刺したまま、光っている。
「テン…」
『おいっ、どういうことだ?! てめぇなぜワザと外した?!』
激しい桃太郎の怒りの声。
あたしにもわかった。今テンは、攻撃をワザと外した…。
テンは桃太郎の叫びに表情変えることなく、あたしの目を見たままそこに立っている。
あたしもショウの前で座ったまま、ライフルを胸に、テンを見据えている。
「フン、遅いぞリンネ!」
テンが再会して初めて発した言葉はそれだった。いつものテン節。どこまでも自己中男なテンの言葉。
「テン? 正気に戻ったの?」
あたしも乾きそうになっていた目を、やっとまばたきをする。
『おいっ、てめぇ俺様の言ったことがわからなかったのか? 鬼が島に行けなくていいってのか?ああっ?』
「フン、お前がちんたらするから、このうるさいのと長いこと付き合わされて、いい迷惑だ。
だが、これでようやく鬼が島に行ける。
リンネ、覚えているだろうな? タカネを救いに行くと、協力しろと約束を」
目には見えないけど、見える気がする。テンから放たれるオーラを…、愛のテロリストのオーラが。
不敵な笑みを浮かべるテン。桃太郎の焦りが伝わる。
『!! おい、まてよてめぇっまさか』
まさか?
桃太郎の焦る気持ちがわかる。こいつの焦りようはただ事じゃない。いったい?
不思議に見上げるあたしとは対照的に、テンは冷静にフフンと笑う。
「気色の悪い奴だったが、お前のおかげでわかったこともある。いい感じに利用させてもらった」
にまり、テンが不気味に邪悪に笑う。その笑みは目の前にいるあたしにじゃなくて、目に見えないあいつに?
『!てめぇっ、最初からそのつもりだったのか?!
ふざけやがって、この桃太郎様を欺いて只ですむと思ってやがるのか?!』
激しい桃太郎の怒りが、ビンビン響いてくる。
そして数秒もしない間に一変、桃太郎の態度は焦りを増した。
『ま、まて! 俺様の力を使えなくていいのか?
俺様なしで、あいつと戦えると思うか?思い直しやがれっな!』
「くくく、くくく」
不気味に笑うテン。立場が逆転している?
テンの目が細まる。
「俺は最初から貴様の力など欲してなどいない。…消えろ」
『!!やめろ! やめやがれっ、頼む!俺様を拒絶するな!!』
悲鳴、桃太郎の悲鳴。あの不敵な高慢な桃太郎が、必死でテンにすがろうとしている。
「いい加減しつこいやつだ」テンがつぶやく。
『お、おいリンネ!お前ビケのやつぶっ倒してーんだろ?』
今度はあたしにか?ふざけんなよ?欠片も望んで無いから。
『やめろやめろ、あと少しなんだ。あと少しで俺様の長い間望んでいたその時が叶うんだ。
それに、てめぇらも、タカネを救いてぇんだろ?』
必死すぎる。哀れな桃太郎、でも同情なんて欠片もしない。
あたしとテンの声が重なる。目に見えぬ忌まわしきその存在に向かって放たれる。
「消えろ」
『う、うわっ、くそっくそっこんな結末認めねぇ、認めねぇぞーーー!!温羅ぁぁーーーーー!!!!』
桃太郎の断末魔。あたしとテンに心の底から強く拒絶された桃太郎は、この世に留まることはできなかったのか。
すうっと、胸が晴れていくような軽くなったような、今そんな感覚だ。
「桃太郎…、いなくなった、のね?」
「フン、最後までうるさいヤツだったな」
桃太郎の魂は完全にあたしの前からいなくなった。長年あたしを苦しめてきた桃太郎。もう二度とあの声は聞こえない。
本当に解放されたんだ。
「リンネ、お前も覚悟ができたみたいだな。桃太郎とかいう邪魔なやつも消えた。
次はタカネを救い、ビケのやつをぶっ飛ばしに行くぞ」
テンは背を向け、あたしに言う。
「鬼が島で待っているぞ」
そう言って、テンはまだ爆発なりやまないBエリアの通りの中へ消えていった。あたしに振り向くことなく、だけどもその背中はあたしを待っていると、強くそう言っているように見えた。
「ショウ!」
地面に倒れたままの後ろにいたショウへとあたしは向きかえる。
完全に閉じたまぶたは開く気配はないし。出血も酷かった。意識を失って結構経つんだろうか?
