あの後、ボクは死んだ。
実際死んだのは一度や二度じゃなかったりするんだけど、腹立たしいことに今のこのボクは本来のボクじゃない。本来のボクならなんてことない回避できることさえ、できない仕様になってる…、なんだこれふざけんなっ。
苛立ちながらも、ボクはこの世界から抜けるわけには行かない。まだ目的を達成していないからね。
目的はもちろん、桃山リンネだ。
この世界にいるリンネは、本来のリンネと別物だが、リンネなのもたしかだ。…本物よりもさらにむかつく存在なんだけどね。
今日も暇だったからテキトーな女子捕まえて遊んだけど、すぐにあきて帰した。寮の廊下から向かいの女子寮の通路が見渡せる。
「あれは…」
ぼーと見ていると、またとんでもないものをボクは目撃してしまった。
通路を駆けていく一人の女子、なにかに追われている様子で、鬼気迫る感じだ。肩下まで伸びた黒髪が激しく揺れている。現実とかなり違う姿だけど、この世界で何度も目撃している姿を見間違うはずがない。
「リンネ…」
視線をリンネが走ってきた方へ向けると、巨体が揺れながら走っている。遠目からでも、あれはそうとうにブサイクだってわかるね。ただでさえ見苦しいのに、ヨダレなんか垂れているのまでハッキリ見えたボクの目を呪いたい。あああれか、あれに追われているわけね。
リンネがなにかに気づいて立ち止まった。なにに気づいたか、ボクも気づいてしまった。明らかにこっちを見ている。窓をたたきながら、なにかを必死に叫んでいる。
ああ、つまり助けを求めているってわけね。馬鹿馬鹿しいね、まるでわかっていない。ボクがお前を助けるわけないだろ。
ちっ、…目的を思い出した。
ここでリンネがあいつにやられたら、また真っ赤な画面が広がって、めんどくさいこの世界をやりなおすはめになるんじゃないか?
「ああくそっ、めんどくせっ」
ボクはリンネのほうに、窓を叩いて合図を送る。ハッとして後ろを向くリンネのニメートルほどの距離までブサ野郎は迫っていた。
「バカっ、逃げろ」
リンネの奴、完全パニックか、びびって硬直しちまってるみたいで、逃げようとしない。ああくそ、なにやってんだよ。…ボクがやるしかないって方向に向かわせたいのか?
腹立たしくてしょうがないけど、もうゲームオーバーはうんざりだ。とっとと先に進んでやるよ。
ここでの判断が重要だ。今から走って行っても、間に合いそうにない。
選択に迷っている時間が経てば経つほど、赤い画面がちらつき始める。あーくそっ、ほんとむかつくんだけど。
この手に飛び道具でもあれば、ここからあのキモ野郎の脳みそをブチぬいてやるのに。
「…!? あっ」
制服のポケットの中になぜかおはじきと輪ゴムが入っていた。…こんなモノ入れた覚えなかったんだけど、……ああそういう仕様なのか。
なにがどうしてなんてつまらないこと考えている場合じゃないな。窓を開けて、ボクは輪ゴムを構えて、弾であるおはじきを、あのキモ野郎の見える窓に向けて放つ。
おはじきが窓にぶつかった。…ああぶつかっただけで、窓ガラス貫通してあいつにクリティカルヒットとかそんな都合のいい展開はないわけね。だけど、ボクの行動は間違ってなかったみたいだ。あのキモ野郎の注意は完全にボクのほうに向いた。キモイ怒り顔がこっちに向く。うわ、ほんとキモ過ぎる、とっとと死んでくれ。
「ざわざわ」
向こうの女子寮のほう、騒ぎを聞きつけて他の生徒連中が通路へと集まりだした。ふーん、あのキモ野郎ボコられフラグか? と思ったけど、そんな展開になる前にあのデブ風のごとく走り去って逃げやがった。
リンネは…、リンネのいたほうへと視線を戻すと、へなへなと廊下にへたり込んだまま呆然としていたリンネがいた。…おはじきでゲームオーバー回避とはね。

