「清く正しく生きるAエリアの住民の安全を脅かす存在を許すわけにはいきません。
ましてや、テロリストなど・・・」

「フン、出たな、鬼が島の犬がっっ。
タカネを返せ!Aエリアを火の海にしたくなければな!」

「させません!たとえ何者であれ、Aエリアを乱すことは断じて見逃すわけにはいきません。
武器を捨てなさい、下手な抵抗は・・・・こちらとて容赦しませんから」

「Aエリアだろうが、どこだろうが関係ない
タカネという愛を取り戻すためならすべての障害など破壊しつくしてやるだけだ!」

桃太郎の末裔だと聞くこのテロリスト…テンという男。
武装兵に囲まれたところで少しも怯みもしない。逆に挑戦的に睨みつけてくる。憎悪すら感じる。
私の夢の中に現れるあの少年、獣のような鋭さ激しさを持つ桃太郎と重なる。

危険な存在、鬼が島に対してもAエリアに対しても、危険な存在である事は違いないだろう。
だが、私の中ではそれほどの警戒心はなかった。恐ろしいほど落ち着いている。それならよほどビケ兄さんの前のほうが…いいや。
この不思議な気持ちはなんなのだろうか。私は、このテンに対して、それほどいやな感情は抱かない。むしろ、その逆のような…、いやそんなことは今考える事ではない。
私は思考を切り替えるよう努める。Aエリアの領主として、対応をしなければ。
この男を捕らえなければ、武装兵たちに指示を出すが、テンは我々の包囲からあっさりと逃げ出してしまった。
「ちょっ、ちょっとちょっとーー」
連れの少女【桃山リンネ】を放置して、テンはあっという間に姿をくらました。あの男「タカネ」と言っていたな。それがテンの目的なのだろう。Aエリアを火の海にすると脅していたが、Bエリアサイドの門番とカイミが負傷した程度で他にたいした被害はでてない様子。念のためさらに領内の警備を強化しておくか。
テンも気になるが、腰を抜かし叫んでいるこの少女【桃山リンネ】を探るのが先でしょう。すでにミントが調べてくれているはず。とりあえず連行させよう。
私はあわあわしている例のリンネへと近づく。
「あの男は・・・・一体何者ですか?」
私は最初にあの男テンのことを彼女に訊ねた。それに彼女は素直に答えた。
「あの人はテンって言って、あたしのおばあちゃんの恋人らしいんです。
そのあの過激さもおばあちゃんへの愛ゆえにというか、おばあちゃんさえ見つかればおとなしくなるとは思うんですが」
タカネ…それがテンの恋人ということか。その恋人がこのリンネの祖母であるということ。らしいということは、断言できないということか。彼女はあまり深くあのテンと関わっていない様子に見える。しかし、わずかにテンを庇っているようだ。油断はできないか。
兵に彼女たちを捕らえるように指示すると、焦った顔で「まっまって」と声を上げる。
「あっ、あのあたし、テロリストの仲間じゃ・・・」
青い顔でぶんぶんと首や手を横に振り続け、テロリストではないと必死に弁解している。
気弱そうな態度に、見た目も普通の少女と変わりない彼女を、テロリストに見るほうが難しいだろう。いやこれも演技かもしれないと警戒したほうが無難であるが、なんせ彼女もまた鬼が島が最重要警戒対象とした一人なのだから。
「話は別の場所でゆっくり聞きます。手荒なことはしないので大人しくついて来てください。」
「ほ、ほんとうですか? あたし本当はAエリアの人間なんです。なんでかBエリアにいただけで、正真正銘Aエリアのまっとう人間ですから、調べてもらえたらわかるはずですし。それからあたしのおばあちゃん桃山タカネも必ずそれを証明してくれるはずですから」
ずいぶんと必死に…。手荒なマネはしないと言って少しは落ち着いたようだが、やはり兵士に連行されるのは、不安にもなるだろう。
「ううう、酷い目にばかり合ったけど、やっとAエリアに戻れた。…やっと平穏な日々が…」
涙目でぼやいている。…本当に危険人物…なのだろうか。


