兄者は父王の命でワシのもとへとやってきた。
その兄者がワシに言ったことは、「Dエリアの領主になれ」ということじゃった。
兄者の頼み、というよりか鬼が島からの指令じゃから従うしかない。
「父上は私たち兄弟に各エリアの領主に就かせたいとのことよ。他のエリアはともかくとして、Dエリアだけは特殊だからね。それで先にお前だけ動くって話だけど」
「そうか、Dエリアだけは領主はDエリアでもっとも強い者が就くことになっとるからな」
「そうよ。だからお前が先に準備をしなければならないわけ。いくらお前が腕っ節に自信があっても、日々死闘の中生きているDエリアの猛者どもを従えるのは容易なことではないでしょう。あの二人が学業を終えるまでに土台を整えておきなさい」
「わかった、兄者! ワシは早速Dエリアに向かう。父王にそう伝えてくれんか」

ワシはこうしてDエリアへと向かうことになった。
肩に抱えたリュックの中に、食料だけあればまあ十分じゃろうと。
伯父上に挨拶を終えて、早々にBエリアをあとにして、Dエリアの地へと足を踏み入れることになった。
この橋を越えればDエリアか。Dエリア側に進むにしたがって、ずいぶんと舗装も悪くなっていくな。
「なんだ? てめぇは、この先がDエリアだとわかって進む気でいやがるのか?」
ん?
ワシを見下ろすように男が立ちふさがった。しかし、デカイ奴もおるもんじゃのう。ワシもデカイほうじゃが、なかなか自分よりデカイ者に会う事も無いからな。珍しさににかっと笑みが浮かび上がるぞ。
「は、なに笑ってやがる。この気狂いがっ。殺してやろうか?」
「おおっ。なんじゃぶっそうな、やるつもりかい?」
いきなりこいつ、ワシに凶器を振り下ろしてきたぞ。ドゴッと音を上げて、地面が抉れた。たく、どうやら本気でワシを歓迎してくれておるようじゃ、このDエリアは。
「なら力ずくで通してもらうか。悪いがワシはDエリアで最強になるんじゃからな」
拳を前に突き出して、ワシはこいつに宣言した。
Dエリアで最強になる。鬼が島の命を受けて、ワシはDエリアの領主になるべく、Dエリア最強を目指さねばならんからな。
「ぐぐぐ、バカかってめぇ! 死にやがれ!」
「なんじゃ、お前スキだらけじゃないか」
がら空きのサイドに激を叩き込む。ぐうっとデカイ男はうめいて、あっけなく倒れこんだ。
「なんじゃ、…もろいやつじゃな。見掛け倒しか」
ワシは身を整えて、男の脇を通り抜けて門へと向かった。
「ぐぐぐ……、いまに思い知るだろう、てめぇはDエリアの恐ろしさをな」
なんじゃ捨てゼリフか、見苦しい奴じゃ。
さて、ここからがDエリアか。いっちょ、てっぺんとってくるかのぅ。

Dエリア…、外側からだけじゃどんな場所かわからんもんじゃ。中に入ればここがどれだけ劣悪な環境かわかる。漂う空気やにおいも異様じゃ。舗装もまともにされとらん道路は、のん気に歩いとったら足をとられる。ちょこちょこと足元を横切るのはネズミかゴキブリか。おなごならきゃあきゃあわめかんといけんじゃろうな。いや、…どうやらわめくだけではすまんじゃろう。
ワシが進むに連れてそれはどんどん増えてきた。ワシを囲むようにして現れたこのDエリアの住人たち。
「お前外からきやがったな。キレイな体にうまそうなにおいをさせやがって」
とギラギラした目つきのいかつい男がワシにそう話しかけてきた。キレイにうまそうなど、こんな男に言われても喜べんのぅ。ガリガリと頭をかきながらワシは連中にあいさつをした。
「ワシは隣のBエリアからやってきたキンという者じゃ。よろしく頼むぞ」
手を振ってもだーれも挨拶かえしてこん。礼儀もなにもあったもんじゃないのぅ。まあいいか。
たしかDエリアの掟ってのは……
「ここがどういうエリアだかわかってきたのか? おぼっちゃんよぉ」
やたらと舌なめずりする男じゃのう。まあそれはさておいてじゃ、ワシはにやりとして答える。
「おおもちろんじゃ。強い奴に弱い奴は従う。強い者こそ正義じゃ!」
拳を構えるワシに、Dエリアの血気盛んな男連中も武器を構えて戦闘態勢じゃ。
「やっちまえ!!」
ボス格らしきその男の合図で、戦闘開始となる。四方八方から容赦なく襲い掛かる連中を、ワシは的確に捕らえ返り討ちにしていく。伯父上のもとで戦闘訓練を受けてきた身じゃ。ワシは強さに自信があった。連中に確実に勝てると。現にワシは全員を地に沈めた。最後にボス格の男が「キングだ」とかいってワシにかかってきたが、なんなく倒せたな。まあこの中で一番歯ごたえがあったがな。

