そういえば先日ビケ兄が意味深な事を言っていた。
「ショウちゃん、近々お前にプレゼントをあげられると思うのだけど」
「プレゼント? なんだろすごく気になるんだけど」
「ふふふ、少し過激なプレゼントになるだろうけどね」
近いうちにキン兄から知らせがあるって言ってたけど、まさかそれが……。


「コロッシアムー!?」
ビケ兄に会えるからとキモイほどうきうきしてDエリアに来たリンネ。そこはDエリアには不釣合いな近代的なイベント会場。コロッシアム…、このイベントのためだけに作られた場所らしい。このイベントビケ兄とキン兄のCエリアとDエリアの両主催ということで開催された。
イベントの詳細についてボクもろくに聞かされていなかった。ビケ兄たちに案内されて来た会場の関係者専用の一室内で初めて聞かされた。ボクとリンネがこのコロッシアムに大きく関わるという事。リンネは賞品として、ボクは参加者として登録されていた。
「最強を懸けての本気の殺し合い祭り、それがワシと兄者で開催するコロッシアムじゃ!」
参加者はDエリアの猛者的な人間の風貌越えたガイキチばっかりでいかにもって感じなんだけど、どうやら金門の手先らしい。その目的は百パーセントリンネだろうな。リンネが桃太郎って噂を流したのは金門だしね。賞品であるリンネは優勝者がその場で好きにしてもいい。連中が優勝すれば、コロッシアムがリンネの公開処刑場になるだろうね。…それってボクが参加しなければ、リンネの死刑決まりってことじゃないか。いや、参加してもボクが優勝できるとは限らないんだし、…なんでもありの殺し合い祭り、しかも賞品がリンネ?
これって別に鬼が島からの指令でもない。なら、ボクが命懸けてこんなイベントに参加する理由なんてどこにもない。

「このイベントのCエリア側の客の大半は金門の人間なのよ。
だから、コロッシアムという公の祭りで、ショウちゃんが優勝してリンネを正式に
ショウちゃんのモノとしてしまえば、金門も手出しできなくなるんじゃないかしら」
意味がまったくわからないんだけど。
金門に手出しをさせない方法なら他にもあるだろうに。…ビケ兄のいう理由は本当の理由じゃない。ボクがコロシアムに出なければ行けない理由、…ないよそんなもの。

「ムリ。死んでもやんない。Bエリアに帰るから。」

やる気なんてなかった。めんどくさいし。そんなボクを引き止めたのは、アホみたいに必死なリンネだった。
まあボクがでないと、リンネは百パー死亡まっしぐらエンド確定だからね。それだけじゃなくて、リンネが口にしたのはビケ兄のことだった。
「ビケさんのために!」
ビケ兄のためになる? コロッシアムでボクが勝ち進む事は、…ビケ兄のため?



リンネは一人でなんか叫びながらキン兄に連れられていった。
通路に残ったのは、ボクとビケ兄だけ。
「嬉しいわ、ショウちゃんやる気になってくれて」
「ビケ兄、プレゼントってことのことだったんだ? まさか、リンネがプレゼントだなんて冗談はやめてよね」
「ふ、ふふふ、そんなものよりずっとショウちゃんのためになるプレゼントよ」
なんのことだろう?
「本気の死合の中で得られるものもあるわよ。…ショウちゃん、私も父上も期待しているのよ、お前が本当のお前として目覚めることをね」
「……それは」
頭上に影が落ちる、ひんやりとしたビケ兄の掌がボクの顔を包んだ。一瞬ぞくっとしたけど、ボクはビケ兄に触れられるのイヤじゃない。
「そろそろ思い出してちょうだい。…前世の記憶を。…私との強くて深い繋がりの意味を…」
「…ビケ兄…」
「リンネの存在はお前にとって刺激になっているはずよ。…いえ正しくはリンネの中のアレかしら」
Cエリア領主館襲撃時の、あのリンネを思い出す。
『会いたかったんだろ?俺様に』
答えを持っているのはアイツってことだ。…桃山リンネの中に潜むアイツ…。
「…桃太郎」
くす、とビケ兄が小さく笑って、ビケ兄の鼻先がボクの鼻先をかすめながら離れていった。
「がんばってショウちゃん、私はお前を信じているわよ」


コロッシアム、対戦相手はどいつもこいつも、まともに目にしたくないようなブサイクばっかりでうんざりくる。長時間見ていると目が腐りそうだから、とっとと終らせてやった。
ボクとしてはとっとと終らせたいのに、ビケ兄は瞬殺は禁止ショーとして楽しませろなんて課題も出すから、なかなかめんどうくさかったよ。
ボクはキン兄や、あのオッサンみたいなバトルバカじゃないから、インドア派だしね、こういうの基本好きじゃない。戦いは、…元々好きじゃなかった…。戦わなきゃいけなかったから、戦闘能力を高める事、強くある事、それが義務だ。鬼門の人間として。
ビケ兄と出会うまで、これほど苦痛な事はなかった。ビケ兄が、…あの地獄からボクを解放してくれた。
戦いは嫌いだけど、邪魔な者を処分するのは、嫌いじゃなかったな。やった瞬間はすっとするんだけど、時間が経てばヘンなストレスが湧いてくる。


