彼の目に映るのは懐かしい故郷の景色。
天下をとると夢を見て、友と共に島をでた。
結局、その夢は叶わなかったが。彼の目には後悔の色は欠片もなかった。
彼の名はチュウビ。サカミマ、ゼンビたちとともに戦乱の世に身を投じた一人だった。
温羅が王となり、戦乱の世は終わりを向かえ、統一国家が生まれ時代を刻みだしていた。
チュウビは桃太郎と温羅の死闘に立ち会った。桃太郎は死に破れ、混乱の中チュウビは行動を共にしていた太蔵と別れ、一度故郷の島へと戻ることにした。
かつての友で敵対することになったサカミマの亡骸を抱えて。
変わらぬ砂浜に、田畑が目に映る。息を吸い込み噛み締める。
サカミマを弔い、しばらく離れていたこの島での生活を再び始めていた。争いもない静かで穏やかな島での生活。戦乱を体験したチュウビにとっては、おそろしいほど退屈な時間だった。
チュウビたちとともに島を離れた若者達は、ほとんどが帰ることはなかったが、何人かは戻ってきた。若者が減り、働き手が不足していたこともあってチュウビもかなりあてにされていたのだが、やはり物足りなさを感じていた。
ある日、チュウビはあの山を登った。桃太郎が生まれ育った、チュウビたちが初めてその桃太郎と出会った思い出深い山だ。
そこでチュウビは意外な人物と再会を果たした。
「お前、ゼンビか!」
チュウビは驚きながらその懐かしい相手の名を呼んだ。
「チュウビ。帰ってたんだ」
ゼンビのほうが意外そうな顔で返してきたが、チュウビにとってはゼンビがここにいることのほうが予想外だった。
「お前こそなんでここにおるんじゃ? 温羅のとこにおったはずじゃなかったんか?」
「別にどこにいようといいだろ。それに、もうオイラは、温羅には必要ない存在だから」
あんなにも温羅を慕っていたはずのゼンビ。温羅との間になにがあったのかは知れず。チュウビはその理由を問いただしたりはしなかった。
「チュウビこそなんで戻ったの? こんなところ退屈だって言ってなかった?」
「ああ、とりあえずサカミマを連れて帰ろうと思ってな。あとは、いろいろ島の手伝いをしたりじゃ。……たしかに退屈すぎてしょうがないんじゃがな」
ふー、と息を吐いてチュウビは海のほうを見た。あの海の向こうに広がる大地を。戦いに明け暮れたあの場所を思い出すように。
「やっぱり、ワシはあっちにもどろうかの。争いは終わったが、ちっと心残りもあるしのぅ」
心に浮かべるのはあの少女のこと…、ビキ。桃太郎を恋い慕った少女。彼女の元へは太蔵が向かったのだが、やはり気がかりであった。
「ゼンビ、お前も一緒にいかんか?」
あの頃大きな野望を語り合った時の眼差しで、チュウビはゼンビに言った。がゼンビはその返事に頷きはしない。
「やめとくよ」
「そうか、じゃあまたお別れじゃのぅ。元気でやれよゼンビ」
あっさりとチュウビは返事を受け止め、別れの挨拶を告げる。
「ああ、そっちこそ」
「またいつか、会おうぞ」
チュウビは再び島を離れた。



