先に動いたのは桃太郎だった。
鋭く目の前の温羅を睨みつけたまま、刃を向け、走る。
「待て、桃・・・」
サカミマが止める余裕もなく、桃太郎は目の前の謎の男へと斬りかかった。
金属が激しくぶつかり合う音が、木々のない山の中響き渡った。
突風のような桃太郎の攻撃を、温羅は自分の手にする刀で防ぐ。
桃太郎の間近で桃太郎を鋭く見据える赤い瞳に、桃太郎の肌が逆立つ。
「きっ」
息つく暇もなく、攻撃の雨と嵐。一方的な桃太郎の攻撃。まるで獣のようなその動きに、そこにいたものはただじっとそれを見守っているだけだった。体が動けと指令しないからだろうか。
その空間で動いているのは、たった二人・・・温羅と桃太郎だけであった。
別次元のようでもあった、その二人の間には、誰も踏み込んではいけない気がした。
桃太郎の息つく暇のない激しく素早い連撃に、温羅は刃でそれをしのいでいるだけ。
「なんじゃなんじゃ、あいつ見かけだけで、桃太郎に手足もでんのんか」
チュウビの言葉をサカミマはすぐに否定する。
「いえ、桃太郎が押しているように見えますが、押されているのは桃太郎のほうですよ」
「うん」
隣のゼンビも頷く、まばたきをせずその戦いを見守る。
桃太郎の攻撃は止まない、だが、一度としてそれは温羅の体をかすることもなかった。
表情からして、必死で鬼気迫る顔の桃太郎とは反して、温羅は汗一つ伝わない、真剣な顔ながら余裕のある顔だった。
桃太郎の連撃が一瞬、それは常人では感じることのないほんのわずかな瞬間、温羅はそれを見抜いたのか、瞳に鋭さが増した、そして
「ぐわっ」
温羅の刃が桃太郎の刃を押すように弾いた。
同時に桃太郎は後方へと飛ばされ、しりもちをつかされた。
すぐに立ち上がろうとする殺気のやまない桃太郎に、温羅も刃を振り落ろそうとする。
「待ってください!」
やっと時が動き出したように、二人の前にサカミマが立つ。
立ち上がろうとした桃太郎はチュウビに押さえつけられた。
「てめぇっなにしやがる」
吼え暴れる桃太郎に苦そうな顔の温羅。
「あなたは黒狼ではありませんね」
確信してそう温羅に訊ねるサカミマに、同じく同じことを温羅は問いかけた。
「そうだったのか、そなたたちも黒狼と戦っていた者だったのか」
冷静さを欠く桃太郎に代わって、サカミマが温羅と話をする。
温羅たちはこの近辺の村を賊たちの脅威から守っている一団体だと名乗った。
その中にも含まれ、今一番の敵と認識し、戦っているのが黒狼。
桃太郎たちの団体と比べるとかなり小規模ではあるが。
少し話をして、サカミマは温羅は信頼できる男だと思い、少し親近感を感じたりした。
サカミマだけでなく、チュウビとゼンビも、桃太郎と互角以上に戦った温羅に特別関心をよせていた。
その中、桃太郎だけは強い攻撃的な視線を向け続け、温羅もまた桃太郎を特別警戒するような視線を向けていた。
サカミマは温羅に自分たちの仲間にならないかと誘った。
だが、黒狼を倒す事に重点をおくサカミマたちと、村を守る事が重要とする温羅たちと意見のすれ違いで、温羅はサカミマの誘いを断ったのだが、もし協力するようなことになれば力を貸し合おうと約束をした。
温羅は礼儀正しいサカミマには好印象だったが、最後まで敵意剥き出しの桃太郎に対しては
(礼儀知らずな小僧)とよくない印象を抱いたままであった。
いやよくない印象以上に、その背丈が少女ほどの小さな少年に対して
脅威を感じていた。
それを表に出さないように、極めて穏やかに目を細めて、彼らと別れを告げて山道を下った。
「温羅・・・」
その背中を見送りながら、桃太郎はギリッと唇を噛み、高ぶる気持ちを感じられずにはいられなかった。

太蔵たちのもとにと帰ったサカミマたちは、黒狼との戦いの報告と、温羅たちのことも報告した。
