賊たちがいっせいに温羅へと襲い掛かる。
刃を手に、身を屈めて、猫のように素早く走り下から、飛び掛る。
赤く光る二つの瞳がすべての刃を捉え、二つの光が真横へと流れる。
キンキンと楽器のように高らかになる金属音と共に、赤い液体が飛び散った。
刃を手にしたままの賊の手が空高く舞っていた。
「ぎゃあああああーーー」
利き腕を切断された賊は痛みの叫びを上げた。仲間の一人がとっさに飛んだ仲間の腕を拾い上げ
温羅から距離を置く。
「なんだこの野郎、鬼か?!」
「次に失くす、首!」
刃をしゅっと、相手の首元へと向けて、温羅が警告を発する。
月明かりに照らされる赤い瞳は、賊たちの目には鬼のように映った。
「ちっ、退くぞ退くぞ」
賊たちはすぐに温羅に敵わないと判断し、逃げていった。
(この地にもあのような輩がいるとは・・・)
温羅は刃を収め、夜空を見上げた。
(ビキ、まさか君はあのような連中に?!)
不安なその予感を抱えたまま、夜は更けていく。

「黒狼?」
あの事件の後、長老のもと開かれた集会に温羅もいた。
温羅の言葉にこくりと頷く村人。黒狼という単語に皆おびえるような反応をした。
奪われそうになった貴重な食料などは無事だったものの、数人の人命があの賊たちによって奪われたのだ。
それはこの小さな集落では、余計に大きな損害でもあった。
温羅のおかげで一時はしのいだものの、だからこそ次の不安が彼らにはある。
報復・・・
村人達も、黒狼のことは噂に聞いただけで、実際その実態を詳しく知るものはいない。
だからこそ、余計に恐ろしくあった。
噂では、目的の為なら手段を選ばない、人の心(良心)など持ち合わせていない非道な連中の賊集団。
その集団のリーダーである狼座という男は、野心の塊で、天下をとろうとしている。
今もっとも勢力のある四団体(金酉、紺龍、赤鳥、黒狼)の一つである巨大な組織なのだ。
自分たちの野望の為なら、弱き他の者達はどうなってもいいという思考の奴らばかり、村人達はそう認識している。
恐怖は終わらない、報復は必ずあるはずだ。
再び悲劇は起こるだろう、いや、今までに彼らが体験したことの無い惨劇になるかもしれない。
戦う術を持たない彼らは落胆した。最悪、ここを捨てて逃げるしかないのではという意見も出た。
それに待ったをかけたのは温羅だった。
温羅は声を上げた。この村を自分が守ると。もし再び、奴らが襲ってくることがあれば、この身に代えて必ず倒してみせると。
力強く神秘的な温羅のその姿に、長達は不思議なものを見るようだった。
そして、なぜか、温羅ならば、自分たちの運命を任せられる気がした。
温羅の強さを知る一人が、温羅に賛同した。さらに、彼に勇気付けられた若者が共に立ち向かうと立ちあがった。腕っ節に自信のある数人が手を挙げた。
こうして、温羅たちは黒狼と敵対する道を選んだ。
後に、この国を統べる最初の鬼王となる温羅のこれがはじまりの小さな一歩である。

(この混沌とした世界を終わらせよう。ビキ、君のいるこの地を救いたい、そのためにも私は進もう
戦いの道を)
心に固く誓って、温羅は手をぎゅっと握り締めた。

黒狼と戦う決意をした温羅とは別に、黒狼と戦う別の勢力があった。
それは、桃太郎をリーダーに置く、太蔵たちがさきがけとなった組織だった。
その中には、太蔵のもとよりの仲間たちはじめ、桃太郎がこの地で最初に会ったあの兄弟。
サカミマ、チュウビ、ゼンビの桃太郎の郷土出身の者、桃太郎を慕うビキもいた。
さらに、黒狼ではない賊の連中を地道に引き入れ、サカミマたちと別れた元金酉の男達も太蔵の考えに賛同し、仲間に加わった。
サカミマたちが桃太郎と再会して、二ヶ月が経つ頃には、五十人を超す組織へと成長していた。
その勢いはいまだ止まらない。
まだその規模は、黒狼には遠くおよばないが、着実に力を増しつつあった。そのことは発起人の太蔵も強く実感していたことだった。
桃太郎をリーダーにしたのも、太蔵であった。桃太郎はまだ十五、六の少年でもあり、考えも幼く、言動も乱暴であり、人の上に立つほど熟してなどいない。
だが、桃太郎の人並はずれた圧倒的な強さと、強烈な存在感は人を惹きつけ、その強さから、金酉や黒狼といった悪という勢力を打ち滅ぼせるかもしれないという夢に近い願いを、現実のものにできるかもしれないという希望を抱かせた。
そして太蔵という皆から慕われる男が押す存在がその桃太郎ということもあり、皆が桃太郎がリーダーであることに異を唱えなかった。不満に思うものは中にはいたかもしれないが、表立って主張する者はいなかったのだ。

