行商人の言葉を頼りに、桃太郎を捜しに村を飛び出したビキ。
一方その頃、ビキと同じくその桃太郎を探す一行がいた。
ゆるい山道を歩くその一行は、サカミマ、チュウビ、ゼンビの三人だった。
サカミマたちも桃太郎の情報を耳にし、ここ数日彼が目撃されたと言われる箇所を動き回っていた。
しかし、今のところ、桃太郎に遭遇するどころか、誰にも遭遇する事さえなかった。

「むぅー、おらんのー、暇じゃのー」
唸るように不満の声を漏らしながらチュウビが歩く。
「そーだよ。桃太郎の奴どころか」
「山賊にすら会わんじゃないかー」
ゼンビとチュウビの声が重なる。
そんな二人に併せて、サカミマもため息を吐いた。
情報伝達文化の発達していないこの時代。やはり簡単には見つけられない。
桃太郎どころか、この周辺で旅人を襲っているという山賊にすら影すら会わない事実。
今日もムリかと諦めの空気が漂った頃、向かう先からやってくる人らしき気配を感じ、立ち止まった。
「だれか、来る」
「むっ、何奴じゃ、もしや・・・」
チュウビとゼンビがごくりと息を飲み込み、視線をその先へと集中させる。
その存在を最初に確認したのは、その存在をよく知るサカミマだった。
「ビキ?!」
こちらへと歩いてくるのは、小柄なオカッパ頭の娘ビキ。
すぐに彼女へとサカミマは駆け寄った。驚きの顔を隠せないまま。
「ビキじゃないですか!どうしてあなたがこんなところに」
「その声は!サカミマさん!サカミマさんね!?」
サカミマの存在を確認したビキは、嬉しそうにほっとしたように、笑顔を見せた。
少し疲れた様子だったが、割と足取りはしっかりしている。
それでもサカミマは心配そうな表情でいた。
ビキをよく知るサカミマなら当然かもしれないが。
サカミマとビキの元に、チュウビとゼンビも駆け寄った。
「どうしたんじゃ、サカミマの知り合いか?」
「あのさ、前に海岸で会った事なかった?」
チュウビにツッコミをいれるようにして言うゼンビ。
確かにチュウビはビキに会っているはずなのだが、本人は覚えてなかったらしい。
まるで初対面の口ぶりだ。
サカミマと同行している者が他に二人いると気づき、ビキは頭を下げて挨拶をする。
「はい、あの私、ビキといいます」
「ビキ、こちらの大きいほうがチュウビで、小さいほうがゼンビ。彼らと一緒に旅をしているんです」
ビキはぼんやりとする目で、その影を確認して、大きいほうがチュウビ、小さいほうがゼンビだと認識した。
顔がよく見えないのが残念だが、サカミマの友人らしき二人、きっと優しそうな人なのだろうとビキは思った。
「おお、ほうか。ビキというんかー。めんこいのー」
改めてビキを見て、チュウビの目尻が下がる。
「あのさー、こいつ単純で馬鹿だから」
「おいおいそりゃ、お前のことじゃろーが、ゼンビ」
チュウビはハッハッハと笑いながら、大きな手で小さなゼンビの頭をガシガシ乱暴に撫で回した。
「もー、なにすんだよ」
嫌がる様子で、ゼンビはその手を払いのける。
二人のやりとりで、ビキもくすりと笑みを零し、和やかな空気が流れた。その時ハッとしたように、サカミマが問いかけた。
「そんなことよりビキ!あなたどうしてここにいるんですか?!」
サカミマの中では、ビキは島で待っているはずだった。ここにいるなど思いもしないこと。
いまだに信じられない、なぜビキがここにいるのかと。
「私、桃様を・・・桃太郎さんを探しているんです」
「桃太郎?!」
三人が口を揃えてその名を口にした。
桃太郎、ビキが、そしてサカミマたちが捜し求める謎の少年。
「私桃太郎さんの力になりたくて、でもどこにいるかわからなくて、今必死で探しているんです」
「どうして、あなたが桃太郎を・・・?