太蔵は温羅のことにも興味津々ではあったが、桃太郎との相性の悪さを察して、彼らを仲間にという意見はなかった。
それよりも、太蔵の目的は別にあった。黒狼との衝突も、その目的は温羅たちとは違うところにあった。
それはまだサカミマたちも知らない、太蔵の企みは近いうちに明かされる。

温羅と桃太郎が衝撃の出会いを果たしていくつかの月日が過ぎ、太蔵たちの組織もまた少し膨らんでいた。
人数はさほど増えてはいなかったが、桃太郎を始めとする主力のメンバーがかなり力をつけてきたことが組織力増大に大きな影響を与えていた。
桃太郎の強さは黒狼の中でも知られる強さとなり、その桃太郎に強く興味を持ったのが、黒狼を束ねるリーダーの狼座(ろうざ)であった。
狼座の使いのものが太蔵たちのもとに現れ、ぜひ一度桃太郎と会いたいのだと言ってきた。
サカミマは警戒したが、太蔵は二つ返事で了解した。
天下に最も近いといわれる四人の一人、狼座には桃太郎も興味があったため、太蔵同様賛成した。

いくつかの山を越え、深い森林を抜けた先に黒狼のアジトはあった。
使いの者の案内で、そこにたどり着いた桃太郎たち。
アジトというわりにその建物は巨大で、立派な構えをしていた。裕福なものが住む家屋のようであった。
それが狼座の立場を現しているのだろう。天下に近い【黒狼】という組織を束ねる指導者。
屋内へと桃太郎たちは通された、一番奥の一番豪勢な間に堂々と座したいかにも荒くれ者といった顔立ちの男が狼座だった。
黒っぽい衣装に身を包み、その腰元には常に刀剣が携えられている。ギラリと輝く鋭い目は、迷いなく桃太郎へと向けられていた。
本能的になにかを察知した桃太郎は、飛び込むように狼座へと斬りかかった。
それは太蔵たちが止める間もなかったし、彼らの周辺にいた黒狼の者達でさえ止められなかった。
目を逸らすことなく、狼座は腰元の刀を抜くと、桃太郎の突然の攻撃をそれで防いだ。
金属がこすれる音がして、二つの刃が離れると、一歩距離を置いた二人。
その直後、建物中に響き渡るような、豪快な笑い声が聞こえた。
狼座からは敵意はなかった。むしろ、桃太郎を一目見て気に入り、桃太郎たちを我らの仲間へと勧誘したのだ。
太蔵はそれを二つ返事で受け入れた。サカミマは賊集団の仲間となる事に疑問を抱いてはいたが。
剣を収めた後、桃太郎は狼座へとうかつに飛び込めなかった。桃太郎の本能がそれを教えてくれる。
この男は只者ではない。強者が感じる強者の気。
だからこそ、桃太郎はこの男に興味を持った、倒したいと思った、そのためにこの男の集団黒狼に入る。
「黒狼のリーダーは今はこの俺がやっているが、黒狼は力ある者こそが認められる。生まれも身分も関係ねぇ、実力さえありゃだれでも認められる。
だからといって、金酉とは一緒にするなよ。あれとは全然違うぜ。
金酉は武者王が絶対王として君臨するが、うちは実力さえあればいつでもだれでも俺の立場につける。
この俺をぶちまかせる奴であれば黒狼のトップになれるんだ。
それがだれであれ、そいつの命令は絶対だ」
自分を睨みつけたままの少年に、目をそらさないままの狼座はそう言った。
狼座は金酉との違いを強調した。金酉だけでなく対立する他勢力の紺龍や赤鳥のことも咎めた。
この男は柔軟な考えの持ち主だった。この黒狼という集団もいろんな地方から集まった寄せ集め集団であったためか、身内贔屓というのもなかった。強さ、ただそれだけを評価する。
それは桃太郎たちにとっても都合がよかった。
力さえあればだれであれ、黒狼のトップになれる。ただ、今現在、この男狼座を凌ぐ者がいないというだけで、そのチャンスはだれでも平等にあった。
そういうと自由に思われる集団に思われたが、一つ決まりがあった、それは……
「裏切り者は絶対にゆるさねぇのが決まりだ。一度入ったら、死ぬか天下とるまでは抜ける事も絶対禁止だ。