大所帯になっていく組織で、主に雑用をしているビキの仕事も日に日に忙しくなっていく。
洗濯場にて、皆の衣類を必死で洗っていた。ほとんどビキ一人の仕事なので、大変ではあるものの、ビキにとっては苦ではなく、むしろそれが嬉しかった。
今手にしているひとつの衣類を念入りに洗っていた。
それは、桃太郎の衣服だった。桃太郎は着物の洗濯はおろか、入浴で体を洗う事も嫌ってすることもなかったのだが、さすがにそれはいかんだろと、かなりムリヤリ太蔵たちに説得させられ、たまにではあるが、洗うようになった。
「はっ、いけない。桃様のばかり時間をかけてはいけないわ」
洗濯物はまだ大量にある。手際よくやっていかねば、今日中に終わる事さえ怪しい状態だった。
休むことなく手を動かすビキのもとに、チュウビとサカミマが姿を現した。
「おお、がんばっとるのぅビキ」
「あ、その声は、チュウビさんですか」
声でというが、大きな体格のチュウビは組織内でも目立ちやすかったので、ビキもシルエットですぐに認識できるようになっていた。
手を動かしながらビキは顔を起こす。
「ついでに、ワシのも頼んでええかのぅ」
「あ、はい。遠慮なく出してください」
「じゃあ、ワシの褌を・・・」
と着物を捲し上げて、褌に手をかけるチュウビにサカミマが呆れつつまったをかける。
「それくらい自分で洗いなさい。だいたいここで脱ぎたてをビキに洗わせるつもりですか?」
「冗談じゃよ、そんなに睨まんでもええじゃろ」
二人のやりとりにビキはくすくすと笑みをこぼす。
ビキへと目をやりながら、サカミマがビキへと言葉をかける。
「ずいぶんな量ですね。ビキ、一人でムリなら遠慮なく他のものに手伝わせてもいいんですよ。
誰か呼んで来ましょうか?」
「いいえ、大丈夫。夕暮れまでには終わると思うから。ありがとうサカミマさん、心配してくれて。
私ちっとも大変なんて思ってないから。皆が目的のために集中できるように、私は裏方をお手伝いしたいの」
充実した顔を見せるビキ。
「そうですか、でも絶対にムリをしてはダメですよ」
「サカミマはビキに対して過保護じゃのうー」
茶化すチュウビにビキが
「サカミマさんは優しいものね。私にとってはお兄さんみたいな存在だもの」
「おうおうサカミマは兄さんかー、ならワシはどういう存在になるんじゃー?」
「え、えっとー、チュウビさんは・・・」
うっきうきなチュウビに対して、返答に困っているビキ。
「コラ、変な事を聞くんじゃありません。ビキが困っているでしょう。
どうでもいい存在なんですよ、チュウビは」
「な、なんてことを言うんじゃ。なんでそんな意地悪言うんじゃー」
「そ、そんなことないですよ、どうでもいい存在じゃないです、チュウビさんは」
「おおう、やっぱりそうか。やっぱりワシは巨大な存在なんじゃな、ビキにとって・・・」
「ほら、チュウビもう行きますよ。ビキの作業の邪魔になるでしょう」
サカミマに促されて、チュウビは洗濯場から出て行った。
「ふふふ、チュウビさんっておもしろい人だわ。サカミマさんたち、ほんとに仲かがいいのね」
洗濯場に一人残ったビキは、手を動かしながら、ある人のことを思い出していた。
「そういえば、ウラさん、どうしているかしら。私慌てて飛び出したっきりで、あれから一度も会ってないし。
ちゃんとお別れも言えなかったから、心配してなきゃいいけど」
でももう、ウラさんも、私がいなくても大丈夫。あの人はとても強い人だもの。そうビキは信じていた。