それより、ここまでずっと一人で旅していたのですか?」
ビキはこくりと頷いた。それにサカミマは血の気が引く思いだった。この戦乱の世の中、たった一人で、しかも少女が、しかもビキは目が不自由だというのに。何事もなく、今ここにいることは運がよかったとしか言えない。
今こうして自分たちと会えたことは、幸いと言えるだろう。
そのことにサカミマは安堵した。
見たところビキは外傷もないようだし、確認したら、ここまで何もなくこれたという。
「ごめんなさい、私だから行かなくちゃ」
桃太郎を探す、そのために急がねばというビキを慌ててサカミマが止める。
「待ちなさいビキ。桃太郎を探すなら私たちと一緒に行きましょう」
「え、でも」
「おお、そうじゃ!ワシらも桃太郎を探して旅をしとるんじゃからな」
それを聞いたビキの顔はパァーと輝いた。
「本当ですか!よかった。サカミマさんたちと一緒なら私も、心強いです」
ビキがサカミマたちのほうへと駆け寄ろうとした時、ビキの右手側の樹林から、彼女の行く手を遮るようにして、二人の男が現れた。
「!え」
障害物が現れた事に気づき、ビキはその足を止める。
髭をはやしたもさっとした男臭そうな中年の男達、その手には刃を光らせた凶器があった。
「むっ、こいつら」
この男達が、この周囲を騒がしている山賊ではないかと、チュウビたちは直感でそう思った。
旅人を襲っていると噂されている賊。
桃太郎探しの手がかりとなり、そして恰好のおとりとなる。
サカミマたちがやっと会えたビキ以外の人間。
一瞬何事かと呆けているビキの側へと、まっさきにサカミマは向かおうとした。
こいつらが山賊なら、一番にか弱そうな少女のビキを狙うであろうからだ。
それになにより、サカミマが一番守りたい相手がビキであるから。
彼女に害が及ばぬように、チュウビとゼンビに男たちを頼むと小さく伝えながら走った。
「くっ、だめだ追いつかれる」
男の一人は、自分たちが走ってきた林のほうへと振り返りながら苦しそうにつぶやいた。
男達はサカミマたちには視線をやらず、その来たほうへと意識が集中しているようだった。
そして、どこか焦っているようにも見える。
立ち止まったままのビキ。
そのビキのほうへと、山賊らしき男たちがやってきたほうからザザザザと、草木を分け入りながら、こちらへと向かってくる存在を感じた。
「は、早く!行くぞ」
片割れの男を急かしながら、男はビキの左手側になる林へと逃げるように指示した。
「逃がすもんかー、山賊めがー」
「うわっ」
まったく注目していなかった旅人に行く手を阻まれ、山賊らしき男は焦った。
チュウビが体を盾にして、男の行く手を阻んだ。
「くっどけ!」
必死な形相の男が、手の中の短剣をチュウビに向けて振った。
「おっと」
チュウビは難なく、それをよけた。
「なにしている、相手にしている暇あるか!もう来る!」
バッともう一人の男が後方へと振り向いた瞬間、サカミマがチュウビの後ろを抜け、ビキの元へと駆け寄ろうとした瞬間、山賊らしき男たちとビキの間に割って入るように、その存在は現れた。
ビキの頬を、髪を、すごい勢いで風が揺らした。
「桃・・・さま?」
ビキが小さくつぶやいた。激しい動きではっきりとは見えにくい影だが、ビキは望みでも妄想でもなく、確信してその名を呼んだ。
「桃様!」
「桃太郎?!」
「桃太郎」
「・・・桃太郎」
チュウビが、サカミマが、そしてゼンビがその名を呼んだ。
あの島で、獣のごとく戦う少年の名を。それぞれの中で、強く存在しているなにか特別に感じるその不思議な少年の名を。
まるで時が止まったかのように、四人とも彼を、桃太郎を瞬きもせず丸い目をして見ていた。