その日、ワシは二つのゾーンのキングを倒した。できるだけ早くすすみたいところじゃが、焦りは禁物じゃ。
ゆっくり休んで、次ぎは万全の体制で挑む。父王の命令じゃ、失敗はできん。このペースなら問題なく期限内に目的は達成できるじゃろうとワシは楽観しとった。


ワシがDエリアに乗り込んでからそろそろ一週間になるか。
すでに五つのゾーンのキングになることに成功した。キングとなったワシに連中は逆らう事はなかった。これがDエリアの掟とやらか。気分はええのぅ。Bエリア側のゾーンはワシのテリトリーとなった。DエリアからBエリアへの行き来も自由じゃし。このペースなら余裕じゃろう。確実にじっくりと攻めていくとするか。
「Dエリアのほうでは順調のようだな、キン」
「伯父上! これも伯父上の訓練の賜物じゃ。ワシはDエリアを制覇してくるわ」
「はっはっは、頼もしい奴だな。まあお前ならだいじょうぶだ、思う存分武者修行してこい。Dエリアという環境はさらにお前を鍛えてくれるだろうよ」
豪快に笑いながら伯父上はワシの背中をたたいてくれた。
「ん?」
ぱたぱたとせわしなく動いとるのはレイトの奴か? 普段は大人しいのになにかあったんじゃろうか?
「なんじゃ、レイト忙しそうじゃのう」
ワシが突然声をかけたからか、レイトの奴びっくりして荷物を落としてさらに慌てやがった。おもしろい奴じゃ。
「カイミ様が戻られるので、その準備をしております」
とだけいって、レイトのやつ忙しなく駆けて行った。
カイミ…? カイミの奴学校休むんか?
「おおっ、そういえばもうすぐ夏休みになるんか、なるほどそれで」
休みになればカイミのやつも家に戻ってくるな。キョウやショウの奴も戻るじゃろうか。ショウの奴はあんまり家に帰りたがっとらんようじゃし、キョウの奴は休みもむだにできんとはりきっとったからな。弟にもなかなか会っとらん。そういえば兄弟四人がそろうことがなかなかないからのぅ。休みの時くらい戻ってくればいいんじゃが。
少し気になる事もあるしのぅ。あいつらに聞きたい事もな。


Dエリア攻略も順調に進んどった。
ワシがよそ者ということが基本的にきにくわんらしいが、勝者には絶対服従というDエリアの掟には逆らえんらしいからおかしいもんじゃ。Dエリアの掟というものが自分たちを縛っとるというのに、だがその掟がここの連中には必要なのかもしれん。統率者というのは、必要なものじゃからな。それを決めるのが連中のDエリアの掟なんじゃろう。ワシはこのDエリアが居心地よくなってきた気がする。なんというか、空気や街並みはとても褒められたもんじゃないが、ワシはこの空気が妙に心地良いとも感じていた。懐かしさを感じるような気がするんじゃ。その懐かしさはワシの人生をはるかに越えた先に感じる気がする。ん?それはどういうことじゃと?
さておいて、今日は二つ目の制覇を目指してここにきた。新たなゾーンでも足を踏み入れたとたんにバトルバトルの連続じゃ。戦闘終えて、腹を満たす為に持ってきた飯を食らう。はー、汗かいた後に食う飯はほんとに美味いのぅ!
「ん?」
路地のほうから顔を覗かせる子供が見えた。どうやら腹がすいとるようじゃな。ワシは手招きして子供を呼んだ。
「キング…」
か細い声でワシをそう呼んだ。ああそうかキングか、どうも呼ばれなれんな。まあいいか。
「これ食わんか? 美味いぞ」
ワシは子供のほうにメシをほおった。子供はびくっとしながらも、見事にキャッチし、またワシのほうを見た。
「ほれ、食え。メシは食わんと強くなれんぞ」
ワシは手本のように食ってみせる。子供はまたワシのほうをうかがった。
「キングの命令…絶対」
そう言ってやっとメシを食った。
「おいおい、命令がないとなにもできんのんか」
さすがにワシもあきれるぞ。ずいぶんとマジメな子供もいるもんじゃ。しかし、こんな子供でさえもDエリアという過酷な環境で生き抜いておるのか。いや、今は生きている。だが明日は、いや数秒先ですらわからんだろう。このDエリアという環境は。
「強くなれよ。キングの命令じゃ」
ワシがそう言うと、子供はこくこくと何度も頷いた。そんなに首を振るともげてしまうぞ。
しかし子供はええな。強くなれと願うが、それには幾重の時間と修行が必要じゃろう。長い目で育ててやらねばな。こいつらの為にも、ワシはDエリアでてっぺんをとらねばな。


