ここのところ退屈だ。
退屈ってのはストレスが溜まるってことだよな。
あのイベントがいい刺激だったのかな、…でももう一回やれって言われたらさすがにうんざりなんだけど。
そうだな、相手が、あんなDエリアな連中じゃなくってさ、例えば…例えば…
「ショウー、さっきからなに考え込んでるの?」
そう言いながら寝転んだボクを見下ろすのは、こっちの世界の、つまりゲームの世界のほうのリンネだ。
「別に」
コロッシアムが終ってから、なにかが大きく変わったとか、そんなことは特にない。いや、細かく言えば、そんなことあるわけだけど、なんだ、ボクはそれを上手く説明できないてか理解できないんだけど。
ビケ兄はボクに思い出してほしいと言った。それってあの日ビケ兄と初めて出会った時のこと? いや、違うんだよな、それ以外に、それ以上に大事な記憶なんてあったか?
「別になんて誤魔化しても無駄だよ、あたしにはわかったんだから。ずいぶん真剣な顔してたし、大事な事で悩んでいるんじゃないの?なんて」
したり顔でよく言うよ、お前ごときにボクがわかってたまるか。…ボクもこいつのことまだ探りきれてないわけだけど、いつになったらこのクソゲークリアできんだよ。ほんと鬼が島の指令がなかったら、とっくの昔に投げてるくらいだ。相変わらず気を抜いたり選択間違えると死にまくる、そのストレスと戦いながらなんとか進めて中盤は過ぎたくらいだと思う。
「もしかして、前に話してた例の大事な人のことだったりして。あたしショウと一番親しくなった気でいるけど、ショウの一番って今でもその人なんだよね…」
「ボクはリンネが一番好きだよ」
「ブッ! そんな感情のこもってない棒読みで言われても。…まあいいや、きっといつかは、あたしはショウの心を掴んでみせる、心の底からわかりあえる関係になれるように」
なんかこのごろのこっちのリンネは…
「調子こいてきたよね」
「な、なにそれ、…他に言い方ないもんかなー、はぁー」
大事な人か…、ビケ兄にとってボクはどのくらいの価値がある存在なんだろう。…ビケ兄の言っていたあのことを思い出さない限り、ボクは価値ある存在になれないのかも…。
ビケ兄の期待に応えられなければ、ボクはビケ兄にちゃんと見てもらえない。
「ねぇ、キスしてやろうか?」
「…は? え、いやいやいやい」
「いでっ」
なんでいちいち人を蹴飛ばすんだこいつは。
「だめ!そういうのは、ちゃんと好き同士じゃないとやっちゃだめなんだから!」
「乙女か」
「お、乙女ですよ! まったく。…あ、だれだろお客さんかなー。ステキな人だな…」
リンネが窓の外をのぞきながら、なんかブツクサ言って…。!?
気になってボクも窓の外を見下ろした。寮の庭内に見えたその人物に驚愕した。
「どうして、ここにいるんだよ?」
「え、ショウ?」
いるはずのない人物、ここはリンネの記憶で作られたゲームの世界だ。二年前のリンネの記憶の中に絶対にいるはずがない!
見間違いか?! ボクが見間違うわけない、その人の姿を。
ボクは部屋を飛び出し、階段を駆け下り、庭内へと出た。正面からその人を捉える。
「ビケ兄、どうしてここに?」
「どうしたのショウちゃん、驚いた顔して」