領主館に戻り、私は真っ先に領主室へと向かう。ここには私以外の誰も立ち入らせない。Aエリア領主のみが立ち入りを許可された特別室。薄暗い室内にデスクの上のモニターが点滅している。
それは、鬼が島からの指令だ。モニターに近づくと地図の鬼が島の部位が拡大されてパスワードを打ち込む。
鬼が島よりの指令…、それは例の二人をDエリアに向かわせよとのことだった。
理由などない、ただそれだけだ。
Dエリアに向かわせる、か…。
確かあの二人は共通して「桃山タカネ」なる人物を探していると言っていた。
嘘をつくのは気が咎めるが、これも鬼が島の指令だ。仕方ない、彼女にはDエリアに向かってもらおう。なんにせよ、彼女にはAエリアから出て行ってもらわなければならないのだから。
領主室を出て、私はミントのいる部屋に入る。
この部屋で仕事をするのは基本的にミントのみで、彼専用の仕事部屋と言っても違いないだろう。
彼はAエリアの仕事以外にも、雷門の武器開発員としての仕事もある。雷門のブレーンで手先も器用な彼の能力は雷門にとってもAエリアにとっても有益なものだ。人格面では、好奇心が強く、世話焼きで若い者から兄のように頼られているようだ。まあ私も幼い時から彼の世話になりっぱなしだ。
「あ、若旦那おつかれっす」
「ええミント、わかりましたか? 桃山リンネについて」
カチカチとモニターのスイッチをいじりながらミントが答える。
「そっすね。例の桃山さんすね。やっぱりデータないっすね」
「ということは、彼女は自らの意思でAエリアを出たということですね」
「忘れちゃってるんじゃないっすかねー。ウソにしても、すぐばれるってわかんないくらいおまぬけさんだとか?」
「ちゃんと話を聞くべきですね」

私はリンネに会うべく、領主館の地下より繋がるある施設へと向かう。
そこは一時的に罪人や問題ある人物を捕らえておく施設、つまりは牢獄なのだが…。短時間の間ここで大人しく待っていてくださいといったのに、…リンネ、そしてわが弟のBエリア領主のショウのさわがしいやりとりが入り口付近からも聞こえてきた。
まるで子供のような馬鹿馬鹿しい口げんかを繰り広げている。
「知らないわよ!あんな暴走テロリストなんて!」
「大人しくと言ったのに、Aエリアでは子供でも守れることをあなたたちはできないのですか?」
「あ、キョウ兄!」
「ちょっと聞いてください。全部そいつが原因なんですよ!あの女の子怒らせたのもわざとだし」
「ショウ…お前はまたカイミを怒らせたんですか」
「違うって、あいつが勝手に怒って暴れだしただけで、こっちは被害者なんだよ」
「よっく言うわよ!あたしのこと愛人なんて言ってあのこ煽ってたくせに」
「カイミのことはいいでしょう。それより、リンネあなたはおばあさんを探していると言ってましたね」
「えっ、うん」
「そのことで話があります。私と一緒に来てもらいます」
リンネの牢の鍵を外そうとした時、彼女の牢の奥の壁から破壊音が響き、壁は破壊された。リンネ自身もそれに酷く驚いていたようだ。私も驚かされたが、冷静な顔を崩しはしない。あの男の仕業ではないかと思ったからだ。
案の定、壁の向こうから現れたのは、テンだった。
「テン、と言いましたね。あなたもう少し穏やかに登場できないのですか?」
「メガネ犬、早くタカネを帰せ!さもなくば、Aエリアを火の海にしてやるぞ。」

「ちょっとテン!?バカなことしないで」
「そのあなたたちが探しているというタカネさんのことですが・・・
つい先ほどこちらに入った情報ですが、Dエリアの領主のもとにいるらしいと」
Dエリアに向かわせろ。鬼が島からの指令をこの男は果たしてくれるだろうか。鋭いテンの目を、私は負けじと睨み返した。遠い昔、どこかで感じた気持ちに似ている気がする。
「なんだと?!どういうことだ?」
「さぁ、一方的に送られてきた情報なので、こちらも確かめようがないのですが。
とりあえずDエリアに行ってみてはどうですか?
私のほうも引き続き調べてみますから、なにかあれば連絡しますよ。