四人だけではなく、その瞬間は山賊らしき男達も動きを奪われていた。驚きの顔のまま。
桃太郎の手には、ビキの父の刀があった。ビキが桃太郎へと託したその刀が。
太陽を反射して輝くその刃の光は、ビキの網膜にも届いた。
「うっ」「がっ」
桃太郎の一瞬の攻撃によって、男二人は呻いてどさりとその場に崩れ落ちた。
「ふう、追いついた、さすがだな桃太郎よ」
がさがさと再び桃太郎が現れた方向から草木を分け入る音がして、新たに男が現れた。
口ぶりからして桃太郎の連れのようなこの男にサカミマたちは呆気にとられながらも、少し警戒してその様子を見守る。
「てめぇが遅すぎなんだよ、太蔵!」
相変わらず乱暴な口利きの桃太郎に、太蔵と呼ばれた男はやれやれと頭を掻いた。
「ふん」
鼻息荒く、桃太郎は得物を鞘へと収めた。
「さてと、こいつら運ぶぞ。おっ、あんたら旅の人かい?」
倒れた男の一人を担ぎ上げた太蔵がサカミマたちを見てそう訊ねる。
サカミマたちは皆彼へと、目的の人であった桃太郎へと視線が集中していた。
「桃太郎、ほんとにここにいた」
「おおお、お前ほんまに泳いで渡ったんか!はっはっはーほんまにお前サイコーな奴じゃのう」
「・・・桃太郎・・・」
それぞれの表情で桃太郎を見ているサカミマ、チュウビ、ゼンビ、そして・・・
「桃様!よかったやっと会えた!」
「うわっ」
感極まったビキが勢いよく桃太郎にぶつかるように駆け寄った。
今やっとビキを認識した桃太郎が驚くような焦った顔をしながら
「お、お前は・・・なんでこんなとこにいやがるんだ!?」
ビキの存在に驚く桃太郎に、ビキもまた別の意味で驚き
「あ、私のこと、わかる!覚えててくれたのね」
「バカにすんな!俺様だって記憶くらいある!お前、コレだろ」
自分の手のビキの父の刀を指差しながらそう言う桃太郎に、はいと嬉しそうにビキは頷いた。
ビキの態度に戸惑うような様子を見せる桃太郎を見て、太蔵はおもしろそうに笑い声を上げていた。
「はっはっはっ、おもしれぇ。桃太郎お前の弱点はその嬢ちゃんってわけか?はっはっは」
「俺様に弱点なんてねぇ!こいつは、変だ!こいつ気持ちわりぃんだよ」
桃太郎は乱暴にビキを引き離した。眉間にしわ寄せ、ぴくぴくと頬が引きつっている桃太郎を見て、ビキはしゅんとした。
「ご、ごめんなさい、いきなり。私迷惑な事を・・・」
「嬢ちゃん、こいつは天邪鬼なだけだよ、本気にしちゃいけねぇよ」
まだ笑いながら太蔵がそう言った。
「なにを言っとんじゃ!ビキは十分めんこいぞ!」
チュウビがフォローする。そしてビキを見てまた目尻が下がる。
彼らのやりとりを見て、太蔵も彼らの関係をなんとなしに悟った。
サカミマたちをギンと鋭い目で見ながら桃太郎が吐く。
「俺様になんの用だ?」
顔見知りとはいえ、サカミマたちは彼とはほとんど面識がない。お互い警戒してもおかしくはない間柄。
獣のような、近寄りがたい独特のオーラを放つ桃太郎にサカミマはさきほどの一瞬の安心感を忘れ、強い緊張感が走った。
だが、ビキだけは、なんの警戒もなく、再び桃太郎の側へと歩み寄った。
「私桃様を探していました。桃様の力になりたくて」
「え?」
じりと一歩後ずさりながら、再び困惑の表情を浮かべる桃太郎。
「そうじゃ、ワシらお前をずーっと探しとったんじゃ!やーっと会えたわぃ」
「桃太郎、あなたの力を借りたいんです」
「・・・なんの、ことだ」
わけのわからないといった表情の桃太郎を無視して、太蔵がサカミマたちに歩み寄った。
「旅のあんたら、桃太郎の知り合いみたいだな。ちょうどいい、俺らと一緒に来ないか?