通りを進んでいくと、人だかりがあった。いつもならギラギラとした目をワシに向けてくるはずの奴らが、外者のワシに反応してこんとは、めずらしい。一体あの人だかりはなんじゃ?ワシは気になってひとだかりのほうへと近づいた。
「なんじゃ?なにやっとんじゃ?」
近づくと異常に気がついた。ぷんと漂う血のにおい。大の男たちが数人でよってたかって子供に乱暴しとる!
「なんじゃやめんか!」
ワシはすぐに乱暴どもを殴り飛ばし、うずくまっていた子供を抱き起こした。
「大丈夫か? おっ!」
体中傷だらけで顔も腫れあがって血まみれじゃないか、酷いことしよる。体も軽く、年は見たところ七、八歳くらいじゃろうか、少年じゃった。その少年、大事そうに抱きかかえていたのはカラス!?
近くの家屋に入って、ワシはカラスを抱えた子供を寝かした。傷の手当てをするにもここにはまともな道具はないようじゃし、Dエリアに医師はおらんのか。Bエリアにつれていくしかないかもしれんのう。
「ううう…」
「おお気づいたか、坊主!」
どうやら意識を取り戻したようじゃ。ワシは少年の側へとかけよる。痛々しい姿じゃが意識はしっかりしとった。
「アンタ、なんで助けてくれたじゃん?」
「何言っとんじゃ。子供助けるのに理由なんぞないわ。それより傷は大丈夫か?」
「おいらより、連れは…?」
「ん? 連れとはカラスのことか? それなら元気に飛んでいっとったぞ」
「…そっか…」
少年は安堵したように小さく息を吐いた。そうか、あのカラスはこの少年にとって大切な存在なんじゃろう。
ワシはなんだかほっこりしてきた。Dエリアもなかなか捨てた街じゃないのう。
「アンタ、ここの人じゃないぽいじゃん?」
やはりわかるんかのぅ、Dエリアの人間から見ればワシは外の空気がプンプンらしい。
「おう、ワシはBエリアからきたキンという者じゃ。ちょっくらDエリアで天下とりにきたんじゃよ」
「へぇ…ずいぶんと自信あるんじゃん。でもなんでわざわざこんなところに来たいと思ったじゃん?」
「それはじゃな……、武者修行みたいなもんじゃのう、腕試しっつーんか。今はそれだけじゃのうて、お前らみたいな子供も守りたいとも思うし、そのためにもDエリアの領主になるんじゃ」
「アンタおもしろいじゃん。じゃあ今晩もここにいてほしいじゃん。またいつ連中が襲ってくるかわかんないじゃん」
「おうまかせとけ! ところで少年、名はなんというんじゃ?」
ワシがそう聞くと少年は?顔で固まった。なぜそのような事を聞くのかといったような顔じゃ。
「なに言うじゃん?名前なんておいらないし…」
「え、そうなんか。しかし不便と違うか?」
名前がないなど、不便にもほどがあると思うが?
「別に不便な事なんてないじゃん。それよりも、ゆっくりしていくじゃん。おいらごはん用意するじゃん。食べてくじゃん」
「はっはっは、ありがたいのう。ならお言葉に甘えて食っていくか」
名前のない少年、いい奴じゃ。Dエリア、こんな出会いもあるとは、やはり捨てた街じゃないの。
その晩ワシは少年の用意したごちそうというには質素すぎるものだったが、少年の好意に腹よりも心が満たされた。そのためか、ワシは異常に眠気に誘われた。
「…ハッ、バカじゃん」
なんじゃ? 夢じゃろうか。


朝、目覚めると少年の姿はなかった。そうか、元気になって帰ったんじゃな。
というだけの話ではなかった。
「ん? なんか違和感を感じるのぅ」
道を歩き出して、数十分後、ワシは異常を感じて立ち止まった。どうも体がいつもより涼しげだと思っとったら…。
「!? おほっ? ワシいつのまに脱いだんじゃ?」
いやいやまさか寝ぼけて脱いだなどではないぞ。さすがにそれはないと言える。
ならなぜワシは現にこうして全裸で歩いとるんじゃろうか?
ワシの脳裏に昨夜の少年の顔が浮かんだ。だがいやいやとすぐにそれをかき消した。
仕方ないから、このまま伯父上の館まで帰るしかないか。ワシはこのままBエリアの館へと帰ることにした。


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