わずかに息をしていた。なんとか生きている。でも弱々しい呼吸。
早く手当てをしないと。
「どっせーい」
あたしよりも重いか同じくらいかの重量のショウを背中にしょって、安全な場所を探して移動した。
「病院ってどこー? ヘルプドクターーー!」
ああ、もうテンのやつに手伝ってもらえばよかった。テンがショウを助けてくれるか怪しいけど。てこれやった張本人だし……。もー、鬼が島にとっとと行くなやー。
――無我夢中で探していた。病院ってのがなかなか見つからないBエリアで、運がよかったのかなんなのか、ドクタードクター叫んでいたら医者を捕まえることができた。Bエリアの医者ってことでちゃんと免許持っている人なのか怪しいうさんくさいおっさんだったけど、今はえり好みしている余裕はなくて。近くの宿舎を借りて、そこでショウの手当てを頼んだ。
その時は気づかなかったけど、その場所はあたしの記憶にある因縁深いところだった。
十五歳のあの日、死に直面したあたしを救ってくれたビケさんに借りた部屋の宿。
病院でもないこんな宿で、衛生面とか大丈夫だろうか?とは思いつつ、あたしにはメスも手術針も扱えないし、薬なんかの知識も無いから、自称ドクターにまかせて大人しく外で待っていた。
数時間のち、ドクターが出てきた。治療はとりあえずすんだらしい。傷口を縫って、薬を塗ったとか。で請求書はBエリア領主あてにお願いしますって言ってやった。ショウの顔を見て「この人領主さまだね」って気づいていたみたいだから、すんなり受けてくれた。カイミの話だと領主辞めたとか聞いたけど、まあ庶民が知るほどの段階じゃないんだろうけど。あ、請求宛鬼が島にすればよかったなー。
傷が塞がるまで安静にしておけとのこと。痛み止めの薬をもらって、ドクターの背中を見送って、あたしは室内に足を踏み入れた。
シンと静まった室内にはまだ薬のにおいが立ち込めている。質素な室内の質素な簡易のベッドの上にショウが目を閉じたまま横たわっている。上半身裸で包帯が巻かれた体。痛々しいけど、まあとにかく、生きててよかった。
「はぁ」
ベッドわきにあったパイプイスに腰を落として、あたしは初めて安堵の息をはいた。
思えば、ショウは第一印象からして最悪で、何度も災難に巻き込まれたりして、地獄に落ちろ天罰下れ!と思ってきたことばかりだけど、心の底から憎めなかった。
好きじゃないけど嫌いじゃない。信頼しているわけじゃないけど信じてないわけでもない。
味方とは思えないけど敵なんだとは思えない。
そのよくわかんない感情は、今ならわかる気がする。
あたしはショウに近いものを感じているんだ。
だからかもしれない、あたししかショウを救えないなんて妙な使命感があるのは。
「う…」
ベッドの上のショウが小さく呻いて、顔をしかめる。
「…ビケ…兄」
うわごとでビケさんの名を……。
桃太郎のやつが言ってたけど、ビケさんに捨てられたって。ビケさんはキョウのときも、まるでキョウがどうなろうとどうでもいい口ぶりだったし。ショウのこともどうだっていいんだろう。
コロッシアムではショウを信じていると言って、カワイイ弟とも言ってて、そんなこと言われるショウに嫉妬していたこともあったけど、全部上辺だったんだ。
ビケさんの心にはおばあちゃんしかいない。
それ以外の存在なんて心底どうでもいいんだって思ってる。
おばあちゃんという目的を果たす為の道具でしかなかったあたしたち。
「…違う…、ビケ兄…、あの男が…」
呻くようなショウの寝言。あの男って桃太郎のこと?
温羅であるビケさんと戦うために、あたしをずっと振り回してきて、テンを利用しようとした悪しき桃太郎。
結局はテンに逆利用されて、消滅しちゃったけど。
あいつがしてきたことは、あいつがいたという事実は消えない。
「うう」と何度もうなされているショウ。悪夢を見ているんだろうか。傷が痛むんだろうか、その顔は苦痛に歪んでいる。滲んだ汗によって肌に髪の毛が張り付いている。
こいつ前髪長いよな。いつも右目を隠すような髪形で、うっとおしくないんだろうか。
あたしはショウの長い前髪を張り付いた肌から離す様にそっと指でかいた。
あたしの指が軽くショウの肌に触れたせいか、ショウの瞼が開いて、反射的にあたしのその手をガッと掴んで引き離した。
完全に覚醒した瞳で、驚いた顔であたしを見ているショウ。
「なんで、リンネが……」
ショウの中であたしが目の前にいるのは予想外のことらしい。
「残念ね、ビケさんじゃなくて」
意地悪気に笑ってやる。ショウはギッと睨みつけて上半身を起こしたけど、痛むのかびくんと動きを止めた。
「くっ、ここは…」
気を失っていたから自分の置かれている状況をまだ把握してないんだろう。
「覚えてないの? アンタは桃太郎に、いや正しくはテンにか?」
「覚えているよ!だからなんでリンネが」
いるんだよ?と鋭い目つきのまま疑問を吐いたショウ。人を警戒するような目つきだ。
「嫌な夢を見たのよ。アンタが桃太郎なテンに殺される夢。夢じゃなかったけど」
「…生きてるし…」
つっこむ余裕はあるんかい?!