Dエリアは特殊な場所ですが・・・あなたなら問題ないでしょう。」
「行くぞ!リンネ」

「えっ、ちょっ」
慌てふためくリンネをまたしても放置して、あの男テンは我々の前から素早く去ってしまった。まあいいだろう。あの様子なら迷いなくDエリアに向かってくれるはず。テンからリンネへと切り替える。
「それからリンネ、あなたに話があるので来てもらえませんか?
あなたに関することで、大事な話が・・・」


リンネを連れ、ミントの待つ部屋へと彼女を通す。
Aエリアの人間だと何度も主張していた彼女に、事実を告げると酷くショックを受けたようにあった。

「自分の意思でAエリアを出て行ったみたいすよ。二年前に、覚えがないんですかい?」
ミントの言葉に、リンネは呆然となりながら、そんなまさかと顔を青くさせていた。
「二年前?・・・そんな覚えない・・・・まさか、
あたし、Bエリアで記憶売ったみたいで、ここ二年間の記憶がないんです。
だから自分でもなにがなんだか、自分の状態がわからなくて。
それでとにかくAエリアに帰りたかったんです。なのに、Aエリアに籍がないなんて・・・・」
記憶を売った? またやっかいな状態を。
彼女に同情しなくもないが、自己責任だろう。現住民でない者を、必要以上に助けてやることもない。それに、Aエリアのルールもある。彼女も元Aエリアの住民ならわかっているはず。
「・・・・リンネ、あなた身内はいないのですか?親しい人とか、いえ知り合いでも」
「え、知り合い?」
リンネは考え込む。二年前以前の知り合いくらいだれかしらいるのではないか。いないほうが異常だ。
「それさえも思い出せないのですか?
家族・・・も?」
「親は、学校入る前に二人ともいなくなっちゃって、ずっと学校の寮に入って一人で暮らしてきたから・・・
身内は、Bエリアのおばあちゃんだけです。
そのおばあちゃんも行方知れずだっていうし・・・・」
桃山タカネ、結局彼女も祖母であるタカネを捜さねばならないことになる。結果的に、Dエリアに向かうことになるだろう。そこに手がかりなどないかもしれないが、私は彼女をDエリアに向かうように指示するほかない。
「なら、そのおばあさんを探すことが先決ですね。
Dエリアに行ってください。」
「ちょっ、あたしAエリアに助けを求めにきたのに!なんでDエリアになんて・・・
あたし、Aエリアの人間に戻りたいんです!」
「残念ですが、自分で名前を消した者を再びAエリアの住人として認めるわけにはいかないんです、
それがAエリアの掟だということは、このAエリアに生きる人間なら知っているはずですが。
それ以前に騒ぎを起こした者の滞在を許してはならないのもAエリアの掟。
あなたはあのテン、ショウともども早々にBエリアに戻ってもらいます。
同時に、二度とAエリアに立ち入ることを禁じます。」
「そ、そんな…あたしもうどこにも行くあてないのに。Aエリアの領主に会えば、なんとかなるって…」
この世の終わりといわんばかりに落胆している。さすがに哀れになってくる。弱々しいこの少女が、テロリストで桃太郎の末裔とは信じがたい。信じたくないのか、あのテンと反して、彼女は身も心も弱すぎる。
気休めにしかならないかもしれないが、私は完全に彼女を突き放す事ができなかった。
「リンネ、あなたをAエリアに迎えるわけにはいきませんが、
私は元Aエリアの人間であるあなたの味方ですよ、なにかあれば相談にのりますから。」


「よかったんすか?あんな無責任な事言っといて。情に流されるのは危険すよ。あんたはAエリアの領主なんすから」
「わかってますよ。優先すべきことくらい。ただ、己の正義から完全に目を背けられない性分なので」
この時は、自分のその性分がどれほどやっかいなものなのか、わかっていなかったのだろう。
私は、次第にその己の正義から逃げられなくなるのだから。


BACK  TOP  NEXT  拍手を送る 2010/1/16UP