その夜の集会。
太蔵の口から、最初に潰すべき勢力は「黒狼」だと明らかにされた。
太蔵たちが今いるエリアにもっとも近い勢力が黒狼であり、周辺で被害を受ける人々の多いその根源を先に絶つべきだという意見からも、納得した。
「その狼座って野郎は、この俺様がぶっ倒してやる!」
立ち上がり、そう宣言する桃太郎に仲間のテンションも上がった。
桃太郎の目は燃えていた。強い存在を倒す事、それが桃太郎の進む道だった。

皆が寝静まった丑三つ時、外で刀を素振る桃太郎の姿があった。
桃太郎は寝る事があまり好きではない、なぜなら、今でもあの老婆が夢に出てくるからだ。
夢の中でどこまでも無力な自分が、圧倒的な老婆に翻弄されている。その姿がたとえ夢でも我慢ならない、屈辱的だった。
いや、こうして目を覚ましている今でさえ、老女の幻影はつきまとう。
いるはずのないその存在を、刃でなぎ払う。当然手ごたえなどない。
「くそっ消えろ!」
「きゃっ」
目の前の影がどすん。としりもちをついた。
桃太郎の獣の夜目がその姿を捉える。
「お前は・・・」
「わ、私です、桃様」
おずおずと現れたのはビキだった。
「ふん、お前か、紛らわしい・・・」
不機嫌につぶやく桃太郎、少し驚いた事を誤魔化すようなしぐさだ。
桃太郎は他の者達(それもごく一部のではあるが)のことは一応名前を呼ぶのに対して、ビキのことは「お前」とか「おい」とか「そこの」とかそんな呼び方しかしなかった。
ちゃんと自己紹介はしているし、桃太郎もビキの名前を知っているはずなのだが、呼んでくれない。
ささいなことではあるが、ビキにとっては結構気になる事だった。
名前で呼んで欲しいが、でもそれはワガママの部類。ビキはこうして桃太郎と再会でき、共にいられる、それだけで十分願いは叶ったと言える今現在なのだ。
ビキが今一番気になる事が桃太郎のことであり、一番気にかけている存在。
家族でも親族でもない、赤の他人である者が必要以上に踏み入る事は失礼かもしれない。
そうは思うが、でも急かされる感情のため、ビキはついつい桃太郎に関わろうとする。
表面だけでなく、心の奥まで、深く知って、共に感じあえたらいいと。
かすかでも、救いになれるのならと、それはとても自分勝手な感情なのだけど。
恋という・・・・・・。
その神経は特定の相手にのみ、鋭く研ぎ澄まされる。ビキにとっては桃太郎という存在で。
その桃太郎の様子が最近特に気になっていたのだ。夜、あまり寝ていないんじゃないかと。桃太郎は日中疲れなど微塵も感じさせないほど元気なのだが、体ではなく、精神的な部分で。
自分の心配のしすぎとか、思い込みからかもしれないが、もしそうなら、と。
ビキはその心配することを訊ねる。
「桃様、眠れないんですか?」
「なっ、うるせぇ!てめぇには関係ねぇ」
否定しないことは肯定。
「やっぱり、眠れてないんですね。だめですよ、疲れはたまるものなんですから」
「来るな!」
一歩足を踏み込んだビキに警戒するように言葉を発する桃太郎。
刃をビキへと向ける。
「桃様?」
「なんなんだ?お前、あいつといい、なんなんだ?」
「?・・・」
混乱する頭を抱えて、桃太郎は少しよろけた。桃太郎に道を示そうとしたあの男・・・ビキの父親。
彼との出会いが桃太郎にとって外の世界に出ることになったきっかけであり、差す光であった。
正の感情を向けられた事があまりにもなかった桃太郎は、彼やビキの行為はむずがゆかった。
優しくされるのもするのもなれていない。
ビキにはそんな桃太郎が、人を警戒するノラ猫のように見えた。
時間をかけて少しずつ、信頼関係を築けるようになれたらいい。己の心は急くが。
眩しく照らす太陽ではなく、淡く揺れる月くらいの存在を目指せばいいと。
刃を向けられても、ビキは恐ろしくはなかった。殺意を感じられない。
どうしたらいいのかわからないという、気持ちの表れの行動だとなんとなしに察したからだ。
「寝床がよくないのなら、安心して桃様が寝られるとこ、私探してくるから」
ビキがそう言って身を翻した時、暗闇から二つの怪しく光るものが彼女へと襲い掛かった。
「?! きゃあっ」
次の瞬間、強く左肩を掴まれて、ビキの体は後ろへと倒れこんだ。
「どいてろ!」
桃太郎は暗闇の中のその謎の光へと斬りかかった。
「ぎゃん!!」
甲高い悲鳴と共に絶命したのは大型の野犬。事が終わった後、ビキはなにが起こったのか知った。
刃についた血を振り払いながら、桃太郎は剣を鞘に収めた。
しりもちをついたまま少し呆けていたビキ、今になって自分の身に起きた危機に気づいた。
「びっくりした・・・。私もう少しで噛まれるとこだったんですね、桃様がいなかったら」
「こいつはまずそうだな、ちっ、喰えねぇこともねぇだろうけど」
ビキには振り向かず、野犬の死骸を見て独り言ちる桃太郎。
「私、また桃様に助けられた。ありがとう桃様」
「……」
「そうだ、いい寝床早く探してこなくちゃ」
ビキが立ち上がろうとした時、太ももあたりになにかちくっとしたものが当たる感触があった。
桃太郎がビキのすぐ横で寝そべったのだ。
「ここで、寝る」
「え、桃様?」
冷たい土の上で仰向けの桃太郎、頭をビキのほうへと寄せて、そのまま眠ってしまった。
しりもちついたままそこに座ったままのビキは「また野犬がきたらどうしよう」と困惑しつつも
すぐそばで寝息を立て始めた桃太郎に、くすぐったい嬉しさを感じた。
「よかった、ちゃんと寝てくれて。桃様いい夢見てくださいね」
ビキは膝を抱えて、一晩中そこにいた。眠りにはつかなくても、いい夢は見られた。