俺らもあんたらの力が借りられたらありがたいんだがな」
「は、はい!あのところであなたは・・・」
即答のビキだが、桃太郎にばかり注目して太蔵が何者か思う余裕すらなかったことに今更ながら気づく。
サカミマたちも同様に、あんたは何者なんだ?という目で彼を見ていた。
「まあ詳しい事は、俺の家についてからってことでな。とりあえずこいつらを運ぶの手伝ってくれ」
太蔵は目で地に横たわった山賊らしき男の片割れを指した。


サカミマたち四人は、太蔵に連れられ、彼の家があるという村落へとたどり着いた。
桃太郎が倒した山賊と思われる男二人は縄で縛られ、床に寝かされた。
男達は大きな外傷は無く生きていた。がまだ意識を失ったままでいた。太蔵はじきに気がつくだろうとそのままにしておいた。
どうやら、太蔵たちは、山賊狩りとは聞いていたが、山賊たちを倒しまわっているのとは違うように思えた。
まあ実際は、山賊狩りではあったのだが・・・
太蔵の目的をサカミマたちは知らされた。

太蔵はある集落のリーダーとも言える立場の男だった。
特に裕福でもなかったが、その集落では特別貧しい者も無く、質素でありながらも平穏な日々を送っていた。
だが、彼の元にもこの陸地の戦乱の余波を受ける事になった。
突然予告も無く、村は賊たちに襲われ、家畜だの食料だの、生活にかかせないたくさんのものが奪われ、食の源になる畑も奪われ、つまりは住む地を奪われたのだ。
村の何人かは太蔵とともに逃れ、新しい場所を見つけ、小さな集落を作った。ギリギリ生活ができるそんな場所であった。ただ土地の状態は貧しく、耕せど耕せど食物は上手く育たなかった。人の住まなかった場所にはそれなりのわけがある。
怒りと不満は消えることなく日々つのるだけ。
生きる為、より豊かになりたいため、太蔵たちは賊まがいのことをした。
だが、そんなことをやっていても変わりはしない。
あの地を取り戻そう。それが始まりだった。
太蔵たち太蔵を始めとする男達は己を鍛え、そして武器を手にする。
力をつけ、自分たちと似たような境遇の連中を仲間にする。住む場所を追われ行くあてがなく賊に成り果てる救われぬ連中を、時に言葉で、時に物欲で、時に力ずくで・・・。そうして少しずつ仲間を増やしていった。
そうして仲間になった連中も、この世の中に強い不満を抱いていた。
賊だった連中も、太蔵の考えに共感したこともあったが、太蔵の兄貴的な頼れる存在感に人間としても惹かれていったのだ。
やがて、それが一つの勢力となる。
この混沌とした世を大きく変える事になる一勢力に。
今はまだその欠片とも呼べないほどであるが。

「今は一人でも多くの仲間が欲しい」
太蔵の目には力があった。未来をたしかな目で見ているような力強さを感じる瞳だった。
彼の想いはサカミマたちも共感した。同じ想いで自分たちも海を渡り、この地へ来たから。
「私たちも、共に戦ってくれる仲間を探していました。
金酉を倒せるだけの強い勢力にならなければ」
「金酉の武者王か・・・。ああいずれ奴も倒さなきゃいけねぇ。
いや金酉だけじゃない、赤鳥に紺龍、それから黒狼。天下を狙っているこいつらを押さえつけるだけの勢力にならなきゃいけねぇな」
赤鳥に紺龍、そして黒狼。少し噂に聞いたくらいで、サカミマたちは金酉以外の勢力の事はほとんど知らない。
力関係もよくわからない状況だ。
自分たちと同じ志で、この地に生きる人間である太蔵の存在は心強かった。
