都を抜け、野道をひた走る。
追っ手から逃れるため、ただひたすらに走って逃れる。
岩陰などに身を隠しながら、腕の中にあの刀剣を抱え込む。荒く乱れる呼吸の中に、悔しい悲鳴をもらす。
「くそぉっ、くそぉっ、あの男…」
ゼンビが悔し涙を滲ませて、憎しみを向けるその男は、鷲将【おおとりしょう】。温羅に協力し、温羅を天下へと導いた赤鳥のリーダーだった男。同じく協力者として温羅を支えた功労者の精霊女【せいれいじょ】を遠ざけ、鬼王温羅の参謀として不動の地位についた。
天下人となり、争いの世を治めた救世主になった温羅だったが、彼自身はというと、叶えたい想いも叶わず、大切な友をまた失い、けして幸福とは言えなかった。また孤独な状態にあった。そんな温羅の唯一の支えが、たった一人の友となってしまったゼンビだった。
以前のように、二人で過ごす時間はますます少なくなっていったが、ささやかな時間であれ、温羅にとっては貴重な憩いの時間だった。
そんな二人の関係を快く思わなかったのは、鷲将だった。鷲将にとってゼンビは目障りでしかなかった。
ゼンビにある指令が与えられた。
鷲将は桃太郎が温羅と死闘のさいに使用した桃太郎の剣をゼンビにと手渡した。
「この忌まわしき桃太郎の剣が都にある限り、温羅様は桃太郎を思い出して苦しむ事になるだろう。この剣を温羅様の目の届かぬ都の外へと持ち出してほしいのだ」
「ど、どうしておいらに…?」
自分でなければならない理由などないはずだが、そのことに不審を抱くゼンビに、鷲将が彼を動かす言葉でもって指令を下す。
「温羅様のためだから」と。
鷲将に不審を抱きながらも、温羅のためならばとゼンビはその指令を受けた。都を出た直後に、異変に気づき、鷲将の思惑を知る事になる。
都から姿を消したゼンビに温羅は不安を募らせる。センビが自分に何も告げず姿をくらますなど考えられない。なにがあってもそばにいると約束をかわした仲なのだ。なにかあった、温羅はそう直感した。探しに行きたいが、鬼王である温羅は勝手に都内であれで歩く事のできない身。がゼンビ捜索は温羅が動くまでもなく、始まっていた。そのわけを温羅は鷲将から聞かされる。
「温羅様、やはりあの小僧は裏切り者だったのです。その証拠に、あの小僧はいまわしき桃太郎の剣を持って逃げ出したのです」
「まさかそんなゼンビがそのようなことを、するはずが」
あんなにも自分を慕ってくれていたゼンビが、裏切るわけがない。温羅はすぐには信じなかった。
「温羅様のお気持ちはわかります。ですが現に桃太郎の剣はあの小僧が持ち出したのです。
温羅様、温羅様のお気持ちを考えて私は目を瞑ってまいりましたが、あのゼンビという小僧、私はどうもきなくさいと思っておりました。思い出してください。あなたの友人の一人、サカミマという青年は桃太郎を止めようとして命をかけた末に散りました。しかし共にいたはずのあの小僧だけは死にもせず、やすやすと桃太郎たちを王の間にと通したのですよ。あの小僧は裏切っているのです、サカミマという青年も、あなた様のことも」
「そ、それにはわけがあったのだろう」
「どのようなわけですかな? いいえどのようなわけであろうとも、私はあの小僧を見逃すわけには参りません。温羅様、あなた様やこの国の未来を思えばなおさら、あのような不審な者は温羅様のお側に置くわけにはいかないのです。あの小僧が温羅様のもとに来た経緯を調べさせてもらいましたが、あの小僧…、もともとの仲間である黒狼を裏切っておりました。そんな者信用などできるわけがありません」
己の感情のままに判断を下すのは、王として正しくない。鷲将に強く諭され、温羅もこれ以上ワガママを押し通せなかった。ただでさえビキ捜索で兵を動かしている事で皆に迷惑をかけているというのに。
「わかった。ゼンビを捕らえてまいれ。ただ死なせてはならぬ。私はあやつの口から真意を聞きたいのだ」