「あ、なんでここにビケ兄が…」
「そんなに驚くことないでしょう。何度もノックしたのだけど、ちっとも返事が無いから入らせてもらったのよ。なにかに熱中していたのかしら?」
「!…あ、ごめん」
景色が切り替わる。ここは、Bエリア領主館のボクのプライベートルームだ。…つまり現実の世界のほう。で、目の前にいるビケ兄もリアルなほうだ。
「ちょっとゲームで遊んでて」
「くす、私に気づかないくらい熱中していたってことかしら」
ビケ兄の手がボクの頬に触れる。この感触はリアルのものだ。やべー、頭の切り替え悪いぞ。
そういえばビケ兄に会うのはコロッシアム以来だ。あれからビケ兄どこにいたんだろ? Cエリアにすぐに戻ってなかったみたいだけど。
「コロッシアムの後始末でごたごたしちゃってね。まあキンにまかせてあるのだけど。一段楽したし、今はCエリアに戻ったわ」
「そうなんだ。あー、結局コロッシアムって中止なんだ」
「そうなのよ、残念だけど、施設も壊されてしまったし。私もキンも領主の仕事をこなさないといけないから、もうこれ以上あのイベントに時間を費やすわけにもいかないのよ」
「ふーん。…リンネの奴命拾いしたってわけか」
「ええ、でもまだ金門はリンネの命を狙っているみたいだけど」
「リンネね、アレから全然会ってないんだけど、リンネの奴またビケ兄のCエリアで世話になっているわけ?」
「そのリンネのことだけど、私の恋人ということにしておいたから」
「はあ? なにそれ、初耳なんだけど」
「ええそうでしょう。ついさきほどのことだもの。ふふこれで金門がどう動くのか、楽しみなところね」
金門ね、コロッシアムが終ったところでリンネの状況はたいして変わってないだろうな。Cエリアに戻れば相変わらず金門に狙われるだろうし。まさか金門煽る為にリンネを恋人にしたってんじゃ。
「ところでショウちゃん、コロッシアム以来なにか変わった事はない?」
「変わった事? …別にないけど」
「…本当に?」
「ビケ兄にウソはつかないよ」
「そうね、知ってるわ」
ビケ兄が笑って、ボクの額に口付ける。
ビケ兄の言う事は、あのことだろうか。コロッシアム開始前にビケ兄が言ったあのこと…?
「まだちゃんと思い出せていないみたいね」
「ごめん…」
「ふふいいのよ。アレもまだ思い出していないみたいだし、ふふふ」
アレってなんのことだ?
「アイツもショウちゃんのこと気にしていたわ。アイツがだれなのか、じきに気づくでしょうね。
ショウちゃん、あなたこのままBエリアの領主続けてなさい。鬼が島からもそのうち新たな指令が来るかもしれないからね」


ビケ兄はCエリアへと帰り、ボクはまた退屈な時間を費やしていた。相変わらずクソでクソなこのクソゲーをやりつつ、ウザイレイトをパシらせつつ、退屈な時間を。そんな退屈を壊してくれたのが、キョウ兄からのある情報だった。
ボクはAエリアのミントの元に向かった。理由はこのゲームだ。このゲームにはとんでもないバグがあったからだ。ありえないはずの現象、ゲームに登場するはずのない人物に数度遭遇したからだ。その登場するはずのない人物とは、二年前のリンネの記憶にいるはずのない人物、ビケ兄だった。
ただビケ兄はリンネとは接触しない。遭遇するのはボクとだけだ、そこが妙にひっかかるわけだが。
「はあおかしいっすね、ひょっとしてショウっち、アンタ夢と混同してるんじゃないっすか?」
「はあ? 何言ってんの? 自分のミス人の勘違いでスルーする気か?」
「んー、だから桃山さんの記憶にない人物が出るってのは、桃山さん以外の記憶が関係してるってことじゃないすか。…記憶に入り込むゲームっすし、…少なくともアンタの記憶にも作用している可能性があるっすね」
「なんだそれ、聞いてねーぞ。…気分悪いな、これもう壊していいよね」
「あ、ちょっと、途中でやめないほうがいいすよ。記憶の混乱が起きても知らないすよ」
クソゲーどころじゃなかった、このゲーム…、とんでもない地獄ゲーだ。あのバグが多発するようになったのは、ゲームを開始してかなり時間が経過してからだ。Bエリアでビケ兄に会った瞬間、現実と空想世界の切り替えに時間がかかった。

「ショウ、お前どうしてここにいるんですか?」
「ゲ、キョウ兄」
真面目なキョウ兄に見つかったら、Aエリアのルールとやらでうるさく言われるだろうなーと思っていたら案の定、うるさく言われた。まあそれはともかくとして、ここでキョウ兄からおもしろい情報を得られた。
いやそれがすっげーおもろい情報。
「オッサンが記憶喪失?」
あのオッサンが今記憶喪失でBエリアにいるらしい。なんだそれ! クソおもしろいんだけど。
キョウ兄の頼みがなくとも、ボクはあのオッサンの醜態を探りにいくつもりだ。
この夏はいい暇つぶしができそうだ。



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