サカミマは自分の素性と目的を話した。そして同じく太蔵にも協力をしてほしいと申し出た。
太蔵は快く頷き、サカミマたちも太蔵に協力すると頷いた。
「それにしても、偶然もあるもんだな。あんたらとこいつが知り合いとは、なにかの縁かね?」
太蔵は部屋の隅にあぐらで生意気そうな態度の桃太郎とサカミマたちを交互に見た。
「知り合い、というほどの関係でもありませんが・・・同じ島の出身で」
出会ったのもつい最近だし、とサカミマ。
「ワシはお前に会いたかったぞ桃太郎!ワシは強い奴に興味ありまくりじゃからのう!今度ワシと勝負せんか!?」
サカミマとはまた違う態度で桃太郎を見るチュウビ。チュウビをギラリと挑戦的な目で睨み返しながら桃太郎。
「フン、お前負けたら俺様に食われるんだぜ?」
「おお、かまわんもちろんじゃ!本気の勝負臨むところじゃわ」
フンフンと鼻息荒く嬉しそうな顔のチュウビ、立ち上がりお互い好戦的な空気を膨らませる。
「おいおい、仲間同士で今は勘弁してくれよ!今は少しでも戦力が欲しいんだからな。
それに桃太郎よ。お前牛が食いたかったんだろ?そんなごつい男の肉なんかよりずーーっとうまいぞ」
「それもそうだな」
と大人しく太蔵の言葉に桃太郎は頷いた、そしてあの肉の味を思い出して口元に涎をにじませた。
ふうーと息を吐いて太蔵は笑みを浮かべて話す。
「俺はいい出会いをした。桃太郎、こいつに出会えたことは最高の収穫だ。
それに、あんたたちともな」
太蔵が桃太郎を特別気に入っているのがサカミマにはわかった。
「あの、私も!私もお手伝いさせてください」
サカミマの隣に座るビキが主張した。
そんなビキに太蔵は嬉しそうに頷きながら
「ああ、それは助かるな。まあお嬢ちゃんみたいなのを戦わせるわけにはいかないが」
誰もビキを戦力としてなど見るものなどいないだろうが、念のためと太蔵が言った。
「は、はい。戦いはできないけど、でも身の回りのお世話とか、雑用とか、なんでも私がんばります!」
「俺様の足手まといにならなきゃ好きにしやがれ」
「はい!(よかった、桃様が許してくれたわ)」
と嬉しそうな顔のビキだが、偉そうな口ぶりの桃太郎にサカミマは少し不愉快になった。
「てめぇらもだ」
サカミマたち三人に向けてそう言う桃太郎に、ムカとムカツクゼンビに、ハッハッハと軽く流すチュウビ。
「ここの大将は彼なんですか?」
「ああ、そういうことにしているんだ。そうしといてくれ」
能天気に笑いながら、太蔵がサカミマにそうつぶやいた。


村の中にビキがいないことに温羅が気づいたのは、ビキが村を飛び出したその日のことだ。
ビキがどこにいるのか知るものもなく、不安なまま彼女の帰りを待った。
すぐにでも、彼女を探したかったが、なにも知らない異国の地。下手にどこかしこに行くのもためらわれた。
それに、温羅はビキが必ずこの村に帰ってくると信じていた。
そう信じてからビキが温羅の前から姿を消して、一週間がたった。
温羅にとっては長い長い時間だった。
心の波が激しく暴れている。不安な感情。温羅はビキに強く依存している事に気づいた。
その想いはもう、キトへの想いを上回っている、と。
毎日のように村人達にビキの行方を聞いたが、皆首を振るばかりでなにも進展などない。
ただ、信じて待つしかないのか・・・それとももう君は、私の元には戻らないのか?
今夜も眠れない、寝床で、たった一人で、暗い闇が深く深く自分を沈めていくような、そんな暗い感情に襲われそうだ。
!?