「ま、まいった」
「なんじゃなんじゃ、もうへばるんかい、だらしないのぅ」
天下の雷門軍団が聞いてあきれるぞ。皆ワシから一本もとれんとはな。まあワシもその雷門の一員ではあるがな。
おおっ、ワシの名は鬼門キン。鬼王一族鬼門家の次男じゃ。Aエリアで学業を終えてからは、ここBエリアの雷蔵伯父上のもとで雷門一族の面倒を見たりしとる。雷蔵伯父上はワシの母側の伯父上でワシら兄弟にとっては育ての親でもある。曲者ばかりの巨大組織である雷門一族を束ねる長の伯父上は、男としても人としてもワシが目標とする立派な人じゃ。Bエリアの領主である雷蔵伯父上は普段はここ領主館にいるわけじゃが、伯父上の手伝いをしとるワシもほとんどここが住処みたいなもんじゃな。
「おお、キンここにいたか」
噂をすれば早速伯父上の登場じゃな。中庭にて稽古をしとったワシを伯父上が呼んだ。
「お前に来客だ。ビケ殿だ、早く行け」
「兄者が?」
ワシは伯父上と共に館内の来客ルームへと向かった。部屋に入ると、ソファに腰掛ける兄者がワシへと振り返った。
「兄者!」
兄者に会うのは久しぶりじゃ。感激のあまりワシは大きな声で兄者を呼んでしまう。
そんなワシに兄者はあの美しい笑顔で返事をする。
「わるいわね。いきなり訊ねてきて」
「いいやいつでも歓迎するぞ、ビケ殿だからな。こっちも大したもてなしができんで悪いな」
「いいえお気になさらず。今日は父上の伝言をキンに伝えに来ただけですから」
父王から?!
「そうか、まあゆっくりしてってくれ。兄弟水入らずの時間をな」
伯父上が退室して、中はワシと兄者の二人だけになった。
「座ったら?」
ワシは兄者と向かい合う形で腰をかけた。兄者がワシを見る。相変わらず美しい人じゃ。おなごのような、いやもしかしたらそれ以上かもしれん。白い肌に、黄色がかったふわりとした髪。とても同じ男には見えん。ほんとうについとるんか疑わしいほどじゃ。いや、兄者をそんな目で見てはいかんな。
「元気でやってるみたいね」
「おお、伯父上のおかげで充実した日々を送っとる」
「キョウやショウもAエリアで元気にやってるみたいだし」
「兄者のおかげじゃ。兄者が父王に掛け合ってくれたおかげで、ワシら三人学校に通うことができたんじゃからな」
「ふふふ、それなら私よりも父王のおかげでしょう」
「まあそれはそうなんじゃが…。もともと父王は勉学よりも肉体面を鍛えることを重要としとったからな」
温羅の血を継ぐ鬼門の人間なら常人を越えた肉体や戦闘力を持たねばならんわけじゃが、温羅を目指すなら知力も必要じゃと思うとったからな。無事学業を終えられたことはよかったと思っとる。
兄者は謙遜しとるが、幼い時から伯父上の元で戦闘訓練ばかり受けてきたワシら三人は学校に通うことはなかった。ワシが十二歳の時、ワシらの元に現れたのが長男の兄者じゃった。兄者は父王の誤解によって、長年牢獄の島に送られていたという。その兄者が父王と和解してからというもの、ワシらと兄弟としての出会いを果たしたんじゃ。
兄者はワシら三人にちゃんと学校に通うようにと進めてくれた。父王も説得してくれた。ワシは弟二人より勉強をする年齢が遅れたが、がむしゃらに励んで高校を首席で卒業することが出来た。卒業してからは、ワシは伯父上の力になろうとここBエリアに戻ってきたわけじゃ。
父王はワシらの父じゃが、鬼王というこの国でもっとも尊い位に就く方じゃ。たとえ息子のワシらでも直接意見する権利などないわけじゃ。父王はとても気難しいお方でもあるしな。その父王を説得した兄者はすごいんじゃ。おなごのようなしなやかな物腰ながら、そうとうな肝っ玉の持ち主じゃ。今では父王からの信頼も相当に厚い。また雷門の当主の雷蔵伯父上からも一目置かれとるし、金門と鬼が島のパイプ役も務めとるそうじゃ。
父王が温羅の生まれ変わりなら、兄者はその温羅の片腕と言われた知将鷲将(おおとりしょう)の生まれ変わりかもしれんな。
「ところでキン。お前は雷蔵殿の後を継ぐつもりなの?」
「おお、できればそうしたい気持ちじゃがな。伯父上もわりとその気でいてくれとるし、まあ父王の気持ちしだいでもあるから今はなんともいえんがな。伯父上はワシら甥のだれかが継ぐのを希望しとるし」
「ふふ、でも雷門をまとめあげるなんてキョウやショウにはムリでしょうね。やはり私から見てもお前が適任だわ」
「兄者にそう言ってもらえると心強い。もしワシらがムリなら伯父上はカイミの婿に継がせると言っとるがな。
あのヤンチャなカイミの婿が務まる男はそうそうおらんじゃろうが」
「それは難儀ね。でもお前ならそのカイミ嬢の婿に相応しいでしょうね」
「はっはっは! そりゃないわ。あれは愛らしいが子供じゃしのぅ。かわいい妹の婿になるつもりはないわ」
「あらそう。まあいいわ、そんなことより、私はお前に伝えねばならない大事なことがあってきたのよ」
息を整えた兄者がそう告げる。父王より言い付かったことを。
「父王からの…鬼が島からの命よ。キン、お前はDエリアの領主になりなさい」

ん……? どういうことじゃー?!


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