ゼンビは温羅の命を受けて改めて追われる身となった。捕らわれれば最後、処刑が待っている。ゼンビはそう思い込んだ。温羅がどんな判断を下そうが、側にいるあの男鷲将は手段を選ばず邪魔な自分を処分するだろう。それだけは絶対にイヤだった。絶対に生き延びる。温羅と桃太郎、あの日の二人の死闘の目撃者である自分は、なせばならない大切な役目があるような気がする。ハッキリとしないその役目の為に、ゼンビは生き延びる事に集中した。温羅への想いを封印して……。



けだるい午後の時間のつぶし方、そろそろワンパタであきてきたんだけど。
保健室のベッドに腰ついて、目下で揺れる頭の髪をぐいっとひっぱる。
「もういいや、あきたんだけど」
「そんなぁ、ショウ様、これからが盛り上がっていきますのにぃ」
いやこっちは盛り下がりまっしぐらなんだけど、もういいよ。
涙目で見上げるこの女…、あれなんかへのへのもへじにしか見えね、こんな顔してたっけ? まあいいや、もう興味ないし。
ウザイ顔のそいつを追い出して、ボクはベッドに仰向けになって寝る。静かになる保健室、あいつが出てって、今はボクしかいないわけだし。ただ、なにか起こる、そんな予感はする。
そう思っている最中、カーテンの向こうでドアが開く音がした。
「し、失礼しますー。せ、先生…、あれ、だれもいない…んですか?」
うるさいな、…あ、こいつの声は…。
寝たふりして過ごしていたら、そいつはこっちへと近づいてきた。カーテン閉めているし、明らかにだれか休んでいるってわかるだろうが、ボケか? 近づいてきた人影が、ボクの寝るベッドのしきりの側までせまった。
「あの、失礼します。あっ、ごめんなさい」
思い切りカーテン開けといて、ごめんなさいってバカかこいつ、このアホ丸出しの女子はボクに気づいて慌ててカーテンを閉めようとした。そのバカの腕をボクが掴んで引き止める。
「ちょっと、待てよ」
「うわっごめんなさい、先生だと思って確認しようと思っただけですからっっ」
なわけねーだろ、モノホンのバカすぎる。って今さらかもね、いやだって短い付き合いだけど、こいつがバカなのはよくわかっているんだよね。
「人の休息邪魔しといて、ごめんですむと思ってる?」
「ほんとにほんとにごめんなさいっっ」
ゴッ
な、んだ、こいつ、謝りながら頭突きとは…。
なんか画面がグラグラ揺れて安定しない、ダメージ受けたのかボクが…?
ベッドに顔面から倒れこむ。シーツにじわじわと赤い染みが広がる。なんだよこれ、…鼻血噴いてんのか?ボクが…。
「あたた、ご、ごめんなさ、うわっ血、血がーーー」
あいつのほうが慌ててるし。てめーのせいだろこのやろー。
「す、すぐに手当てしますからっ、待っててください」
慌ててベッドから離れるあいつが、向かった先、やばいぞこれはますます嫌な予感しかしない。あのバカを止めないと、確実に死が。
「待てって鼻血なんてすぐ止まるし」
鼻をこすりながら、ボクはあいつを止めに行く。案の定、あいつは棚やら救急箱やらひっくり返しながら、パニクってやがる。起き上がってきたボクに気づいて、あいつは顔を上げたとたん、「ぎゃー」と悲鳴を上げて青ざめる。
「血、血が…すごいでてますよ」
「は…、え?」
下を向くと、これでもかってほどに流血の惨事に、てか、マジで止まらないんだけど……。足がふらついてくる。本気でやばい気がしてきた。ボクは死ぬのか? 鼻血吹きまくって、こいつの頭突きによって…、いやすぎる。
「すすぐに手当て、手当てしないと、あわわわわ」
ヤバイ、ボクがというよりこいつのパニックを収めない事には、とんでもない事になる気がする。気がするじゃない、確実に悪い事になる。ボクがっっ!
「ぎゃわわわーーーーー」
あいつの叫びと共に、ボクの頭上にメスやらハサミやらが降ってきて、おもしろいほどザクザクと突き刺さる音が聞こえた。目の前が真っ赤に染まる。
ボクは何度こいつに殺されかければいいんだ、この女…桃山リンネによって。



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