ぴくん、と反応する温羅の耳。それは足音、床の軋み具合から女性だと思われるその足音に、温羅は強く反応した。もしや・・・もしや・・・と
「ビキ?!」
身を起こして、その存在を確かめようと高鳴る心臓の音。
足音は温羅の寝室の前で止まり、カタ。と木の戸がスライドする音がした。
ぼう、と浮かぶ灰色の人影、それは柔らかな曲線で、女性の体つき。
「ウラさま〜」
猫なで声で温羅へと近づいてきたのはビキではなく、この村の娘。
ビキがいなくなってから特に温羅に接してきた娘だった。この娘が温羅に特別な感情を抱いていた事は、周囲のものも認識していたくらい、その態度はあからさまなものだった。
だがビキだけを特別に想う温羅が彼女になびく筈も無く、娘はもんもんとしていた。
「君か。何用だ?」
不審そうな目で自分を見る温羅に、娘は切なそうな声を上げて首を横に振る。
「ああーん、ウラさまったら、わかっているくせにー。
私、ウラさまに抱いて欲しくて、恥を忍んでやってきましたの〜」
元々ゆるめに着ていた衣類を、体をくねらせながらさらに乱して、温羅の側へと身を摺り寄せる。
「ああー、ウラさま、ほんとにイイ体しているわ〜」
口から涎を垂らしそうな顔つきで、温羅にと娘が抱きつこうとした時、外から激しい音がした。
それはなにかが壊されるような、強い衝撃の音。
「何事だ?!」
温羅は反射的に飛び出した。娘は抱きつき損ねた勢いで、布団の上へと倒れこんで「ああーん、なにー?」とのん気にうめいていた。
温羅が外に飛び出すと、そこには数人の村人と、彼らの向こう側に立つのは、物騒な得物を構えた数人の男達。
「やれやれ、気づかないフリをしていれば、死ななくてすんだのにな」
得物を構えた男達の手には、食料や、鶏といった家畜が掴まれていた。
「ふざけるな!賊めが!」
一人の勇敢な若者が、賊の一人へと突進した。
「ちっ、うざってぇ」
「ぐわぁっ」
若者の男は容赦なく斬り殺され、他の村民たちは萎縮した。
「くっくそ、食料が・・・」
威嚇のつもりで武器を手にした村民もいたが、ただの脅しのためのもので、それを扱いこなせる者ではなかった。それに対して賊たちは、人を殺す事にさえためらいが無く、気持ちからして村民らのほうが不利であった。
賊たちは笑いながら収穫物を手に村を去ろうとした。
「く、くそぅ・・・くそぅ」
村人達は悔し涙をこらえながら、震える体でそれをみることしかできない。
平穏だったこの村で、略奪の悲劇など他人事だった。それが自分たちの身にも起こってしまった。
泣くしかないのか、耐えるしかないのか。
「待て!」
村人達の前に風が吹いた。彼らの前に立つ、その背は盾のように大きく映る。
「あ、あんたはウラさん・・・」
賊を呼び止める温羅に、賊たちは振り返る。
温羅の手には刀剣があった。それを抜き、賊へと向ける。
「それ、返せ!本気、斬る」
射抜くような温羅の目に、賊たちは一瞬どきりとし、しばし固まるが。
「死にたがりのキチガイが!我ら黒狼の恐ろしさをその身に刻んでやるか?!」
賊たちは手にしていた収穫物をその場に放り投げ、得物を振り回し温羅へとかかってきた。
「に、逃げろ!あいつらは他の賊と違う、あの黒狼の奴らだ」
村人の一人が温羅へと叫ぶ、が温羅はそれを聞かない。迷いの無い目で剣を構え、かかってくる賊を迎え撃つ覚悟の目で。
(守るこの村を、ビキの居場所を・・・私が守ってみせる)
月の光を反射しながら、鉄の刃が闇夜を走った。


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