決勝か。…よくもまあここまで付き合ってきたよね、ボクも。ビケ兄の頼みがなかったら、最初からリンネ蹴飛ばして帰っていたところだけど。
…にしても、なんだ。ちょっと楽しんでなかったか?ボク。あんなに体動いたの初めてかもしんない。自分でも笑っていたのがわかったくらいだし。おっかしーな、ボクキン兄みたいなバトルバカじゃないはずだけど。
さすがに戦闘中に勃起したら変態だろうけど、今までにない快感を味わっていた気がする。おかしいな、ボクはいつから変わったんだ? あんなにイヤだった事を、どうしていまは気持ちいいと感じている?
目に映るコロッシアムの会場内の景色が、どこか非現実的な感じがして、その向こう側に、もっと生々しい景色が見えている気がする。土のにおい風の音、刃がぶつかり合うような……?
『よお、…俺様に会いたかったんだろ? ゼンビ』
桃太郎と名乗ったリンネの中のアイツ…、ゼンビ、アイツはボクをゼンビと呼んだんだ。

『ショウ…、もう大丈夫』
ビケ兄? そうだ、ビケ兄だ。この姿は、ボクと出会った頃のビケ兄。
大丈夫、そう言ってボクを救ってくれたビケ兄だ。
『思い出してちょうだい。前世の記憶を。私との強くて深い絆の意味を』
ついさっきのビケ兄が今度は現れる。
前世、前世なんて、ボクには関係ないことだよ。…キョウ兄やキン兄たちとは違う。…ボクが温羅である鬼王と前世で関わっていたとかないから、ボクには今のビケ兄としか関わりが…、いや。
だれだ? あの赤い髪の男、時代劇みたいなヘンな格好してさ。…いや、あれは、まさか。ロクに勉強してないボクでも、瞬間あの赤い髪の男が何者なのかわかってしまった。
『温羅?』
夢の中のボクがそいつの名をつぶやく。そうだ、ボクはそいつを温羅だと認識しているんだ。ボクに呼ばれて、温羅が振り返る。
『ゼンビ…、どういうことだ…?』
なにを言ってるんだよこいつは。人のことゼンビとか言うし、それに、…なんか怒ってるし。なんなんだよ?
『どうして私を裏切った? 私はお前を信じていたのに』
はあ?
何言ってんだよ、何勝手に人を裏切り者扱いしてるんだよ?反論してやりたいけど、だめだ言葉を発せられない。理不尽だよな夢の世界って。


気分悪い。あんな夢見て一気にテンション降下した。
「どうしたんじゃ、ショウ。決勝前じゃというのに、えらい沈んだ顔しとるのぅ」
控え室にやってきたのはキン兄だ。バナナ食えとバナナをすすめてきた。…そんなバナナばっかり食えるかよ。ハー、本気で気持ち悪くなってきた。
「なんかさ、もうやめたいんだけど」
「おいおいお前なに言うとるんじゃ。ええんか?それで」
「いいよ別にどうだって。リンネが公開処刑されようが陵辱されようが、どうでもいいね」
「いやリンネのことはともかくとしてお前自身のことじゃ。楽しそうに見えたんじゃがな。兄者じゃって見とるのに、それなのにやる気なくしたんか」
ビケ兄、…なんだよ、ビケ兄のこと考えるとなんか胸が苦しくって気持ちわりぃ。さっきのヘンな夢に影響受けてどうするんだよ。
「やれやれ」
キン兄はあきらめたのかすぐに出て行った。

「なんでヤル気ないの? 調子でも悪いわけ?」
キン兄の次ぎはコイツだ、リンネ。まあボクが出なければ相手が不戦勝で、その時点でリンネは死亡ルート一直線だから、意地でもすがるしかないだろうな、惨めなことだ。
「なんか・・・・ムカツいてきたから」
「へ? 誰によ?」
得体の知れないなにか、…ハッキリしない不安感。ただハッキリとわかることは、確実にムカツくのは目の前にいるコイツだ…リンネ。
金門の連中に処刑されようがどうでもいいけど、…なんかそれだけじゃ物足りない気もするな。
お前はだれだ? 桃太郎? もしそうだとして、桃太郎ごときになんでここまで不快にさせられるんだ?
ああボクだけが知らない不快感か。アイツは、リンネじゃないアイツはボクを知ってる口ぶりだった、キモイほどにね。ボクがリンネに感じる不快な感覚を、ハッキリと説明できないから、意味不明すぎてそこが…気持ち悪いんだ。


気は乗らなかったけど、結局ボクは決勝戦に出た。けど、アクシデントがあってすぐに中止になったんだよね。…不燃焼気味で、そこもまた気持ち悪かったわけだけど。
ビケ兄は最後まで見てくれていなかった。まあ爆発騒ぎがあったから、だろうけど。それでも、すごい空虚感に襲われた。ああやっぱりビケ兄の興味は、ボクよりも他のソレにあるんだろうか。
オッサン…、アイツほど胸糞悪くなる存在はいない。



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