それから、リーダーの命は絶対だ。何者であれそれに指図してはならねぇ」
つまり俺に逆らう事は許さん。そう言って狼座は笑った。

それからしばらくして、太蔵たちの仲間たちも黒狼へとやってきた、が、一部のものはこなかった。
黒狼が賊集団であることに抵抗を持つものも少なくはなかったのだ。何人か仲間を無くしたが、それでも黒狼という巨大組織を味方につけたことは大きかった。
太蔵たちについてきたサカミマは、目的を見失いそうになりかけ、ため息をついていた。
サカミマが島を離れ、この地に来たのは、戦いを終わらせ平和な世にするため。
金酉という巨大な敵と戦う為、だったはずなのに。目的の為ならどんな手段でさえ、とてもそんな気持ちにまでは至れなかった。金酉を倒す為とはいえ、似たような組織の黒狼の仲間になるなどと。
サカミマの中の良心が痛んだ。
「なにを沈んどるんじゃー、サカミマ」
サカミマに声をかけたのは、彼とは対照的に悩みなどなさそうなチュウビ。
「私たちはなんのためにこの地へと渡ってきたのですか?」
「なにを言っとんじゃ、もちろん天下をとるためじゃろうが」
至極真面目な態度でそう返すチュウビに、こいつに聞いたのが間違いだったという表情でサカミマはうな垂れる。
「チュウビさんの言っている事は間違いじゃないですよ」
チュウビの言葉を戯言ではないとフォローするようにサカミマへと近づいてきたのは、ビキだった。
ビキへと顔を上げるサカミマに、ビキも至極真面目にこう言う。
「争いをやめさせるには天下をとればいいんです。桃様ならきっとそれを叶えられます」
「桃…太郎、ですか」
「はい」
ビキは嬉々として頷いた。
「桃様なら天下をとれます、そしたら今のような争いばかりの世は終わるはずです」
冗談ではなく本気だ。ビキは本気でそう思っている、そう信じ込んでいる。
ビキの目にはなにより輝いて映っている桃太郎。ビキが桃太郎に惚れこんでいる事は誰の目からも明らかであった。
それはサカミマにとっては認めたくない事実であった。
「はっはっは、ビキよ天下をとるのはこのワシじゃからなぁ」
「いいえ、桃様ですよ」
そう言い合う二人の横で、サカミマは誰にでなく目を閉じたまま首を横に振った。
「(桃太郎…どうして桃太郎なんでしょう)」
サカミマは桃太郎の力も存在も認めている、認めているつもりだ。だが、どこか桃太郎を受け入れられない部分があった。それはサカミマも自覚していた。桃太郎が嫌いではない、どこか彼に憧れる気持ちもある。だが好きにはなれない、どうしても。
それは桃太郎のあの性格でも態度でもなく、ビキのことだった。
ビキの桃太郎を見る目が、どうしても、サカミマが直視したくない現実だったから。
「私は反対なんですよ、ビキ、あなたまでがこんな野蛮な賊集団の中に来るなんて」
太蔵についてきたサカミマたち。黒狼が最初の倒すべき標的だと言って、黒狼と戦ってきた。
だが突然、狼座に誘われて、その仲間入りをしてしまった。太蔵がなにを考えているのかわからなかったが、聞いたところどうやらそれが本当の目的だったらしい。そしてそのことに心配する事はないと言った。
サカミマたちの当初の目的は敵である金酉だったが、黒狼も似たような組織だ。
いくら金酉と戦う為とはいえ、賊集団の仲間になるなど、正義感の強いサカミマにはきつかった。
チュウビはそんなこと気にする性格ではないし、ビキは桃太郎についていくと決めているので、黒狼が恐ろしい賊集団だという思いではなかった様子だ。だからこそサカミマは不安だった。
ビキになにかあればどうするのだ、と。そして早くビキには目を覚ましてもらいたいと、願っていた。
「サカミマさん、私はどこまでも桃様についていくって決めたんです。