そして数ヶ月が過ぎ、本格的に黒狼との戦いに突入した桃太郎率いる一行。
賊集団である黒狼は、行動範囲も幅広く、この陸地西部での勢力は他の組織には負けていない。
首領である狼座とはいまだ接触もない状態だが、末端から崩していく。それが太蔵の考えであった。
桃太郎は強い相手と戦いたい野望だが、狼座とは簡単には会えそうもないのが現状だ。
実際狼座の眼中にあるのは、各大勢力の主、武者王、鷲将、精霊女の三人のみ。もっとも天下に近い彼らしか己の敵だと認識していないのだ。
まずは、狼座に目をつけられるくらいの勢力に、存在になること。それがまずの目標。
だが、桃太郎、サカミマ、チュウビ、ゼンビたちの活躍によって、末端の黒狼との戦いは桃太郎たち有利によって進んでいた。
その日、ほぼはげ山の山道で黒狼との戦いを繰り広げていた桃太郎たち。
戦いのセンスのある者を厳選してできた実戦部隊が黒狼を追い詰めた。
隠れる場所の少ないその戦いの場で、ついに最後の一人を追い詰めた桃太郎たち。
「てめぇで最後だな!」
「ぐわぁっ」
桃太郎の一撃で最後の敵をしとめた。これで終わりか。と他のものが一息つこうとした時、桃太郎の獣の感がピクッと反応し、その先を睨む。
ざっざっ、という土を踏みしめるような足の音。仲間とも黒狼とも違う異である音に、桃太郎の耳は鋭く立つ。
ざわりと逆立つ肌が、その存在は特殊だと強く感じている。
ギリッ、歯がこすれる音に、皆が桃太郎の異常を察した。
「どうしました、桃太郎。まだ敵が?」
刃を構え、桃太郎は感じるその方向をギッと睨んだまま、微動だにしない。
ざざぁ…
風が、向かい風が桃太郎の体をかすっていく。そのなんでもないはずの風に桃太郎はなぜか身震いをしてしまった。
なにかを感じる、感じているこの細胞は、魂は。この先にいるその特別な存在に。
心の蔵が激しく波打つ、こんなにもこんなにも感情が高ぶったことがあったのか?そのくらい激しく波打つ。
「何者だ?!」
同時に叫んだ、重なったその声は。
桃太郎と、そして、桃太郎が睨む先から現れた赤い髪の大きな男。刃を手に、桃太郎と向き合うその男こそ
温羅。
桃太郎の宿敵となる鬼王温羅との初めての接触だった。


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