「下手したらほんとに死んでいたのよ? 桃太郎はアンタとあたしを殺す気マンマンだったし…。
でもなんでアンタテンと? ビケさんに捨てられてヤケ起こしたの?」
「は?なにそれ。なんでボクがビケ兄に捨てられるんだよ。リンネと一緒にしないでくれる?不愉快にもほどがあるんだけど」
ツバを吐くような顔して不機嫌を露わにするショウ。なんだこいつまだ現実から目をそむけているのか?
「まだわかんないの?ううん、ほんとは知っていたんでしょう?ビケさんの気持ち」
なにも知らなかった頃のあたしにショウは言っていた。
『ビケ兄のこと知らないくせに』と。
きっとショウは気づいていたんじゃない? ビケさんが想う人は別にいて、その想いは簡単に崩れないものじゃないかって。
知らないあたしを愚かだと思っていたんじゃない。
たしかに、今のあたしならあの頃のあたしを愚かだと思う。ケツ蹴り上げてやりたいと思うけど、でもそれもあたし自身で、変えられないことだから。受け止めて前に進むしかないから。
「ビケさんはショウが死のうがどうなろうがどうだっていいって思ってる。あの人にはおばあちゃんしかいない、おばあちゃんしか見えてないんだもの」
十八歳になったあの日、ビケさんに「ゴミ」と吐かれたあの日に、あたしは痛いほど思い知った。
ビケさんのおばあちゃんへ寄せる想いを。
切なく振り絞る声を、言葉を、眼差しを、あたしに向けてくれたことなんて一度としてなかったのに。
あの人は自分の想いのためなら、自身を偽ることだって平気でできるんだ。
どうしようもない人……。
それでも好きなんだからしかたない。
あたしにしても、そしてショウにしても、ビケさんへの想いを簡単に捨て去れないんだ。
もしかしたら、あたしとショウの想いは似て非なるものかもしれないけど、その心中はショウにしかわからない。
「るっさいんだよ!!」
あたしの言葉をかき消すようにショウが怒鳴った。あたしの言葉が戯言だと、逃げるようにも感じる態度で。
「知らないくせに、好き勝手言うなよ! ビケ兄がいなければ、…ボクはずっと…」
声を荒げて怒りに震えるショウは、ぎゅっとちぎるほどにシーツを握り締めていた。
でも語尾は弱々しくなって、俯いた。
「地獄の中にいたんだ」
いつも道化た態度で、つかめない奴だったショウがこんな感情的な姿見せるのは初めてな気がする。
「ボクの味方はビケ兄だけだ。ビケ兄の言うことが正しい。ビケ兄のいうとおりにしなきゃいけないんだ」
言い聞かせるみたいな言葉にしか聞こえない。
「だから、ビケ兄がいらないって言ったら消えるしかないんだよ」
本心でそう言っているようには思えない。ショウだって気づいているんでしょ、ビケさんが間違っているって。
「じゃあなんで、あたしのこと助けたの?Dエリアであたしのことなんで助けたのよショウ。
ビケさんの命令じゃないでしょ」
「は?なに言ってるかわかんないんだけど。Dエリアになんか行った覚えないし。なにその妄想キモイんだけど」
ハ。と息はいて目をそむけるショウ。すっとぼけやがって。
かぁっと全身に熱がこもる。感情まかせにあたしはショウの上にのっかるようにして首を掴んだ。
「とぼけないでよ! あたしはちゃんと覚えているんだから! 証人だっているんだからね!」
「くっ、いたっ、ちょっ、どけよ!」
思いっきりショウの腹に乗っかっていたことに気づき、あたしは腰を浮かせた。掴んだ首は離してないけど。
「勝手な妄想でもしとけよ。だいたいなんでボクがリンネを助けなきゃいけないんだよ。心底死ねと思ったことは何度もあるけどさ、わけわかんねー」
よく言うわ、目を逸らしてってのがバレバレですけどね。
「ウソつくのがへたっぴよね。ビケさんを見習ったら?」
100%嫌味ですから。究極の照れ屋認定だからね。
「アンタが認めないならそれでもいいよ。あたしはあたしの見たことを信じているから。ショウがいたから、今のあたしがいるんだもの」
「だからその恩返しとばかりにボクを助けたって言うのか?は、勝手自己満にもほどがある。
ボクがリンネに助けられることがどれほど屈辱的か知らないの?」
「知らんわ!ボケ!」
「ぐっ」
思わず力入って首絞めかけた。
「アンタのプライドなんて知ったことか! あたしはただショウを死なせたくなかったの!」
ビケさんを好きになって、あたしは破滅的な道を選んでしまった。