桃様の進む道にこそ、明るい未来はあるはずだって、信じてますから」
「本気ですか、ビキ…桃太郎は」
「桃様は、誤解されやすい人だけど、悪い人じゃないの。
すべてが見えているわけじゃないけど、戦いの先になにかを見つけようとしている。
私はその思いを叶えてあげたい、少しでも力になれたらって。
この短期間にいろんなとこに行く事になったけど、私怖くなんてないわ。桃様とともに進めるのなら
そしてそれが、争いの世を終えられるなら、これ以上の願いなんてない」
ぐっとこぶしを熱く握り締めてそう語るビキに、サカミマは口をつぐんだ。

「天下をとる、か」
寝床に横になったサカミマは天上を見上げながらそうつぶやいた。
「おお、そのとおりじゃ」
サカミマのつぶやきにチュウビが嬉しそうに頷いた。それに同意するように側にいたゼンビが「ふん」と鼻で笑った。
今のはただの独り言なのだが、そんなことなど察してなさそうなチュウビのほうを向くように、サカミマは上半身を起こした。
「冗談ではなく、やはり本気で思っているようですね、あなたたちは」
天下をとってこの世の戦乱を治める。チュウビたちと共に旅をしていて、何度も彼らはそう口にしていた。
口では簡単に言えるが、現実にはそれを実現するのは難しい、いやサカミマからすれば「不可能」というほうが正しい気がした。
サカミマは性格からして、慎重で現実的で、チュウビたちとは真逆だった。
まるで夢のような事を、実現可能のように語る口も態度も、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、少し羨ましいと思う気持ちもあった。
島を出たのは争いを終わらせる為、そのためのひとつの小さいながらでも力になれればいいと、そう思ってのことだった。
自分がまん前に立って、皆を引き連れて進むなど柄ではないし、想像もつかない。
天下をとるのは自分ではない別の誰かだ。天下人となるにふさわしいその人に自分は仕えたい。
そう思うのがサカミマだった。権力だの天下だの王だの、そんなことには興味はない。
はずだったのだが・・・・・・
「そうじゃ、絶対に天下をとるんじゃ、ワシらで、力を合わせれば」
「バカな連中をギャフンて言わせてやろうぜ」
拳をぐっと天へと掲げるチュウビとゼンビ。
「(二人は本気でそれをかなえようとしている)」
しばらく共に過ごしているうちに感化されてしまったのか、そのことを不可能じゃないことかもしれないと、思い始めていた。
太蔵たちと出会って、桃太郎と再会して、そして賊集団ながらも、天下とりの四大勢力の一つの中に入ることが出来た。それはまさに天下をとるという非現実が現実へと近づいている工程だった。
自分たちの手で、世の中が変えられるかもしれない。それはたしかに感じる興奮だった。
「そう、ですね。やれるだけやってみましょう、ここまできたのだから」
サカミマもまた立ち上がり、二人のこぶしと重ねるように、こぶしを天へと上げた。

睨み合う二つの獣がいた。
桃太郎と狼座。激突の時がやってきた。
桃太郎たちが黒狼に入ってから一ヶ月が経過する頃、他勢力と幾度か小さいながらもぶつかりあいがあった。
その中で大きく活躍を見せた太蔵たち一行に、狼座も感心した。
中でも郡を抜いていたのが桃太郎だった。圧倒的な強さで敵をなぎ倒していく。
直に目にして、狼座はますます桃太郎が気に入ったのだ。
どこか自分と似ているその少年が、力こそ、戦うことこそが己の証であるようなその少年に、強く関心を寄せた。
狼座は桃太郎をやはり自分の手元に置いておくべきだという思いと、それからいずれ自分の立場を脅かす危険な存在になるだろうという危機感も同時に抱いていた。
だがこの男は、その危機感を楽しんでいた。自分を楽しませてくれる、高ぶらせてくれる、そんな存在が目の前にいる、その事実に興奮した。
