また夢を見る。
いつなのかどこなのかはっきりしないが、田畑の見えるのどかな風景、波の音が聞こえてくる。
「サカミマさん」
夢の中で、私はそう呼ばれている。サカミマと。私をサカミマと呼び、微笑むのはおかっぱ頭の十五、六歳ぐらいの少女だった。
どうしてだか、夢を見る。何度も何度も、あの景色、あの少女。未練がましく思うほどに、その場所を、あの少女を繰り返し夢に見る。
夢の中の人物だ、実在するわけじゃない。だが回数を重ねるに連れて、その夢の中の少女は段々と人格がハッキリとしてくる。まるで過去に会ったことがあるのだと錯覚するほどに。
夢と現実が混ざり合う、愚かで、恐ろしい事だと思う。がそれが本当になりそうで、夢を見ないようにと意識した。だがそれはもう私の意志でコントロールできないまでになっていた。
どうかしている。
捕らわれている。
私は二十年の人生の中で、異性に対して恋愛感情なるものを抱いた事がない。ないのだから、それがどんな感情かわかるはずもない。
ミントはいろいろと、頼んでもいないのにそういう話を私に聞かせた。女性がどういうものなのかということを、ミントの場合かなり偏った内容であったから、あまりあてにはできないだろうが。正直興味がなかった。
ショウの行いについても、人づてに聞いて知っていた。軽蔑することがあっても、理解などできるわけがないだろう。ショウの場合感情すら伴ってないというのだから問題以前だが。

恋愛感情とはなんだろう?
私はいまだに答えを出せないでいる。
どうして、それを考えているのか。
抜け出したいからだ、地獄から。

夢の中のあの少女…、彼女のことを思い出すたびに、胸が苦しく押しつぶされそうになる。
だれかのことをこんなに考え込んだ事などあっただろうか?
どうかしている。生きている人間でなく、あったこともない夢の中の住人なのに。
「サカミマさん」そんな名前ではないのに、どうしてかそんな名前だった気がする。彼女にそう呼ばれるのが当たり前だった気がする。
近くで息をしているようなのに、手を伸ばしてもつかめそうにない。夢の中で会うたびに、どんどん気になっていくのに反して、彼女の存在はどんどん遠い場所へ行っていくような気がするのはなぜた。
夢を見るたび、苦しくなるから私は妄想に逃げるようになっていた。妄想なら、彼女は近い場所へと来てくれるからだ。想いながら、…気がつけば己を慰める行為に至っている。
後に押し寄せるのは後悔と罪悪感ばかりなのに。例え妄想の中でも、私は彼女を汚したくないはずなのに。
その瞬間の衝動に押し切られて、己を慰める行為に没頭する。後悔を繰り返しながら、私は長らくその夢に苦しめられることになる。その理由を知るまでは、ずっと異常なのだと思い込んでいた。


前世の記憶…
ビケ兄さんとの対話によって私は前世というものを意識するようになった。
Aエリアの領主に就任後、Cエリアの領主になったビケ兄さんと通信機で対話する機会が幾度かあった。ビケ兄さんと話すのは、いまだに妙に緊張する。キン兄さんとはずいぶん違うからだろうか。
『キョウ、元気にしている?』
「ええ、兄さんはどうですか?」
『フフフ、私なら問題ないわよ。Cエリアのほうもね。キョウ、お前はムリなどしてないかしら? しっかりと夜眠れている?』
「はい、問題ありません」
『そう、ならいいのだけど。ところでキョウ、お前は気になる夢を見たりしない?』
!?
心臓がはねる音がビケ兄さんに聞こえやしなかったかと一瞬焦った。なぜ突然、ビケ兄さんは夢の事など聞いてきたのだろう? まさか、私の夢の内容など知っているわけないだろうし。
「いいえ、特には」
冷静な口調で答えたのだが…
『キョウ、私に誤魔化しなどしないことね。正直に言いなさい』
!?
嘘をつく必要もないだろうし、夢の内容を事細かに言う必要もないだろうしと、私は素直に答える事にした。
「すみません。たいした夢じゃないのですが、よく似たような夢を見ます」
『繰り返し見る夢ねぇ。…キョウそれはあなたにとって重要なことかもしれないわ』
「でも夢ですよ。気にしすぎるのもどうかと」
『夢ってのはね、とても重要なものなのよ。でたらめに思えても、それらには重要な意味があるものなの。夢はね、記憶の一部なのよ』
「記憶…」
『そう。意味のないことに見えても、そこには記憶が眠っている。例えば、前世に繋がる記憶だとかね…』
「前世?!」
『父上から聞いた事があるわ。父上もね前世の夢、…つまり温羅だった頃の夢を何度も見たとおっしゃられていたわ。もし、お前たちにもそういった経験があるのなら、ぜひ報告してほしいと』
父王は鬼門一族の始祖初代鬼王温羅の生まれ変わりだ。父王が温羅であるというたしかな証拠はないとは思うのだが、鬼王である父王の言う事は絶対だ。父王が温羅の生まれ変わりだと言うのならそういうことなのだろう。しかし、前世の記憶などと、あの夢が繋がるとはこの時の私は信じがたい心境だった。
ビケ兄さんとの会話をきっかけにか、おかしな夢は次第に内容を増していき、その夢は私自身の記憶と混ざり合っていく事になる。
わかってきたこと…。
私はサカミマというある島の青年だった。あのオカッパ頭の少女はビキという名の同じく島の出の者だ。
さらに登場人物は増えていった。チュウビという同じく島に住む大柄の男、どこかキン兄さんに似ている気がする。そのチュウビの連れの小柄の少年ゼンビ、ゼンビはどことなくショウに似ている気がする。
それだけではなかった。次第に夢の中に頻繁に現れるようになったのは、桃太郎。あの伝説の桃太郎だった。

自分と桃太郎が繋がるなど、考えもしなかったが、桃太郎との縁は意外なところで繋がる事になる。
鬼が島からの通達にその名を見ることになるとは……。
最重要人物【テン】と【桃山リンネ】、この二人はあの桃太郎の血筋の者であり、鬼が島に反するテロリストであるからマークせよとのことだった。
その最重要人物に最初に接近したのはBエリアのショウだった。
ショウからの知らせが届いたのは、例の二人が騒動を起こした後らしい。
『雷門の戦闘兵がさ、まったく歯が立たないでやんの。笑っちゃうよね』
「笑い事ではないでしょう。雷門を蹴散らすとは、そのテンという男かなり危険人物ですね。で、その二人の動きは把握しているんですか?」
『ひょっとしたらAエリアに行くんじゃないかな? リンネの奴やたらとAエリアに行きたがっていたようだし。
そういうわけだから、キョウ兄よろしく〜』
相変わらず無責任な。
ショウからの報告だけで判断するのは早いが、特に気になるのが【テン】という男。雷門軍団をものともしない強さ、桃太郎の血族、私の中でテンと桃太郎が結びつく。鬼が島に牙を向いたその姿は、桃太郎の化身と言ってもおかしくない。
この目で、見極めなければ…。


BACK  TOP  NEXT  拍手を送る