夕飯時、ボクは食堂にきた。
…あのさ、これってボクの見間違いじゃないよね?
何度見てもメニューに、うどんとそうめんの二つしか見当たらないんだけど…。
「あのさぁ、メニューってコレだけ?」
パッと見たところ、食事をとっている生徒みんなうどんそうめんうどんそうめん…しか見えてこねー。
「なんだい見てのとおりだよ、迷っているならおばちゃんが決めてあげようか」
食堂のオバチャン、…のドタマにおはじきぶちかましは、できないんだな…。この世界、微妙な箇所でいちいちいらつくんだけど。
「すみませーん、あのビーフシチューお願いしますー」
ボクの背後から、なんとものー天気で、空気読めてないこの声は…。ボクだけでなくて、おばちゃんもいらつかせる。
「んなもんないって何度言ったら覚えるんだ、このドアホがっっ」
こわっ、おばちゃんちょっとハンパなく怖いんだけど、顔が。
「ひぃっ、ご、ごめんなさいっっ」
ゴッ
「いてっっ! がっ」
背後の衝撃のせいで、ボクはカウンターに激突する。危うくカウンター上のうどんだかそうめんだかの器に顔面突っ込みそうになったじゃないか。
「危ないね! アンタなにやってんだい!? 単位落としたいならそうしてやるよ!?」
おばちゃんこえーって、アンタにそんな権限ないだろうが。て…またしてもこいつのせいか、リンネ…、なんでこいつは謝りながら人に頭突きかますんだよ? あれ、またなんかボク軽くダメージ受けてね?
「ご、ごめんなさい、あたしのせいで」
リンネが背後で必死に謝っているけど、…カウンターの向こうのおばちゃんの般若顔は変わらないままだし。いやさらに、おばちゃんの怒りは沸騰てくらいになってて、あ、なんかまた嫌な予感するんだけど。おばちゃんが鍋持ち上げて、あ、あれはあの茶色いドロッとした物体は…。
「そんなにビーフなんとかが食いたいなら、これでも食らいなッッ!」
「ちょっっ」
ありえねー、このババア、あつあつのカレーをこっちにぶちまけやがった。
「あちっ!!」
「!? きゃあっっだいじょうぶですかーー!?」
ババアのカレー攻撃、ボクはダメージを受けて倒れた。…マジかよ。…ねーよ。
カレーのにおいと、茶色い世界の向こうで、あいつの声がずっと響いていた。


ありえねー、…鼻血の次ぎはカレー被って死亡かよ。ねーよ、なんなんだよ、ほんとまじで…ありえないんだけど。
真暗だった視界が、ゆっくりと光を映していく。最初に見えてきたものは、…ボクを見下ろすリンネだった。…見てない景色だなってことは、ボクはなんとか生きていたわけか。…てかカレーで死亡とかないから。
「だ、だいじょうぶですか?ヤケド…」
「別に、なんてことないけど…」
「よ、よかったー。あ、よくないですね、あたしのせいで、おばちゃんにカレーを…」
そういやおばちゃんいやカレーババアはリンネを狙ってカレーぶちまかしたんだよな、…なんでかばったんだよ、ボクは。…ああそうか目的のためにリンネに死なれると困るからだ。…やり直したくないしね。
「あたしなんでかわからないけど、おばちゃんに嫌われてて、前は熱々のステーキ投げつけられた事もあったし…」
なにやってんだよババアもったいねぇ! てそんなとこじゃなくて、おばちゃんが般若化したのはこいつのせいだったってわけか。あのおばちゃんは相当なガイキチなのはあれとしても、リンネにも原因があるってことだな。痴呆老人並に毎度あんなアホを言ってたら、誰だってブチキレたくなるだろうし。
「おばちゃんだけじゃなくて、あたしいろんな人から…嫌われているみたいで…」
自覚は、あるんだな。リンネはうな垂れながら、はぁーと溜息を吐く、うざいくらい聞こえる音で。
「あっ! あの…」
いきなり叫ぶなよ、…こいつは。
「なに?」
ずずいとこっちへと身を乗り出すリンネ、驚いた顔して、なんなのさ。
「そういえば、あの時、助けてくれた人…ですよね。あのありがとうございます!」
むずがゆいんだけど。
「あのさ、勘違いしないでくれる?」
「え? 勘違いって?」
「ボクは別にリンネのこと助けるつもりでしたんじゃないんだけど」
「え?」
ぽかーんてかんじで、間抜け顔をますます間抜けにするリンネ。
「ボクはさ、あのキモイ奴がうざかっただけ。この手に武器があったらあの顔にぶっ放していたんだけど」
ないからな、ここには武器なんて。…Aエリアだからって言ってしまえばそれまでだけど。
がくっと肩を落とすリンネ、数秒して、また「あっ」て顔をあげる。なんか驚いた顔して。
「そういえば今、リンネって言ったような…」
あー、…そういやリンネのほうはボクを知らないんだよな、…めんどくさっ。
「あたしのこと名前で呼ぶ人なんて、おばあちゃんしか、いやあの人もたしか、いやいや違う、あれは違うし」
リンネのやつ、一人芝居しながら首振って、…うざいな、ほんと。
「あっ、もしかして、あなたが手紙の…!?」
勝手に答えを導き出したらしいリンネが顔を向ける。キラキラ輝く目がこれまたうざすぎる。なんだよ手紙のって、わけわかんないし。でもめんどくさいから放置しよう。
「あ、あのっっ」
ガタッ
リンネのやついきなり立ち上がってなんなんだよ?
「さ、差し出がましいお願いなんですが、い、いいでしょうか?」
なんだよこの暑苦しいオーラは。なんかもう激しくウザイんだけど。
「あ、あたしと…っ、友達になってくれませんかっ!?」
こいつの顔面におはじき二万発はぶっ放したいと思わずにはいられなかった。