その想いはこの男だけではなかった。桃太郎も同じく、狼座とやり合いたいと思っていた。
言葉にしなくとも、それはお互いに伝わった。周囲のものもそれを感じとった。
近いうちにその日はくるということを……

二つの獣がぶつかり合うその日がやってきた。
仲間たちの集う館の大広間で、リーダーの座である一つ高い段の上に座する狼座の前に、剣を手にした桃太郎が鋭い光を放つ目で立ちはだかった。
「おい狼座、いい加減我慢の限界だ! そこを退いてもらうぜ」
しゃっと眩い刃を抜いて、狼座にそれを向け威嚇する桃太郎に、室内は騒然とした。
「貴様っなにを考えて」
すぐに狼座の前に黒狼の連中が桃太郎の行く手を遮るように割ってはいる。
連中を斬りかねない桃太郎の鋭い目に、男達も一瞬怯みそうになる、が桃太郎を許すわけにはいかず、次々に刃を抜き桃太郎へと向ける。
桃太郎の行動に驚いたのはサカミマたちもだった。チュウビはどさくさにまぎれて一緒に暴れようと口元に笑みを浮かべながら手の関節を鳴らしながら立ちあがった。
館内で乱闘になるかという空気になりかけた瞬間、それを冷ましたのは、この男の一声だった。
「いいだろう、桃太郎よ、やはりお前は俺が思っていたとおりのことをしてくれる男だ」
手で仲間の武器を下ろすように指示したリーダーに、連中は従い武器を収めた。
乱闘直前の空気は静まり、暴れようと思っていたチュウビの行動も止められてしまった。
「今から相手になろう。俺とお前、どちらが生きるか死ぬかの真剣勝負。
黒狼の長はもっとも強い者がなる掟だ。
俺がお前に殺されるなら、黒狼のリーダーはお前になる桃太郎」
室内はざわざわとどよめいた。みななにかしら動揺があったようだ。
だが、当の本人である狼座と桃太郎は冷静だった。お互い最初からこうなることをわかっていたかのように、落ち着いていた。また大きく動かなかったから気づくものもいなかったのだが、太蔵も冷静な眼差しでそのやりとりを見守っていた。
ハラハラとするビキの後ろで、また違う想いでそれを鋭く睨む少年ゼンビの姿があった。
「場所を移すぞ、桃太郎。俺とお前とふたりっきりの、何者も邪魔などさせん。
本気で集中できる場所へな。
いいか、お前ら、絶対に邪魔するんじゃねぇぞ。邪魔に入る奴は容赦なくぶった斬るぜ。
俺とこいつ…生き残ったほうが黒狼の真のリーダーだ。
天下をとる覇者だ。
桃太郎よ、仲間に別れの言葉でもあれば今のうちに言っておけ」
フン、と鼻息を噴出して、顎で桃太郎を指す狼座に、ギロリと睨む桃太郎。
「それはこっちのセリフだぜ。死ぬのはてめぇのほうなんだからな」
狼座は嬉しそうに笑った。そしてすぐに真剣な眼差しを桃太郎へと向けた。
「桃様!」
男達の間を縫いながらビキが桃太郎の側へと駆け寄った。
心配そうな表情のビキに彼女をチラ見したあと桃太郎は生意気そうにこう言った。
「俺様が死ぬわけねぇだろ。てめぇはおとなしくメシでも作ってろ」
「はい! 私は信じてますから、桃様は絶対に負けたりしません」
力強くこくりとビキは頷いた。
ビキに背を向けた桃太郎は、狼座が手をかけた扉の向こうへと進んでいった。
「桃太郎・・・」
「生き残るのは一人のみか。待つだけとは耐え切れんわ」
桃太郎たちが扉奥へと消えた後、扉の向こうから鍵をかける音がした。
次に扉が開くのは、事が終わったあとになるだろう。
勝者が戸を開くまで、誰一人邪魔をすることは許されない。
黒狼の者たちも、サカミマたちも、ビキも、息を飲んでじっと待つ。
高鳴る心臓の音が二重三重になって響いているような感覚の中、ひたすらに。
そして、死合が始まった。


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