ビケさんしか見えなくて、ビケさんさえいればそれでいいと、そう思っていた。
だけど今は違う。
優しく微笑むおばあちゃんの顔が浮かぶ。
側にいるわけじゃなかった。だけど、いつもあたしを優しく包んでくれた光。
「ショウはビケさんさえ居ればいいって本気で思ってる?!」
本気でそう思っているわけじゃないよね?じゃなきゃあたしを助けたりしない。
「少し前のあたしなら、ビケさんさえいればいいって思っていた。
でも今は違う。
おばあちゃんがいて、テンがいて、キョウがキンがいてよかったって思う。
それからショウ、アンタのことも。
ビケさんを好きな気持ちは変わらないけど、大事な人は一人きりじゃないって気づいたの。
ビケさんにだってそれを教えたい。テンもショウもビケさんにとって大事な存在だって伝えたい」
おばあちゃんしか見えていないビケさん。その想いは一途で、強くて、だけど儚くも思う。
もちろん一番見てほしいのはあたし自身。
あたしのことを見てほしい。桃太郎の生まれ変わりとしてじゃなく、桃山リンネというアナタに恋する乙女として。しょうがないよね、それが恋心ってやつなんだもの。
そのための道が暴力というバイオレンスなものであったとしても、アナタに届くというのなら、あたしはためらわない。
一人じゃないし。
鬼が島で待っているおばあちゃん。
鬼が島で共に戦おうと言ったテン。
最初に鬼が島を裏切り味方になってくれたキョウ。
修行に付き合ってくれたキン。
ミントさんはあたしに武器を作ってくれた。
クローはカフェテンを守ってくれると約束してくれたし。
ほら、なんて頼もしい仲間に支えられていたんだろう。
何度も砕けたあたしの心は弱かったし、今も弱くないとは言い張れないだろうけど。
以前のあたしより、強いよ。進化している。
ビケさんと向き合おうとしているから。ビケさんの想いを知って、敵わない確立のほうが圧倒的に高いことも知って。
それでも向かえる力を手に出来たのは、みんながいてくれたからなんだよね。
ショウ、ショウにも立ち向かってほしい。ビケさんに利用されたあげく捨てられたなんて、それで納得して人生終えてほしくない。
ビケさんを想う同士として、ショウに諦めてほしくない。
「は、だから戦おうって言うんだ。温羅の力を持つビケ兄と。どんだけバカなんだか」
諦めた眼差しのショウ。温羅がなによ?桃太郎だって消えたんだし。なにをそんなビビんなきゃいけないの。
温羅とか桃太郎とか因縁とか、どうだっていい。
ショウの頬を両手で挟むようにして持ち上げて、あたしは挑戦的に言い放つ。
「あの時アンタがあたしに言ったこと、そのまま返してあげる。
這い上がってきなさいよ!」
「く、ははっ」とショウは笑う。そのあとのこと考えて言ってるの?と。ショウも挑戦的に睨み返してきて
「その時ボクはリンネに銃口向けているかもしれない」
「は、上等よ。アンタがあたしの前に敵として立ちはだかるなら、遠慮なくぶっ倒してビケさんの元へ向かうから」
指鉄砲をあたしはショウの鼻につきつける。挑発っぽく。
「ふっ、はは…」
ショウは笑って、上半身を倒してまたベッドの上に横になった。
「生意気、リンネのくせに。…なんか、オッサンの小物版ってかんじ」
は?なんだそれ、バカにしてんのか?!
ショウは天井を見たまま目を細めた。そして小さくつぶやくような声で
「楽しみに…してるよ」
感情を消したような顔と口調だったけど、なぜかあたしの口端はにまりと釣りあがってしまった。
あたしは預かっていた薬を置いて、部屋をあとにする。
「次に会うのは、鬼が島ね…。待ってるから」
テンと同じことをあたしはショウに告げた。
あたしとショウは敵同士かもしれない。
それでもいいかもしれない。
戦うことでしか、わかり合えない関係があるとするなら、それとして受け止めるから。
だから、待っているよ。
鬼が島、因縁の地。
桃太郎が散り、温羅が鬼王となり天下を手にした地。
おばあちゃんが捕らわれ、ビケさんが待ち受けるその場所へ、あたしたちは向かう。
鬼歴千五百年二月三日、それが決戦の日となる。
あたしが恋を失くしたその日から一年、あたしは新たな恋を掲げて、アナタに会いに行く。
最終幕 決戦!鬼が島に続く。
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