「んーー、むちゃくちゃおいしーー」
校舎の屋上で、ボクとリンネは昼飯を食っている。食堂は、よらぬが吉だからな、あのおばちゃんリンネの前だとキチるし。そんなわけで購買で弁当買って食っている。リンネのやつ、おかずがからあげ一つのみの超貧相なごま塩弁当のくせに、涙浮べてまでおいしがるもんか?
「はぁー、まるで夢のよう、だれかと一緒にランチなんて、ほんと初めてだから」
えへへと笑いながらリンネが弁当をほおばる。…キモイほどに笑顔でキモイんだけど。そんなキモイリンネから勝手に友達認定された不幸ルートを進みつつ、そこから活路を見出さないとな。
「自慢じゃないけど、あたし今まで友達いなくって。なぜか、会う人会う人敵意を抱かれてばかりで…」
「それって原因あるんじゃないの?」
「え? そんな、あたし嫌われるような事なんてした覚えないのに。できるだけ迷惑かけないように、気をつけているのに」
どの口がっっ、ボクには散々迷惑かけたよね? 短期間で何度死にかけたか。…まあそのことはおいといてもだ。リンネが嫌われる原因、なんとなくわかってきた。その原因にボクも少し心当たりがある。

Bエリアでのあの夜の出来事だ。
一瞬だけ現れた、リンネの凶暴な面。明らかに今までのリンネとは違った。
『成敗されるのはてめぇらクソ鬼どものほうだ!クソがっっ』
鬼が島が最重要人物とマークしていた一人、それがボクが買った愛人形のリンネだった。桃山リンネ、鬼が島が言うには、あの禍々しい悪党桃太郎の末裔らしい。そんなことを聞いたからか、あの一瞬現れた凶暴なリンネが桃太郎のようにも、今になったら思えるかも。
リンネはここ二年間の記憶を売ったらしく、Bエリアにいた現状にも最初困惑していたみたいだったし。鬼が島がどこまで知っているのかわかんないけど…、わかんないから探れって話なのかな。
まあそういうこと、そんな理由でボクは今こんなややこしい状態にあるわけだよ。

「――例えば、自分で気づいていない凶暴な一面があってさ、知らず知らずのうちに、そいつが暴れまわっているとかさー」
「え、…なにそれ、そんなマンガみたいな話あるわけないって」
ないないと手を振るリンネは、本気で心当たりなしってかんじだな、その態度がやっぱむかつくわけだけど。
「じゃあさ、存在そのものが迷惑ってことじゃないの」
「え…」
リンネの表情が固まって動かなくなった。
!? いや違う。これ、目の前の景色が固まって、おかしいのは。
キンキンと酷い耳鳴りがする。なんだよこの気持ち悪さ、バグか?

『この役立たずが。どれだけ私を失望させるつもりだ!?』

「くっ!」
「ショウ?! どうしたの? ご飯喉に詰まらせたんじゃ?だいじょうぶ?」
「うるさい! ボクに触るな!」
「あっ、お弁当がっっ、…もったいない…じゃなくてどうしたの急に」
目の奥がじんじんする不快過ぎる。忘れようとしていた嫌な記憶が頭の奥で暴れそうになる。くそっ、ボクはこいつのことを探ろうとして、自分の記憶のたどらなくていい糸を無意識に引いてしまった。
最悪だ、その原因はこいつだ、桃山リンネ!
「調子悪いなら、保健室の先生呼んでこようか?」
「うざいな、消えろよ」
「消えるのはお前だ、ボクのリンネちゃんから離れろっっ!」
!?
画面がぶれる。なんでここにあのキモ野郎が出るんだよ?
抵抗する間もなく、ボクはキモ野郎の突進で飛ばされて、校舎下へと落下する。
「いやあぁぁーー」
「ひゃははははーーー」
くそ、あいつらの声が遠ざかっていくし、頭がいてー…、気分悪い。
ふざけんな、こんな世界、とっととおさらばしてやる。


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